第2話 迷惑なもの
墓守は墓場で眠るヒト達にとっては集合住宅地の管理人となる。だから墓守であるわたしに、動く屍体である『不死族』さんが直接相談に来る事がある。
「最近さぁ、カラスが墓の周りと飛んでいて困っているのよねぇ。」
「そういえば、また出始めましたねぇ。」
とある墓石に眠るご婦人が、起きて怱々に墓守のわたしに話し掛けて来た。話の内容は墓に出没する様になった鳥の『カラス』についてだ。
「以前は妖精さんに頼んで立ち退いてもらいましたが、新参のカラスでしょうか?また勝手に墓場に入り込んでしまっているようですね。」
「そうそう!この前墓に供えられた花が荒らされていてねぇ!どっかの墓場の奴が近くで喧嘩でもしたのかと思ったけど、その場に黒い羽根が落ちていねぇ。」
墓場にカラスが現れるのは不思議な事ではない。例えばお墓にお供えされた食べ物なんかを狙ってカラスは墓場の中を荒らしていく。
特にヒトの出入りが少ない場所ではカラスの数は多く、一人二人と墓参りに来たヒトが帰った後、食べ物が無くても置かれた物が何であれ、荒らしていってしまう。
「折角久々にうちのヒトが来てくれたってのに、これじゃ気分が台無しさ!何とかできないかねぇ。」
墓参りに来てくれる事は、墓で眠るヒトにとっては喜ばしい事だ。それを台無しにされては、墓守としてもあってはいけません。わたしは直ぐ様解決すると約束し、その場を後にした。
とは言え、カラスを追い払うのは至難の業だ。カラスは他の鳥と比べて賢い。しかもヒト慣れしてきたせいか、直ぐ近くにヒトが立っても直ぐには飛んで行かず、中にはヒトを襲う事まであるとか。墓場の中ではカラスがヒトを襲う事はまだないが、先は分からない。
以前は動物や鳥の言葉が分かる種族である妖精さんに協力してもらい、その場は立ち退いてもらったが、今回はどうしようか。以前の様にまた妖精さんに仲介人をしてもらっても良いですが、その場合また報酬を支払い事になり、先輩墓守からは次は無いと言われてしまいました。
となれば、最早手段は選んでいられなかった。出来る事ならあまり乱暴なことはしたくない。しかし、屍体に皆の為に、わたしはこころを閉ざして遠慮なくやる事にした。
そして夕方、カラスが一番集まるとされる時間帯にそれは行われた。
墓場に飛んで入り込み、墓石や近くの木に乗ったりして徐々にカラスは数を増やしていた。そこが自分らのナワバリだと主張しているかの様だ。
そこに、大きく眩しいものが射しこんだ。突然の事でカラスは驚き、何羽か思わず飛び上がるほどだった。
それは黄色い光を放つ、大きな傘の様な照明具だ。その照明具をカラス達が止まる墓石や木に向けられ、カラスは光を当たられていてもたってもいられず羽を広げて飛び上がった。
更に照明具の後ろから大きな金物がぶつかり合う音までしてきて、音に驚きほとんどのカラスが飛んで逃げて行った。
しかしまだ粘って墓場に留まるカラスが数羽いた。それを見止めると、わたしは再び音を鳴らし、そのまま走ってカラス達の方へと向かって行った。
光と音が合わさり、静寂とは無縁となったその空間から脱出すべく、遂にすべてのカラスが墓場から飛び去って行った。カラスが全て飛び去るのを見届けて、わたしは勝利を確信して動きを止めた。
「よし!今回はわたしの勝ち!」
わたしは照明具や音を出していたものを下ろして、照明具の電源を落として光を消した。
これらは知り合いの道具の整備士に頼んで借りてきたもので、照明具は本来暗い現場で調査をするためのものだ。音を鳴らしていたのはこれも知り合いの楽器店から借りてきた中古の楽器で、出来る限り大きな音の鳴るものを借りてきた。
どれも絶対に無傷で返すと約束を取り付けてほぼ無理矢理ではあったが、何とか約束は守れそうで安心した。
その夜、相談をしてきたご婦人からの話だ。
「確かにね、あんたのおかげでカラスは墓場から離れたけどさ、あんたが眩しく辺りを照らしたり、音を出して煩くしたせいで、眠ってた奴ら皆起きちまったじゃないかい!」
「すっすみませんでしたぁ!」
カラスを追い払い為に張り切り過ぎたために、騒音やら光源で普段は深い眠りについている屍体さんまで起きてしまい、墓場一帯はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。これでは落ち着ける筈が無かった。
「すみません!本当にすみません!」
わたしは何度も謝罪をし、ご婦人や他の屍体さんは怒った様な、呆れた様な表情でわたしを見ていた。
「頑張り屋なのは知ってるし、一生懸命やってくれたもの知っているけど、やり過ぎないようにね?」
「…はい。」
重々気を付けます、そう言いわたしは頭を上げる事無く謝罪の体勢のまま夜を明かした。今すぐに墓穴を掘ってその中に入りたい。
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