第15話 闇の魔力、覚醒



 禅定拳法の使い手は、当然、仏教の道を進む修行僧のみ。

 彼らが学ぶのは、通常、を使う技ばかりだ。



 僧は本来、暴力を振るわぬもの。

 教え諭して、人を善き道へと導くもの。


 その考えがあるからこそ、禅定拳法の技は全て『掌底しょうてい』のみ。

 拳で人を傷つけるなど、あってはならぬことなのだ。



 しかし、仏教で伝わっているのは、優しき仏のみではない。

 仏敵に対して、諸悪に対して、容赦ない責め苦を与える執行人がいる。

 俺は仏教の中に、そういう一面がいることも忘れていない。



 で、俺が今から見せるのは、今まさに俺が編み出した拳法だ。

 禅定拳法を基礎としつつ、生命を蝕む『闇魔力』を組み合わせたら、それはもはや御仏みほとけの救いではないよな。


 それはもはや、敵を殺し、喰らい、調伏する、殺人拳。




「裏・禅定拳法……ってな」




 拳を握りこみ、闇の魔力を帯びる。

 通常の禅定拳法とは違い、拳をしっかりと握る。


 存分に試してやろう。

 マグダネル教授、お前の体でな。


 魔力を用いた攻撃はすべて許されている。

 よって、闇魔力を帯びた拳なら、反則とはならない。




「一の型、夜叉やしゃけん




 一瞬で距離を詰めて、連続で拳を突き込む。

 接近した俺に教授が反応する前に、彼のこめかみ、あご、みぞおちなどに、正確無比な連続突きをぶち込んだ。




「ぐぼぁっ!? あが、が……!!」




 マグダネル教授の巨体が、揺らぐ。




「おー……手加減したとはいえ、けっこう頑丈だな。魔力で防御してるからか? 殴った瞬間の感触が微妙なんだよな」




 よろめく教授を見上げながら、俺は自分の殴った箇所を観察する。


 打撲になっているが、骨は折れていない。

 マグダネル教授は常時魔力をまとって、自分の肉体を防御しているらしい。

 教授の魔力量は潤沢で、体感ではカミラの3倍くらいはありそうだ。


 だが、俺の闇魔力の場合、




「ふ、ふふっ……たしかに闇魔力を得たようだが、それだけで私を倒せると、」


「じゃあ、もっとやらせてもらうよ」


「えっ」




 マグダネルが目を丸くする。

 殴る力は手加減しているが、闇魔力は全開のままだ。


 そして、まだまだ試したいのだ。

 これで終わるわけないじゃん、てな。


 俺は拳を構え、マグダネル教授に襲いかかる。

 彼も反撃の土魔術を使おうとしたらしいが、その前に、俺の拳が直撃した。




「おらおらおらおらぁああっ!!」


「ぶっ、が、ごっ、がはっ!?」




 マグダネル教授を何度も何度も殴りつけ、反撃のスキは与えない。

 逃げることも、避けることも、やり返すことも、何もさせない。

 

 そしてすぐに、教授は殴られながら異変に気づいたらしい。




「ば、かなっ、吸い、取られ、るぼっ!」




 そう、殴るたびに、マグダネル教授の魔力をのだ。

 殴った箇所の魔力防護壁に穴が空き、その分の魔力が、俺のものになっている。


 当然、教授は穴を塞ぐために、新たに魔力をつぎ込むが。




「無駄だ。俺の闇は、あんたの全てを喰らい尽くす」




 俺はそれ以上の速度で拳を叩きこむ。


 もちろん全力でぶん殴れば、肉体を闇魔力で粉々にすることも可能だろう。

 それに、もし肉体を破壊することができなくても、それはそれで、魔力を際限なく吸い取ることができる。




「なるほど……こいつは、




 俺は構えを解いた。



 

「闇の魔力にんだな。元々は俺の『闘気』なのだから、自由に動かせて当然だが……闇はの性質になり、効果を生み出すってわけだ」




 俺が思い描いたのは、夜叉やしゃだ。

 仏敵を殺し、、恐ろしい鬼神きしんの一柱だ。


 つまり、喰らう、という意味で、これほど当てはまる存在はいない。




「お、のれ……私の魔力を……奪う、とは」




 マグダネル教授の顔色は真っ青で、今にも倒れそうだ。

 魔力が枯渇して衰弱しているというわけだ。


 ただし教授はまだまだやる気のようで、憤怒に染まった目で俺のことを見てくる。




「今度こそ沈めてやろうっ!! 泥土の海原マッド・オーシャン!!」




 教授は杖に魔力をこめて、床に突き刺した。

 その魔力に呼応して、膨大な量の泥水が発生し、俺を飲みこむ。

 攻撃範囲、速度、威力ともに凄まじい。


 性格が陰険でなければ、なお良かったがな。まあ、それは仕方ないことだ。




「ぶはははっ……これ、で、終わりだな!!」




 マグダネル教授は腹を揺らして高笑いするが、今の俺には効きやしない。




「裏・禅定拳法、二の型」




 俺は泥中に沈められながらも、静かに闇魔力を高めて、拳を握る。


 思い描くのは、地獄の獄卒。

 仏敵を地獄に責め苦を味合わせる、凶暴な鬼神。




羅刹らせつけん」 




 そして拳を、真下に叩きつけた。

 瞬間的に闇魔力が爆発し、全方位に広がり、巨大な重力波を発生させた。

 

 膨大な泥水も、それを操っていたマグダネル教授も、それどころか近くで見学していた蒼竜学級のドラクロウたちも、


 強力な重力波によって、もれなく地に伏せた。




「あ、ガガガがあぁ……!!」


「な、がっ、うぐぁあああ……!?」


「いで、ええっ、いでぇえええっ!!」



 

 重力によってつぶされた者たちの体から、ミシミシ、メキメキという、あまり良くない音が聞こえる。

 見学していただけのドラクロウと彼の取り巻きは少々かわいそうだが、まあ、これも俺を侮っていたツケみたいなもんだ。


 強力な魔力で防御していたはずのマグダネル教授も、俺の闇魔力に耐えきれずうつ伏せになり、地面から微動だにしない。

 倒れているというよりも、地面にへばりついているという表現が正しい。




「ぎゅぐ、ぎぎぎぎぎぃいい……!!」




 歯を食いしばって、なんとか激痛に耐えているマグダネルだったが、




「さて、トドメといこうか」




 彼は、俺が近づいたのを見て、絶望的な表情になった。

 視線だけ上に動かして、目の前に立ちはだかる俺を、見上げている。




「ひぎ、いぃ……ゆ、ゆるじ、て、ぐだ……さいぃ……!!」


「おいおい、それは通らんだろう」




 俺は首を振った。




「降参するなら、もっと早く言うべきだった。負ける直前の降参なんて意味ないし、そもそも俺のことを殺す気だったんだから、それ相応の覚悟はしないと……な?」




 俺は目を細め、微笑んだ。


 それを見た教授は、歯をカチカチと鳴らし、あまりの恐怖で失禁してしまう。




「や、やや、めっ……」


「お覚悟を、教授」




 倒れ伏す背中に、そっと掌底を当てた。

 手のひらを当てると、教授の背中は汗でぐしょぐしょに濡れていた。

 

 どんだけビビってるんだよ。

 ここまでビビらせておいてアレだが、別にこちとら殺す気はないぞ。




「禅定拳法、一の型ーーー菩薩ぼさつしょう




 俺は最後に、衝撃のみを体内に通す技で、教授を気絶させた。

 といっても衝撃は体内で響くので、教授の目、鼻、耳、口から、血のあぶくが漏れ出ているけど。


 まるで踏みつぶされたカエルのような姿勢で、マグダネル教授は床に倒れて気絶している。




「っと……これで良し。さて、今日の午後は実技授業だったよな。次に相手してくれるのは誰だ?」




 俺は振り返り、同じ学級の生徒たちの方を見た。

 同じ教室の学友だから、まだまだ魔術について手ほどきしてほしいところだ。

 もっと多くの魔術を見て、学びたいのでな。

 

 だが、そうはならなかった。




「ひっ……ひぃいいいいいーーー!!」


「い、いや、いやぁああっ!!」


「逃げろ! こいつは、こいつは悪魔だぁっ!!」




 ある生徒が悲鳴を上げて逃げ出すと、他の生徒もつられて逃げ出した。

 我先にと逃げ出していくことで恐怖が広がり、さっきまで俺たちを囲んでいた蒼竜学級の生徒たちは、演習場から一目散に逃げ出してしまった。




「……さすがにやり過ぎたか。これはマズったな」




 俺とカミラたち以外、演習場には誰も居なくなった。あとは気絶したままのマグダネル教授だけだ。


 こうしてみると、めちゃくちゃ広い演習場だな。

 ほぼ無人になったことで、その広さが実感できる。




「お見事。当初の予定では、自分で気づいてもらいたかったけど……まあ、結果オーライってところね。無事に闇魔力を習得できてよかったわ」




 お春は俺のもとに来て、左文字を返してくれた。




「たしかにな。自分で気づけたら、より自分の技術として定着するのだろうが……まあ、俺がにぶすぎたな。お春の助言がなければ、まだ気づかなかったかもしれん」


「でも、気づいてから自分のモノにする早さは、さすがね。あと必要なのは経験よ。まだあと六日間もあるし、もっと色んな魔術師と手合わせして、闇魔力に磨きをかけましょう」


「そうだな」




 俺はうなずいた。




「しかし、凄まじい力でしたね。覚えたての闇魔力で、まさか現役の魔術教授を叩きのめすなんて」


「けど、ウジザネの闇魔力は、怖くなかった。魔王の闇とは、全然違う闇だった。多分、根本の性質が、違ってるのかも」




 カミラは俺の闇魔力の威力に驚き、やれやれと首を振る。

 ルルは魔力の性質の違いに気づき、興味深げに俺の魔力を見つめてくる。




「はは、しかし慣れない力を使ったせいか、けっこう疲れがひどいな」




 俺は頭に手を当てた。

 肉体的な疲労はあまりないはずなのに、なぜか頭が重苦しい。

 魔力を使った際の消耗は、普通に運動した時とは別の消耗らしい。



 なにはともあれ、俺は一日目にして闇魔力を得た。

 ただし、これで終わりではない。


 あと六日間、突貫工事になるが、もっと魔術の知識、経験を増やしまくる。

 まだまだ粗削りな闇魔力をもっと洗練させるには、実際に試すしかないからな。 



 今日はぐっすり眠って、明日から気を取り直して、蒼竜学級の生徒と実技授業に励もうか!!











 だが、翌日。


 午前の実技授業。



「……まあ、そうだよな。来ねえよな」



 蒼竜学級の生徒は、誰も演習場に来なかった。


 もしかしたらと思ったが、こうも見事にバックレるとか、マジか……










 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2章、第15話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 氏真の闇魔力の拳法、めっちゃカッコいい!!


 もっと闇魔力を使った戦いを見せてくれ!!


 あれだけ侮っていた生徒たちをビビらせたシーン、爽快だった!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

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