第12話 コネ入学。からの険悪ムード
それから三日後。
俺はとてつもなく高い塔がそびえたっている学院に足を踏み入れた。
とんでもなくデカい塔が組み合わさっていて、複雑で幽玄な雰囲気を持つ、西洋の巨大城郭に思える。
これが大陸に三つしかない魔術学院。
ブルフィン魔術学院である。
西洋建築には慣れたつもりだったが、この魔術学院の規模は大きく、そびえ立つ尖塔たちは、まるでそれ自体に魔術的な秘密が隠されているような雰囲気で、暗い美しさを兼ね備えている。
「うーん、帝国の魔術学院よりも敷地も学舎も小さいわね。あ、でも、歴史はこっちの方が古いって聞いたから、侮っちゃダメよね。あと、エルフ族の魔術教授が多いから、教育の質も高いらしいし」
俺の右隣に立っているお春がそう言った。
大陸最大国家の皇女が、こんなふらっと他国の魔術学院に現れても良いのか?
いや、大陸でも指折りの魔術師だから、逆にこれは良いことなのか?
「これが最古の魔術学院ですか……すごく立派ですけど、夜になったら幽霊とか出そうな場所ですね」
俺の左隣にいるカミラが、魔術学院を見上げてそう言った。
顔色が悪いから、もしかしたら幽霊とか苦手なのかもしれない。
デュラハンの方が怖くないか? とも思ったが、あれは魔物だから良いのか?
「大丈夫……ユーレイなんていない……はず」
俺の後ろで胸を張っているルルだったが、なぜか俺の着物のすそをつかんでいる。
表情もがっつりこわばっているし、そこは年頃の少女と同じなんだな。
「ああーっと……お春」
「なに? あなた」
「この学院で、俺は魔術を学べばいいんだよな」
「そうよ。厳密に言えば、闇魔力の操作だけど」
「じゃあ、なんで俺の他に、3人とも入学するんだ?」
俺が疑問を呈すると、お春のほうが、あなたこそ何を言っているの? みたいな表情で首をかしげた。
「え、だって、悪い虫がつかないように監視しなきゃ、でしょ」
お春がそう言うと、カミラもルルも、大きくうなずいた。
いや、だからなんで、こういう時だけ息ピッタリなんだよ。
「魔術師の私が言うのもなんだけど、魔術学院に籠もって魔術を学んでいる学生は、出会いが少なくて、けっこう男に飢えているのよ。しかも冒険者や傭兵業界のように性に奔放じゃないから、余計にこじらせている子が多いし」
言うのもなんだけど、と言っておきながら、めちゃくちゃズケズケ言ってる……。
「あなた一人で入学したら、変な魔術や魔法薬を使ってくる勘違い女が現れそうだし、そこはしっかりガードしておかないと」
「ハル殿の言う通りです。それに色恋に限らず、魔術学院の方々は閉鎖的で、偏屈な方が多いと聞きます。特に注意すべきなのが、魔力のない人間を忌避する、純血正統派の魔術師です」
「純血正統派? なんだそりゃ」
この問いに、お春が答えてくれた。
「簡単に言えば、生まれ持って上質な魔術を扱える者以外は、まともな人間じゃないって主張している派閥よ。冒険者をやっているような魔術師には少ないけど、こういう魔術学院や王立魔術研究所、各国の宮廷魔術師とかは、こういう権威主義、血統主義にのめりこみやすいのよ」
お春はそれから、エルフの姫君ルルの方を見た。
「とりわけエルフ族は魔術に優れるから、エルフ族出身者や、エルフの血が混じっている者は、こういう学院では純血正統派に属する……けど、お姫様がいれば、少しは偏見が緩和されるでしょうね」
「おい、お春よ、ルルを盾に使うつもりで連れてきたのか?」
俺はどう思われても良いが、俺と一緒に入校することで、ルルが肩身が狭い思いをするのは許せんぞ。
「違う、ウジザネ。私が無理を言って、ハルに連れてってと言った」
「え?」
「ルルはね、強くなりたいの。誰にも支配されずに、好きな人を追いかけて、好きな人を支える『大人の女』になりたいの」
ルルは、魔術学院の校舎を見上げた。
「私がそばにいれば、エルフ族出身の魔術師は、下手にみんなに手を出さない。そして私も、この学院で、自分の力で戦える力を身につけるの」
それを聞いて、俺はもう何も言わないことにした。
ルルはまだ幼い姫君だが、成長するために外の世界に出ることにしたのだ。
魔王の魂に肉体を乗っ取られたこと、俺やカミラとともに対等に協力し合えない現状……これらを歯がゆく思い、自分を変えようとしているのだろう。
いきなり実戦で戦うことは許されなくても、人もエルフも他の種族も在籍している魔術学院で学ぶことはできる。
それが、ルルの覚悟なのだ。
「わかった。じゃあ、俺がイジメられたら、ルルに助けてもらおうかな?」
俺が冗談めかしてそう言うと、ルルはむしろ鼻の穴を大きくさせて親指を立てた。
「任せて、その時は全員ぶっ飛ばすから」
「おいおい、お姫様が使っちゃダメな言葉だろう」
というわけで、俺たち四人は、世界最古の魔術学院に足を踏み入れた。
魔術学院、一年学級の一つ。蒼竜の学級。
この学級は、強さと優秀さを特に正義とする若い魔術師が集まり、純血正統派の魔術師も多い。
「一時転入生が四人も来るのか?」
「この時期に? もう夏の時期なのに」
「なんか、1週間限りの、コネ入学らしいよ。どっかの大物貴族が、強引に四人を一時入校させるようにねじ込んで、私たちがコツコツやってる授業をすっ飛ばして、ほぼ実戦授業しか参加させないんだって」
「はあ? なんだよそれ、ズルくないか? 俺たちは魔法歴史の眠い授業すら、全部出席して、ちゃんとノートをとっているのに」
「もしかしたらどっかの他国の貴族のボンボンなんじゃないか? 実家で魔術の才能があるってもてはやされて、この由緒正しき学院をナメてるんだよ。教室で授業を受けなくても、1週間だけ実戦授業さえやれば良いって勘違いしてるんだ」
「うわー、それありそう! いかにも魔術のことを知らないやつって感じ!」
「ふん、騒ぐな、お前ら。もしそんな低俗な転入生なら、俺たち純血魔術師の格の違いを見せてやれば良い」
「たしかに。もし大したことないなら、魔術でカエルやネズミに変えてやろうぜ。1週間過ぎても、この教室で飼っておいて、毎日ミミズとかムカデを食わせてやるってのはどうだ?」
「ナイスなアイデアね。教授に何か聞かれたら、授業が厳しくて1日で逃げちゃいましたって言えば良いんだし! きゃはははっ!」
彼ら彼女らは思い思いの噂話をしており、なおかつ転入生をいじめる算段すら立てていた。
で、そんな声を、俺はすでに廊下を進んでいる時点で耳にしていた。
俺の聴覚なら、多少離れていようが、問題なく聞き取れる。
うーん、どうやら、めちゃくちゃ歓迎されていないようだ。
「き、気難しい子たちなので、その、あまり目立たないように挨拶してくださいね?」
俺たち四人を案内してくれたクインレルという魔術教授は、おとなしそうな、顔色の悪い青年だった。
本来なら背は高いはずなのに、背筋を曲げてオドオドしているせいで、目線の高さが俺とさほど変わらない。
そして、教室の前に着いたところで、クインレル教授が振り返った。
「と、特に、その、ウジザネさん……でした、よね?」
「ああ、なんだ?」
「ええと、非常に申し上げにくいのですが、もし命の危険を感じたら、あなたはすぐに退学されることをお勧めします……」
「ほう、それはそれは。一体なぜだ?」
「そのう、一定レベルに達した魔術師は、一目見ただけで相手の魔力量を測れます。なので……あなたのような魔力のない人間が、この校舎の中を歩くだけでも……とてつもない嫌悪感を抱く生徒が、出てくるはずです」
「魔力の有無で、そんなに嫌われるのか」
「あ、あの、誤解されるかもしれませんが、そうではない生徒もたくさんいます。ですが、これから案内する蒼竜の学級はとても優秀な生徒ばかりですが、同時に、純血正統派の生徒が大半なので」
「わかった。ご忠告、感謝する」
俺はそのクインレル教授に感謝しつつ、先陣を切って、教室の扉を開けた。
先にお春やカミラに入ってもらうこともできたが、ここは男なので、臆することなく最初に入ることにした。
俺が扉を開け放つと、扇状の形をした教室になっていた。
生徒用の座席は5段になって広がっており、その扇の根元が、教授が講義をする教壇であろう。
俺が入ったのは、教授が出入りする場所だ。
つまり教壇の近く、である。
扇状に広がっている席には生徒たちが座っており、入ってきた俺たちを見ている。
特に、魔力のない俺に対しての視線がすごい。驚き、嫌悪、興味など、様々な感情が入り混じった視線が向けられる。
「え、嘘でしょ……あの男の人」
「そんなはずない、よね、なんかの魔道具でカモフラージュしてるとか?」
「いや、違うだろ。あれって本当に魔力がないんじゃ……」
「ふ、ふざけているのか? なんでここに、不能者がいるんだよ」
生徒たちから口々に困惑と嫌悪の声が聞こえる。
おおっぴらに俺のことを侮辱する者はいないが、魔力のない俺がここに現れたことに対して、衝撃を受けているようだ。
「え、ええと、生徒の皆さん、話は聞いています、よね? では、転入生の皆さんは、自己紹介をお願いします」
クインレル教授が、自己紹介をうながす。
そして、『頼むから、目立つことはやめてくださいね』という必死な視線を、俺に送ってきた。
俺はうなずいてから、生徒たちを見渡した。
「俺は今川氏真と申します。今日から1週間、皆さんのお世話に……」
「ちっ、魔力不能者がいきなりしゃべるなよ、汚らわしい」
と、開口一番、罵倒が飛んできた。
罵倒してきたのは、金髪をオールバックにした美男子だ。
ただし人相は悪く、傲慢そうな性格が透けて見える。
これはすごいところに来たな、と改めて実感した。
「教授、これはいったいどういうことでしょう。なぜ世界で最も由緒正しき魔術学院に、魔力不能者がいるのでしょうか」
「ど、ドラクロウ君……」
「そーですよー、ブルフィン魔術学院は厳正に審査された魔術師だけが集まる、ちゃんとした学院なんですよねー??」
「ほんと冗談きついよな。コネ疑いの転入生が4人も来るだけでもヤバいのに、しかも魔力不能者がいるとか、すげえ迷惑なんだけど」
「き、君たちの言い分はわかる。けど、まず落ち着いて……」
俺を罵倒する生徒たちに大して、クインレル教授が、畏怖している。
どうやら生徒であっても、教授より立場や力が強い者もいるらしい。
俺の自己紹介をさえぎった金髪の美男ドラクロウ。
そんな彼は、人一倍、俺に対して侮蔑の視線を向ける。
「早くこの学院から去りたまえ。君のような汚れた人間がいると、この神聖な学び舎の空気が淀んでしまうのでね」
ドラクロウの言葉に同調するように、周りの生徒は俺たちに対し蔑みの視線と、くすくすという失笑を浴びせる。
嫌われたもんだな、と俺は思っただけだったが、俺についてきた3人は鬼のような顔になっていた。
お春は言わずもがな、カミラとルルも、般若のような形相になっている。
このまま黙っていると、先に彼女たちが暴発しそうだな……
「へえ、君たち、空気の汚れが見えるのか? 魔術師とは面白い子ばかりだな」
俺が的外れなことを言うと、教室にいる生徒全員の表情が固まった。
そして次の瞬間、俺に向かって、敵意や殺気をぶつけてきた。
もはや一触即発、というエグい空気になった。
「この、魔力不能者が……僕たち純血の魔術師に対等な口を利くとは……消し炭になって後悔しろ!!
ドラクロウという金髪青年は杖を取り出し、俺に向けて、炎の槍を放ってきた。
鋭く、燃え滾る炎の槍は、人間一人なら消し炭にできるだろう。
このドラクロウという青年は、躊躇なく俺を殺しに来た。
彼は本気で、魔力不能者など生きる価値がないと思っている。
その上で、俺をここで殺しても何も問題がない立場にいるのだろう。
だが、相手が悪かったな。
学院の中では、魔王殺しの存在があまり広まっていないのだろう。
「風遁奥義、
俺は左文字を抜き、回転斬りを行う。
瞬時に旋風を巻き起こし、炎の槍をそっくりそのまま跳ね返した。
「なっ……うおぉっ!?」
ドラクロウは体をのけ反らして、椅子から転げ落ちた。
不格好だったが、なんとか自分の魔術で焼け死ぬことは避けた。
魔力も持たぬ俺が、魔術をはね返した。
それはとてつもなく非常識なことで、彼らの誰も、今の現象を理解できない。
そして彼らの視線から侮蔑が消えて、静かに恐怖が広がっていく。
「魔王殺し、今川氏真だ……ま、ここは一つ、仲良くしてくれや」
俺は白い歯を見せて、満面の笑みを浮かべた。
しかしそんな俺の笑顔を見て、笑える生徒は誰もいなかった。
傲岸不遜な少年少女たちの顔が、青ざめ、凍りついていた。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第12話を読んでいただき、ありがとうございます!!
バイオレンスな学園編、すごく楽しみ!!
氏真をけなすやつらが、もっと恥をかく姿が見たい!!
ここから氏真が闇魔力を得るのかどうか、すごく気になる!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)
皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
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