第21話 カレンとカミラの姉妹トーク、そして忍び寄る影



 私はカミラ・リュディガー。

 このルークス王国のリュディガー男爵家の庶子しょしとして生まれ、今は騎士を辞めて、冒険者になったばかりの女だ。

 生母は私が幼い頃に事故で亡くなり、継母も2年前に流行り病で亡くなった。

 生きている家族は父、異母姉、異母兄の3人だけだ。


 断わっておくが、家族仲は悪くない。

 むしろ、良すぎるくらいだ。


 よくある物語の中では、継母ままははや異母兄弟に虐げられるという話があるが、私の家族は良くしてくれる人ばかりだ。

 異母姉のカレン、異母兄のカイルも、私のことを受け入れてくれた。

 亡くなった継母も、私のことを本当の娘のように可愛がってくれた。




 さて、私は現在、人生の転機てんきに差しかかっている。

 別に自分は占い師でもなんでもないが、ここが人生のターニングポイントなんだな、と思っている。


 かつて私は、自分一人で生きていける力を身に付けようとしていた。

 私は貴族の淑女としての才能がなかった。単純で、頭の回転が悪くて、女性らしい習い事は軒並みダメダメだった。

 そんな私にも家族は温かく接してくれたが、周りにいた貴族たちは、不出来な私のことを陰で悪く言っていた。




 所詮は庶子、上流に馴染めぬ異物、下賤げせんな血の生き物、と言われていた。




 だから私は、騎士としての道を選んだ。

 家族に心配をかけないように、安定した騎士職を真っ先に目指した。

 家族のことは嫌いじゃない。いいや、世界の誰よりも愛しているからこそ、私のせいで後ろ指を差されてしまうことが、耐えられなかったのだ。


 だけど、騎士の世界も、想像以上に理不尽だった。

 女の身でありながら騎士学校を首席で卒業したことが、気に食わなかったのだろうか。

 同期も、上司も、私のことを認めなかった。どれだけ魔物を倒したり、日常業務で成果を上げたりしても、陰湿ないじめや嫌がらせは変わらなかった。

 むしろ私が成果を上げるほど、それらの仕打ちは激しさを増した。




 そんなある日。

 私はなぜかオーク討伐任務中に、単独行動になってしまった。

 森の中は危険だから、絶対に小隊単位で活動するはずなのに。


 これは先輩騎士たちの罠だと気づいた時には、もう遅かった。

 オークたちに囲まれて、私は捕まってしまった。

 今まで培った剣術と風魔術で必死に抵抗したが、多勢に無勢だった。


 オークは性欲も食欲も旺盛おうせいで、残虐だ。

 人間のみならず家畜すらも犯して、最後には八つ裂きにしてから、その死肉を食い荒らす。


 私はそうなりたくない。

 嫌だ、嫌だ、と必死に暴れたが、オークの集落にまで連行された時は、もう駄目だと観念した。

 せめて汚される前に、苦しむ前に、舌を噛んで死のうと思ったほどだ。




 だが、救世主が現れた。




 黒い髪の、美剣士だった。

 長い黒髪を後ろで束ね、肌は白く、鼻筋は通っている。

 切れ長のまぶたには鋭い威圧感すら感じられたが、その瞳には優しさがあった。


 彼は、呑気のんきで、軽薄な口調の男だった。

 しかし言葉の節々に、他人に対する気遣いが感じられた。

 そして、彼には余裕があった。


 オークの集団や凶悪なオークジェネラルが相手でも、彼は一切怯むことなく、余裕綽々しゃくしゃくな態度を崩さなかった。

 もちろんそれは虚勢ではない。圧倒的な強さを見せて、瞬く間にオーク集落を滅ぼしてしまった。彼の刃により、残忍なオークたちはで斬りにされたのだ。




 彼の名は、イマガワ ウジザネ。




 彼と出会ってから、私の日常は変わった。

 劣悪な環境だった騎士を辞めて、自分の実力をそのまま売れる冒険者になった。 

 ウジザネさんの自由な生き様、堂々とした態度は、私の手本だ。


 騎士として大成できなければ、周りの人間にどう思われるのか怖い。

 そういう気持ちもたしかにあったが、私はウジザネさんと出会ったことで、自分の道を少しずつ見つけ始めていた。

 実家の家族は心配するかもしれないが、あのまま騎士でいても上手くいかなかっただろうから、あとは冒険者として結果を出すしかない。




「あなたが冒険者になったこと、カイルは心配していたけど、私としては悪くない選択肢だと思ったわよ」




 リュディガー男爵家の別荘に戻り、夕食会が終わった後。

 私はカレン姉上の部屋に招かれ、ワインを呑んでいた。


 なお、ルルちゃんはすでに客間で就寝済み。

 ウジザネさんは、ルルが寝ている部屋の前の廊下に座って寝る、と言っていた。


 彼曰く、「俺ならどこでも寝れる。戦場よりマシだ」とのことらしい。




「素敵な男性よね。線は細く見えるのに、無類の武を有し、意志も強靭。なおかつあなたやルルちゃんのことを、とても大事にしている」




 カレン姉上はワイングラスを傾けながら、そう言った。




「私が今日この屋敷に戻ってきたのは、あなたを助けて、あなたを冒険者の道に導いた男を見定めるためだったの」


「ウジザネさんを、試したんですか」


「そこまで堅苦しいものじゃないわ。可愛い妹に近づく変な男じゃないか、ちょっと確かめに来ただけよ。転移者自体もけっこう珍しいしね」




 姉上は微笑んだ。




「でも、安心したわ。社交界でこれまで多くの男を見てきたけど、私が今まで出会った中でも、彼ほどの『気品』と『強さ』をあわせ持つ男はいなかった。もちろん夫のエドウィンを愛しているけど、もし夫に出会う前の私なら、間違いなく猛アタックしていたでしょうし」


「未婚だったら食べていた、って言葉、本気だったんですね」




 私はやれやれと首を振った。




「で、実際、どうなのよ」




 姉上が問いかけてきた。




「ど、どう、とは?」


「何をしらばっくれてるのよ。ここは私たち2人だけよ。あのウジザネと、どこまでいったのよ。あなたが意外と色恋が好きで、ムッツリスケベなことも、私は知ってるんだからね」


「ど、どこまでいったって……まだ、ウジザネさんとは、なんにも」


「え、まだ何もないの? 手をつないだり、抱きしめ合ったり、夜這よばいしたりしてないの? ムッツリスケベなのに?」


「そっ、それは関係ないでしょう!! それとムッツリスケベって連呼しないでください! どうせなら『耳年増みみどしま』って表現してください!!」


「逆にその表現の方が、やらしさが増すような気がするけど……」




 姉上が私のことをからかうので、大きな声を出してしまった。

 この部屋には姉と私しかいないが、誰かに聞かれたら悶絶するほど恥ずかしい話をしている。




「まあ、とにかく、私は大賛成よ。ウジザネと一緒に冒険者稼業をして名を挙げるのも良し、さっさと子どもでも作って家庭を築くも良し……なんなら、私が持ってるあらゆる力を使って、あなたとウジザネとくっつけてあげることもできるけど?」


「いくら姉上でも、そんなことはできないでしょう」


「できるわよ、私なら。後ろ盾のない転移者を追い詰めて結婚させることなんて、たやすいことだわ」




 姉上は優しい。というか、この人もかなりのシスコンだ。

 カイル兄上のような激しさはないが、私に対する想いはかなり重い。

 

 だけど、私は姉上に甘えたくない。

 姉上のことは好きだが、憧れの男性をモノにしたいという気持ちは、私一人の手で解決するべきだ。


 私はウジザネさんが好きだ。

 ウジザネさんを欲している気持ちは、日ごとに強くなっている。


 あの綺麗な手に触れられたら、

 あの切れ長の目に見つめられたら、

 あの黒くて艶やかな髪を撫でられたら、

 あの唇に触れることができたら、


 それを想像して、自分で自分を慰める日は、もう終わりにしたい。 

 



「……けっこうです。それなら、私一人の手で、ウジザネさんを捕まえてみせます」




 姉上に焚きつけられた部分もあるだろう。

 ルルちゃんに負けたくないという対抗心もあるだろう。

 

 しかし、この恋慕れんぼは本物だ。

 私の命の恩人であり、初恋の人。


 絶対に、私のモノにしてみせる。







 


 その頃、夜の王都の路地裏で。




「ご報告いたします。標的はリュディガー男爵家の別荘に滞在しております」


「ありがとう。やはり王都に滞在するとしたら、そこになるでしょうねえ」




 路地裏には男が二人いた。


 一人は黒装束くろしょうぞくの男で、隠密行動に適した格好だ。

 そしてもう一人は、聖職者のローブを身にまとっていた。


 指示役はもちろん、ローブを羽織った聖職者然とした若者。

 彼は、ドン・パウロと呼ばれている。

 顔立ちは和風だが、聖職者としての姿がなぜか妙に似合っている。


 彼の生い立ち、本名を知る者は、この世界の人間には一人もいない。




「ドン・パウロ様」


「なんですか?」


「リュディガー男爵家の兵力はさほどではありません。エルフの姫君を奪還するなら、今がチャンスだと思うのですが」




 黒装束の男はそう提案した。


 だが、ドン・パウロは首を振った。





「いや、今は駄目です。あのエルフの少女のそばには、今川氏真がいるので」


「あの新人冒険者の男が、本当に危険な男なのですか?」


「ええ、そうです。あの時代、ヤツを侮っている者は多くいましたが、私は違いました。暗愚として侮られていることを良しとしている男ですが、私はそんなヤツの生き様を、ずっと恨めしく思っていたものですよ」




 ドン・パウロは険しい目つきで、はるか遠くにあるリュディガー男爵家の別荘を睨んだ。




「暗愚として死ぬことを受け入れていた男が、この世界に来て、私の邪魔をしようとしている。そんな出しゃばりな行動が、吐き気がするほど嫌いなのですよ」




 そう語るドン・パウロの目には、ほの暗い殺気と怒りがある。

 黒装束の男も凄腕の隠密だったが、ドン・パウロの殺気を感じ取って、背筋に嫌な汗をかいた。



 

「少々予定は狂いましたが、まあ、問題ないでしょう。むしろエルフの姫君をこの王都まで運んでくれて、願ったり叶ったりといったところです……くくっ、国の力で保護してもらおうとしても、もう手遅れなんですよ、あの姫君は」




 ドン・パウロが夜空を見上げた。

 その瞳には、狂気と欲望が燃えたぎっていた。




「我が大望たいもういしずえとなりなさい、氏真殿。この世界であなたは、真の敗北者になるのですから」








 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第21話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 カミラとカレンの女子トーク面白かった!!


 女剣士カミラの性格や、氏真に対する想いが好きだ!!


 黒幕の動きも気になる!!早く戦わせろ!!


 次回もまた読んでやるぞ、ガンガン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)


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 今後ともよろしくお願いします!!



 鈴ノ村より

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