第14話 魔術教授マグダネルとの模擬戦
「ぐふふふっ……君の実力は私が測る。もし本当に魔力が使えないのなら、退学を申し渡そう」
丸々と肥えた魔術教授、マグダネル・ライアスという男に、俺は魔術限定の模擬戦をすることになった。
話は10分前までに戻る。
入学一日目、午後。演習場にて。
午後から始まったのは、実技授業だ。
座学ではないため、もちろん自由に生徒どうしが勝負できる。
そんな中。
優秀な純血正統派の生徒が多い蒼竜学級の面々に、緊張感がただよっていた。
当然、その理由は俺だろう。
魔力不能者が入校してきた。
由緒正しき魔術学院にとって、それはあまりに驚愕のニュースである。また魔術師を権威として考えている者にとっては、とても不快なことなのだろう。
ただし、敵意ばかりではない。
純血正統派ではない生徒は、俺たちのことを興味深そうに見ていた。
「ねえ、聞いた? あの魔力不能者、魔王殺しなんだって」
「しかも、あの女性三人、全員奥さんなんでしょ?」
「どういうやつなんだ。魔力は使えないのにこの学院に入ってきて、しかも嫁を連れてくるなんて……」
「しかもウォンドラス帝国の皇女や、北エルフのお姫様もいるんだぜ? どういうメンツなんだよ」
と、このように、派手な情報ばかりゆえに、俺に関する話題で持ち切りだ。
「ええい、静粛にせんか! 静粛に!」
そこで、とても肥えた魔術教授が入ってきた。
生徒たちは慌てて私語をやめて、教授の進路を空ける。
「マグダネル教授、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
生徒たちはしっかりと頭を下げて、緊張した面持ちで挨拶する。
どうやら、このマグダネルという教授は、生徒たちにも畏怖されているらしい。
「うぉっほん……では、実技授業を始めるぞ。と、その前に」
マグダネル教授は、俺たちのほうをジロリとにらんできた。
「雑用の用務員の方は、早く出て行ってほしいものですな。ここは魔術師しか入れぬ演習場なのでねえ」
え、用務員って俺のことか?
こいつも純血正統派のようだな。俺に対する目つきには、容赦なく侮蔑と嫌悪が込められており、ひとかけらも俺のことを生徒として扱っていない。
しかも、マグダネル教授のそばにいる蒼竜学級の生徒のうち、あのドラクロウという生徒とその取り巻きが、ニヤニヤと笑っている。
ははあ、どうやら自分たちに味方をしてくれる純血正統派の教授を、俺にけしかけようとするつもりらしい。
思想で生徒を差別する教授がいるとか、マジでヤバいところだな、ここ。
「あー、俺も生徒ですよ、教授」
俺がそう言うと、肥えた教授は心底馬鹿にしたような顔で、首を振った。
「ふぅ~~~……口の利き方も知らなければ、常識も知らぬようだ。魔力がないだけならつまみ出すだけで済ませてやろうと思ったのに、魔力不能者とは本当に救えぬ存在だな」
マグダネル教授は、散々に俺のことをけなしてきた。
「いや、魔力不能者でも、生徒ですし。とりあえず時間もったいないんで、授業始めてくれませんか?」
俺がそう言うと、周囲の空気が凍った。
こいつ、
そんな殺気立った視線が、俺の方に集中する。
ただ、俺からしたら、頼むから早く授業を進めてほしいのだ。
世界各地で魔界の門が開いているため、一日でも早く闇魔術を執得して、こんな差別主義な学校をおさらばしたいのだ。
今日を抜けば、残り六日間。
その六日間で闇魔術を習得できなければ、魔界の門を塞ぐ旅は難航するのだ。
しかし、俺のことを毛嫌いしている生徒や教授にとっては、そんなこと関係なく。
「なんだアイツ……立場わかってるのか?」
「魔力不能者が早く魔術を教えろなんて、馬鹿じゃないの?」
「金槌すら使えぬ猿が、家の作り方を教えろって言ってるみたいのもんだぜ。冗談は休み休み言えってな」
かなりの反感を買うことになった。
「教授、良いんですか? あんな無礼な魔力不能者を放っておいて」
金髪オールバックのドラクロウが、マグダネル教授に尋ねた。
「くくっ、許すわけがないだろう。教授歴20年、ここまで腹が立つことは初めてだよ、まったく」
そこでマグダネル教授は俺のもとに近づき、目の前に立ちはだかる。
「そこまで言うならば、私が直々に実践的指導してやろう。それとも、初日だからと言って遠慮するかね?」
教授はかなりの巨漢だった。横にもデカいが、縦にもデカい。
それなりに雰囲気があり、どうやら中々の魔術師のようだ。
おそらく冒険者の格付けで言うと、B級程度はあるだろう。まあ、元冒険者のバーバラのように実戦経験が豊富かどうかは未知数だが。
俺を見下ろしているマグダネル教授も、他の蒼竜学級の生徒も、ニヤニヤと笑っている。
きっと適当な理由をつけて逃げるに違いない、もしそういうことを言ったらあざ笑ってやる、と思っているのだろう。
「やりましょう。望むところです」
俺が答えた瞬間、彼らの笑顔が凍りつく。
驚愕、怒り、嫌悪が渦巻き、俺にぶつけられる。
「い、良い度胸だ……!!」
マグダネル教授はひきつった笑顔を向ける。
「いやあ、初日から教授がじきじきに魔術を教えてくれるなんて、実にありがたい」
俺が微笑むと、マグダネル教授は、声を低くした。
「馬鹿なことを……私が魔力不能者を何度も相手にすると思うか」
「というと?」
「ぐふふふっ……君の実力は私が測る。もし本当に魔力が使えないのなら、退学を申し渡してやるからな」
「ほう、そんなことができるのですか」
「純血正統派の派閥は根強いのだよ。日和見な学長ならいざ知らず、古株の教授である私ならば、生徒の親や卒業生にも顔が利くのでね……」
そこで、マグダネル教授が、懐から杖を取り出した。
「さあ、早速だが模擬戦を始めようじゃないか。魔術学院の人間らしく、使えるのは魔術のみだがな」
ということで、現在、俺は魔術のみの模擬戦をすることになった。
当然、左文字を使うのは禁止。
ただし、武器を使わず魔力を使った攻撃なら、なんでも良いということだ。
……まだ魔力が使えない俺にとっては、きつすぎる条件だ。
だが、ここで退くわけにはいかないな。
「お春、左文字を預けるぞ」
「はい、あなた……ご武運を」
俺は武士の魂である刀を、お春に預けた。
そして、演習場の中央に出て、マグダネル教授と向かい合う。
「では、私から行くぞ……
マグダネル教授が杖を床に突き刺す。
床が隆起して、岩が鋭い棘となり、俺のもとに迫ってくる。
俺はかわしながら、考える。
俺は魔力が使えない。
魔術も使えない。
ただ、未来永劫使えないままと言われたら、そんなことはないはずだ。
お春は、俺に何かを気づいてほしいのだ。
気づいた上で、この魔術学院に入ることを優先させた。
つまり俺は、魔力が『ない』のではなく、
魔力が『使えていない』だけなのではないか?
「
そこで、マグダネル教授が次なる魔術を放った。
俺の背丈よりもはるかに高い、濁流の津波を発生させたのだ。
とてつもない広範囲にわたり、津波が飲みこんでいく。
生徒たちは魔術で防御したが、俺にはそんな術はない。
左文字が使えれば、乱波の渦で吹っ飛ばせたんだが。
「ちっ……」
俺の体は津波に飲まれた。
息ができず、粘り気のある泥水の中で、もみくちゃにかき回される。
水の重みが肉体をきしませ、水中の俺に対して、絶え間なく水流が襲いかかる。
「む、ぐっ」
なるほど、かなり本気で殺しにかかっているな。
もちろんここは戦場ではなく学院だから、何が何でも殺したいというわけではないだろうが、やはり魔力不能者に対する嫌悪が強いのだろう。
死んでしまったら、それはそれで構わない、という意思が明らかだ。
そして魔術学院という閉鎖環境ならば、人間一人が死んでも問題ない。
模擬戦での事故死、として処理すれば大事にはならないからだ。
『ぶふふっ……あとは溺れるまで、津波の中でかき回してやる』
泥水の中に沈められ、めちゃくちゃにかき回されている最中、マグダネル教授のささやき声が聞こえた。
どうやら魔術の使い手の声が、泥水を通して反響する仕組みらしい。
彼の言葉は、水の中に飲みこまれた俺にだけ聞こえるのだろう。
『魔力不能者がこの聖域に入ってきたことだけでも腹立たしいことなのに、まさか美しい女をはべらせているとは、なんたる不純不潔』
脂ぎったマグダネル教授の、不快な声が聞こえる。
『お前がぶくぶくの醜い水死体になっていたら、女たちはどんな顔をするだろうな? 悲痛に泣き叫ぶのか、それともお前の不甲斐ない姿にあきれ果てるのか……ぐふふっ、ストレスのたまる教授職だったが、どうやらお前のおかげで、良い憂さ晴らしができそうだ』
……こいつ、俺に嫉妬してたのか?
たしかにモテなさそうな外見をしているが、だからって俺を殺すのか?
いや、建前は『魔力不能者を罰したところ、事故死した』ということにして通すから、それにかこつけて憂さ晴らしに殺すつもりなのだろう。
……なるほどな。そこまでやる気なら、こっちにも考えがある。
『風魔忍術、奥義ーーー水遁、水龍激発』
俺は着物に仕込んでいた手裏剣と火薬を擦って、着火させ、それと同時に水中で勢いよく蹴り上げる。
瞬間、巨大な泥水の池が、爆発した。
その直後に、俺の蹴り上げによって、水がまるで龍のようにしなり、天井にむかって水が激突する。
本来なら龍のごとき水弾を相手に向かって蹴り飛ばす術だが、まあ、魔術限定で攻撃しなければならないため、そこはズルしないようにしておいた。
「な、なんだと? こやつ、私の土魔術を、蹴り飛ばした?」
俺が泥水をいきなりフッ飛ばしたのを見て、生徒たちどころか、マグダネル教授すらもあぜんとしていた。
このまま水に溺れておしまいだと思っていたのに、どんな手品なのか、一撃で泥水をすべてフッ飛ばしたのだから。
「あー、死ぬかと思った……ねえ、教授」
俺はマグダネル教授を見たが、彼は目を逸らして、
「なんのことかな?」と肩をすくめた。
さすが授業にかこつけて、自分が嫉妬している相手を殺す人間だ。
悪い意味で、肝が据わっているらしい。
だが、俺も正直、困っている。
今のは忍術で緊急的に脱出したが、それだって何度も通用しないだろう。
だからこそ、俺は今すぐに、ここで殻を破らなければならない。
魔力を、使えるようにならなければならない。
「思い出して、あなた」
そこで、お春が声をかけてきた。
「武人の闘気は『闇』に似ている。憤怒、殺気、威圧、戦意、執念……戦国の世は、そんな『人間の闇』を帯びた猛者ばかりだった。そして、それに似た奥義を、あなたはすでに会得していた」
「お春……つまり、闘気が鍵なのか?」
「そうよ。それがコツ。あとは、魔王メルゴスやデュラハンが使っていた闇魔力の波長を、自分の闘気で再現するだけ……ここまで言えば、もうあなたなら、わかるでしょう?」
なるほど、お春はそれが言いたかったのだ。
俺が気づくのが遅かった。
いや、そもそも、『あの技』が魔術に近しいと認識していなかったのだ。
「ありがとう、お春。もうわかった」
「どういたしまして」
お春は微笑み、うなずいた。
カミラやルルは、まだ合点がいってないようだったが。
俺はマグダネル教授の方を見て、微笑み、
「……こうやって新たなことを学ぶ場所って、意外と楽しいですね」
と、言った。
教授の顔には、緊張が走っていた。
まだまだ自分が優勢だというのに、本能で、今の俺は違うと認識したのだろう。
「さて、今度は俺の番だ」
そうだ。闘気なんて仰々しく表現しても、所詮は人殺しの『殺気』だ。
戦国の武人の闘気はすべて、血生臭い、人の闇の空気を帯びていたのだ。
ならば、あとは、俺ができることをやるだけ。
すでに俺は、闇の魔力を、体で覚えていたのだ。
「
俺は全身に闘気を込めて、掌底を放った。
もちろん、マグダネル教授はもっと遠くにいる。
俺の立っている位置から掌底を突き出しても届かないし、はたから見れば、無意味なことをやる狂人のように思えただろう。
しかし、次の瞬間、生徒たちの誰もが目を剥いた。
「なっ……ごはぁっ!?」
俺から離れていたはずのマグダネル教授が、いきなり吹っ飛んだ。
「はっ?」
「え……!?」
周りの生徒たちも、何が起こったのか理解できなかった。
丸々と肥えた教授の体が、いきなりくの字に折れ曲がったかと思えば、ゴロゴロと勢いよく転がり、演習場の壁に激突したのだ。
驚かない方がおかしいだろう。
これが禅定拳法の最終奥義、
極限まで闘気をみなぎらせて、掌底を突き出すことで、闘気は衝撃波となって解き放たれるのだ。
なお、この奥義は、人智を超えた難易度だ。
雪斎の爺さんでも、これを会得するまで長い歳月を要したという。
俺も同じく、六十歳を超えてから、やっと闘気が手から離れるようになった。
それまで稽古の中で打ち込んだ掌底の回数は、累計で百万回を軽く超えている。
「おお、久しぶりにやってみたが、上手くいったな……そして今ので、つかんだぞ」
自然と俺は、笑みをこぼしていた。
拳を握り、魔力の感触を、しかと確かめて。
「ぐぬぬ……魔力不能者が、生意気な真似を……」
マグダネル教授は歯を食いしばって、立ち上がっていた。
おそらく魔力で防御して、衝撃を殺したのだろう。
だが、もう終わりだよ。
あんたは俺にとどめを刺さず、もてあそんだ。
「教授……あんた、今から後悔するよ。俺を苦しめることを優先して、全力で殺しに来なかった。その無駄な時間が、手痛いツケとなる」
俺は両手に、闇の魔力をまとわせた。
拳が黒く輝く。
ただし魔王メルゴスの闇魔術のような、おどろおどろしい黒ではない。
光沢すら見えるほど、艶やかな漆黒。
「あんたには特別に見せてやろう、禅定拳法の『裏』をな」
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第14話を読んでいただき、ありがとうございます!!
氏真が闇魔力を得た!! 早く無双させてくれ!!
嫉妬深くてキモい魔術教授なんかぶっ飛ばせ!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)
皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
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