第5話 お洒落な死装束

 墓守として働いていると、色んな不死族の方から悩みを相談される。今日相談に来たのは若くして亡くなったとされる女性だ。


「葬式の時に着させてもらった服、裾がほつれて来ちゃったのよ。」

「分かりました。修繕して後日お渡ししますね。」


 今日は墓の中で眠る際に来ている服の修繕を頼まれた。例え墓の中で動かなくとも来ている衣服は駄目になる。特に泥で汚れたり虫に食われたりと原因は色々だ。

 今回修繕の頼まれたのは、多少裾がほつれているだけなので簡単に直せる。わたしは普段からドジではあるが、こういう裁縫は得意だ。

 わたしの両目は腐り落ちてはいるものの、耳で聞いた布の擦れる音や踏みしめた草の音を聞けば、目の前に立っているヒトがどんなヒトで、どんな状態かが見えるように分かる。

 特に手で触ったものであれば完璧に把握出来る。今まで針で指を刺した事が無いのがちょっとした自慢だ。


「あっそうそう。出来る事ならやってほしいことがあるんだけど、良いかしら?」

「はい!なんでしょうか?」


 追加の依頼らしく、やってほしいと自分から言い出しはしたものの、何やら言いよどんでいる様子でなかなか依頼を口にしてこない。

 しかし少ししてからやっと意を決したのか、わたしの方へと向き直った。


「実は…刺繍をしてほしいの!」


 何を言うのか少し身構えていたが、出て来た言葉に少し拍子抜けしつつも、何かこそばゆい嬉しさを感じた。

 この女性は刺繍のは言った服に憧れがあるらしく、しかし生前は裕福とは言えず、そういった衣装は高価であった為に願いは叶わなかったらしい。

 本来であれば依頼金を払って頼む事をわたしに頼むのは気が引けたのだろうし、しかしいまだに憧れが捨てきれずにこうして修繕という形で依頼をしてきたのだろう。

 わたしは墓守であり、屍体からの頼みは全て仕事してきちんと分別しなくてはいけない。そう先輩墓守から言いつけられてきましたが、わたしの中ではもう答えは決まっていた。


「…どんな刺繍を入れますか?」


 わたしの言葉を聞き、女性は一瞬だけ驚いた表情をしたが直ぐに嬉しそうな表情へと変わった。

 報酬は支払ってもらう。しかしそれはすぐではない。いつだって良いし催促もしないし、何なら支払わなくても良い。何よりもわたしは墓守として不死族の方々には居心地良く過ごしてほしい。だから願いは出来る限り叶える。

 そして裁縫が得意なわたしはこの願いを今すぐにでも叶えなくてはいけない。仕事としてではなく、同じ不死族の仲間として、そして隣人であり友人でもあるヒト達を助ける為に。それがわたし自身の願いだ。


「えっと、それじゃあ…ホウオウをお願いしようかしら。」


 頬を赤らめて囁くようにして言った女性の声を聞いた瞬間、わたしの中で何かがヒビ割れた。

 ホウオウとは、わたしの知る限りでは形こそ鳥ではあるが、あごくびなど至る箇所が別の生き物の多彩な体色をしている不思議な存在だったはず。

 つまりは刺繍と言う細かい作業に置いて、最も難解な姿を縫う事になるという事だ。それは本来であれば正に大金を支払ってもらう大仕事でもある。

 そして不死族は皆、金をあまり持たない。遺族から少しはもらっていたりはするが、基本は一文無しである。もちろん遺族が代わりに支払いと言う方法もあるが、彼女の家は裕福ではないと先ほど説明したばかりだ。

 そしてわたしが選んだ選択は少し考えて出た。


「…がんばります!」


 それは傍から見れば虚勢を張っている様に見えただろう。実際にそうだ。

 完全に仕事を引き受けた手前、難易度の高さでえたとは言える訳がなく、わたしは意地を張って刺繍の仕事を引き受けたのだった。その時の相手の女性の表情は後になっても忘れられ無さそうだ。


 後日、わたしは約束の物を持って依頼主である女性の元へと赴いた。


「…出来ました。これでよろしいねしょうか?」


 正直に言えば、ここで駄目だと言われていたらさすがのわたしも失神していたと思った。

 手に持っていた物を広げて見せると、女性は目を見開き驚きで口元を両手で抑えて広げて見えた衣装を凝視した。

 長い裾の絹の衣、その表に黄色い糸で縫われた大きな生き物がそこに居た。女性の注文通り、頭は鳥で首は蛇、背は亀で尾は魚という不思議な姿をした鳥が翼を羽ばたかせていた。


「すっ…ごいわ!墓守さん、あなた本当にとても器用で!もう何て言ったら良いのかしら!とにかく本当にありがとう!こんな他では見ない様な刺繍の入ったふくを着るのが夢だったの!」


 まるで愛しいヒトと対面したかの様に広げていた服を抱きしめ、わたしにその女性はありったけの感謝の言葉を贈り、そして満足気な表情のまま自分の墓へと帰って行った。

 わたしは女性の姿が見えなくなるまで手を振って見送り、そして姿が見えなくなった直後、わたしは膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。

 今回の刺繍は、途中で何度も針や糸を投げ出してしまいたくなった事があり、その度に女性の表情が浮かんで投げ掛けた手を止めては針を進めた。


「…もう、しばらくは針を持ちたくないなぁ。」


 それからわたしは、しばらくの間墓守の仕事を休んだ。もう思考するのも疲れた。

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