第24話 同じ鹿島新当流の老剣士




「鹿島の魔剣ーーー霹靂はたたがみ




 俺の振るった左文字の太刀が、黒い稲妻をほとばしらせた。

 闇魔力は自由度の高い属性だが、それゆえに、使い手の心象風景や性格が映し出されるのだろう。


 俺が意図したわけではないが、鹿島新当流の剣術から繰り出された闇の太刀は、鹿島神宮の『雷神タケミカヅチ』になぞらえたものになるらしい。


 黒い雷撃の威力は推して知るべし。


 何度斬っても、蹴っても殴っても再生していた上杉朝定の肉体が、たった一太刀で、黒コゲの肉片になった。あちこちに肉片が飛び散っているので、死体に慣れている俺でもドン引きする惨状だ。




「さて、と」



 

 俺は晴氏に近づき、背後に回り込む。

 それと同時に、晴氏の首筋に左文字の刃を当てる。




「逃がさねえよ。あんたには聞きたいことがあるからな」


「ひっ……!」




 晴氏は俺の一撃を見て、恐れおののいていた。

 相棒であった上杉朝定が肉片になったのを見て、戦意は喪失していた。




「一つずつ聞いていくぞ。魔王メルゴスの復活、魔界の門の発生……どれも、あんたらの仕業で良いんだよな?」




 俺の問いに、晴氏はうなずく。

 人を辞めて、亡者のような見た目の剣士になったというのに、彼の表情は人間らしい恐怖を色濃く残していた。




「あんたら一味の頭は、クボー様、というヤツなんだろう? 俺は最後の古河こが公方くぼうである、晴氏アンタが一味の頭かもしれないと思ってるんだが」




 もちろん、ひとかけらもそんなこと思っていない。

 晴氏は肩書こそ『古河こが公方くぼう』だが、今起こっている一連の事件の首謀者とは到底思えない。はっきり言って、そんな器じゃない。




「どうなんだ。あんたが首謀者だって言うなら、ここで殺してやる。一番の悪人を生かしておく必要はないからな」




 俺は微笑み、晴氏は震える。

 

 これは賭けだが、この晴氏の肝っ玉を考えれば、こいつは自分のことを「私が首謀者です」って言って、首謀者や仲間の事をかばうことはしないはずだ。

 むしろ自分の命を守りたいがために、平気で仲間や指導者を売るヤツだ。


 そして、俺の推測は当たった。




「わ、私ではない! 私も、上杉殿も、命じられて渋々従っていたまでだ! どれもこれも、公方様のご指示によるものなのだ!」




 へえ、コイツの口から、公方様ときたか。

 

 曲がりなりにも古河公方であるこいつが、公方様と呼ぶということは……だいぶ絞れてきたな。

 



「あんたが公方様と呼ぶってことは、本流の足利氏の誰かだな」




 俺は左文字の刃を、晴氏から離した。


 すでに晴氏は、自分の一味について口を割った。

 人は一度しゃべり始めたら、もう一から十まで話すしかなくなる。


 ゆえにここで緊張を解かせて、ちゃんと話せば生かしてくれるかも、と思わせることが大事だ。




「それで良いんだ。あんたがちゃんと素直に話してくれるなら、俺も殺すつもりはない。一番悪いのがあんたじゃないってことは、ちゃんとわかってるからよ」


「う、うむ」




 俺が微笑むと、晴氏は刀を手離し、その場に座りこんだ。

 緊張が緩み、膝から力が抜けたのだろう。




「さて、公方様についてなんだが、そいつの正体と居場所を教えてくれ」




 早速、最も重要なことを問うことにした。


 しかし晴氏は渋い顔をした。



 

「そ、それが、私も詳しいことはわからんのだ」


「……は?」




 俺が殺気をにじませると、晴氏は慌てて首を振った。




「違う、違うんだ。なんとなくはわかっているが、直接やり取りできる機会が少なく、確証を持って正体と居場所を答えることができない……公方様、と皆は呼んでいるが、その御方に会えるのは幹部だけなのだ」

 



 なるほど、そういうことか。

 となると晴氏も朝定も、この一味の中では幹部ではなく下っ端……良くて中の下の部下ってところかな?




「じゃあ、知っている範囲で一味のことを教えろ。活動範囲、主な構成員、その他もろもろをな」


「わかった……活動範囲は世界中で、活動拠点がいくつもある。私が知っている中では東のウォンドラス帝国と、この北国ブルフィン、それと砂漠国アーバンに、海洋商業同盟の……」




 晴氏は活動拠点のある国と、その国の中でどの都市にあるのか教える。

 俺も把握していない国もあるから、これは後でお春やカミラと照らし合わせるか。



 

「じゃあ、次は知っている仲間について答えろ。あの戦国時代の転移者は何人いる? そもそも転移者のみで構成された一味なのか?」


「あの時代の人間が多いのは確かだが、一概にそうとは言えない。身に着けている衣服に刻まれた家紋や言動から、ずっと前の戦乱で活躍したと思われる人間もいる……そのほとんどが、すでに我々と同じく、魔物のような力を得ているが」


「ほうほう。じゃあ、あんたが知っている中で、一番危険なヤツを教えろ」


「そ、それは……その」




 一番の危険人物と聞いて、晴氏の顔がこわばる。


 どうやら、よほど恐ろしいヤツがいるらしい。

 公方様ではないが、それに近しいヤツがいるのだろう。




「あ、あの方の側近だ。あの、……」




 その瞬間、凄まじい殺気が辺りを覆った。

 俺ですら背筋が凍り、すぐさま闇魔力を全開に放出した。


 どんなに強力な不意打ちが来ても、殺されないために。


 だが、




「用済みじゃ、晴氏殿よ」




 老いた男の声が聞こえた直後、




「ひ、あっ」




 ぼとり、と晴氏の首が落ちた。

 最後に小さな悲鳴を上げただけで、あとは、勢いよく血が噴き出していく。



 俺が振り返ると、少し高い屋根に、一人の男が立っていた。

 

 その男はおきなの面をつけており、顔は見えない。

 右手には太刀を持ち、立ち姿に隙が無い。

 俺よりも小柄だが、放たれる殺気と威圧感から、ただ者ではないとわかる。


 青白い満月を背にして立つ姿は、どこか幽玄な貫禄を備えている。



 

「口封じかよ、やってくれたな」




 俺はそう言った。



 

「仕方ないじゃろう。情報を漏らすような人間は武士としてあるまじき存在じゃて」


「ふん、裏でコソコソ隠れて部下に悪ささせるような人間が、いっちょ前に武士を語るってか。洒落でも面白くねえんだよ」


「ふほほ、ずいぶん言ってくれるのう」




 会話を続けながら、俺はその翁面の剣士を観察した。



 声の感じからして、かなり上の年齢だ。

 もしかしたら俺より年上の戦国武将……いや、そうとも限らない。

 

 俺は若い姿で転移したが、足利晴氏と上杉朝定はなぜか中年ぐらいだったし……もしかしたら、その人間にとっての全盛期(と思われる)肉体年齢になるのか?

 上杉朝定は若い時期に討死したって聞いたが、ヤツは全盛期が来る前に死んだクチなのか?


 そもそも、俺と同じ時代に生まれた武将とも限らない。



 そして、一番気になるのはヤツが持っている刀だ。

 晴氏の血が付着しているというのに、刃は妖しい輝きを放ち、どこか粘り気のある色気すら感じさせる。


 間違いなく名刀だ。

 左文字に勝るとも劣らぬ輝きと威圧感……つうか、その刀、どっかで見覚えがあるぞ。




「ふぅーーー」




 俺は左文字を構えた。


 鹿島新当流の最終奥義、ひとつ太刀たち

 それを放つための、特殊な上段の構えだ。


 そして、またも俺の推測は当たった。




「かかかっ……面白い」




 その老剣士は、俺とまったく同じ鹿島上段の構えをとった。

 

 見よう見まね、ではない。


 間違いなくコイツは鹿島新当流を修めている。

 しかも、とてつもない熟練度で。


 同じ流派の剣士が、異世界の夜にて構え合っている。




「……鹿島新当流、飛天ひてん太刀たち!!」




 即座に俺は中段の構えに切り替えて、上の屋根にいる老剣士に斬りかかった。

 上方にいる敵に対して有効な、高威力かつ高速の斬り上げだ。




「ほほう……鹿島新当流、たきおとし太刀たち




 老剣士が放ったのは、やはり鹿島新当流の技。

 下方にいる敵に対して有効な、強烈な斬り下ろしの一撃だ。


 刃と刃がぶつかり、夜の空気を震わせる。

 互いの闘気が弾けて、押し合い、ビリビリと空気が振動し続ける。




「うぉおおおおおっ!!」


「むううんっ!!」




 そこから斬り合いが勃発する。

 上下左右に入り乱れて斬り結び、一瞬で数十の剣閃がほとばしり、同じ数の火花が炸裂する。


 いくつもの尖塔と尖塔の間を飛び回り、暗い空気を突き抜ける。

 両者の刃が閃き、交わされ、幾度も幾度も、夜の闇を弾いて響く。



 マジかよ、この老剣士……

 俺が全開全力で斬りかかっているっていうのに、平気でついてきやがる!!


 技のキレと威力は、俺が勝っている。

 だが、力の使い方は向こうの方が上だ。玄妙、という言葉が一番合っている。

 同じ鹿島新当流の剣術でも、向こうの剣の方がより柔和で、なめらかに攻防を為しているのだ。




「鹿島の魔剣ーーー冥業めいごうももかがりッ!」



 

 闇魔力を黒い雷に変換し、雷撃の乱舞を浴びせる。

 これには老剣士も対応しきれなかったのか、数十回の太刀のうち一太刀だけが防御をかいくぐり、翁の面を切り裂いた。


 老剣士は飛び退き、身軽に体を反転させながら、離れた尖塔の屋根に着地する。




「うおっ……今のは危なかったのう。まさに修羅のごとき猛攻じゃ」




 老剣士は顔を押さえつつ、楽しそうに嗤っていた。


 そして、割れた面の部分から、わずかに顔が見えた。




「見事よの、氏真殿。そなたのような素晴らしい人間が埋もれるとは、やはりあの時代は異常としか言えぬのう。まあ、そなたの場合、埋もれることが目当てであったのじゃろうが」




 老剣士の言葉には、慈愛と憐憫が見え隠れしていた。


 俺が実力を隠して暗愚を演じ切っていたことを、この男もとうに知っているのだ。

 つまり、少なくとも俺と同じ時代に生きた男であることは判明した。


 いや、もうわかってしまった。

 その穏やかな目元と、剣術と、行平ゆきひらの銘が刻まれた刀で……コイツの正体がわかった。







「まさかあんたが転移していたとはな……細川、幽斎ゆうさい殿」







 彼の名は、細川藤孝ふじたか

 またの名を、細川幽斎ゆうさい玄旨げんし


 歌道茶道に秀でた一流の文化人でありながら、戦乱の世を生き延びた、れっきとした戦国武将。


 そして鹿島新当流の免許皆伝を受けた、まごうことなき剣の達人である。




 



 





 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2章、第24話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 新たなる刺客が出てきて面白かった!!


 同じ鹿島新当流の対決、細川幽斎との斬り合いシーンがカッコよかった!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 今後ともよろしくお願いします!!




 鈴ノ村より




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 仕事の都合やスケジュール等で、毎日投稿ができない場合がありますが、 なるべく毎日投稿ができるように頑張ります!!

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