第11話 魔界の門を壊す旅と、魔力の才能
お春の超強力な炎魔術によって、魔界の門は10秒足らずで破壊された。
いや、破壊なんていう生優しいものではなく、太陽のような莫大な熱量をぶつけて、魔界の門をドロドロに焼き溶かしたのだ。
こうして北エルフの里での、俺たちの戦いは終わった。
魔界の門がなくなれば、もう魔物は増えない。
あとは北エルフ族の戦士団に任せて問題ないだろう。
魔物たちが全滅してから、俺たちは北エルフの城に戻り、エルフ王であるルドレス殿から歓待を受けた。
北エルフ族の軍も勇敢に戦い、奮闘したが、やはり俺たちの活躍はとてつもないものだったようだ。
そして、その活躍は、高慢なエルフ族も納得していた。
「魔王殺し殿、今までのご無礼をお許しください」
戦いが終わって城に戻ると、城門前に居たファラミン青年が真っ先に俺のもとに来て、平身低頭で謝った。
「貴殿とカミラ殿のお力を、私は眉唾物として見ていました。自尊心と虚栄心で目が曇り、恥をかかせようと画策したばかりか、里の危機をあなた方に救ってもらった」
ファラミンは背負っていた弓と剣を外して、俺の足元に置き、片膝をついた。
「もし落とし前が不足でしたら、ここで御
「あー、良いって良いって。反省してるなら、それでチャラだ」
「しかし……あれだけのことをやっておきながら、里まで救っていただいて、」
「それなら、今後は人間への偏見を改善してくれれば良い」
「わかりました……重ねてお礼申し上げます」
ファラミンの謝罪を受け入れてから、俺たちは城に入った。
エルフ族の城は、巨大な樹木が丸ごと城になっているため、謁見の間までたどり着くだけでも大変だ。
その途中で、俺とお春はこれまでのことを話し合った。
転移してカミラに出会ったこと、ルルを救ったこと、魔王メルゴスを倒したことなどを、かいつまんで話した。
それからお春も、俺とカミラに、自分の歩んできた道を簡単に教えてくれた。
赤ん坊の頃の記憶はないが、物心ついた時に、自分の前世は『お春』であったことを自覚したという。
それまではハル・レ・ウォンドラスとして立派な淑女になる教育を受けていたが、前世の記憶が戻った段階で、自分の力で生き抜けるように魔術を鍛えたという。
「もしかしたら、あなたに会えるかもしれない。そういう直感や願いがあったから、私は帝国に縛られない皇女になる必要があったのよ」
前世でもそうだったが、女性の将来は狭められる傾向にある。
帝国の皇女として生まれたら、自分で将来を決めることは不可能だ。普通なら。
だからこそ。
お春は魔術を究めた。血のにじむような努力をしていた前世の夫の姿を思い浮かべて、自分もまったく同じように、寝食を惜しんで魔術修行に打ち込んだ。
姫君だというのに、女だというのに、いずれ誰かに嫁がされるというのに。
あの皇女は魔術なんか究めて、何がしたいんだ。
家族である皇族たちも、貴族たちも、使用人たちも、お春のことをそういう目で見ていたという。
だが、お春は帝国筆頭魔術師の称号を得て、一目置かれる存在となった。
すべてが自由になったわけではないが、皇女として望まぬ婚姻を強いられるようなことはなくなった。
お春の魔力や血縁の尊さを欲しがって婚姻を結ぼうとする貴族もいるらしいが、それ以上に、お春という人間に畏怖している貴族が圧倒的に多いという。
「さきほどの太陽光線のごとき魔術、あまりに強力なものでした。帝国最強の魔術師という異名は、伊達ではなかったと思いましたよ」
カミラがそう言った。
「カミラは、お春の名前を元々知っていたのか?」
「は、はい、名前だけは。この大陸の魔術師の中で、ハル・レ・ウォンドラスという名を知らぬ者はいないと思います」
「すげえな。お前、そんな大物になっていたのかよ」
俺とカミラに言われた言葉が嬉しかったのか、お春はふふんと胸を張った。
「それもこれも、あなたに会った時に好き放題に振る舞うためよ。すべて思いのままにというわけにはいかないけど、今の私を怒らせたらどうなるか、帝国の人間なら知っているはずだしね」
「は、ははっ……」
帝国の人間すべてに畏怖されている。
もはやどう形容したら良いかわからない状況だ。
それを聞いたカミラは苦笑いしていたが、そんなカミラの肩にお春は腕を回す。
「ドン引きしている場合じゃないわよ。カミラもこれぐらい氏真様を愛しなさい。それで最低限のスタートラインよ。それとも、もうすでに私についてこれなくなったかしら?」
い、いやいや、ついて来れるかどうかの勝負じゃねえだろ!
まだこの異世界にいるかどうかもわからん俺と結ばれるために、国一つ敵に回しても戦える実力をつけるとか、怖すぎだろ。
嬉しいっちゃ嬉しいけど、それが最低限とか、どうかしてるって。
「いいえ、私だってウジザネさんのためなら命を賭けて戦い、愛する所存です! それこそ髪の毛一本、爪一本に至るまで捧げたって惜しくありません!」
「うふふっ……良いわね、その調子よ」
どんな調子だ!?
と、俺が頭を抱えそうになっていると、謁見の間で待っていたルルが、俺たち三人の姿を捉えた。
「おかえり、ウジザネとカミラお姉……って、誰、その、女……!」
ルルは俺とカミラの帰還を喜んでいたが、すぐに表情が凍りつく。
そして、
まだ幼くて愛らしいルルの顔が、まるで般若みたいになってきた。
あ、やばい。魔王メルゴスに乗っ取られていた時より、怖い顔してる。
「あ、ルルちゃん、えっとね、この人は……」
「ん? あら、ずいぶん可愛らしいエルフの幼女ね。もしかしてあの子が、魔王の器になった姫君かしら」
お春がニヤリと笑う。
こういう時のお春は、察しが良い。
ルルが、俺のことを好いていることも察しただろう。
そして察しているのに、こじれる方向に持っていくのだ。
「それはそうと……あなた、今夜は私とカミラと三人で一緒に過ごしましょう? 戦の後で高ぶっているでしょうし、私たち二人で色々と鎮めてあげるから。ねえ、カミラもそれで良いわよね?」
「へっ!? えっと、その、……ごくり」
ごくり、じゃねえよ!
カミラも俺の首筋とか胸元をガン見するな!!
凛々しい金髪碧眼の女騎士だったくせに、すげえダラしない顔になってるぞ!!
「ふ、ふふっ……お子様は、およびじゃないって、やつだね……ルルをのけものにして、悪い大人たちだね……!」
ルルはその光景を見て、不気味な笑みを浮かべている。
こっちもこっちで、幼い少女がしていい表情じゃなくなってる。
「ルルよ、落ち着きなさい。この方々は里を救った英雄だ」
そこで北エルフの王、ルドレス殿が現れる。
「お父、様」
「ウジザネ殿に関しては、どうにでも巻き返せる。今は色恋ではなく、姫君として、里を守ってくれた英雄に対して、粛々とした態度でお出迎えしなさい」
「……むぅ」
「ルル、返事は?」
「……はい、お父様」
ルルはしゅんとした様子で肩を落としてしまった。
せめて、後で思いっきり抱きしめて、一緒に遊んであげようか。
まだ甘えたいざかりなのに、場をわきまえて行動しなきゃいけないって、王族のツラいところだよな。
「ご帰還をお待ちしてました。北エルフ王として、緊急時にご助力いただいたお三方に感謝を申し上げます」
それからルドレス殿の視線は、お春の方へ向いた。
「ちなみにあなた様は、ウォンドラス帝国の方でお間違いないですか? そのドレスの刺繍、黒い鷹の紋章は、帝国のものだと思いますが」
「さすが王族ね。紋章だけでわかるとは」
お春は優雅に一礼した。
「申し遅れたわ。私はハル・レ・ウォンドラス。ウォンドラス帝国の第七皇女にして、帝国筆頭魔術師よ」
帝国の大人物と聞いて、北エルフの者たちはざわつく。
ウォンドラス帝国はこの大陸一の超大国であり、どの国も警戒している国家だ。
そんな国家の皇女が現れたとなると、一大事件である。
無論、お春には何の意図も悪気もないが、相手が超大国の皇族となれば、下手なことをすれば国際問題になってしまうのだから、誰もが警戒するだろう。
「安心して。私はウォンドラス帝国第七皇女として来たのではなく、この氏真様の正室として助力しただけ」
お春は俺の腕を抱き、俺のことを引き寄せる。
「だから、北エルフの方々も変に構えなくて良いわ。私は妻として夫の戦いを助けただけ。あなた方は何も恩に感じなくて良いし、何か返礼を考えたりとか……まあ、政治的なことは本当に何も考えなくても良いからね」
お春はそう宣言した。
現状、北エルフ族は、北国ブルフィンの国民である。
北エルフ王ルドレスはブルフィン国の公爵であり、かなりの大貴族なのだが、ウォンドラス帝国の皇女よりは格落ちする存在だ。
要は、そんなはるか格上の立場の皇女に里を救われたとなれば、何か莫大な返礼を送らなければならなくなる。
帝国の皇女を戦わせたという『借り』が、めちゃくちゃデカいのだ。
しかし、お春本人が『返礼は不要』と言ったことで、北エルフ族はおおいに助かった。これでもしも帝国の他の人間が北エルフ族に『借りを返せ』と強要したとしても、北エルフ族は断りやすくなる。
「帝国の皇女殿下に助力していただきながら、正式な返礼をしない我らを、どうかお許しください。そして、その温かいお気遣いに、最上級の感謝を示したい」
ルドレス殿は頭を下げた。
「良いのよ。それに、ルドレス殿も、私の夫を守ってくれたでしょう」
お春は俺の手を取り、俺が右手の人差し指にはめていた指輪を見せた。
そう、戦いの前にルドレス殿が俺に授けてくれた、破毒の指輪だ。
「これは、破毒の指輪ね。帝国でも一部の皇族しか所持していない、エルフ鍛冶しか造れない高級品。デュラハンの闇魔力によって夫は喉を汚染されたけど、その汚染速度がとても遅かった……だから、これでお互い様ということにしましょう」
にっこりとお春は笑った。
そんなお春の笑顔を見て、ルドレス殿もやっと安堵した顔で微笑んだ。
「じゃあ、話を変えるわ」
お春は手を叩いて、話題を切り替えた。
「私は夫を探しにここまで来たけど、その途中でいくつもの魔界の門が発生していたのよ。この里に発生したものより小さかったから、ついでに壊しておいたけど……やはり世界中で異変が起こっているわ」
「皇女殿下、それはまことですか」
ルドレス殿が確認した。
「ええ、ハト型の召喚獣を飛ばして、帝国にいる私の右腕と連絡したけど、どうやら世界各国で魔界の門が発生しているとのことよ」
「なんと……これは世界の危機、と言っても過言ではありませんな」
ルドレス殿が額に手を当て、頭を抱える。
「その通りよ。だから私も、一人の魔術師として魔界の門をかたっぱしから破壊しに行きたいと思っている。帝国の皇女として国民を守るのももちろんだけど、それ以上に、私の夫とカミラが平穏に暮らせる世の中にしたいから」
それから、お春は俺とカミラの方を見た。
「もし二人が戦いではなく平穏を望むなら、別の手を考えるわ。それこそ、私一人で各地を回って、ちゃちゃっと魔界の門を壊しに行ってもいいし」
お春がそう言うと、カミラが首を振った。
「水臭いことを言わないでください。私たちは家族です。たしかに私はハル殿に比べたら足手まといかもしれませんが、ハル殿に戦いを押し付けて、のうのうと暮らすつもりはありません」
カミラはすでに覚悟が決まっていた。
無論、俺もそうだ。
「馬鹿なことを。もう俺たちが離れることはない。カミラとお前と俺で、さっさと魔界の門を壊しに行くのが最良だ」
「……ありがとう、あなた、カミラ」
お春は嬉しそうにうなずいた。
それからお春は、ルドレス殿に向き直った。
「ルドレス殿、あなたにお願いがあるわ。世界中に発生した魔界の門を全滅させる旅を始めるにあたって、大事な準備があるのよ」
「ほう、なんでしょうか。皇女殿下のお頼みとあらば、できる限り協力いたします」
ルドレスが尋ねると、お春はこう言った。
「まず、言っておくけど……私の見立てでは、夫には闇の魔力の才能があるわ」
お春の言葉に、ルドレス殿も、北エルフ族も、ルルも、カミラも。
みんな、唖然としていた。
「「「や、闇の魔力……!!???」」」
闇の魔力、という単語が彼らにとって強烈だったようだ。
それこそ声が揃うほどに。
……てか。俺に魔力の才能が?
……それも、よりによって、闇?
……魔王メルゴスが使ってたような、あの禍々しい、アレか?
俺自身も戸惑っていたが、お春は変わらず話を続ける。
「いくら私の大魔力でも、世界各地の魔界の門を壊すのは至難の業よ。ゆえに夫である彼が、魔術を獲得するのが一番手っとり早くて、必要不可欠なの」
「し、しかし、闇の魔力は本来、魔界にはびこる者たちの、邪悪な力……そのような、とてつもない力を、果たして人間の身で使えるのでしょうか?」
ルドレスが心配そうに尋ねる。
しかしお春は、「あー、私の旦那なら、大丈夫でしょ」と軽く答えた。
それ、ほんとに大丈夫なのかよ。頼むぞ、おい。
「だからね、さらなる飛躍を遂げるために……北国ブルフィンの魔術学院の『一時的入校許可』をくださるかしら。それが私からのお願いよ。ブルフィン国の公爵としてのコネを、めいっぱい利用してちょうだいな」
お春はとてつもなく明るい笑顔で、すごいことを要求してきた。
……って、しかもコネ入学かよ!!
ある意味、それもめっちゃ闇じゃねえか!!
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第11話を読んでいただき、ありがとうございます!!
お春さんの意志の強さやぶっ飛び方が凄くて好き!!
氏真を巡る女たちの戦いが、めちゃくちゃで面白い!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
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