第21話 vs 学院の潜入者たち
ブルフィン魔術学院の地下。
ここには闇と寒気が織りなす洞穴があり、その中心には何世代も前に打ち捨てられた廃校舎がある。
洞穴の底の穴に、斜めに崩れた校舎が、ピッタリとはまって、そのまま劣化しているのだ。
現役の教授ですら、この廃校舎の存在を知らない。
仮に知っている教授がいても、行き方を知っている者は皆無である。
だが、そのに、二人の男の声が、もごもごと静かに響く。
「あの4人、早々に消さなければならないな」
「だが、全員殺せば目立つ」
「女たちだけ仕留めるのはどうだ? 帝国の皇女はともかく、他の2人は我らで始末できる」
「馬鹿なことを。あの金髪の女剣士くらいなら問題ないが、帝国の皇女、北エルフの姫君となると、後始末が大変だ」
「なら、どうするんだ」
「……最優先すべきは、あの暗愚だ。あやつを殺せば、女たちの結束などなくなる。必然的に、我らの邪魔をする者はいなくなる」
暗い闇の中で、二人の男の声が響く。
地下の湧き水の音が、ちょろちょろと流れ続ける、じめじめとした場所。
魔術学院の誰も知らぬ、打ち捨てられた肥溜め。
その地下の廃校舎の教室にて、二人の男がひそみ、やがて動きだす。
「今川氏真をおびき出す。やつの性格なら、たとえ自分とあまり親交の深くない者でも人質にすれば、あやつ一人で来るはずだ」
氏真たちが魔術学院に潜入してから3日目、4日目、ともに何事も起こらなかった。
氏真が蒼竜学級の生徒たちを叩きのめすという事件はあったが、一時入校の学生に目くじらを立てても仕方ないという雰囲気で、とりあえず事が収まったのだ。
純血正統派の魔術教授たちは怒り心頭だったが、さすがに一つの学級の生徒を全滅させる男など、まともに相手したくない。それでなくても魔王殺しと呼ばれる剣豪なのに、絶大な闇の魔力を得たとなると、いよいよ手が付けられない。
魔王殺しの今川氏真、そしてその妻(暫定含む)たちには、絶対に手を出すな。
それが魔術学院における暗黙のルール、不文律となり始めた。
ゆえに3、4日目の2日間は、平和に、何事もなく、彼らは演習場で実技訓練を受けた。純血正統派ではない教授によって魔術の基礎を教え込まれ、氏真、カミラ、ルルは実技の中で上達した。
なお、お春ことハル・レ・ウォンドラスは、魔術教授から「私からあなたに教えられることはありませんよ。むしろこっちが教えてもらいたいくらいなので」と言われ、実技訓練イコール自主訓練と読書だった。
「……ふーむ」
4日目の夕方から、氏真は一人で教室のすみで、刀を研いでいた。
彼の持つ刀は、左文字。
言わずと知れた天下の名刀であり、父義元公から天下人たちの手に渡ったという経歴を持つ刀だ。
この刀を丹念に手入れし終えた氏真は、刃をじっと見つめる。
すでに陽は落ちて、青白い月明かりが教室に差しているというのに、まだ氏真は刀をじっと見たまま動かない。
お春も、カミラも、ルルも、まだ起きている。
しかし誰一人として、氏真に声をかけない。
お春が、今は声をかけてはいけない、とカミラ、ルルの両名に言ったのだ。
「二人とも、もう寝ましょう」
お春は魔術で作ったベッドを用意して、二人に早く寝るようにうながした。
「え、でも、ウジザネさんがまだ」
「良いのよ。眠くなったら寝るでしょうし、ああしている時は、余計なことは言わない方が良い」
「わかった。大人の女の、よゆーってやつだね」
「あはは……ちょっと違うけどね」
ルルがうんうんとうなずき、ハルが苦笑いする。
カミラはそれでも氏真のことを気にしていたが、氏真はカミラたちの方を向くことなく、刀をまっすぐ立てて持ち、それをじっとながめていた。
それからしばらくして。
三人が寝静まったところで、氏真が立ち上がった。
彼の手には、手紙がある。
今日の実技訓練の直前に男子トイレに寄った際、そのトイレの天井につるされていた手紙だ。
それを取って読んでみると、集合する場所と日時、そして、誰にも告げずに一人で来いと書かれていた。もちろん、誰かに言えば取り返しのつかないことになるぞ、という脅しも添えて。
『おそらく黒幕一味の誰かが、目障りな俺を殺そうとしているのだろう。しかも文面から察するに、何かしら人質のようなものを用意しているに違いない。まあ、お春たちでなければ、そこまで気にすることはないが』
そう考えつつ、氏真が立ち上がる。
すると。
風魔術でゆっくりと運ばれてきたメモ紙が、氏真の視界に入る壁に張り付いた。
こっちは心配しないで。
思いっきりやりなさい。
お春。
と、ハルの字で紙に書かれていた。
氏真は振り返り、お春たちの寝ている方を見る。
今も三人は寝息を立てているが、どうやら少なくともお春だけは、氏真が置かれた状況を察して、激励とともに安心を与える手紙を送ったのだ。
氏真は微笑むと、無言で教室を後にした。
暗い廊下の中を進み、螺旋階段を上り、時には下り、廊下の曲がり角を5つ以上は曲がって、氏真は呼び出された場所におもむく。
呼び出された場所は、天文台。
ブルフィン魔術学院でも入り組んだ場所にあり、かつ、かなりの高さに位置する広大な屋上広場である。
特別な学生や教授しか入れず、普段なら固く鉄格子の扉が閉じられているのだが、今夜はなぜか開け放たれていた。
夜風は涼しく、青白い月光と星明かりが降り注ぐ。
天文台には、四人の人間がいた。
二人は黒いローブに仮面をつけた男たちで、その男たちに捕らえられているのが、学生服の少女二人だ。
氏真は少女たちに見覚えがあった。
「ダリア……アンナ……」
「うっ、うじざ……っ!」
氏真が声をかけると、二人は助けを求めようと声をあげたが、すぐに仮面の男たちに刃物を突きつけられてしまう。
「おい、貴様ら、約束通りに来てやったぞ。さっさと二人を離せ」
仮面の男たちに対し、氏真は闘気をぶつける。
ビリビリとした闘気を肌で感じて、男たちは仮面の下で苦笑いする。
たしかにこの暗愚と呼ばれ、それを演じ続けた男は、化け物だ。
だからこそ彼らは、真っ向から勝負することを避けた。
人質を使っておびき寄せて、それ以降の戦いも人質を利用して、優位に立ち回ろうとしている。
しかし。
「言葉もわからねえのか、てめえら」
氏真がさらに闘気を解放し、闇魔力を全身から噴出させると、そのあまりの重圧によって、男たちの手足がわずかにこわばる。
そして、この氏真の怒気を見て、彼らは理解した。
さすがの氏真も、完全なるお人よしではない。
いくらダリアとアンナが少女とはいえ、あまり親交のない二人を無理に助けようとして無抵抗で殺されるくらいなら、二人の命を諦めて戦う判断を下すだろう。
妻を含めて3人の女を悲しませないようにと、その線引きを持っている男だ。
「おお、怖い怖い。いつもへらへらしていた暗愚殿とは思えぬ態度だ」
「良いだろう、約束は約束だ。この少女たちのことは解放しよう」
仮面の男たちはダリアとアンナを解放した。
二人は泣きながら氏真のもとに戻り、彼の影に隠れる。
「巻きこんでしまってすまなかった。あとは俺がやっておくから、二人は安全な場所に逃げることだ」
「は、はい……!」
「ありがとう、ございます」
ダリアとアンナはまだ恐怖がぬぐえぬ様子だったが、氏真の指示通りに天文台から逃げていった。
氏真は二人を見届けてから、仮面の男二人に向き合う。
「さてと、どうせ前世の俺のことを知っているやつなんだろう? その仰々しい仮面なんか捨てて、さっさとかかって来い」
「ふふっ、そうはいきませんね。我らは顔を知られることなく活動しなければならないゆえに」
片方の男がそう言うと、氏真は目を丸くした。
「え、お前、何言ってんだ?」
「む?」
「なんで今夜死ぬ人間が、明日のことを考えているだよ」
氏真の挑発に、男たちの空気が変わる。
「あのさ、どうせお前らも、戦国の世で鼻くそみたいな人生を送ってきた敗北者だろ? だったら敗北者らしく、他人様に迷惑をかけない生き方をすべきだろうが」
そう言って氏真は、白い歯を見せた。
「こ、この、能天気な暗愚ごときが」
「お前こそ、ここで殺してやる。魔王殺しといえど、今の我らに勝てると思うなよ」
男たちは強い殺気を帯び、魔力をまとった刀を構える。
その刀はどちらも禍々しい、黒い炎を帯びていた。
「へえ、刀ね。あんたらも俺と同じクチか……かかっ、面白いなあ」
氏真も左文字を抜き、男たちに切っ先を突きつけて、あざ嗤う。
「さあ、どっちがより負け犬なのか、決めようぜ」
夜空の下の天文台で、落ちぶれた男たちの死合いが始まった。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第21話を読んでいただき、ありがとうございます!!
お春と氏真の信頼関係が素晴らしくて好き!!
久しぶりの戦闘シーン、黒幕につながる敵との戦いが楽しみ!!
仮面の男たちの正体も気になってワクワクする!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)
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今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
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