墓守シ人喜譚

humiya。

第1話 愉快な墓場

 手入れがされず伸び放題の雑草に歩く度に音が鳴る砂利道、場所によっては葉っぱが一枚も生えない枯れたも同然の小さな木も生えている事だろう。

 そんな生き物の気配も何も感じられない、この世で最も陰気な場所と思われる場所が『墓場』と呼ばれる場所であろう。

 荒れた土地の中、一際目を引くのは場所の名前の所以となる墓石の数々。墓参りに来る者がいれば多少は手入れのされたものもあるが、中には身内のおらず来る者が一人もいなくなった無縁仏と化してただの石の置物となってしまった墓石も置かれている。

 そんな見るも無残な状態になっていても、それを取り壊す事もせず、他の墓石と同様に見舞う親族の代わりにそれらを手入れ、もしくは管理をするものがいた。

 それが『墓守』であった。

 この色んな種族が存在する世界にとって墓守もまた、墓を代理で管理しそれを生業にしていた。一見すれば地味でやる事がほとんどない仕事に思えるが、実際の所やる事はあるし、何よりも『この世界』では特に墓守は多忙であった。


 日が沈み、道行く人もほとんど見られなくなった時間帯に、墓地の中をわたしは歩いていた。

 わたしの身なりは薄汚く、お世辞にもおしゃれという言葉とは程遠い。しかしそれを気にせず、わたしは辺りを見渡しながらゆっくりと足を進めた。

 遠くで何かが動くのが音になり、耳に届いた。思わず音のする方を見たが、肉眼では見る事が出来ない。だから音の出所を見る為にわたしは歩いて音のする方へと近づいた。

 乾いた草が踏まれて小さく悲鳴を上げるようにして音が鳴る。まだ何かが進む先で蠢いている。わたしは黙ってそこに近づく。ついに手を伸ばせば届く距離まで来て、それはとび出してきた。

 影だけを見ればそれがヒト型だった。しかし肌は崩れ落ち、着ている衣服は破け、目は腐り落ちて腕や足、胴体の崩れた箇所からは白い骨が見えた。

 俗に呼ばれる『腐敗屍体ゾンビ』がわたしの目の前でその全体を見せてきて、わたしは大声を上げた。


「きゃあああああっ!

 何しているんですか!前を閉めないで着て!ちゃんと留め具ボタンをつけてください!」


 わたしが指摘すると、その腐敗屍体ゾンビさんは慌てて手で服を抑えて肌蹴た体を隠しけど、元々着ている服が穴だらけで隠しきれていなかった。


「あぅ…あぁ、ずみばぜん。…留め具、ちょっど…取れちゃっでで。」

「そうでしたか。…もう!それなら尚更うろついてちゃだめでしょ!通行人に見つかっていたら、痴漢に間違われていましたよ!」

「あぁ…ぞうでずね。ほんと、がざねがざね、ずみまぜん。」


 腐敗屍体ゾンビさんは礼をしてから申し訳なさそうにして自分が眠っていた墓石の方へと戻って行った。


「隣の墓石と間違えないでくださいねぇ!…さて、まだ迷子になってるヒトはいないかな?」


 一人の腐敗屍体ゾンビさんを見つけたわたしは、再び墓場の見回りに戻った。

 この世界では、屍体が動き回る事は決して不思議では無い。魔法を使って森でヒトを迷わせる妖精がいれば、獣の姿をもったヒト型の獣人という種族もいる。はては羽が背中から生えた者、角を持っていたり竜の頭を持っていたり、色んなヒトがこの世界にはいる。

 だから動き回る屍体、種族名では『不死族』と呼ばれるものもこの世界では常識の範囲内であった。

 そして墓場は言ってしまえば『不死族』達の集合住宅地である。だからその場所を管理するヒトもいる。それがわたしだ。

 墓場では『不死族』さん達の事故や事件が絶えません。先程の様に墓から起き上がって徘徊して、そのまま迷子になってしまうヒトに、隣の墓とで喧嘩を起こしたりと、命が無くても危険な事も起こる。

 墓守は、ただ墓石を守るだけでなく、墓石に眠る『不死族』となった屍体達の安全を守るのも役目だ。


「あぁだめですよ!それは他の墓にお供えられた花なんですから、かじったりしてはいけません!」


 『不死族』は意識はあるものの、頭まで腐ってしまった人もいるために突飛な行動を起こすヒトがいて、本当に目が離せない。

 しかし、だからといってサボったりしてはだめだ。安心して墓と屍体を守らなくては、その親族もご先祖も、きっと将来眠りにつくであろう生者達にも申し訳がない。

 だからわたしは今日も寝ずの番で墓を見守る。あぁ、そもそもわたしは眠らなくても大丈夫だ。だってわたしも『命を持たないヒト』だから。


「はぁ…『不死族』だから身体的な疲労が無くても、心に疲れが溜まっていくなぁ。」


 今度心の休憩がてら、綺麗なお花畑で横になりたい。

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