第7話 今川氏真 vs デュラハン騎兵隊
俺は合計9体のデュラハンを引きつけながら、馬に乗って逃げている。
昼といえど森の中は薄暗く、起伏に富み、気を抜けば馬の脚がとられてしまう。
脚をとられてしまえば、減速し、瞬く間に追いつかれてしまう。
デュラハンたちが乗っている馬は、黒い闇のようなボロをまとった怪物で、いつも舌を垂らし、牙を剥いている。
馬という生物を超えた怪物なのだろう。起伏に富んだ森林の中を、ガンガン突き進んで追いかけてくる。
「だが、技術は俺の方が上だ」
俺は
体力と突破力だけが、馬の利点ではない。
技術と判断力で、俺は愛馬とともにグングンと森の中を駆けていく。
「ただ速いだけで追いつけるかよ。ほら、とっとと来い」
俺はデュラハンたちに向かって、手招きする。
彼らは首がない、闇をまとった騎士だ。
俺のことは見えていないはずなのだが、俺が誘うような仕草をすると、猛然と速度を上げてくる。
どんな原理か知らんが、ちゃんと五感があるらしい。
首がないくせに見えているって不思議だな。
「さて、まずは弓矢で殺せるかどうか」
俺は馬上で矢をつがえ、放った。
矢はデュラハンの鎧を貫いたが、まるで効いてなさそうだ。
血の代わりに、黒い煙が噴き出ている。
ただ、その黒い煙が噴き出ても、デュラハンは平然としている。
「腹を貫かれても死なないのかよ。こりゃ厄介だ」
物理的な攻撃は、あまり意味はないのかもしれない。
しかし、俺にはまだ手立てがある。
「だがな、そんだけ猛り狂っていると、汚ねえ魂が丸見えだ。もう見えたぞ……お前、馬が本体なんだな」
俺は矢をつがえ、今度はデュラハンが乗っている馬の額を貫いた。
矢が頭部を貫いたことで、黒い馬のような魔物が、ジタバタともがいて暴れ回る。
そして、ガクリと力尽きた。
騎士も馬も動かなくなった。
乗っている騎士の部分は、操り人形みたいなもんなのか。
主に攻撃を行うのは首なし騎士なのだろうが、魂の核を担っているのは馬の方ということらしい。
これさ、気配や魂を読めるほどの『武』を持っている人間じゃなきゃ、まずわからんだろ。
俺も最初はてっきり、騎士の方が本体なんだろうなと思ったし。
「うおっ、何をする気だ」
デュラハンたちは首の断面に手を突っこみ、そこから黒い石弓(クロスボウ)を出してきた。
そして俺に目がけて、一斉に矢を発射してきた。狙いは正確で、油断してたら射殺されてしまう。
「すげえところから武器を出すんだな。それに、石弓は面倒だな」
俺は武器の格納場所にドン引きしつつも、デュラハンたちの一斉射撃をかわす。
向こうは8人で、こっちは1人。
撃ち合いなら、正直言って分が悪い。
しゃあねえな。馬に乗りながら使うのは初めてだが……
「風魔忍術、水遁……霧隠れの術」
俺は手から水蒸気を発し、辺り一面を霧で覆った。
魔物の五感に対してどれほど有効なのかわからんが、これで視界を妨害することができた。
デュラハンたちも、いきなり周囲が霧で覆われたことに驚いているようだ。
「そんで、俺から一瞬でも目を離せば、おしまいだ」
俺は呼吸を整え、同時に三本の矢を指で挟み、引き絞る。
これは人智を超えた最高難度の弓技。
一宮流でも、使い手はたったの四人しかいない。
「
矢を同時に三本放ち、デュラハンの馬を三頭同時に射抜いた。
それぞれに照準を合わせることは難しかったが、標的が近くに集まっていたから、なんとか上手くいったぜ。
しかし、俺が矢を放った音を拾って、四人のデュラハンたちが襲いかかってきた。
霧の中に隠れている俺に、迷わず向かってくる。
「さすがに居場所はバレるか。だが、方向が定まっていれば……」
俺は弓を構え、矢をつがえ、一呼吸で四本連続で矢を放った。
今度は基本的な手技だ。単純に素早く、矢を連続で放っただけ。
しかし俺に真っ直ぐ向かってきたデュラハンたちは、それを避けられなかった。
誰も俺にたどり着くことなく、途中で馬の頭部を貫かれて、絶命した。
「……あと一人、隠れやがったな」
俺は眉をひそめ、周囲をうかがった。
合計9体いたうち、すでに8体を討ち取った。
だが、最後の1体だけが。
俺の索敵範囲から、消えやがった。
「近くにいる。逃げてはいねえ」
一瞬、カミラたちの方に向かったのかと思ったが、それはない。
正確な場所はわからないが、近くで俺のことを見て、機をうかがっている。
その直後、
背後から、最後のデュラハンが襲いかかってきた。
「おっと!」
デュラハンは禍々しい黒い大剣を振り下ろしたが、俺は左文字で受け流した。
かなり良い太刀筋だった。こりゃ油断してたら斬られていたな。
そこでデュラハンの馬が、俺の愛馬に噛みついてきた。
「おい、ふざけんな」
俺は即座に、黒い馬の首をはねた。
黒い怪物馬は勢いよく倒れて、乗っていたデュラハンは投げ出された。
しかし、乗っていたデュラハンは体勢を変えて、地面に着地した。
「え、お前、馬が死んでも動けるのかよ」
他のデュラハンとは違うなと思っていたが、やはりそうだ。
最後に残ったやつは、少し骨がありそうだな。
しかも馬から降りても自由に動いているあたり、どうやらこいつだけ、ちゃんと自分本体の魂を持って活動しているのか。
また、どのデュラハンの鎧も醜悪だが、こいつの鎧は豪華だ。
醜悪さは変わらないものの、格が違うことがなんとなくわかる。
「じゃあ俺も降りるか。よっと」
俺は下馬して、黒い大剣のデュラハンに向き合う。
首がない騎士と斬り合いか。
首をはねる必要がないというか、そもそもできない。
なかなか不思議な構図だな。
ただし、絶命させるのは、簡単だ。
「さあて、と。周りに誰もいないなら……全開で行くか」
俺は左文字を大上段に構え、呼吸を整え、闘気を少しずつ解放していく。
どんどんと、どんどんと、気が充実していく。
ただのこけおどしでもなければ、精神論でもない。
完全に集中状態に入ったことで、天井知らずに闘気がふくれあがるのだ。
自分でも面白いくらいに、このデュラハンに対して集中している。
「おい、ビビるなよ。魔物がビビっちゃダメだろうが」
俺が一歩近づくと、デュラハンは後ずさった。
「勝負してやるってんだ。来いよ」
闘気を解放したまま、俺は近づく。
闇に生きる、どす黒い怨念の塊であるコイツらにとって、俺のみずみずしい闘気は気持ち悪いのだろう。
そして。
ついに痺れを切らして、あるいは、この緊張状態に耐え切れなくなって。
デュラハンは闇の大剣を振り下ろしてきた。
魔力をまとっているのだろう。カミラの風の剣のように、大剣はさらに巨大な闇の剣となり、俺どころか大地すらも斬り裂こうとしてきた。
しかし、のろいんだよ。
破れかぶれの太刀なんざ、アクビが出るっつうの。
「鹿島新当流、突きの型ーーー
振り下ろされた闇の大剣が、俺に届く前に。
俺は一瞬で距離を詰め、デュラハンの背後にすり抜けた。
すでにデュラハンの胸部と左肩は、三日月の如く、えぐれていた。
こいつの魂は、心臓とほぼ同じ位置にあったから、狙うのは簡単だった。
あとは最小の動きで反撃を行うために、斬撃ではなく突きを選択したのだ。
魂を貫かれたデュラハンは、糸が切れた人形のように倒れた。
俺はそれを見届けてから、左文字を納刀した。
「っし。これで終わりだ。あとはカミラと合流するか」
俺はその場から離れようとした。
エルフたちのことも心配だが、一番心配なのはカミラだ。
あいつは聡明だが、他人のことになると無茶する傾向がある。
俺の戻りが遅いと思ったら、さっきの言いつけを破って、俺のことを探し回るかもしれない。
そうなる前に、俺は急ごうとした。
「……ちぃっ!?」
だが、次の瞬間、倒したはずのデュラハンがいきなり起き上がり、俺につかみかかってきた。
俺は片方の手を払ったが、もう片方の手で首をつかまれた。
「ん、だよっ……殺気、なかった、じゃねえか……!!」
目の前のデュラハンは、間違いなく死んでいる。
生物ではないやつに死んでいるという表現はおかしいが、魂をつぶしたから、死んでいるというのと同義のはずだ。
だが、デュラハンは俺の首を絞めている。
万力のような力で、俺を殺そうとしてきている。
ただし殺気はなく、無機質な行動に感じる。
「そう、か……魔力、で、動いて、いるの、か……!」
死んでいるのは間違いない。だが、魔力の残りカスがあったら、それが最後に少しだけ肉体を動かすようになっているのだ。
油断したわけじゃねえが、魔力という『力』にまだ馴染みがないもんだから、完全に頭からその可能性が消えていた。
くそっ、頭をつぶされても、無意識に動くとか、トンボやムカデじゃあるまいし!
「この、野郎」
呼吸と血流が止まれば、人は死ぬ。
魔物と違って、人の体はもろい。
このままグズグズしていたら、絞め殺されちまう。
「ぜん、じょう、拳法……、
俺は首を絞められたまま、手の形を掌底に変えようとした。
しかし、その直後、
目の前にいたデュラハンの体が、一瞬にしてバラバラになった。
さすがの俺もビビるほど、いきなりコマ切れ状態になったのだ。
風の、魔術? カミラが助けに来てくれた?
いや、違う。いくらカミラでも、これほどの風魔術は撃てない。
魔術の発生速度、威力、繊細さ……どれをとっても、とてつもない領域だ。
それこそ、あの魔王メルゴスすらも、はるかに凌ぐほどの。
「なに
女の怒声が、辺りに響き渡る。
振り返ると、そこには、深紅のドレスを着た妖艶な女が立っていた。
絶世の美女だ。背は高く、出るところは出ており、顔の造型も申し分ない。
ただ、ただ、そんなことよりも。
あまりに、馴染みのある顔と声、そして安心する空気感。
格好や化粧が西洋風だから、一見すれば、初めて見る美女だが、全然はじめましての感じがしない。
だって、六十年間も一緒に住んで、酸いも甘いも共に味わったから。
おいおいおい……マジかこれ、夢じゃないよな。
「……お春?」
一目でわかったよ。
俺の嫁さん、やっぱりこの異世界にいたわ。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第7話を読んでいただき、ありがとうございます!!
氏真vsデュラハン騎兵隊との戦い、最高だった!!
ついに奥さん登場!!テンション上がる展開で良き!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
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