第9話 側室、大歓迎……っすか????




「わからないの? 夫婦で楽しんでいるのよ、お嬢さん」




 お春の言葉が、森の中に響いた。

 そこまで大きな声ではないはずなのに、彼女の声がいやに大きく聞こえた。




「ふう、ふ?」




 カミラは呆然としていて、お春の言っている言葉の意味を受け止めきれていない、という様子だ。




「か、カミラ、落ち着いてくれ。その、アレだ。たまたま前世の奥さんと再会できたってだけだ。俺も突然のことに驚いているっていうか、ほんと、その」


「あら、まだ私とあなたは夫婦どうしでしょう? 前世とか、関係なくない?」




 ちょ、お春、一旦止まってくれ!

 話がこじれるし、まとまらん!

 勘の良いお前なら、カミラが俺のことをどう想っているのかわかるはずだろ!




「それはそうと、久しぶりに接吻をしたけど、あなたの舌使いも変わらないわね……若い時に、初めて私を押し倒した時と一緒で……意外と積極的というか」




 いや、もうこれ、絶対わかってて言ってるな!? 

 もうやめてくれ、カミラの顔がどんどん生気を失ってきている!!




「あなたは、その、本当に、ウジザネさんの、奥様なんですか?」




 カミラは打ちひしがれた様子で尋ねた。



 

「そうよ。そういうあなたは、どこの何者なのかしら」




 お春は面白そうなものを見るような目で、カミラをじっと見据える。

 その視線に敵意はなく、まるで見定めてやるというような視線だった。


 カミラも、そのお春の意図を気づいたのか、大きく声を張る。

 かなり心が壊れかけている様子だったが、このままでは飲まれると思ったのか、必死に元気を振り絞った。




「か、カミラ・リュディガーと申します!! 今はウジザネさんとともに冒険者をしている者です!!」


「ふむふむ、カミラ、というのね」




 お春はうなずいた。




「私はお春。この人の正室でありながら、現在はハル・レ・ウォンドラスという名でこの世界を生きているわ」


「ハル・レ……ウォンドラスッ!?」




 カミラはその名前を聞いて、後ずさる。


 ていうか、俺も初耳なんだが、この世界でのお春の名前は、そんな長い名前だったのかよ。

 それと、ウォンドラス?ってどこかで聞いたことがあるな。




「まさ、か……あなたは、その、帝国の第七皇女ですか!?」


「へえ、こんな僻地の国々でも、私の名前は広まっているのね」




 そのやり取りを見て、俺も思い出した。

 

 冒険者ギルドでバーバラが、東にウォンドラス帝国という巨大な国家があると話していた。

 そしてお春はこの世界で、ウォンドラスという姓を名乗っており、しかもカミラもその名を知っていたとのことだ。




「え、お前、なんでそうなってるんだ? 皇帝の娘、ってことなのか?」


「色々とあったのよ。目覚めたら巨大な城に住んでいて、皇女としての教育をうけさせられたり、暗殺されそうになったり……まあ、それで結局こうなったわ」


「へ、へえ……マジか……」




 色々で済む話じゃないだろうと俺は思った。


 だが、お春ならあり得ない話ではない。


 お春は関東最大勢力、北条ほうじょう家の姫君として生まれた。

 彼女は幼い頃から、実家で多くの教養と処世術を学び、その頭のキレや度胸は、並の男では敵わぬほどだ。


 今川家に嫁いでからも、彼女は今川家臣団一目置かれるほどの器量を見せたし、俺が北条家から追い出された時も、彼女は迷うことなく俺についてきてくれた。


 お春の父は、相模さがみ獅子ししの異名を持つ、北条氏康うじやす公なのだ。


 やはり獅子の娘は、雌獅子めじしなのだろう。




 ちなみに。


 俺をこれ以上保護せず追い出そうと決めたのは、義父の北条氏康殿ではない。

 お春の弟、北条氏政うじまさだ。


 氏康殿が亡くなってから、お春の弟である北条氏政が当主になると、アイツはすぐに俺のことを厄介払いしてきたのだ。




 その時、氏政はお春に、


「氏真殿は落ち目だ。姉上、離縁りえんすべきです」


 と、すすめたらしいんだが、後日、氏政は、一ヶ月寝込むことになったという。

 




 つまり俺の奥さんは、女傑じょけつと言っても過言ではない。


 そんな彼女だから、右も左もわからぬ世界に放り出されたとしても、たくましく生きていけたのだろう。

 実際、そのウォンドラス帝国という国においても、お春は皇族として問題なく生き残っているし、やはり彼女の強さはどこまでいっても変わらなかったわけだ。

 



「聞きたいんだけど、カミラは私の旦那と、どうなりたいの?」




 お春は俺から離れて、カミラに近づく。


 カミラとお春が向かい合う。

 男である俺が板挟みになっているのは、いたたまれない。

 だが、俺が下手に口を出してもダメだとわかる。


 お春の背中を見れば、それがわかる。

 彼女はカミラが俺を好いていることに気づき、カミラを試しているのだ。

 

 女と女。


 男にはわからぬ世界があり、女どうしでしか通じぬことがある。


 俺が余計な口を出したら、むしろお春は烈火のごとく怒るだろう。




「……私は、ウジザネさんのことが、好きです」




 カミラは、お春から目をそらさず、そう言った。




「最初は憧れとか、感謝とか、尊敬とか、そういう感情だったかもしれません。しかし、今の私はウジザネさんのことを心から愛しています。ウジザネさんを欲しいと思っています。そばにいたくて、愛が欲しくて、たまらないんです」




 カミラは、俺のことを愛している。

 それはお春のような成熟した長年の愛情ではなく、少女の淡い恋心のようなものかもしれない。


 でも、その恋心は本物だ。

 彼女は行動で示して、俺の愛を得ようと努力していたのだ。


 俺はそんな彼女に、何ができるのだろう。

 お春への愛は変わらない。だが、カミラからの愛を無下にできない。


 


「良いんじゃない、それで」


「……へっ?」




 お春の言葉に、カミラはキョトンとした。


 それからお春はカミラに近づき、手を取った。




「素直な子は嫌いじゃないわ。それに、あなたはちゃんとした貴族教育を受けていて、礼儀も知恵も申し分なく、なおかつ武術にも長けていて……氏真様の寵愛を受ける資格がある」




 そしてお春は、俺とカミラを見比べてから、


「カミラ、あなたは側室として、いずれ氏真様と子どもを作りなさい」


 と言った。




 俺も驚きすぎて、「はぇ?」という変な声が出た。 




「え、ちょ……えええっ!?」




 いきなり子どもを作れと言われて、カミラも素っ頓狂な声を上げた。

 それと同時に、カミラの顔がゆでだこみたいに真っ赤になった。もはや湯気が上がるんじゃないかと思うほどに。




「え、なに? 私、何もおかしなことは言ってないわよ」




 お春は目を丸くして、戸惑うカミラのことを見ていた。




「じゅ、充分おかしいですよ!? だって、いきなり子どもを作れって、そんな、あなたはそれでいいんですか? そもそもウジザネさんに対する気持ちも、許してもらってもいいんですか?」


「当たり前でしょ。私も正室の座を譲らないように努力するし、あなたが氏真様の寵愛ちょうあいを授かるかどうか、それもあなたの努力次第よ。おおいに励みなさい」


「でも、そんな、いきなり、子どもだなんて」


「だって、前世の私は子どもができにくい体質だったし、氏真様のためを第一に思えば、側室はたくさんいた方が良いでしょ。もちろん、ちゃんとした女性じゃないとダメだけど」




 お春はそう言ってから、俺の方を見た。




「あなたも、この子のこと、けっこう好きになっているんでしょ?」


「あ、っと……うーむ……」


「なにを私に遠慮してるのよ。それとも、実はこの子のことが嫌いだったりする? それなら妻として、邪魔な小娘を『排除』するけど?」




 お春の体から、強烈な魔力がただよう。

 先ほど魔物たちを一掃した時と同じように。


 排除、と聞いて、カミラの顔にも緊張が走る。


 

 ぐっ、お春め、俺のことも試しているな。

 俺がお春とカミラのことを、男としてちゃんと面倒を見れるのかどうか、それを確認したがっているんだ。


 ええい、受け入れるしかない。

 俺も自分の気持ちに素直になるべきだ。

 お春のことも、カミラのことも、大事にしたいという想いを。




「カミラ、俺の頼みを聞いてくれるか」




 俺は立ち上がり、カミラのもとに近づき、深く頭を下げた。




「俺の側室になってくれ。無論、ずっと、ずっと、死ぬまで大切にする。お前と、深く愛し合いたい」


「っ……ウジザネ、さん!! うわぁああんっ!!」




 カミラは涙を浮かべ、俺に抱きついた。




「よろじく、お願い、しまずっ!!」




 カミラはあまりに泣きすぎて、少し鼻がつまったような声になっていた。

 そんな面も、彼女の愛嬌だ。

 ずるいかもしれんが、俺はそんな彼女に愛してもらって幸運だと思うし、もし他の男に取られたら悔しい想いを抱いていただろうな。



 

「ふふっ、まずは一人目、ね」




 お春が小さな声で、不穏なことを言った。


 俺はその意図を聞き返したかったが、カミラが感極かんきわまってワンワン泣いていたので、ひとまずカミラを落ち着かせるために、頭をなで続ける方に集中するしかなかった。





 それからお春は、パンッと手を叩いた。







「さてと。では、女どうしの話もひと段落したことだし、みんなで魔界の門を壊しにいきましょうか」



 





 

 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2章、第9話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 お春とカミラのやり取り、すごくドキドキした!!


 やはり正室と側室か!!氏真のハーレム展開も良き!!


 お春さんが良いキャラしていて面白い!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

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 今後ともよろしくお願いします!!





 鈴ノ村より

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