第4話 深刻な悩み
不死族には透き通った幽体を持つ幽霊と、腐乱した体を持つ屍体の二種類が居る。その中で屍体には必ずといって付きまとって来るも問題があった。
「おじいちゃん、おからだとってもくさいね。」
どこかの不死族が墓参りに来た孫から言われた一言で、暫くの間墓から出て来なくなった事がある。そしてそれこそが屍体にとっての大きな悩みだった。
屍体は腐っている。故に当然ながら臭う。現在進行形で体が腐食していっているのだから仕方がなく、中には全く気にしない不死族の方もいるが、それは稀な事で、ほとんどの不死族が自身の臭いを気にしていた。
そういった悩み事を聞くのも墓守であるわたしの役目だが、生憎とわたし自身も不死族であり、皆と同じ屍体であるため同じように悩んでいた。
「ほらっ。わたしは両目とも腐り落ちてて、あまりヒトには見せられないんですよ。」
「あら、それでいつも包帯を巻いてたのね。」
屍体同士である墓から起きた不死族の方と話をしつつ互いに不死族である事での悩みを打ち明けていた。わたしの両目であったり話し相手である不死族の方はやはり体のほとんどが腐食しており、臭いがひどいと自分自身に愚痴を言っていた。
「この前もらった防腐剤と防臭剤、あまり効いてないようなのよね。別のものとかもらえないかしら。」
臭いに悩む屍体の方々全員には、腐食を抑える防腐剤と臭いを抑える防臭剤を渡してはあるが、どうもそれが効いていないのではないかと言う疑うが出始めていた。
正直わたしも使っているのだが、あまり効果が無いとわたし自身思っていた。
「お渡しした防臭剤などは依頼して作ってもらったものですが、不備があるようですし後日問い合わせてみますね。」
とは言え、こういった話は実はもう既に何件も受けていた。しかし結局屍体の臭いを完全に消す事は叶っていない。屍体の臭い問題は根強く続いていた。
「私達は自分じゃ臭いってのは分からないもんだけど、やっぱ墓参りに来てくれた家族に不快な思いはさせたくないからねぇ。どうにか出来ないもんかねぇ。」
「そうですねぇ。完全に臭いを断つ、となればそれだけ強い薬を使う事になりますし、そうなれば不死族の皆様の体に良くない影響が出かねませんし。」
命を持たないとはいえ、不思議なものだが今は元気に動き回るいくつもある種族の内の一種族である不死族だって、既存の物の影響を受ける。
実際それで腐食を抑えたりしている訳だから、使う者が強過ぎるとどんな影響が出るか分からない。出来れば不死族の皆には健やかに過ごしてほしい。故に今わたしは板挟み状態となっていた。
「臭いを消す…となれば、何か代わりになる良いものはないでしょうかね。他の皆さんにも話を聞いてみましょう。」
何か参考になればと他の不死族の方に話を聞いて回った。皆同じように防臭剤の強いものを求めており、誰もが悩みに悩んでいる状態であり、あまり良い解決法は聞く事が無かった。
そう思って諦めていた時、一人だけ他とは違う屍体のヒトがいた。
「あー…もらっだ防臭剤ばづがっでばいるが、他にも効ぐ奴をおれもっでるぞ。」
何やら持参で良く効く防臭剤を持っているという屍体の方が居た。一体どんなものなのか詳しく聞いた。
「ごれ、家族が持っでぎだの、どでも綺麗でぜび使っでっで言っでぎだんだ。」
墓参りに来た家族の方から受け取ったものらしく、実物を早速見せてもらった。
それは小瓶に入った液体で、確かに色は薄い桃色をしており、透き通っていてとても綺麗に見えた。試しに匂いを嗅がせてもらうと、わたしの脳裏に一つの答えが浮かんだ。
「これ…まさか!」
そしてわたしはそれが手に入るであろう場所へと向かい、そしてそれを手にした。
後日、例の臭いに関して相談に来た屍体の方に再び会い、買って来たものを見せた。
「…これって、まさか?」
「そうです。今我々が必要としているもの、それがこれだったのです。」
今目の前に置かれたのは、良く効く防臭剤を持っていた屍体がもっていたのと同じもの。小瓶に入った透き通った薄い桃色の薬。
「でもこれって…お手洗い場に置いてある香り瓶よね?」
「はい、そうです。」
手洗い場に置いてある香り瓶、つまりは便所の臭い消しに使われる消臭液です。
つまり我々屍体の臭いは、便所の臭いと同等であり、便所の臭い消しが有効であるという事が発覚したのだ。
その事に気付いたのは件の臭い消しを家族からもらったという屍体の方と、今話をしているわたしと相談にきた屍体の方だけだ。
二人は話を共有し合い、暫くの間黙った後に意を決して口を開いた。
「この事は、他の方々のは黙っていましょう。」
「…そうね。」
問題は解決した。しかし、二人の胸の内にはとても深い傷が残った。
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