第17話 脚で魔力を蹴る……だけで良いのか?
その日の午後の座学の授業。
蒼竜学級の教室は、まるで葬式のように静まり返っていた。
誰も私語を発さず、黙々とペンを走らせている。
そして授業を行っている教授すらも、最低限必要な言葉だけで授業している。
彼らは極度の恐怖と緊張の中、時間よ早く過ぎてくれと願いながら、授業を受けていた。
理由は当然、教室に、今川氏真がいたからだ。
「いやいや、座学を受けてはいけないという決まりはないよな? 別に同じ学級の生徒なのだから、何も問題はないはずだろう。まー、そうケチケチせずに、な?」
と言って、氏真は教室に入って、午後の座学を受けた。
午前の実技は、蒼竜学級の生徒全員が休んだ。
座学と違って、実技は体調の問題による欠席を申請しやすい。
無論その理由を無限に使えるわけではないが、氏真たちは一週間しか学院に居ないため、その一週間の実技さえ乗り切れば良いと思ったのだ。
だが、蒼竜学級の生徒たちにも誤算があった。
氏真が一人で教室に来て、堂々と一番後ろの窓際の席に座り、授業を受け始めたのだ。もちろん実技授業だけ受ける義務がある、という生徒だが、かといって座学を受けてはならないというルールもない。
氏真たちを除け者にして、無視して一週間を乗り切ろうとした蒼竜学級の生徒たちだったが、早くもそのアテが外れたのだ。
『ちくしょう……あいつ、なんでここに来やがったんだよ……』
『おい、あんまり見るな。いきなり何するかわかんないぞ』
『ね、ねえ、アイツ、ここで暴れ出さないわよね? あんな闇魔術をこの教室で発動されたら、みんなヤバいことになるじゃない』
彼らはおびえていた。
昨日、この蒼竜学級の生徒に肩入れしてくれる実力者であるマグダネル教授が、闇魔力を発現させた氏真によって、完膚なきまでに叩きのめされた。
それどころか氏真が生み出した重力波によって、ドラクロウを含めた生徒4人が巻き添えを喰らい、大怪我を負うところだった。
ただし彼らは、おびえている、という言葉もできれば使いたくない。
うっとうしい部外者がいることを、自分たちは嫌がっているだけなんだと、そう自分たちで思い込んでいた。
だが、そんな彼ら彼女らの恐怖や戸惑いなど、氏真は意に介さない。
「ふむふむ、魔術が生まれた歴史と、それを広めた偉人か……面白いな、この授業」
それどころか氏真は呑気にノートを取り、マイペースに授業を受けている。
なお今の授業は魔術歴史の科目で、生徒たちの中では不人気な科目なのだが、転移してきた氏真からすれば、新鮮な知識ばかりだった。
「ちなみに、なぜ君は実技授業に来なかった? 具合でも悪かったのか?」
氏真は隣にいた男子生徒に尋ねた。
「え、っと、は、はい……」
「そうか、体調には気をつけるんだな」
いや、お前がいるから実技を受けたくなかったんだよ。
と、彼らは全員思ったが、氏真に直接そんなこと言えるわけがなかった。
しかし、
彼ら蒼竜学級の生徒たちも、このまま黙っているわけにはいかなかった。
特に純血正統派の生徒たちにとって、昨日魔力を発現させたばかりの人間に遅れをとることは、とてつもない恥である。
お通夜のような授業が、やっと終わった。
その後、氏真の席の周りに、攻撃魔術に長けた生徒が集まった。
「お前、一体どういうつもりなんだ」
「昨日はあれだけのことをしておきながら、よく平気そうな顔でいれるな」
生徒たちは氏真を囲んで、睨みつける。
彼らはいつでも応戦できるように、魔力を練った状態で、座っている氏真を取り囲んだ。
「あー、それはアレか? 俺の闇魔力の巻き添えになってしまったやつか? たしかにアレはすまんかった」
「っ……!!」
「だがな、昨日まで魔力不能者だった俺に対して、そう怒らないでくれ。まだ魔力の制御が難しくて、練習中なのでな」
氏真はへらへらと笑い、頭を下げた。
その軽薄な態度に生徒たちは怒りを抱きつつも、まともに魔術で戦えば絶対に勝てないので、彼らは飲み込むしかない。
だが、ある生徒が何かを思いつき、隣の生徒に耳打ちした。
「ふ、ひひっ……だったらさ、俺たちが魔力の制御方法を教えてやろうか?」
生徒たちはニヤニヤと笑い、氏真を見下ろす。
氏真は生徒たちをじっと見ていたが、やがてうなずいた。
「ああ、ぜひよろしく頼む」
「よし、じゃあ屋外演習場で教えてやるから、ついて来いよ」
「おい、良いのかよ、本当にそんなやり方でアイツをこらしめられるのかよ」
「大丈夫だって。あくまで魔術のコントロールを鍛えるための練習中の事故、って言えば誰も何も言わないさ」
「でも、もしアイツがキレて攻撃してきたら」
「その時は全員で一斉に攻撃すれば良い。いくら強力な闇魔術を使えるって言っても、あんな雑な魔術ならいくらでもスキを突けるさ」
氏真に聞こえないように(実は聞こえているが)、生徒たちは屋外演習場に氏真を案内する。
蒼竜学級の生徒たちの大部分が教室から出て、氏真を囲みながら屋外演習場に連れて行く。
屋内演習場と違って広く、なおかつ土魔術や土魔力の宿った道具を使えば、自由に地形を変えることができる。
そして屋外演習場の中央には、土魔術でできた柱が一本建っていた。
「で、どうやって魔力の制御を訓練するんだ?」
「なあに、簡単なことさ……どんな魔術師も手をメインに使って戦うけど、それをせず、あえて別の体の部位を使って、魔力を操作するんだ」
その生徒は右足を上げて、炎の球を生み出し、それを片足で蹴り上げた。
そして氏真に向かって、炎球を蹴りつけた。
ただの脅しか。
そう判断した氏真は避けなかった。
炎魔力の球は氏真の顔の横を通り、屋外演習場の中央に建っている柱に激突した。
おびえることなく炎の球をやり過ごした氏真を見て、何人かの生徒が気に食わない様子で舌打ちする。
「な? これが魔力操作の練習だ。たとえ脚でも自由自在に魔力を操れたら、手だろうと、杖だろうと、剣だろうと、魔力操作できるんだ」
蒼竜学級の生徒たちは得意げだった。
そもそも彼らのような魔術師の家系の少年少女たちは、子どもの頃から魔力操作を学んでいるため、足で魔術を放つことなど朝飯前だ。
しかし、それは子どもの頃から訓練するから簡単にできることであって、昨日今日、魔力を使えるようになった氏真からすれば、難しいことである。
だが、氏真は目を丸くしてから、いきなり満面の笑みになった。
顔の真横を炎が通過しても、魔力を脚で操作するという未知の訓練を教えられても、まったく平静を保っていた。
「ほうほう、面白いな」
楽しそうにうなずく氏真を見て、生徒たちは怪訝な顔をした。
はっきり言って、こっちは無理難題を言っているつもりなのに、相手は戸惑うどころか、むしろ興味津々な様子だったからだ。
「ちなみに手から魔術を生み出すのもダメだぞ。全部最初から足のみを使って、あの柱に魔力の球を当てるんだからな。姑息な小細工をしたら、わかってるよな?」
リーダー格の少年がそう言うと、氏真の周囲に陣取った生徒が含み笑う。
何か少しでも落ち度があったり、不正があったら、『訓練での指導』という名目で、氏真に魔術を撃ちこむつもりだった。
「はいはい、蹴りで当てれば良いんだな。それは、まあ、良いけど……本当に、こんなのが訓練になるのか?」
その氏真の問いに、生徒たちは顔を見合わせる。
おや、もしかしてコイツ、自信がないのか?
これはれっきとした魔力操作訓練なんだが、やっぱりできないから難癖をつけて、断るつもりか?
そう思った生徒たちはニヤニヤと笑い、数人が氏真の背後に回る。
「言っておくが訓練は最後までやり切るものだからな。お前ができるようになるまで、俺たちはここでずっと見張っているぞ」
「そうよね、普通はさ、こんなの簡単にできるようになるんだから。完璧にこなせるようになるまで諦めちゃダメだよね」
「それとも、気が乗らないか? もしどうしても無理ですって思ったら、まあ、ちゃんと頭を下げれば、今日のところは勘弁してやるよ」
生徒たちは、ハナから氏真ができないものだと決めつけている。
なにせ昨日魔術を使い始めたばかりなのだ。魔術師としてはヨチヨチ歩きの赤ん坊と大差なく、強い魔力を拳に乗せて強引に周囲を巻き込むことしか能がないのだ。
「いや、気が乗らないというか、本当にそんな訓練で良いのか? 俺に、あの柱に向かって魔力の球を蹴り込めって……」
「良いからやれって!! お前、できないからってつまらないハッタリを入れるなよ! マジでお前、ダサいやつだなあ!」
リーダー格の生徒が怒鳴ると、氏真は頭をかき、柱の方を向いた。
「そんじゃあ、やらせてもらうぞ」
氏真は右足に闇魔力をこめて、精神統一した。
彼にとって闇魔力とは、今まで使ってきた『闘気』とほぼ同じ使い方だ。
となれば、何も問題ない。
彼が最も得意なことは拳法でも、剣術でも、弓術でもない。
「ほいっと」
氏真は地面を踏みつける。
その瞬間、まるで毬のような弾力性を帯びた、闇の球が出現した。
そしてその闇の球は、氏真の右足にとって、高々と蹴り上げられる。
「「「「……えっ?」」」」
その場にいた蒼竜学級の生徒たちが、目を疑った。
脚で魔術を使用することは、初心者にとって難しいことのはず。
ろくに球状の魔力を作れるはずがない、と思っていたのに。
なのに、どうして。
こんな、当たり前のように、こいつは闇の球を生み出せたんだ。
「じゃあ、行くぞ」
「え、ひぃっ!?」
氏真はそう言って、いきなり背後を向いた。
彼を後ろから監視していた生徒と目が合い、その生徒は慌てて身を縮こませる。
自分が標的になるのでは、という恐怖に負けて、腕で顔を覆って無様にしゃがんだのだ。
だが、そこで、氏真が跳んだ。
高々と跳び上がり、後方に宙返りする。
「
氏真は宙返りしつつ、強烈なオーバーヘッドシュートを叩きこんだ。
ボゴォオオオオンッ!!!
闇の球は高速回転しながら太い石の柱に激突、柱を真っ二つに砕いた。
柱の上半分が屋外演習場に落下すると、爆風が発生し、土ぼこりが広がった。
「……あ、壊したらダメだったか!? 規則違反か、これ!?」
全員が背筋を凍らせている中。
ただ一人だけ、氏真が呑気な声を上げた。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第17話を読んでいただき、ありがとうございます!!
いきなりサッカー編がはじまりやがった!!良いぞもっとやれ!!
高慢な生徒たちの鼻をあかすシーンが面白い!!
戦国ファンタジスタな氏真公をもっと見せろ!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
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