第19話 ドン・パウロと黒幕の手紙



 氏真が蒼竜学級の生徒たちを相手取り、派手な大立ち回りをしていた頃。


 カミラは魔術学院の図書室の『禁書庫』に潜入していた。

 

 禁書庫とはその名の通り、普通の生徒には閲覧させられないような、禁断の魔導書が収められている書庫である。

 この場所にある本はどれもいわくつきの本ばかりであり、その中には、古代魔王メルゴスの封印に関する記録や、それに関連する魔術が記された魔導書もあるという。




『それに関する本や記録から、ドン・パウロ(一条兼定)の仲間を探る……しかし、すごく埃っぽいし、不気味なところね』




 禁書庫に潜入したカミラは、薄暗い禁書庫の本棚と本棚の間を通り、ハルから任されたことを思い返す。


 ルルをさらい、古代魔王メルゴスを復活させたドン・パウロ。

 ルルの故郷である北エルフの里に発生した魔界の門。

 また同様に世界各地で起こっている、魔界の門の大量発生。


 お春ことハル・レ・ウォンドラスは、これらの事件の裏には『同一の黒幕』がいると推察した。

 そして、このブルフィン魔術学院には、この学院出身のドン・パウロとその一味についての情報があるはずだとハルはカミラに告げた。


 というわけで、カミラはハルの手引きにより、禁書庫に潜入することになった。

 なお禁書庫に入る際、屈強な門番二人と司書一人が目を光らせていたのだが、ハルの魔術によってカミラの存在感が消えて、カミラは禁書庫の入口から堂々と入ることができたのだ。




「禁書庫での調査はあなた一人に任せるわ。存在感を消す魔術は他人にしか使えないから、私は潜入できないし」



 

 潜入前に、ハルはそう言った。




「問題ありません。ハル殿はウジザネさんに勝るとも劣らない存在感があるので、あなたが学院内から消えたら必ず誰かが不審に思うでしょうし」




 カミラは禁書庫に1人で潜入することに、迷いはなかった。




「ありがとうね。私はルルちゃんと一緒に行動して、なるべく目立つように動くわ。その間、あなたの働きが頼りよ」


「任せてください。第一側室として、立派にやり遂げるので」


「ふふっ、頼もしいわね」




 そうして、カミラは禁書庫に潜入して、今に至る。


 禁書庫は広く、背の高い本棚がずらりと並んでいる。

 ただし本だけではなく、水晶玉や魔物の手足など、怪しい魔術に使いそうな物品も収納されている。当然、触れたいとは思えないが。 

 そして窓が少ないせいで、昼間だというのに薄暗く、しんと静まり返っている。


 そのような静けさが広がっているので、なるべく音を立てずに行動しているカミラでも、一歩進むごとにキシキシと床の木材が鳴る。


 


『それにしても不気味すぎる……しかも、どの魔導書からも凶悪な雰囲気がこぼれている……さすが禁書の宝庫』




 カミラは禁書庫の異様な雰囲気に圧倒されそうになるが、気を落ち着けて、ひとつひとつの書架を確認していく。

 難しい古代言語で書かれている表題の本もあるが、カミラはそれをむやみに開いたりせず、『魔王メルゴス』や『北エルフ族』、または『魔界の門』に関連する本だけを探し続ける。


 下手に開いたら危険な目に遭う魔導書もある。ページに恐ろしい悪霊がとりついているものや、見ただけで視力を奪うものもある。

 そういう魔導書に対する防御方法も、カミラは多少知っているが、それを使えば騒ぎになる可能性もあるため、むやみやたらと魔導書を開くのは禁物である。


 そしてカミラが粘り強く魔導書を調べているうちに。


 禁書庫の二階層にあった本棚にて、ついに『魔王メルゴスの封印と歴史』という表題の本を見つけた。


 やった、と思わず声が出そうになったカミラだが、彼女は気持ちを整えて、魔導書を慎重に開くことにした。当然これも危険な罠が張られている可能性を考慮して、一ページずつ慎重にめくっていく。

 なお、この書庫から本を盗み出すと警鐘の魔術が鳴るため、情報をその場で紙に書き留めるしかない。


 カミラはページをめくり、重要な情報だと思える場所があればメモをする、という作業を行う。


 その作業を慎重に行っている時、魔導書から一枚の紙が落ちた。


 ページが破れていたわけではなく、本とは関係のない紙が、ページの間に挟まっていたのだ。


 カミラはその手紙を拾い、内容を確認した。




『ドン・パウロ宛ての手紙。古代魔王メルゴスを復活させる計画と、魔界の門を世界各地に作り出す計画……その準備の進捗具合とか、諸々の情報共有、命令が記されている。ハル殿の推理は、大当たりだったというわけね』



 手紙の内容は、ドン・パウロに対して魔王メルゴスの復活と魔界の門の作成を命ずるものだった。

 それを読んだかカミラは、ドン・パウロこと一条兼定が、この一連の事件の黒幕の『手先』に過ぎなかったことを理解した。




『しかも、この手紙、魔力を帯びているため通常の炎では焼けない……証拠が残るゆえに、途中で裏切ることを防止できる』




 ドン・パウロに指示を出し、裏から操っていた黒幕がいる。

 その黒幕に従って、ドン・パウロはルルをさらい、魔王メルゴスを復活させた。


 だが、カミラは、手紙の最後に書いていた、ある呼び名が気になった。




『クボー……様? なんだろう、人の名前なのかな?』



 

 カミラがその呼び名について思案する。


 手紙の送り主は、「クボー様のために励みなさい」と記している。

 つまりこの手紙の送り主が一番上の黒幕なのではなく、クボー様、という上の黒幕がいるということだ。


 これは有益な情報だと思ったカミラは、すぐにペンを走らせて、メモを取る。

 

 しかし、その途中で、魔導書のページが落ちて、バサリという音が鳴った。

 ページの根元が劣化しており、それを開いたままにしていたことで、根元の結びがちぎれて落ちたのだ。


 物音を立てないように注意していたつもりだったが、ここで魔導書の一部が破けるのは想定外だった。




「なんだぁ、音がしたぞ?」


「本当だ、今、聞こえたぞ」


「くんくん、どうやら、あっちに誰か隠れているぞ」



 

 そこで、声が聞こえてきた。

 不気味な、うなるような、野太い声が。


 


『まずい、隠れないと』




 カミラは魔導書を本棚に戻しつつ、落ちたページを足で本棚の下に押しこんで痕跡を消し、素早く別の本棚の陰に隠れた。


 それから声の方向の様子をうかがうと、一頭の巨大な黒い犬が、向こうの本棚の陰から現れた。

 

 その黒い犬の体格は大きく、まるで子牛ほどのサイズだ。

 だが、それよりも驚くべきなのは、頭が三本に分かれているということ。

 そして人語をしゃべることができるほどの知能を持っているということだ。




『なるほど、3本頭の賢い番犬……魔界が原産の強力な魔物、ケルベロス……あれがこの禁書庫の見回り犬なのね』




 ケルベロスは強力な魔物であり、なおかつ鼻が利く。

 存在感を消す魔術をかけられたカミラだったが、彼女のことを認識できないのは、あくまで人間だけである。


 そんなカミラにとって、ケルベロスの存在は天敵だ。

 



「くんくん……あっちだ。あっちから人間の匂いがするぞ……多分、これは若い女の匂いだ」


「本当だ、匂う、匂うぞ……しかも知らない人間の匂いだ。学院の人間じゃない」


「見つけたら喰っちまおう。侵入者を捕らえたら、俺たちで好きにして良いって言われているしなあ」




 ケルベロスの頭が言葉を交わしながら、カミラの隠れている方へと近づいてくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと耳と鼻を利かせて、うかがいながら向かってきている。


 別の場所に逃げても無意味。むしろ足跡や臭跡をたどられて、状況は一気に悪化してしまう。




『一か八か、やるしかない!』




 もはや迷う暇はない。

 カミラは風魔術を発動させ、静かに、かつ素早く体を浮かせた。

 

 自分の体を浮かせる、飛翔させる。

 そのレベルの風魔術はとても難しいものだが、土壇場でカミラは成功させた。


 無論、成し遂げたのはただの偶然ではない。

 ハルに出会ってから、魔術についてのコツを彼女から学んだことで、カミラの風魔術の能力も成長し始めているのだ。




『やった、できた……あとは維持して、浮き上がるだけ』




 カミラは体を浮かせて、背の高い本棚の上に体を着地させた。

 ケルベロスはカミラの真下におり、周囲をキョロキョロと見渡している。




「なあ、ここ、ちょっと温かいよな」


「だよなあ、さっきまで、人間がいたような痕跡だ」


「匂いだって、ここが一番濃い。なのに、なんでここにいないんだ」




 ケルベロスの頭たちは不可解に感じていた。

 カミラがさっきまでいた場所の匂いを嗅いで、怪訝に首を振っている。




「まさか……」




 そこで、一本のケルベロスの頭が、何かに気づいたようで、ゆっくりと顔を上に向けようとした。


 だが、その前に。


 カミラは自分の服の切れ端を、本棚の裏側に落とした。

 そして服の切れ端を、風魔術で遠くに運んでいく。




「おい、あっちに匂いがするぞ! 本棚の裏に隠れていたんだ!」


「追いかけるぞ、匂いがどんどん遠ざかっていく!」




 別の二本の頭が、服の切れ端から発される匂いにつられた。

 顔を上に向けようとした頭が、何かを言いかけたが、二本の頭が完全に追う気になっていたので、結局、ケルベロスは服の切れ端の匂いを追いかけていった。


 その間にカミラは静かに飛行して、天窓を開けて、禁書庫から脱出した。

 学院のほぼ最上層に位置する屋根に出た。


 そこでカミラはごろりと寝転がり、一息ついた。

 この高さなら中庭にいる生徒などにも見られる心配もなく、そもそもハルがかけた存在消しの魔術の効果もまだ残っている。




「脱出成功……っと」




 まぶしいほどの太陽光をあびながら、カミラは自分が持ち帰ったメモを見返した。


 ドン・パウロと黒幕(もしくはその部下)とのやり取りの内容は、メモできた。

 あとは古代魔王メルゴスについての周辺情報もメモできたら良かったが、必要な情報は充分手に入ったと言える。








「しかし、不思議な名前……クボーっていう名前? それとも異名?」



 カミラは最後まで、その黒幕らしき者の呼び名を気にしていた。

 








 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2章、第19話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 カミラの潜入作戦、すごくスリリングで良かった!!


 アクションも良いけど、こういう探索要素も悪くないぞ!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

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 鈴ノ村より


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