第20話 黒幕、クボー様とは?



 蒼竜学級の生徒たちを一斉に倒した氏真は、夕方になってから、学院本館から離れた棟の空き部屋に戻った。


 この空き部屋こそ氏真、ハル、カミラ、ルルの四人が寝泊まりする場所である。

 一時入校生とはいえ、普通ならもっと良質な部屋をあてがうものだが、純血正統派の教授たちが『どうせ一週間でいなくなるのなら、帝国の皇女がいたとしても、空き部屋で充分だ』と学長に言い張った経緯がある。


 氏真がその空き部屋に戻ると、すでにハルとルルが戻っていた。




 ここで、氏真視点に戻る。




「おう、お疲れさん二人とも」


「おかえりなさい、あなた」


「ウジザネ、おかえり」




 俺が部屋に戻ると、お春とルルがいた。

 二人は4冊の本を持ってきて、それらを机に広げていた。




「なあ、その本なんだ?」




 俺が問うと、お春が答えた。




「この学院にある本の中でも、良質なやつよ。特に、今の私たちに必要そうな本を厳選した結果、この4冊になったわ」


「よく手に入ったな。俺たちには何もくれなさそうな雰囲気の学院じゃないか」


「帝国とコネがある教授から、譲り受けたのよ」


「へ、へえ」




 快く、というところがめちゃくちゃ引っかかったが、今は俺も多くの経験と知識を必要としている時期だから、魔術に関する本を読めるのはありがたい。




「ウジザネ、ルルと一緒に勉強しよう」




 俺が椅子に座ると、ルルが俺の膝の上に乗ってきた。

 ルルは俺の膝に座ってから、むふーっと頬を緩ませて、嬉しそうにしていた。

 緑の長い髪が俺の頬をくすぐり、長い耳がぴょこぴょこと動く。




「おう、良いぞ」




 俺がルルの頭をなでると、お春はやれやれと首を振った。

 けれども、お春の表情は柔らかく、まるで年の離れた妹を見ているような目をしていた。


 それから俺たちは夕陽の差す空き教室にて、魔術に関する本を読み、魔術についての知識を深めた。




 お春が読んでいるのは『ブルフィン国、古代魔術大全』という本だ。

 その本には、ウォンドラス帝国では学べないような、ブルフィン国由来の強力な魔術が記されているという。



 お春は、


「この本を読んでおけばブルフィン出身の魔術師なら、どれだけ強くても完封できるわ。読まなくてもほぼ完封できるけど」


 と言っていた。本当に頼もしいかぎりだ。




 ルルが読んでいるのは『召喚術、精霊の巻』という本だ。

 どうやらお春の見立てでは、ルルの莫大な魔力をそっくりそのまま魔術として使うと、とんでもない大惨事になるらしいので、代わりに召喚術というものを学んだ方が良いとのことだ。


 なお召喚術とは、魔力を使って、精霊や聖獣を呼び出す術らしい。

 陰陽師の式神みたいなもんか?ってお春に聞いたら「だいたいそれであってるわ」と言っていた。




「ルル、もっと勉強して、練習して、ウジザネを助ける大人の女になるから」




 ルルは俺にそう言った後、お春のことをじっと見た。

 睨むというよりも、挑戦してやるという目つきだ。


 お春はニヤッと笑い、豊満な胸を張った。

 



「大人の女ね。ルルちゃんにはまだ早いんじゃないかしら」




 お春が胸を強調するように言い返すと、ルルは自分の平らな胸を押さえて、


「……むむむっ」


 と言った。いや、何がむむむだ。どこの武将だ。





「別に良いんだぞ、ルル。お前はお前で可愛らしいし、俺はありのままのルルが好きだからな」


「ウジザネ……!」

 

 


 ルルは体を向けて、抱き着いてきた。

 おい、本が読みづらいって。最初から膝の上にいたから読みづらかったけど。



 で、俺が読んでいるのは『高位魔族の闇魔術について』という本だ。

 闇の魔力を扱えるのは、基本的に魔界で育った者たちだ。

 人間で闇魔力を扱うものはごくわずかなので情報が少なく、闇について学ぶには魔族から知識を得るしかない。



 そして、本を読み始めてからしばらくして、日が落ちてきた。




「ただいま戻りました!」




 カミラが空き教室に戻ってきた。

 彼女は顔がほこりまみれで、服の膝部分も汚れている。




「おい、大丈夫か? 禁書庫に潜入したってお春から聞いたけど」


「全然大丈夫ですよ! たしかにほこりっぽくて、臭くて、ジメジメしてましたけど、問題なく禁書庫で情報を得れました!」




 カミラはやり遂げた表情でにっこりと笑う。




「それにしてもずいぶん時間がかかったわね」


「あはは……他の生徒にバレないように学院の屋根から降りるのが大変で、何度も落ちそうになってですね。結局、この別館まで屋根伝いで来て、意外と時間がかかっちゃいました」




 おいおい、そんな危ない場所を通って、この離れまで戻って来たのかよ。

 マジで落ちなくて良かったよ、まったく。


 それからカミラはメモを取り出して、机の上に広げる。

 あと、ルルが自分のハンカチを出して、カミラのほこりまみれの顔を拭いてあげていた。




「ありがとう、ルルちゃん」


「ん」


「さてと、これが私が禁書庫で書き記したメモです。魔王メルゴスについて書かれた本に、ドン・パウロと黒幕一味の手紙が挟まっており、その内容を書きました。なお黒幕一味が禁書庫に戻ってきて、手紙の有無を確認する可能性もあるため、なるべくそのままの状態で手紙と本を戻しました」


「ご苦労様、カミラ。大手柄よ」





 お春が賞賛すると、カミラは嬉しそうにうなずいた。


 そして早速、カミラが持ってきたメモを、全員で読んでみる。

 たしかにその内容は、ドン・パウロに対して、魔王メルゴスの復活と、魔界の門の開通作業を命じるものだった。

 ただし、ドン・パウロが死んでも魔界の門は北エルフの里に発生したため、おそらくそっちの計画は誰かが引き継いだのだろう。



 で、俺たちはすぐに、ある文言に注目した。




「……クボー、様?」




 俺は首をかしげた。

 お春も、表情が変わった。




「えっと、カミラ、これは人の名前? それとも役職?」




 お春が尋ねると、カミラは「それは不明なんです」と言った。


 ルルはいまいち合点がいってないようだ。

 ただ、俺とお春は、顔を見合わせる。




「クボ? 久保、という名字……じゃないよな?」




 俺がそう言うと、カミラは首を振った。

 



「いえ、違います。これはクボ、で切る文字ではなく、はっきりとと伸ばして呼ぶ文字です」


「クボー……? それって、もしかして」




 お春がそう言ったところで、俺も気づいた。




「なるほど『公方くぼう』様、ということじゃないか」




 公方くぼうとは、日本で使われた言葉である。

 国家統治権を持つ者、というのが本来の意味だが、武士の時代になってからは『幕府の将軍』という意味で使われることが多くなった。


 俺とお春が、公方、という言葉について説明すると、カミラとルルも「なるほど」と同時にうなずいた。




「つまり黒幕は、ウジザネさんやハル殿が生きていた世界の人間……日本という国を統治していた『将軍』という役職の誰か……」




 カミラがそう言った。


 俺もハルも、公方と言われる人間には何人か心当たりがある。

 まずパッと思いつくのは、足利将軍のどなたかだ。




「公方と言ったら義昭よしあき公、義栄よしひで公、義輝よしてる公……いや、もっと前なら義晴よしはる公か?」


「でも、関東足利氏の方とかも、関東公方くぼうとか、古河こが公方くぼうとか名乗っていたわ。それに、足利一族に関連する人だけじゃなくて、徳川幕府の将軍様……あの方だって、公方様と呼ばれる人よ」




 お春が言ったのは、徳川家康のことだ。


 アイツと俺は、雪斎せっさいのじいさんに鬼のシゴキを受けた弟子どうしだ。

 もちろん戦国武将としての立場や実力は、アイツの方がはるかに上である。俺の方が兄弟子ではあるが、俺はそんなこといっさい自慢できない。


 ただ、個人的な付き合いとしては、まあまあ悪くないヤツだった。


 アイツもめちゃくちゃ偉くなったのに、たまに俺に助言を求めてくるほどだった。

 なお家康は、あんなにシュッとしてた可愛い弟弟子だったのに、晩年になると油ものを食べ過ぎて、戦場に出なくなってからタヌキみたいに太った。



 

「いやー、家康アイツは違うだろ」


「なんで?」


「アイツはたしかにずる賢いことを実行できる男だが、そういう手を使うのは、やむにやまれぬ時だけだ。基本的に卑劣な策は嫌いだし、好き好んでルルをさらって、古代魔王メルゴスを復活させたりするようなヤツじゃない」


「へえ、ずいぶんと弟弟子を買ってるのね。あのタヌキも今川家を裏切ったクセに」


「それはまあ、そうだが」




 ちなみにお春は、家康のことが割と嫌いだ。

 家康もお春のことがめっちゃ恐かったようで、基本的に俺が同席している場面でしか、お春とは面会しなかった。

 ある時、家康が「氏真殿の奥方の笑顔が怖いんで、あんまり気軽に屋敷に遊びに来ないようにしますね」って言ってきたことがあったくらいだ。




「でも、ひいき目を抜きにしても、家康がこの世界に転移して、世界を混乱に招くような悪事を働くとは思えない。俺の肌感覚になるが、この一連の事件の黒幕は、なんていうか、世界そのものを憎んでいるような気がする」


「破滅思考、ですか」




 カミラの言葉に、俺はうなずいた。




「そうだ。思えば、ドン・パウロ……一条いちじょう兼定かねさだ殿もそうだった。あの人も土佐一条家を滅ぼされ、並々ならぬ苦労と絶望を味わっていた。キリスト教という拠り所によって、いくらか心は救われたかもしれないが、やはり一族が滅んだという絶望の深さを埋めることはできなかったはずだ」


「じゃあ、つまり……あの戦国の世で非業の死を遂げたり、滅亡を味わったりした人間がこの異世界で暗躍して、破滅的な悪行を働いている、ということかしら?」


「確証はないがな。だが、確実に言えることは、あの時代を生きていた俺、お春、兼定殿がこの世界に流れ着き、さらには『クボー』という呼び名の人間が事件の裏にいるということ……この傾向からして、まだまだ戦国からの転移者がひそんでいてもおかしくないぞ」




 俺はそう考えた。


 ドン・パウロを従え、そそのかし、今も魔界の門を作り続けて大惨事を起こしている黒幕。


 クボーという言葉が、公方という意味なのか決まったわけではない。




 しかし、しかしだ。


 もしも俺の生まれた時代の日本に生きていたやつが、この世界の人々に対して悪事を働いているのなら、俺は絶対に許せない。

 

 どんな理由かは知らんが、別の世界から来ておいて、元から住んでいた人々を苦しめるような真似は鬼畜の所業だ。



 

「引き続き、クボー様について調べよう。もしかしたらこの世界にも、俺たちと同じく、戦国の世から流れ着いたやつらが大勢いるかもしれない」




 俺の言葉に、お春も、カミラもルルもうなずいた。

 








 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2章、第20話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 お春とルルのやり取りや競争意識も見てて良き!!


 黒幕のクボー様について気になる!!続きが見たい!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 鈴ノ村より

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