第20話 意外と気さくな長女、カレンの歓待
カイルを倒した後、俺は改めてリュディガー家の玄関をくぐることとなった。
メイドたちは俺のことを怖がっているかもしれない。
この別荘の主であるカイルをあれだけボコボコにしたのだから、そうなっても仕方ないと思っていた。
だが、意外にも俺は
どうやら久しぶりにカミラが帰ってくるということで、メイドたちもご馳走を用意していたらしい。
カイルの暴走も、ある意味メイドたちにとっては慣れたものだったのだろう。
なお、中には俺の顔を見て、頬を染めるメイドもいた。
ハイドンの街とは違い、貴族居住区はあまり男がいない環境だからだろうか。
俺が視線を向けただけで、照れたような声を上げるのだ。
「……鼻の下、伸びてませんか」
「なんか、ヤダ。ウジザネが、フリフリした服のメイドに、ゆーわくされている」
玄関から食堂まで向かう途中で、カミラとルルがそう言ってきた。
「いや、別に鼻の下は伸びてないだろ、ほら」
俺は否定したが、カミラとルルは同じようにヘソを曲げていた。
「ふん、どうですかね! 剣を振り回す私なんかより、可愛らしいメイドの子たちをながめた方が楽しいハズでしょうし!」
「どうせ子どもには、きょうみがない。男ってそういうもの」
2人は
カミラは初めて会った時の一件があるからともかく、ルルはなんで俺が女を見たことに
俺がそのことを問うと、
「エルフの里では、ルルはお姫様あつかいだった。それに、エルフの男の子は、なんかかっこよくない。静かだし、話さないし、ウジザネみたいな元気な男はいない」
と、ルルは答えた。
ルルは幼い言葉づかいだが、言っていることはちゃんとしている。
というか、かなりマセていないか?
幼いように見えて、けっこう大人なのか?
それに、エルフの男は物静かなんだな。
そういう男の方が好きっていう女もいるだろうが、ルルの好みは、俺みたいなジジ臭くて、少しうるさい態度の男らしい。
「ウジザネは、ルルのことも、カミラお姉ちゃんのことも、助けてくれた人。どんな女も、顔の良い男に助けられたら、イチコロのホの字なの。里で読んだ本の物語は、みんなそういう王子様だったの」
「はは、ホの字って……難しい言葉使うなあ」
俺がやれやれと肩をすくめる。
「ふふ、カイルを倒したと聞いたから、どんな屈強な人なのかと思ったけど、意外と女の尻に敷かれるタイプだったのね」
廊下の角から現れたのは、20代後半の女性。
これまたカイルと同じく、美しい金髪だ。瞳の色も茶色なので、彼女もカミラと母親が違うのだろう。
「か、カレン姉上!!」
「お久しぶり、カミラ。男っ気のないあなたが、転移者の男と仲良くなったって聞いたから、わざわざ見に来たのよ」
カレンと呼ばれた女性はそう言ってから、俺に近づき、じっくりと見てくる。
この女性がカミラの異母姉、リュディガー家の長女カレンか。
なんか、照れるというか、圧が凄いな。
「なるほど、良い男ね。もし私が未婚だったら、食べちゃっていたかも」
食べる、という言葉がどういう意味か、この場にいる人間全員が知っている。
メイドたちも驚いて声を上げ、カミラも、ルルも、絶句していた。
「しっかり捕まえときなさい、カミラ。こんないい男、世の女が舌なめずりして襲いかかってくるんだから。特に冒険者業界みたいな、性に
カレンはそう言ってから、カミラの鎧の胸部分に触れる。
「なんなら、この鎧の下に隠した女の武器を使って、サッサと
「あ、ああ、姉上!!」
「ふふ、怒った顔が可愛いのも相変わらずね」
カレンは楽し気に笑い、カミラから離れた。
「さて、お客人の皆さま、改めて自己紹介させてもらうわ」
カレンはさっきまでのいたずらっ子のような表情とは違い、優雅な貴婦人としての表情で挨拶をする。
「私はカレン・ローゼンミュラー。リュディガー家の長女にして、現在はエドウィン・ローゼンミュラー伯爵の正室。さっきあなたが倒した愚弟カイルの代わりに、今夜は私が館の主として歓迎するわ」
なるほど、すでに他家に
しかし助かるな。館の主であるカイルが気絶しているので、客人である俺たちはどうしたものかと思っていたところだ。
カレンは少し開けっ広げな女性だが、転移者である俺や、別種族のルルにも、キチンとした態度で接してくれている。
今夜はひとまずカレンが主人となって応対してくれるのなら、何も問題ないな。
「ご挨拶、痛み入る。俺は
「……ルル、です」
俺とルルも挨拶した。
「ウジザネに、ルルちゃんね。カミラからの手紙で、大方の話は知っているわ。愚弟カイルはウジザネに敵愾心を燃やしまくっていたけど、私はちゃんと話が通じるから、安心して」
カミラは兄と姉、両方にちゃんと手紙を送っていたんだな。
「まずは夕食会と行きましょう。長旅で疲れたでしょうし、美味しいものでも食べながら、ルルちゃんの身柄保護についてお話しましょうか」
カミラはそう言って、食堂へ案内してくれた。
夕食会ではカミラと俺の出会いや、俺の前世の話などが持ち上がった。
カレンはとても話が上手で、なおかつ聞き上手だ。
久しぶりに美味しい料理と酒を呑んだせいか、俺もついつい多くを語ってしまった。
「なるほど、つまりあなたがいた世界では魔術も魔物もなかったけど、激しい戦乱が繰り広げられていたのね」
「そうだ。だが、それでも多くの武人がいた。俺なんかでは足元にも及ばぬような、とてつもない強者がわんさかいたよ」
「あなた以上の強者なんて、想像しづらいけどね」
カレンはくすくすと笑い、ワインをあおった。
「それで、死後はカミラに会って、冒険者となってから、このルルちゃんを保護したってわけね」
「そうだ」
「国王陛下に謁見するための段取りはあるの?」
カレンが問うと、カミラが答えた。
「一応、王城宛てに、今の状況について書面で報告しましたが……」
「それだと平民とかの嘆願書とまぎれて、あなたたちが陛下に謁見できるまで、かなり時間がかかるわ。早くて1ヶ月ってところかしら」
1ヶ月か……それは長すぎるな。
北エルフの姫君であるルルをさらった一味が、どこにひそんでいるのかわからないから、グズグズするのは危険だ。
まだソイツらの全貌もつかめていないし、事は急いだ方が良い。
「仕方ないわね。じゃあ、3日後に謁見できるように手配させておくわ」
3日後!? マジか。
「……えっ!?」
いや、カミラも驚いているし。
「なんであなたも驚いているのよ。伯爵夫人がお願いしたら、謁見の順番を割り込ませてもらうことなんて簡単なんだから」
カレンは得意げに微笑む。
「それに、状況が状況だしね。北エルフの姫君を保護したとなれば、国と国の話し合いになるから」
それからカレンは、ルルの方を見た。
「ちなみにだけど、ルルちゃんは魔術を使えるの?」
この問いに、ルルはうつむいた。
「……使ったらダメって、言われてた」
「誰に?」
「里のみんなや、お父様に」
「お父様って、北エルフの王かしら」
「うん」
カレンは少し考えこんでから、こう言った。
「少しだけで良いから、見せてもらえるかしら」
「姉上、無理強いは……」
「ごめんなさい、カミラ。この子が本当に北エルフの姫君なのか確証を持たないと、
カミラは唇を強く結び、ひたいに手を当てた。
姉の言い分もわかるが、ずっと理不尽な仕打ちを受けたルルに負担をかけさせなくない、というところだろう。
俺はそんなカミラと同じ想いだが、カレンの言う通り、王に謁見するなら、それなりに話の裏が取れていなければならないな。
「わかった。カミラお姉ちゃんやウジザネを困らせたくないから、見せる」
ルルはそう言った。
「ありがとう、ルルちゃん」
「良いの。でも、ほんのちょっとだけしか見せない。普通に使うだけでも危ないから」
そしてルルは、警告した。
「みんな、食卓から手を離して」
ルルの言葉に従い、俺たちは食卓に置いていた手を離した。
それを確認してから、ルルは指先から、しずくのようなものを一滴垂らした。
次の瞬間、
食堂を占める巨大な食卓が、一瞬で氷漬けになった。
「っ!?」
「え、ええっ!?」
カレンも、カミラも、大いに驚いた。
いや、俺も驚いた。マジで。
長大な食卓が瞬く間に氷漬けになり、全ての料理が見るも
カイルは氷を武器とする魔術を使っていたが、ルルのこの氷魔術はケタ違いだ。
これでもしも人体に触れたら、もうそいつは命を失うだろう。
「みんな、大丈夫?」
ルルが心配そうに聞いてきた。
「ああ、大丈夫だ」
俺はうなずいた。
「これがルルの魔術なのか?」
俺が聞くと、ルルは首を振った。
「魔術じゃない。氷属性に変換した魔力を一滴だけ、この食卓に垂らしたの」
いやいや、マジか。
魔力というのは、魔術を使うための血液みたいなもの。
俺はカミラからそう教えてもらったが、つまりルルは血の一滴を流しただけで、巨大な物体を一瞬で氷漬けにできるのか。
それを聞いて、カミラも目を見開いた。
「たった一滴の魔力で、こんなことになるの!?」
「そう。だから、お父様も、みんなも、魔術は使うなと言ってきた」
まあ、そりゃそうだろう。
ほんのわずかな魔力でこんなことができるルルなら、まともに魔術を使ったら、どんなことになるのかわからない。
「悪い人たちにさらわれた時も、関係ない人や動物を巻き込まないか、不安だった。いっそのこと、こんな魔力、なかったら良かったのに」
ルルはそう言って、うつむいた。
王族以外の幼いエルフは魔術が使えない。
その法則に則れば、今のでルルが北エルフ族の姫君だと証明できた。
しかしルルは落ち込んでいた。
自分の身に過ぎた力を持ち合わせて、生き方を縛られる。
俺も似たような想いを味わったことがある。
自分の才覚に合わぬ家柄に生まれ、権力を行使しなければならない立場に立たされた、あのツラさ。
自然と俺は、ルルの席に歩み寄った。
そして、ルルを抱きしめた。
「……っ、ウジザネ、ルルのこと、怖くないの?」
「なにも怖くない。欲しくもない力がついて回るのって、ツラいよな。俺もその気持ち、すごくわかるよ」
俺はルルの頭をなでる。
「でも、ルルの力は危ないよ。ウジザネだって死んじゃうかも」
「大丈夫だ。それでも俺はお前のことを放っておかない。もし死んでも、俺は絶対にルルのことを嫌いになったりしない。ずっとな」
俺はルルと顔を向かい合わせてから、彼女の目元の涙を拭いてやる。
「俺とルルは友達だ。どんな強かろうが弱かろうが、友達は友達だ。そうだろう?」
「うん……!」
俺がニカッと笑うと、ルルも笑ってくれた。
それから俺はカレンの方に向き直った。
「カレン、これで謁見の段取り、頼めるか?」
「ええ、もちろんよ。ルルちゃんも、無理をさせてごめんなさい」
「良いの。ルルは、大丈夫だから」
ルルは首を振った。
それからルルは、今度は自分から俺に抱きついてきた。
「もう、大事な人がそばにいてくれるから」
ルルはそう言ってから、俺の頬に口づけした。
「うおっ!?」
「えっ……」
「あらあら!!」
俺も、カミラも、カレンも驚いた。
突然のことに、俺は固まってしまった。
ルルの方を見ると、まだ目元が赤いルルが、いたずらっ子のような笑みを見せた。
「ウジザネは、ルルの大事な人。今はまだ友達止まりだけど、ね」
そう言ったルルの顔は、恋する
「あ、ああ、ルルちゃんに、さ、先を、越され、」
遠くの方で、カミラが目を白黒させている。
ちょっと待て。いくらマセているとはいえ、ルルはまだ子どもだろう。
頼むから取り乱さないでくれ。なんか空気がどす黒くなってるぞ。
「あらー、これは思わぬ伏兵登場ね。あなたもウカウカしていたら、ウジザネを取られちゃうわよ」
おい、焚きつけるなよ、カレン。
悪い姉がここにいるぞ。
「こういう時こそ、あなたも貪欲にならなきゃいけないわ。どんな時代も女が男を手玉に取らなきゃいけないし、時には強引に押し倒さなきゃダメよ」
「う、うん……貪欲に、貪欲に……」
どんな性教育だ。カミラも思い詰めた表情でうなずくなよ。
なんかもう、カミラの視線が肉食獣のそれなんだが。
はあ、疲れた。
とにもかくにも。
これで国王への謁見までの段取りはできた。
カレンが話を進めてくれたし、ルルのことも改めて深く知ることができた。
あとは3日後、このルークス王国の国王陛下に謁見するだけだ。
その謁見にて、ルルのことを国でしっかり保護してもらわねばならない。
勝負は、3日後だな。
……しっかし、怒涛の日々だな。
この異世界に来てから1ヶ月も経たないうちに、国の王様と謁見かあ。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第20話を読んでいただき、ありがとうございます!!
ルルに対する氏真の言葉がかっこよかった!!
エルフのルルも、女剣士カミラも、可愛くて良き!!
カミラの姉や兄のキャラの濃さも良い!!
次回もまた読んでやるぞ、ガンガン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
★の評価、熱いレビューとフォローをぜひぜひお願いします!!!
また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)
皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!
今後ともよろしくお願いします!!
鈴ノ村より
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます