第31話 魔王殺しの英雄、イマガワ ウジザネ



 魔王メルゴスとの戦いから5日間、俺とカミラは、王城の客室で寝泊まりすることになった


 その間も王都はてんやわんやで、王様も、貴族たちも、対応に追われたらしい。

 まあ、そりゃそうだろうな。なんせ都の城内に魔王が出現し、城を半壊させたんだからな。民衆も大騒ぎだったようだ。


 ただし半壊したとはいえ、さすがは王様の住まう城だ。

 無事な区画にある客室で、俺も、カミラも、最高級の待遇を受けていた。


 そんなに手厚くしなくても良いって言ったんだが、王様は断固として受け入れず、「そなたは英雄だ。英雄らしく振る舞ってほしい」と言われてしまった。




 それと、ルルは現在、宮廷魔術師?っていう役職の人たちから治療を受けている。

 どうやら魔王の魂に肉体を乗っ取られたことは、今のルルにもかなり害のあることだったようで、その治療をするのだという。 


 それでも城の中でルルに会うことはいつでもできる。

 俺もカミラも、毎日ルルに会って、ゆっくり話をしたりして過ごしていた。




 あと、なんていうか、城にいるメイドからの視線がすごい。

 憧れというか、誘惑? 魔王を倒した男って話は城中に広まっているらしく、城の中で働いている女性たちが俺のことをジロジロと見てくる。


 いや、見てくるだけならまだ良いんだが、明らかに誘惑してくるんだ。

 部屋の前にはいつも恋文が落ちているし、俺の身の回りの世話をする役割もメイドどうしで取り合いになっていた。朝起こしに来るメイドの中には、あからさまに体を寄せてくる子もいたくらいだ。


 ただし、それに目を光らせていたのが、カミラだ。




「ウジザネさん、外の空気を吸いに行きましょう!」


「姉上から高級な茶葉が入りました。一緒に飲みましょう」


「面白い本も別荘から取り寄せました。読みますか?」




 という感じで、カミラはメイドたちを牽制しつつ、俺との距離をキッチリ詰めてくる。


 まあ、カミラだから良いか、という気持ちもあるがな。

 






 そして、5日後。


 俺とカミラとルルは、謁見の間に呼ばれていた。

 すでに多くの貴族が集まり、カミラの姉と兄もいた。王のそばにはエル・ドラドもいて、俺を見るなり(白い歯を見せてカッコつけて)微笑んでいた。



 

「イマガワ ウジザネ殿よ、前に」


 


 王のそばにいた大臣らしき人が、俺の名を呼んだ。




「ははっ」




 膝をついて頭を垂れていた俺は、立ち上がって前へ歩き出した。

 前へ進む俺のことを見て、周りの貴族たちはざわつく。

 



「あれが魔王を倒した転移者の方か」


「女のように美しいが、あれで男なのか?」


「み、見た目で侮らぬ方が良い。私はあの方の戦いを見ていたが、あれはまさに修羅だ」


「と、というとA級冒険者のエル・ドラド殿より強いのか!?」


「認めたくはないが、もしかしたらそうかもしれん……!」


「黒幕のドン・パウロという男も、魔王も、あの方が斬ったのだ。もはや伝承に出てくる勇者のような強さだった」


「でも、魔力はなさそうだぞ。もしかしたら一般人よりも少ないかもしれない」


「それでも、だ。それでもあの強さは怪物だ」




 貴族たちも、俺の強さを認めてくれたようだ。

 それどころか俺に対して畏怖しているフシすらある。


 


「あの方、まだ独身なのだろうな」


「既婚であったとしても、転移者だから、おそらく身寄りはないはずだ」


「ふむ、それなら娘と結婚させて取り込む可能性も」


「馬鹿な、強いとはいえ、爵位もない転移者をですか?」


「貴様こそ馬鹿なことを言うな。魔王を倒したのだから、遅かれ早かれ陛下が叙勲するに違いない。今のうちに縁を作っておけば……」




 おーおー、ずいぶん俺の話で持ちきりだな。

 しかも俺のことを取り込むために、娘を嫁がせたがっている話もしているな。俺の聴力なら、全部丸聞こえだけど。


 下心丸出しだが、悪意をぶつけられるよりはマシだな。




 それこそ、この世界の貴族は、俺の生きた戦国時代でいう『大名』みたいなもんだ。

 良い人材を欲し、政略結婚をしてでも、自分の資産や人材を潤わせる。それが大名の義務ってもんだ。


 そういう意味では、娘や妹と結婚させて、俺を手に入れようとする考えは常識の範囲内だ。

 むしろ、そういう働きかけをせずにボーッとしている人間は、そもそも上に立つ者として向いていない。




 ただし、残念だったな。


 俺は今のところ結婚する気なんてないし、そもそも前世の奥さんの『おはる』と再会したいなあって思ってるくらいだ。




 ちなみに……もしもこの異世界で、前世から転移してきた人間が俺だけだったら、お春との再会は諦めていただろう。


 しかし、同じ時代に生きていた一条兼定も、この世界に転移していた。


 となれば、可能性は全然ある。

 戦国時代の人間が大量に転移しているとまでは言わないが、少なくとも探してみる価値はあるだろう。

 



「イマガワ ウジザネ殿よ」


「ははっ」




 さて、俺は王様の前についたところで、片膝をついた。西洋式の礼はこんな感じらしい。




「貴殿の働きは筆舌に尽くしがたい。本来なら莫大な褒章とともに、爵位と領地を授けたいのだが……冒険者のままでいたいという想いは変わらないだろうか?」




 王様は俺のことを高く買ってくれているが、俺は貴族になりたいとは思わない。

 この王様のことは嫌いじゃないが、やはり自由な冒険者のままで過ごしたいね。




「陛下に評価していただけることは大変光栄ですが、やはり自分は気ままな冒険者でいる方が性に合っています」


「うむ、余もそれは理解している。貴殿を無理にこの国に縛りつけるような真似はしたくない……だが、北エルフの姫君を救い、魔王メルゴスすら倒した英雄に、生半可な褒美を授けるわけにはいかぬ」




 そこで、謁見の間の扉が開かれ、城の兵士たちが大量の金貨を運んできた。




「まずは金貨一万枚。当然、他の国々でも使える良質な金貨だ」




 金貨一万枚!?

 いや、俺もこの世界の相場はよく知らんが、こんなに大量の金貨を一個人がもらって良いのか??




「決して少ない額ではない。しかし、貴殿は誇張抜きで救国の英雄だ。その英雄に対して、爵位や土地ではなく、金貨でしか褒美を与えられないことは、むしろ申し訳ないくらいだ」


「いえ、それは自分のワガママで……」


「それでも、だ。英雄に対して貧相な褒美を渡せば、それこそ国としてのプライド、威厳、権威の何もかもが崩壊する。貴殿のことを訝しんでいた諸侯の方々も、貴殿の働きはしっかりと認めているだろう」




 それから王様は、ニヤリと笑った。




「それとも金ではなく、女性の方が嬉しいか? 貴殿と仲を深めたい貴族令嬢は大勢いるから、結婚相手には困らんぞ」


「はは、それもけっこうです……」




 なかなか茶目っけのある王様だな。


 


「ふふ、冗談だ。ただし余はいつでも仲介するつもりだから、今後なにかあったら遠慮なく頼ってくれ」




 王様はしつこく勧誘しないが、かといって俺という人材を諦めるつもりもないらしい。


 それから、王様は大臣から何かを受け取り、俺にそれを差し出してきた。

 差し出されたのは、美しい装飾がほどこされた黒い徽章だ。

 中央には真っ赤な宝石がはめ込まれていて、とても美しい。




「貴殿には、魔王殺しの称号と、その称号に準じた徽章きしょうを授けよう。古の勇者が我が国で授かったという、国宝だ」




 国宝、かよ。

 いやもう、言葉にできねえよ。




「なお、ただの宝飾品ではないぞ。身につけることで常に魔力が回復する効果もある。魔術を扱う者にとっては、喉から手が出るほど欲しがる一品だ」


「魔力が、ですか」




 魔力が回復し続けるってとんでもない性能だが、ただ、俺は魔術が使えない。

 



「転移者は未知数の存在だ。この世界に転移してきてもまったく力を振るえず死んだ者もいれば、不思議な強さを発揮して名を残した者もいる。魔力がない貴殿も、どのように開花するか余にもわからん」


「つまり自分も、今後、魔術が使えるようになるかもしれない、と?」


「うむ。それに、この魔王殺しの徽章を持っていれば、貴殿の武勇が伝わる。すでに魔王殺しの栄誉は広まっているため、貴殿を軽んじる者もそうそう現れぬはずだ」




 なるほど。爵位や土地を与えられないから、その代わりに、この国最高の称号を与えてくれるってわけだ。

 しかも王様からのお墨付きの称号である『魔王殺し』のおかげで、何かと便利になるというわけだ。


 この称号も、もしかしたら冒険者をやる上で、何かと面倒ごとを引き起こすのではないか……とも思うが、さすがにこれも断るのは申し訳ないしなあ。

 称号だから、国に尽くす義務とかはないだろうし、まあ、もらうしかない。




「皆の者、惜しみない拍手でたたえよ!!このルークス王国を救った英雄、魔王殺しのイマガワ ウジザネ殿を!!」




 万雷の拍手が響く。

 カミラやルルはもちろん、カレンとカイル、エル・ドラド、さらには他の貴族たちも惜しみない拍手を送ってくれた。








 ーーー英雄、か。


 一度たりともそんなこと言われなかったし、言われたいとも思わなかったが、存外に悪くないもんだな。


 それと、ひとつだけ残念だ。

 

 俺のことをずっと支えてくれて、ずっと愛してくれた妻が、この場にいないんだから。


 妻のお春は、俺がどんなに暗愚とけなされようと、平穏無事な生活ができれば幸せですと言ってくれた。

 だが、俺だって男だから、やっぱり奥さんの前では、もっとカッコいい姿を見せたかった。今でもそのことに関して、申し訳ないやら、悔しいやら、だ。


 だからこそ、こういう場面にお春がいないことが……うん、心残りだなあ。


 












 その頃、東のウォンドラス帝国の帝都、皇城の一室にて。

  



? なによ、それ」


「知らないんですか、皇女様。今をときめく英雄様ですよ。なんでも、ルークス王国に突如現れた古代魔王メルゴスを、剣一本で打ち倒したとか」


「ルークス王国って……西の山を超えた弱小国家じゃない。しかも魔王メルゴスってアレでしょ? 伝説の勇者よりも弱い、エルフの長老たちに封印された雑魚でしょ」


「いやいや、エルフの長老10人がかりで封印する存在とか、充分災害ですよ」


「私からすれば雑魚だし」


「皇女様と比べないでください。あなたは我が帝国の歴史上でも指折りの魔術師なんですから」




 その一室にいるのは、ドレスを着た高貴な女性と、その女中だ。

 ドレスを着ている女性は若く、美しく、それでいて威厳がある。黒く艶やかな髪、白い肌、そして深紅の唇とドレスが、実際の年齢以上の妖艶さを醸し出している。


 皇女と呼ばれたドレス姿の女性は、女中に問う。




「ちなみに、その魔王殺しの名前って?」


「あれれ、皇女様も気になるんですか」


「変な顔しないでちょうだい。ちょっとした興味よ」


「でも、ほら、この新聞の切り抜きを見てくださいよ。黒い長髪のイケメンで、けっこう女泣かせな雰囲気が出てますよ。こんな中性的な顔立ちなのに、凛々しくて鋭い目つきなのもポイント高いですよね……ちょっと顔は東部人っぽい感じですけど、これもこれでカッコイイと思いますし」


「あなた、意外とミーハーなのね……」




 まくしたてる女中に、皇女は苦笑いした。

 そして皇女は新聞の切り抜きを手に取り、魔王殺しの英雄の似顔絵を見た。




「……この男の名前は?」


「名前ですか? えっと、たしか……ウジザネ イマガワ、だったような」




 その名を聞いて、皇女は椅子に背を預け、天井を見上げる。

 それから1分ほど考えこんでから、素早く椅子から立ち上がった。


 そして皇女は自室のタンスを開けて、外出着を漁り始めた。




「え、ちょ、皇女様!?」




 いきなり外出準備を始めた皇女を見て、女中は慌てる。




「陛下や兄上たちには内緒よ。ルークス王国に極秘で行くわ」


「は、はぁっーーー!!?」


「もし誰か来たら、体調がすぐれないから面会できませんって伝えなさい」


「で、でも来週は周辺諸国の王族貴族の方々との懇親会、それと貴族の子弟の方々とのダンスパーティーや皇太子殿下との会談、魔導研究会の発表も……」


「あー……全部欠席で。どーでも良いわ」


「ダメですよ!??」




 女中はなんとか思いとどまってもらおうとしたが、無駄だった。


 この皇女殿下は、一度決めたらどんなことでもやり遂げる女性であり、事実、この帝国でも常に実績を作ってきた女傑だ。




 彼女は稀代の魔術師であり、ウォンドラス帝国でも指折りの強者である。


 彼女の実績を簡単に挙げると……南の近海で大量発生したクラーケンの群れは全滅、帝国に奇襲を仕掛けてきた部族国家の軍もほとんど単騎で撃退、さらには帝国北方の高山に出現したすらも討伐した。

 そのほかにも魔道具研究でも功績を挙げており、毎年、彼女が開催する魔道具研究発表会は、帝国どころか他国からも魔術師が参加したがるのだ。




 ゆえに彼女はその圧倒的な魔力と頭脳によって、皇族でありながら『帝国筆頭魔術師』兼『魔導軍団長』に任命されている。

 さらには継承権11位の第7皇女でありながら、他の皇族たちにも一目置かれ、状況次第では次期皇帝にもなりうる器と評されている。




 そんな皇女殿下が、なんとお付きの者も連れずに、お忍びで出国しようとしているのだ。

 女中は必死に止めた。懇願した。頼むからやめてください、そんなんダメです、ありえないです、と。


 でも、無駄だった。

 この皇女殿下は、女中の制止にまったく聞く耳を持たなかった。


 結局、皇女は城から出発して、西へと向かった。

 魔術を使って飛翔し、帝国領を越えて、ルークス王国を見下ろせる山に到着した。




「感謝するわ、神様仏様。また、あの人に会わせてくれて」




 皇女はそう言ってから、夜空を見上げる。




「でも、皇族なんていう肩書が邪魔ね。まあ、それも多分、大丈夫。邪魔するやつは全員消し飛ばしてやれば良いんだから」




 そうつぶやく彼女の瞳には、ほの暗い光が宿っている。




「待っててね、あなた」




 魔女は微笑み、王国領に足を踏み入れた。













 彼女の名は、ハル・レ・ウォンドラス。

 ウォンドラス帝国の第7皇女にして、稀代の大魔術師。


 人々は彼女のことを、


 のハル殿下、と畏れ敬う。




 







 第1章、ルークス王国、冒険者編ーーー完。





 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第31話を読んでいただき、ありがとうございます!!


 これにて、これにて第1章が完結となりました!!!!

 こんなに見切り発車でハチャメチャな物語を読んでいただき、読んでくださる方には、大変感謝しております!!もう、足向けて眠れません!!



 氏真が英雄と称えられて感動した!!


 暗愚から英雄に成り上がるシーンが最高だ!!


 新しい章や新キャラ、めちゃくちゃ気になる!!


 次の章もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


 ★の評価、熱いレビューとフォローをぜひぜひお願いします!!!


 また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)


 皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!


 今後ともよろしくお願いします!!



 それではまた、すぐに第2章でお会いしましょう!!




 鈴ノ村より

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