第8話 最愛の妻、お春との再会



「なに他人ひと様の旦那の首を絞めてんのよ、この首なしポンコツがぁああああっ!!」




 響き渡る怒声。

 現れたのは、優雅なドレスを着た、妖艶な女性。

 艶やかな黒髪と、卵型の輪郭、美しい顔立ちが特徴的だ。


 だが、何よりも、俺を驚かせたことがあった。


 俺のことを「旦那」と呼ぶ人間なんて、この世に一人しかいない。

 そもそも、そんなことを言われなくても。

 顔立ち、声、口調、空気感で、すぐに誰なのか気づいたよ。


 だって、初めてのひとだったのだから。

 だって、二人三脚で戦国の世を生き抜いたのだから。

 だって、六十年間も共にいて、添い遂げたのだから。

 

 彼女は、お春だ。

 この俺、今川氏真の正室である、早川殿はやかわどのその人だ。




「……お春、だよ、な」




 俺が問うと、お春はズカズカと俺の方に歩いてきた。

 その顔は真剣そのもので、瞬きを一切せず、鬼気迫るような様子だ。



 え、めっちゃ怖い。俺、なんか怒らせた?

 もしかして旦那って言ったの、俺の聞き間違いだったりする?

 死にかけたから、俺がこの女性のことを前世の奥さんと勘違いした?



 と、俺が戸惑っていると。


 ーーー彼女はいきなり、俺を抱きしめた。




「は、えっ?」




 さすがの俺も、言葉を失った。


 抱きしめられたことで、ドレス越しに豊満な胸の感触を感じ、馥郁ふくいくたる花の香りが俺の鼻をくすぐった。


 それだけで、俺は確信した。完全不可逆的に、断定できる。

 ああ、もう、間違いねえっすわ。

 この匂い、胸の感触、あごの輪郭から後ろ髪の生え際に至るまで……どこをとっても、お春でしかない。

 



「会いたかったわ、あなた」




 彼女は、そう言った。

 単純な言葉だったが、そこには、万感の想いが詰まっていた。




「……俺もだ、お春」




 俺も抱きしめ返した。

 

 待て、やばい、泣きそうだ。

 こんな良い歳だというのに、涙を流しそうになるとか、こんなんあるかよ。


 しかし、無理もない。

 お春に先立たれた時が、一番つらかったからな。

 俺もそれから二年後に死ぬんだが、朝起きた時にお春がいない屋敷で生活している二年間が、何より寂しかった。


 この異世界に転移してからも、お春に会いたいな、と思っていた。

 色んな戦いに巻き込まれている時には、その願いも頭から抜けていたが、ふと気持ちが落ち着いた時に、必ずお春のことが頭に思い浮かんだ。


 それから俺とお春は、体を離して、向かい合う。




「えへへ……なんか、照れるわね。お互い、なぜか若返っているし、私なんか西洋のドレス着ちゃって」


「ははっ、たしかに。だが、けっこう似合ってるぞ」


「えっ、そう? それはすっごく嬉しいわ」




 お春は顔を赤らめて微笑んだ後、俺の顔に手のひらを当てた。




「私も、若い頃のあなたを間近で見て、正直すごく胸が高鳴っているわ。しかも前世よりも、今のあなたはハツラツとした若武者って感じね」


「ちょ、ちょいちょい、それは言うなよ。知り合いがいない土地に来てから、急にいきがり始めたやつみたいじゃないか」


「良いと思うけどね。今のあなたも、私は好きよ」


「……そりゃ、どうも」




 俺は首の横に手を当てた。




「ぷっ……うふふ」




 お春は小さく笑った。




「照れたら首に手を当てる仕草、変わらないわね」


「ちょっ、そんなことを言われたら余計に照れるだろ」




 俺は慌てて首から手を離した。


 お春はそんな俺を見て笑っていたが、そこで俺の表情が固まる。


 お春も少し遅れて気づいたようだ。

 近くに、魔物たちが押し寄せてきている。


 そんな殺気と気配がしたのだ。




「お春、気配が読めるようになったのか」


「多少はね。まだ、あなたより鈍いけど」




 お春は立ち上がった。

 いや、武術家でもないのに、気配を読めるようになっただけで上出来だろ。




「あなたは休んでいて。私が掃除しておくから」




 彼女はそう言って、森の奥に向き直った。

 俺とお春の場所を嗅ぎつけたのか、それともデュラハンたちの死骸をたどってきたのか、魔物たちがぞろぞろと現れた。


 その数、ざっと五十以上。

 普通の冒険者や戦士なら、まず捌ききれない頭数だ。


 だが、俺はなぜか動かなかった。

 本来なら奥さんに戦わせるなど、ひどい旦那だろう。


 それでも、直感で、お春なら大丈夫だと気づいたのだ。




「火炎禁術……うず




 お春が両手で印を組み、最後に、手を叩いた。

 パァンッという、乾いた柏手の音が鳴った。



 ボンッ、ボボボボボッボォンッ!!



 次の瞬間、森の奥から押し寄せてきた魔物たちの頭部が、内部から爆散した。

 炎はほとんど上がらなかったが、その代わりに、焦げ臭い血の香りがただよった。


 ーーーマジか、えぐすぎる。


 あれだけいた魔物たちが、もれなく全員、綺麗に頭が吹っ飛ばされていた。

 獣型の魔物も、人型の魔物も、虫型の魔物も、まったく関係なく、すべて頭が内部から破裂して、即死していた。



 

「さて、これで良し。どう?」




 お春は振り向き、にこっと歯を見せた。

 その得意げな表情に、俺は笑いを誘われた。




「ははっ、すごいな。これはもう、おっかなくて夫婦喧嘩できねえわ」


「そんなことはないんじゃない、魔王殺しの英雄さん」


「それも知ってんのかよ!!」


「カッコいいと思うけど? なんかこう、十代半ばの少年が好みそうな異名のセンスで……」


「言うな言うな! というかそれ、イジってるだろ!」




 俺とお春が言い合っていると、お春が俺の喉元を見て、真剣な表情になった。




「ちょっと待って、あなた。その首の傷、見せなさい」


「え? 首の傷?」




 なんだかよくわからなかったが、俺は素直にあごを上げて、お春に首を見せた。




「おい、お春、なんか良くない傷があるのか? 別に痛くはないんだが」


「うそ、痛くないの? 今も見た目は悪化しているのに……」


「痛くはないが、なんか、喉がイガイガするな」


「それだけ? まあ、とりあえず、これ見なさい」




 そこでお春は手のひらから氷の板を生み出した。表面が綺麗に磨かれている氷で、鏡のようになっていた。

 氷の鏡を覗き込んでみると、俺の喉には、手のひら状の黒いアザが出ていた。

 たしかにその黒いアザは、だんだんと広がっている気がする。




「うおっ、なんじゃこりゃ、気持ち悪っ!!」


「きっと、さっきのデュラハンに首をつかみかかられたからね……今は影響はないかもしれないけど、闇の魔力の汚染は、普通の人間にとっては猛毒だから、早く取り除かないと危険だわ」




 そうか、闇の魔力で、さっきのデュラハンは死んでも動いていたんだな。

 闇の魔力の威力は俺も知っている。なんせ魔王メルゴスの闇の炎がめちゃくちゃ痛くて、あの戦いが終わった後も、火傷の痛みがなかなか取れなかったからな。




「たしかに、喉が枯れやすい感じがするな。これ、どうすりゃいいんだ」




 俺はお春に問いかけた。


 俺は魔力に詳しくない。当然、治すための手立ても知らない。

 だが、お春なら、知っている気がする。

 あれだけの魔術を使えるということは、きっと魔術や魔力に関する造詣も深いはずだからだ。




「し、仕方ないわね、緊急事態だし、これはあなたを救うためだから……その……」




 お春がぶつぶつと言っている。

 途中から口ごもって、何を言っているのか、まったく聞き取れなかった。




「おい、どうやって治すんだ。この汚染ってやつは」




 俺が重ねて問う。




「方法はあるわ。ただ、ちょっとだけ、あなたに協力してほしいの」


「おう、良いぞ。なんでも言え」


「終わるまで、絶対に動かないでほしいの。何があっても、不動の姿勢を保っていてくれないと、汚染を綺麗に取り除くことができないから」


「へいへい、わかった。動かなければいいんだ……な、むぅっ!?」




 俺がそう言った直後、お春は俺の首に両手を回した。


 え、これって、まさか。






 そう思った時には、遅かった。


 俺はお春と接吻(キス)していた。

 しかも、舌まで絡めた、とんでもなく淫靡なやつを。




「ん……ちゅ……れろ……ふぅっ……」




 お春の吐息がかかり、柔らかい舌が、俺の口腔をなでていく。


 あ、やばい、なんか久しぶりだから、体が熱くなって……





 ……っておいいいいっ!? こんな森の中で、何してんだ俺たち!!


 いや、まあ、どうせ心は超熟年夫婦だから別に悪い事ではないんだが、なんかこう、色々と絵面がやばいだろ!! 森で逢引きしてさかった男女みたいだろ!!


 


 だが、お春はふざけているわけではなかった。


 お春が接吻を始めてから、俺の喉の痛みが引いていった。

 どういう原理なのかわからんが、お春の魔力で、確実に闇魔力の汚染は取り除かれているのだろう。


 まあ、今のところ、周りに敵は居ない。

 

 ちょっと恥ずかしいが、今しばらくはこのまま喉を癒してもらいながら、お春の唇の感触を楽しむのも悪くない、か……






「ウジ、ザネ……さん……何を、しているん、デスカ……??」





 と、横から声が聞こえた。




「えっ……」


 


 俺が目だけを横に向けると、


 青ざめた顔をしたカミラが、少し離れた場所に立っていた。

 悲しみとか怒りとか、そんな次元じゃない感情に打ちひしがれた顔で、俺とお春の接吻現場を見ていた。



 えっと、その、なんだろう。



 すごく、後ろめたくて、やばいところを見られてしまったような気がする。

 別に悪い事はなんもしてないのに、とにかく言い訳したい。




「ちょっ……違う、違うんだ、カミラ、これは……」


「あら、見てわからないの?」




 そこで、お春が唇を離し、俺の言葉をさえぎった。




「夫婦で楽しんでいるのよ、お嬢さん」







 

 



 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第2章、第8話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 氏真とお春の再会、すごく良かったし興奮した!!


 二人のやり取りが面白かった!もっと見たい!!


 最後の修羅場の空気、続きが気になる!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)


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 今後ともよろしくお願いします!!





 鈴ノ村より

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