第3話 うなる氏真の弓の腕
俺と若いエルフが、弓の腕を競うことになった。
「ファラミン殿と弓勝負ですか。あの人間、無謀なことをしましたな」
ほう、この若いエルフは里の中でも、一目置かれる存在のようだな。
「いくら腕が立つと言っても、剣技だけでしょう。我らエルフ族の弓は人間のそれとは比べ物にならん。天地がひっくり返っても、負けることはありえない」
「あの人間が無様に負ければ、ルル姫様も目を覚まされるだろう。あの方と結ばれるべきなのは人間ではなく、我ら高潔な北エルフ族だけなのだ」
「くく……魔王殺しの化けの皮もはがれるかもしれませんよ。魔王メルゴスと言えば、我らが先祖が心血を注いで封印した化け物です。そんな存在を、あんな人間一人が倒したなどと、とても信じられません」
ずいぶん言ってくれるじゃねえか。
エルフ族はプライドが高いと聞いたが、本当のことだったようだ。
「なんていうか、けっこう性格が曲がってますね。男のエルフって」
カミラもその空気を察して、顔をしかめた。
「なんか、みんなすごくムキになってる。ウジザネに嫉妬してる」
ルルも居心地悪そうにため息をついている。
「まあな、ルルのことがあるから、余計に俺のことを受け入れにくいのかもな」
「それでも、ルルちゃんを救ったウジザネさんに対する態度とは思えません」
「ははっ、そう怒るな。お前さんのその気持ちだけでもありがたいよ」
カイルには悪いが、カミラは俺のことを男として慕うだけではなく、兄のように慕ってくれている。
そんな兄貴分の俺が悪感情を向けられていることが、カミラからすれば苛立って仕方がないのだろう。
「大丈夫だ。周りにアレコレ言われようが、お前さんやルルが応援してくれるなら、何も問題はない」
「そっ……そうですね!! 私、全力で応援します!! ウジザネさん!!」
「ウジザネなら、よゆー」
カミラは顔を紅潮させて、思いっきり右腕を上げて応援してくれる。
ルルも俺を応援してくれているが、彼女は腕を組み、堂々とうなずく。
さて、俺は自分で作った和弓を持っているから、これで勝負してみよう。
「なんですか? その使いにくそうな弓は。ずいぶん長くて、大きさだけは立派ですね」
そっか、エルフたちが使っているのは洋風の弓だ。
エルフたちの弓は、くの字の折れ曲がりが強く、俺の使っている和弓よりも小さい。たしかに取り回しやすさは、そっちが上かもな。
けど、俺はこれで良い。
「問題ない。腕で上回れば良いだけだろう」
「ほ、ほう。ずいぶん自信がおありのようで」
「まあな。さて、どの的を狙えば良いんだ?」
俺が問うと、ファラミンは森の奥を指で示した。
その先にはもちろん白樺の木々が生い茂っており、その合間に『的』がぶら下がっている。
「まずはあの的です」
「おー、けっこう遠いな」
「ふふ、そう思うでしょうね……では、まずは私から」
ファラミンは矢をつがえ、弦を引き絞り、矢を放った。
綺麗な姿勢だ。それに手つきも手慣れているため、なかなか熟練している。
矢は真っ直ぐ飛び、木々の間をすり抜けて、的の中心に見事的中した。
「さあ、次はあなたの番です」
ファラミンはニコニコと微笑む。
どうせ人間ごときに射抜けるはずがないと、タカをくくっている笑顔だ。
ったく、しゃーねえな。
その笑顔、キッチリ凍らせてやるからな。
「へいへい」
俺は和弓を構え、矢をつがえ、引き絞る。
長大な和弓の弦が、キリキリと音を鳴らし、
「そら」
指を離し、矢を解き放つ。
バキィッ!!!!
俺の放った矢は的に的中。
それどころか矢は的を破壊し、奥にある白樺の樹木に突き刺さった。
壊れた的の残骸と、ファラミンが射た矢が、地面に落ちた。
やりすぎたかな、木を傷つけるつもりはなかったんだが。
「「「……えっ」」」
ファラミンと、他のエルフたちが声を上げた。
目の前で起こったことが、信じられないといった顔だ。
「す、すごい威力ですね。何度見ても」
「ふふん、さすがウジザネ」
カミラとルルも称えてくれた。
矢を的に当てたのもそうだが、何よりも矢の威力に、エルフたちは驚いたようだ。
和弓はデカくて扱いづらい代わりに、とてつもない威力が出る。
今は的を当てる勝負だから、威力はあまり関係ないけどな。
「ほれ、これで良いんだろ?」
俺が聞くと、ファラミンはハッとした。
「は、え、ええ。お見事、です」
笑顔、ひきつってるぞ。
「おう、あんたも良い腕だな。けっこう楽しめそうだ」
「むっ……で、では!!次はあの的です!!」
次にファラミンが示したのが、横に伸びた枝の奥にある的だ。
枝が邪魔だから、枝を乗り越えて、矢を的に当てなければならない。
つまり矢の軌道を計算して、あえて放物線を描くように矢を放つべき。
とまあ、これだけでも充分難しいことだが、俺からすれば朝飯前だ。
「ご覧の通り、あの枝を乗り越えて矢を放たねば、」
「んじゃ、今度は俺からやってみようか。毎回先にやらせるのも申し訳ないし」
「え、ちょっ……」
ファラミンが話している途中で、俺はそのまま弓を引き絞り、矢を放った。
俺が放った矢は放物線を描き、枝の上をギリギリかわして、的を射抜いた。
そして、またしても的を一発で破壊してしまった。
ただ、少し山なりに放ったから威力は減衰して、木に突き刺さることはなかった。
「おー、当たった当たった。腕がなまってなくて良かったぜ」
それから俺は振り返り、ファラミンに向かって微笑んだ。
「いやあ、ごめんな、また的を壊してしまった。あんたの番だが、どうする?」
「っ……ならば私は、あそこにあるもっと遠くの的を射抜いて見せましょう!!」
エルフのファラミンは憤った様子で、別の場所にある的を狙い、矢を放った。
矢は的に命中したが、さっきと違って、的の中心ではなかった。
的の下端部、ギリギリのところに矢は突き刺さっていた。
どうやら精神的な乱れが出たせいで、射撃の精密性も落ちてきたらしい。
「ふ、ふふっ……これで、今のところは互角ですね」
お前さ、外しそうだったじゃん……と言ったら話がこじれそうだから、下手なことは言わないでおくか。可哀想だし。
「じゃあ、今回は引き分けにしとくか? その方が角が立たないし」
俺がそう提案すると、ファラミンの笑顔が引きつり、エルフの青年たちも表情が険しくなった。
「それは、どういう意味でしょう」
ファラミンが尋ねてきた。
「いや、まあ、どっちも傷つかないから、その方が良いかなって」
いくら俺でも失敗するかもしれないし、それにもう、俺自体が弓対決に飽き始めている。
あと、ファラミンが先に失敗したらしたで、空気が険悪になりそうだから、ここらで両者よく頑張りましたってことで、手打ちにしときたい。
しかし俺の申し出を、ファラミンは悪い意味で捉えた。
「情けをかけているつもりですか」
「いや、違うって。どっちの腕も素晴らしい、で良いじゃんってこと」
「余興とはいえ、これは勝負ですよ。弓に秀でたエルフ族の誇りにかけて、決着をつけずに終わらせるなどありえません」
弓に秀でた種族としての誇り、ね。
俺はその一言に少し引っかかった。
「……弓の技量なんて、個人の積み重ねだろ?」
「なに?」
「弓に限らず、あらゆる技術は個人の努力次第だろうよ。種族なんて関係ないし、個人の腕の良し悪しでしかない……仮にあんたが負けても、エルフ族の弓術が劣っているわけではない。その逆もしかりで、俺が負けても、人間の弓術がダメってわけじゃない……つうか、俺よりもとんでもねえ弓の達人なんてゴロゴロいるしな」
俺の師匠である一宮随波斎殿とか、徳川家の内藤正成殿とか、あとは大名だと、立花宗茂殿とか……その他にも、俺よりはるかに凄い弓の名手はいくらでもいる。
「っと、ちょっと熱くなったな。話は戻すけど、引き分けにしとかないか?」
「いい加減にしてください! その余裕綽綽な態度に、私は苛立っているんですよ。魔王殺しと言われているようですが、その化けの皮を剥いでみせますからね」
ファラミンは怒りをあらわにした。
今まで俺を客人として扱って、無礼な言葉や態度は直接見せなかったが、ここにきてついに怒りが噴き出たのだ。
「はいはい、じゃあ気が済むまで付き合ってやっから」
なんかもう面倒臭いなと思い、俺はあくびが出てしまった。
「その余裕も今の内ですからね……!!」
ファラミンはそう言って、俺に次の的を示した。
今度の的は、厄介な位置にあった。
まず、めちゃくちゃ遠い。直線距離で百五十歩(150m)以上はある。
しかも的のすぐ上は枝が生い茂っており、枝は手前側も生い茂っており、まるで枝でできた細長い天井のようになっている。
あんな遠くの的に矢を当てるとすれば、放物線を描くようにして、山なりに放つべきだが……当然、すぐ上にある枝が邪魔だ。というか絶対に枝に当たってしまう。
かといって、上の枝に当たらないように真っ直ぐ射ると、間違いなく減速して届かねえだろ。
「すげえな、こりゃ。あんた、アレを当てれんのか?」
「ふふっ、怖気づきましたか……我らエルフ族であれば、何も問題ありませんね」
そう言って、ファラミンは矢をつがえ、弦を引き絞り、
「はっ!!!」
という掛け声とともに、矢を放った。
放たれた矢は真っ直ぐ伸びていく。軌道は真っ直ぐなので、上の枝には当たらないだろうが、あれでは途中で減速して落ちるだろう。
しかし、その直後。
矢は再び浮き上がり、そのまま軌道を落とすことなく、的に当たった。
「なっ……いやいやいや、今のは魔術です!! 風魔術を使ったのなら、弓の腕の勝負になっていません!!」
カミラが気づき、抗議してくれた。
ルルもファラミンを睨みつけて、「ひどい」と言った。
しかし、ファラミンはこともなげに首を振った。
「いいえ、風がたまたま吹いて、矢が浮き上がっただけですよ。そこの人間の女性、言いがかりは止してくれませんか。ルル姫様にも悪影響を及ぼすので」
あー、これは開き直ってるわ。ほぼ間違いなく風魔術を使ったが、まったく素知らぬ顔で逃げきろうという魂胆だろう。
カミラはなおも抗議しようとしたが、俺は彼女の肩に手を置いた。
「良いんだ。好きにさせておけ」
「でも……!」
「問題ねえよ。まあ、見てな」
俺はそう言ってから、ファラミンが矢を撃った立ち位置に移動した。
そして、まずは呼吸を整えた。
次に足元の確認をして、腕の力を抜き、弓を構える。
今から行うのは、一宮流、初歩の型。
遠当ての一射、その基本技法だ。
「ーーーふっ」
俺は余計な力を抜きつつ、それでいて充分な力と気の充実を行ってから、矢を指から解き放った。
空気を切り裂き、うなりを上げ、矢は飛んでいく。
真っ直ぐ放たれた矢は一向に減速せず、それどころかさらに勢いを増し、上の枝にかすりもせずに進んでいく。
そしてついに、
バギィッ!!!!
と、的を粉々に砕き、奥にあった樹木をも貫いて、風穴を空けた。
「ば、ばばっ、ば、化け物……っ!?」
失礼な。こんな美男子つかまえて、ひでえこと言うなよ。
「とまあ、こんなもんだ。凄いだろ?」
俺はファラミンを無視して、カミラとルルに笑いかけた。
二人は明るい笑顔で、思いっきり親指を立ててくれた。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第2章、第3話を読んでいただき、ありがとうございます!!
氏真の弓の腕、やばすぎるだろ!!!!
高慢なエルフたちの鼻っ柱を折ってくれて、すっきりした!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
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