第16話 広がる畏怖とハルの狙い
氏真が闇の魔力を覚醒させた翌日、魔術学院には激震が走った。
生徒も、教授陣も、震え上がった。
無理もない。
魔王殺しの異名を持つ魔力不能者、帝国の皇女、北エルフ族の姫君……こんなにもクセの強い者たちが一時入校するだけでも異常な出来事だというのに。
魔王殺しの異名を持つ魔力不能者、今川氏真が、闇の魔力を得たのだ。
しかも学院でも五指に入る魔術教授マグダネルを、完膚なきまでに叩きのめすというオマケ付きで、だ。
「一体どういうことでしょう、ホルスト学長!! あの問題の一時入校の生徒、ウジザネ イマガワが、マグダネル教授に重傷を負わせたのですぞ!! これは到底許せぬ暴挙であり、即刻退学……いや、ブルフィン王家にもかけあって、国外追放を進言すべきです!!」
「その通りですなぁ。いくら実技授業の一環とはいえ、まともな魔術師ではない生徒が教授に対してあれほど大怪我を負わせたとなると、大問題ですなぁ。蒼竜学級の生徒たちにも馴染んでいないようですし、素行も態度も悪く、この神聖な学院にはふさわしくない生徒ですなぁ」
「きぃいい、なんてひどいことを……教授の鏡であったマグダネル教授を闇魔力で痛めつけたばかりか、優秀な蒼竜学級の生徒にも危害を加えて……あんな生徒がいては、授業になりませんわ! ああ、汚らわしい!!」
教授たちが集まる会議で、氏真の処遇に『退学処分にすべき』と学長に進言したのは、もちろん純血正統派の教授たちだった。
特にマグダネル教授と同じく、生まれた時から貴族の位を有し、気位も高い教授たちである。
ただし純血正統派の中でも、北エルフ族出身の教授は、表立って氏真に対する反対表明をしなかった。
氏真と行動をともにしているルルは、当代の北エルフ族の姫君である。
彼女の友人(ルルは側室になる気マンマン)である氏真に、退学せよと非難することは、北エルフ族出身者にとってなかなか言えることではない。
「いやいや、魔術なら何でもアリの模擬戦だったのでしょう? そのウジザネとかいう生徒がちゃんと魔力を使って戦っていたのなら、何も文句は言えないのでは」
「で、でも、人間なのに闇魔力を扱うとか、おかしくないですか? 普通、闇魔力なんて、強力な魔族や魔物しか扱えないのに」
「文献によれば、はるか昔には闇魔力を扱える人間がいた事例もあります。それこそ数百年単位に1人か2人程度ですが、闇魔力を制御できる人間が現れるのは、なくはない話ですよ」
「しかし、闇魔力に飲まれたら魔族になるという話もあります! そんな危険人物を、この学院に在籍させるというのはいかがなものか!!」
「それはきっと迷信だろう。闇魔力を扱う人間が魔族に変身する瞬間を、誰かが確認したというわけでもない。純血主義の方々は文献などを参照しないのですか?」
「何を言うか! 成り上がりの付与魔術師の分際で!!」
「闇魔力を扱う生徒を容認するとは、この学院の気品を損ないかねませんなあ」
他の教授たちもこの件の話に入り、ああでもない、こうでもない、と言い合いを始めた。
すべての教授が氏真の退学に賛成であれば、ある意味で一致団結して穏便に終わるはずだったろう。
しかし、純血正統派ではない教授たちが氏真の退学に賛成しなかったため、教授たちの空気はどんどん険悪になっていった。
「ま、まあ、教授の皆さんで争ってはいけません。ここは一つ、ウジザネ イマガワ君に関しては、様子見で、」
学長であるホルストは優秀な魔術師だったが、政治的な事柄に関しての忌避感が強く、こういった派閥間の言い争いが苦手だった。
ゆえに彼はどっちつかずの立場を取り、仲裁に専念した。
それから小一時間して、やっと教授会議が終了した。
ひとまず氏真の処遇に関しては保留、ということになった。
入校2日目、魔術学院の中庭にて。
「ごめんね、カミラ。時間取らせて」
「良いんですよ、ハル殿」
ハルとカミラの二人が、誰もいない中庭のベンチに座っていた。
なお、氏真とルルは購買部に行き、魔術学院の甘いものを制覇しにいった。
北エルフの里ではあまりルルに構ってやれなかったから、ということで、氏真はルルと行動することにしたのだ。
だが、カミラと二人きりになることは、ハルにとっても幸いだった。
「単刀直入に言うけど、あなたには諜報活動をしてもらいたいの」
ハルはカミラにそう言った。
「なるほど……それが、狙いだったんですね」
カミラは合点がいった顔でうなずいた。
「あら、驚かないのね」
「えっと、はい、なんとなくハル殿の考えを察していました」
「ふふ、やるわね。どう察していたの?」
ハルが問うと、カミラは答えた。
「ウジザネさんに闇魔力の使い方を学んでもらって、魔界の門を壊す力になってもらう……たしかにそれは重要なことですが、魔力の使い方を教えるだけなら、ハル殿だけがいればできたはずなので」
今度はカミラが、ハルに尋ねた。
「ウジザネさんに闇魔力を会得してもらうことは、本当の目的ではない……ということですよね?」
「半分、正解よ。それだけなら私にもできるから、別にこの学院の教授連中なんか指導者として必要としてないわ。まあ、色んな魔術師と戦ったり、この魔術学院の文献を四人で閲覧することも良い知識になるから、あながち無意味じゃないけど」
「では、もう半分の目的はなんですか?」
カミラがそれを問うと、ハルは一度辺りを見渡してから、声を落とした。
「ルルちゃんをさらったことによる魔王メルゴス復活事件、そして現在も起こっている魔界の門の同時多発的な発生事件……この二つの事件はどちらも、同じ黒幕がいると私は考えているわ」
「どちらも、同じ者が裏で動いていると」
「そう。それを調べるために、この魔術学院に潜入する必要があったのよ」
ハルは説明を始めた。
古代魔王メルゴスを復活させたのは、転移者ドン・パウロ(一条兼定)だった。
彼はブルフィンの魔術学院で魔術を学び、彼に付き従っていた者たちも、この魔術学院の中途退学者や卒業生だった。
そしてもう一つ、魔界の門の同時多発的な発生は、人為的なものである可能性が高い事。
「魔界の門は数十年に一度の自然現象よ。それがこれほど立て続けに起こっているということは、誰かが裏で糸を引いているに違いないし、北エルフの里に発生した魔界の門は、人間界側からこじ開けたような形だったわ」
「つまり他の場所ではなく、わざわざ北エルフの里に魔界の門を発生させる必要があった、ということですね」
「そういうこと。力が非力とはいえ、北エルフ族は弓と魔術に長けた優秀な戦士たちよ。そんな戦士たちがいる場所に、わざわざ魔界の門を作るなんて、おかしいと思わない? 私が黒幕の立場なら、もっと戦える人間が少ない村とかに作ったはず」
「それはもしかして、ルルちゃんを、またさらうため……ですか?」
「それが大いにあり得るわ。まあ、私が来たせいで、魔界の門をこじ開けた黒幕たちは計画を変更して逃げたのでしょうけど」
ハルは中庭から見える、魔術学院の学舎を見上げた。
「二つの事件の黒幕、もしくはそれに近しい者の情報が、この学院に残っているかもしれない。けど、それを調べるためには、目立つ人と目立たない人が必要なの」
ハルはカミラの方を見た。
カミラはそのハルの目を見て、彼女の意図が分かった。
「……良い考えですね。今頃きっと、私のことを誰も認識していない」
カミラの言葉に、ハルは微笑んだ。
闇魔力を扱う男、帝国の皇女、北エルフ族の姫君。
この三人はとても強烈な存在感を放ち、教授や生徒たちから強く認識されている。
彼らは恐れられたり、敬遠されたり、注目されたりしている。
だからこそ。
カミラが存分に学院内を調査することができるのだ。
「期待しているわよ、第一側室さん」
ハルがニヤリと笑い、カミラもにっこりと笑ってうなずいた。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第16話を読んでいただき、ありがとうございます!!
ハルとカミラの信頼関係が良い!!女どうしの友情も尊い!!
黒幕についての調査が楽しみ!!謎が深まって良き!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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鈴ノ村より
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