第23話 黒い雷刀、炸裂
氏真の振るう左文字の一閃が、
「おの、れぇえええっーー!!」
「貴様だけは、殺して、やる、ぞぉお!!」
晴氏と朝定の咆哮が、暗い夜空に響く。
そして瞬時に、上半身と下半身が切断された肉体が、ゴボゴボと泡立って再生していく。
人間とは思えぬ再生力であり、すでに魔物のような肉体を得ている証拠だ。
彼らは人の肉体を捨てて、公方様、のために悪事に手を染め、自らの魂までも暗黒に塗りつぶしてしまったのだ。
「うぬぶぁああああっ!!」
血のあぶくとなった涎を撒き散らしながら、上杉朝定が黒い刀を振るう。
黒い血がしたたった刀を、氏真はかわした。
朝定の血が飛び散った箇所が、ぶすぶすと音を立てて溶ける。
その臭いから、毒、もしくは硫黄に似た闇魔力か、と氏真は理解した。
あの黒い闇の炎は、純粋無垢な炎ではなく、生物を蝕む硫黄成分のごとき青黒い炎だったのだろう。
「炎で断面を焼いても、この再生速度……マジで人間じゃねえよな」
氏真は飛び退き、立ち上がった二人を見た。
足利晴氏も上杉朝定も、体の至るところが焼けただれた亡者のような見た目をしている。
ところどころは人間らしい顔や皮膚もあるのだが、それでも痛々しい見た目には変わりない。むしろ半端に人間らしいせいで、より不気味な亡者剣士の姿になった。
「で、それがあんたらの真の姿ってわけか。ずいぶんマヌケな姿だ」
嗤う氏真に対し、晴氏と朝定は血走った眼をたぎらせ、獣のように唸る。
「我らが本気を出したからには、もう遅いぞ……氏康と義元にやられた借りを、十倍にして、お前に返してやる」
「後悔させてやるぞ、小僧。お前のその女みたいな顔を、グズグズに燃やして、溶かして、目も当てられぬ死にざまにしてやるからなぁっ!!」
憎悪をつのらせる二人の亡者に対し、氏真はため息をつく。
「俺の親父と義父殿に負けたからって、俺に意趣返しか。ったく、大人げないオッサンどもだ」
氏真は左文字を構え直す。
言葉ではこの二人を軽んじている氏真だったが、この二人はかなり強い魔物だと察知して、油断なく刀を構えた。
そして闘気を解放し、闇魔力を最大限にまとう。
魔物となった二人の剣士、落ちぶれた武将の亡者たちを、真っ向から斬り捨てるために。
「来い。今度こそ、引導を渡してやるよ」
氏真が待ち構え、晴氏と朝定が斬りかかる。
二人の亡者剣士は青黒い太刀を振り回し、同時に毒血のしずくを振り飛ばす。
飛散する毒と刃が、無数に、休みなく襲いかかる。
なかなか氏真に反撃のチャンスが来ない。
氏真は左文字一本で応戦して、二人分の魔剣士の猛攻をさばいている。
それだけでも人間業ではないのだが、やはり反撃しなければ勝機はない。
しかし下手に反撃すれば、毒に冒される危険がある。
魔王メルゴスと同じく、闇魔力で形作られたエネルギーは、人体を蝕む。
「うはははっ!! どうしたどうしたあああああっ! あれほどデカい口を叩いていた割には、貝のように縮こまっているではないか!」
「手を止めた時がお前の最期だ! いくらキサマの鹿島の太刀が上手といえど、我らの猛攻は止められまい!! 攻め時を逃せば死ぬ!! これが戦の真髄というものだぞ、青二才め!!」
守り続ける氏真に対し、朝定も、晴氏も、あざ嗤う。
人間と違い、魔物に息切れはほとんど存在しない。晴氏と朝定は人間をやめて魔物の肉体を得たことで、無尽蔵の体力と再生能力を得たのだ。
魔力を得たとはいえ、氏真は人間である。
当然、体力は有限で、いつかは崩れる。
「よっと」
氏真は後ろに跳び退き、天文台よりも少し下の位置にある、魔術学院の屋根の一部に着地する。
魔術学院の屋根、尖塔が複雑に建っているため、まるでその屋根全体が迷路のようになっている。
「ふはははっ、そんなところに逃げても意味ないではないか!」
「足をすべらせたら一巻の終わりだぞ? 我らと違い、人間の体は脆いからな! 落ちたら即死間違いなしだ!」
晴氏と朝定は、氏真を見下ろして、あざ笑う。
「はあ、ごちゃごちゃうるさいなあ。来るなら来いって。俺は別にどこでも戦えるからさ……あ、意外とあんたら二人とも、高いところ怖かったりする?」
キョトンとする氏真に、二人の目に怒りの炎が帯びる。
「ぎ、ぎぎっ……なら、良いだろう……!!そんなところに逃げ込めば、我らが諦めると思ったか!」
「後悔しても遅いぞ! 落ちたら終わりの場所で、キサマがどれほど動けるか見ものだな!!」
晴氏と朝定は天文台から飛び降りて、学院の屋根の上に着地する。
三人がいる場所よりも高い位置にある屋根もあるが、この場所も充分高く、人間が落ちたらひとたまりもない。
だが、氏真は呑気に刀を肩にかつぎ、二人の怪物を見据える。
怪物となった晴氏と朝定は、藍色の炎をくゆらせる毒の太刀を構える。
「我らが落下を嫌がり、尻込みすると思ったか?」
「こんなところに逃げ込んだのが運の尽きだな。戦乱を知らぬ甘い若造の策など、我らに通じるわけなかろうが」
二人は歯を見せて笑う。
しかし氏真はまったく気にすることなく、脚から闇魔力の『
「むっ……?」
「なんだ?」
闇の毬を精製した氏真に対し、怪訝そうな目を向ける二人。
そんな二人なぞ気にせず、氏真は呑気な様子で、闇の毬をリズミカルに蹴り上げ続ける。
まるで、二人のことなど無視して、蹴鞠に興じているかのような。
そんな様子で、ポーン、ポーン、と蹴り上げる。
「お、のれ……ふざけているのかあっ!!」
先に朝定が激高して、向かってくる。
その瞬間、氏真が闇の毬に対してボレーシュートを浴びせた。
黒い剛球が、朝定の顔面に迫る。
「うぉっ!?」
ギリギリで身をかがめて、朝定が毬をかわす。
しかしその直後、氏真の飛び膝蹴りが、朝定の顔面に直撃していた。
亡者のような外見になったといえど、鼻が折れる激痛は変わらない。
「ぐがぁっ!?」
朝定は鼻から血を噴き出し、後ろに倒れる。
「このっ……」
晴氏が氏真に太刀を振るおうとする。
だが、そんな晴氏の後頭部に、闇の毬が激突した。
先ほど朝定の顔面を襲って通過した毬が、なんと晴氏の方へ帰ってきたのだ。
「あ、がっ!?」
「ほい、隙あり」
氏真の左文字が一閃し、晴氏の右腕を斬り落とす。
後頭部を襲われた晴氏は、氏真の太刀をかわせず、為すすべなく片腕が落ちた。
「で、こいつはオマケだ!」
そこで氏真が左手の掌底を浴びせ、晴氏の肉体を吹き飛ばす。
晴氏は尖塔の壁に叩きつけられ、壁がビシィッと音を立てて亀裂が入る。
強力無比な力の掌底、
「ぅおのれぇええええっ!!!」
朝定がガバリと立ち上がり、やたらめったらに剣を振り回す。
「ほい、ほいっと」
氏真はその猛攻をいなしながら、朝定に尋ねる。
朝定は必死に斬りかかっているのに、まだまだ氏真には余裕が残っている。
「あんた、俺が剣術だけだと思っていたのか?」
「なん、だと!」
「こちとら色々かじってるから、剣以外の殺し方なんて色々あるし……それに、二人がかりで必死に斬りかかった末に、俺の剣術をやっと封じたからって、あんまり喜ばない方が良いと思うけどな。他人に言えないだろ? そんなこと」
「きさ、まああああ!! どこまで愚弄するか!!」
「事実だろ、今のは」
氏真は朝定の刀をいなしている途中で、前蹴りを浴びせた。
腹部に真っ直ぐぶちこまれた蹴りは、まるで砲弾のごとき威力で、上杉朝定の巨体が吹き飛んだ。
「げぼぁっ!!」
蹴鞠で鍛えた蹴りに、強化された魔力の一撃。
並の魔物であれば、今の蹴りで肉片になっていただろう。
無論、朝定も無事では済んでいない。
氏真の前蹴りを喰らった内臓が、見事に破壊されていた。
「もらったっ!!」
晴氏が跳びかかり、氏真を背後から斬り捨てようとする。
だが、そこで闇の毬が跳んできて、空中にいた晴氏の胴体に激突する。
「おごっ!?」
魔力で形作られた毬が勢いよくぶつかってきて、晴氏の体はまたも吹き飛ぶ。
もはや闇の毬は、生きているかのように氏真を守り、敵に執拗に襲いかかる。
『なんという、やつだ!! あれほどの剣術がありながら、蹴りと掌打も織り交ぜ、さらには遠隔で闇魔力の運用など……人の身を捨てた我らよりも、キサマの方が化け物ではないか!』
晴氏は戦慄していた。
今や氏真には隙が無い。剣術だけでも二人がかりで互角だったのに、格闘術と遠距離攻撃を織り交ぜられると、対策の仕様がない。
驚異的な再生能力で生き残れる晴氏と朝定であっても、この氏真という若者は殺せないのではと思い始めてきた。
「足利殿、怯むな!! こいつは所詮は人間だ! どれだけの手練手管で我らを押さえようと、いずれは我らが上回る!!」
朝定が怒鳴り、血走った眼で、氏真に斬りかかる。
たしかに彼らの肉体の再生能力は、とんでもないものだ。
その再生能力を盾にして持久戦に持ち込めば、いつかは氏真を殺すことができる。
それが晴氏と朝定の強みである。
あとは消耗して動きが鈍ったところで、毒を浴びせて弱らせれば、どんな達人でも確実に死に至る。
「あっそう……なら、俺の新たな鹿島の太刀を、試してみるか?」
氏真は左文字を上段に構え、朝定を睨む。
黒い闇魔力をまとった左文字が、変化する。
パチッ、パチッと弾けた音が響き始める。
「……なんだ?」
朝定も、晴氏も、目を見張った。
それと同時に、
まずい、と思った。
まるでそれは、自分の体に落雷が落ちるような、
そんな、不吉な前兆ーーー
「闇魔力の最大火力……雷神タケミカヅチの黒き雷剣」
その瞬間、朝定は距離を取ろうとした。
本能で、
「逃げなければ死ぬ」と悟ったのだ。
「あっ……!?」
しかし、振り返ると。
すでに氏真が瞬歩を使い、背後に回り込んでいたのだ。
「じゃあな、おっさん」
左文字が黒く輝き、稲妻が弾けた。
轟音とともに黒い落雷が放たれ、魔物となった上杉朝定の肉体が、丸焦げた肉片となった。
「鹿島の太刀、黒雷の魔術剣ーーー
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第23話を読んでいただき、ありがとうございます!!
久しぶりの戦闘シーン、氏真の圧倒的な強さが見れて良かった!!
新技の炸裂、蹴鞠のシーンもすごくかっこよかった!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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鈴ノ村より
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