第26話 戦国最弱の暗愚、今川氏真の本気

 


 今川氏真とは、戦国大名の中では一、二を争うほどの暗愚であり、敗北者である。


 戦国時代を生きた人々も、現代を生きる人々も、皆がそう評価する。

 名門今川家を守りきれず、戦国大名だったというのに、京の貴族のような風雅な生活に浸りきる余生を送っていたからだ。


 間違っても、『英雄』や『勝者』と評価する者はいないはずだ。


 だが、無能か否かと問われると、

 そんなわけあるか、と言い張る者もいる。


 氏真のことをよく知らない人間は、氏真という男の経歴で語る。


 だが、


 氏真のことをよく知る人間は、氏真という男の生き様で語る。


 それが、今川氏真という不思議な男なのだ。




「行くぞ、左文字」




 氏真は左文字を抜き、構えた。


 目の前には魔物と魔術師の集団が立ち塞がり、その奥にはドン・パウロという男と、魔王に意識を乗っ取られたルルがいる。


 ルルをどうやったら救うのか、氏真にはわからない。


 だが、彼の心は決まっていた。

 

 あらゆる手を駆使して、こいつらを滅ぼす、と。

 今まで培った実力すべてを出し切る、と。


 生涯初めての『本気』である。




「ーーーごおおおっ!!!!」




 氏真は闘気をぶつけた。

 闘気が炸裂したことで、魔物も、魔術師も、一斉に動けなくなる。


 今の氏真の闘気は、氏真の師匠、戦国二大剣聖の一人である『塚原卜伝』に匹敵するほど強い。


 凶悪な魔物が、邪悪な魔術師が、たったの一吼えで麻痺したのだ。




「鹿島新当流、ながれノ太刀」




 次の瞬間、氏真は左文字をひっさげて、敵の集団へと躍りかかる。


 左文字が乱れ舞う。縦横無尽に、熾烈に。

 刃が閃き、血潮がほとばしり、敵の肉体の一部が、いくつもいくつも宙を舞う。

 その血しぶきの中、氏真は動きを止めずに斬りまくる。血の流れの中を、淀みなく駆け回るのだ。

 



「ひっ、ひぃいいいいいい!!」




 魔物はともかく、魔術師たちは人間だ。

 邪悪な人間といえど、恐怖や焦りといった感情はあるだろう。


 彼らは氏真という男を見て、たしかに怯えていた。

 しかし氏真が止まることはない。

 名刀、左文字が閃くたびに、命が次々と消えていく。




「ぐっ……豪炎弾グレート・ファイアッ!!」




 ある魔術師がなんとか体を動かして、炎の魔術を放つ。

 杖から巨大な火の玉が発生して、氏真に迫る。


 


「風遁奥義、乱波らっぱうずっ!!」




 氏真の体が高速回転し、剣とともに旋風を巻き起こす。

 周囲にいた魔物たちは回転した刃に斬られ、さらには旋風によって、炎の玉すらも跳ね返された。


 これぞ風魔忍術の奥義である。

 氏真が修めた武は剣術のみではない。

 変幻自在の風魔忍術すらも、彼の肉体に刻まれているのだ。




「えっ、ま、ぐぁああああっ!?」




 跳ね返された自分の魔術によって、魔術師は焼死する。




「何が起こったんだ!?」


「き、気を付けろ、この若造、魔力障壁を持っている!!」


「馬鹿な、魔力反応はなかった!そんなはずがない!!」




 残る魔術師たちが驚愕する。


 魔力を使わずに、なんだかよくわからない回転とともに、魔術を跳ね返す。

 そんなこと、この世界ではありえない。

 物理的に跳ね返す者など、彼らはいまだかつて見たことがなかった。


 ただし、氏真からすれば造作ぞうさもない。

 魔術といえど、自然現象であることには変わりない。

 膨大な熱を秘めた火球であっても、風の流れを変えれば無意味となる。




火遁かとん爆雷ばくらいの術」



 

 氏真が右手をかざして、振り下ろす。

 その直後、魔術師たちの足元が爆発して、床が炎上する。




「ぎゃああっ!!」


「な、なんだっ!? あれも魔術か!?」


「熱い、熱いぃいいっ!!」




 床が燃え、足が焼けて、魔術師も魔物ものたうち回る。

 そこへ氏真が接近し、次々と刀のに変えていく。

 

 当然、今の爆発も魔術ではない。

 忍術とは巧妙な手品であり、そこに

 氏真が日頃から仕込んでいた火薬、広間に散らばった可燃性の物体、火種となる燭台しょくだい……それらを組み合わせて発火させることで、爆発を起こす『火遁かとん』となるのだ。




「鹿島新当流、火車かしゃノ太刀」




 その火炎の合間から、氏真が現れる。


 彼が振るう刃は、燃え盛る火炎に負けぬほど、荒々しく襲いかかる。。

 炎から逃げ惑う者たちが、さらに強き刃に刈り取られる。




「くそっ、魔物だ、魔物たちを一斉にけしかけろ!!」




 近接戦は不利だと考え、魔術師たちは距離を取る。

 人間よりもはるかに強い力を誇る獣型の魔物ならば、氏真を囲んで殺せるだろうと考えた。


 だが、その見立てすらも甘かった。




「鹿島新当流、やなぎノ太刀」




 氏真は魔物の一撃をかわし、強烈な返しの太刀を浴びせる。

 その反撃はすべて、魔物たちの巨体を見事に断ち切る。


 美しくも豪快に魔物を切断する様は、まさに鬼神のごとき姿だった。




「さて、これであと半分」




 氏真は左文字の血を払い、大広間に残った敵勢を睨む。

 血染めの彼の顔は、恐ろしくも、美しい。

 艶やかな黒髪、陶器のような白肌を、紅の返り血が彩っている。


 その場にいた者たちは、敵味方問わず、驚愕していた。

 

 氏真が刀を得てから、わずか30秒。


 その30秒で、黒幕ドン・パウロが揃えた魔物、魔術師たちの半数が死んだ。

 立ち向かっても殺され、逃げようとしても殺された。

 まさに修羅。氏真の後に道はなく、氏真の先に道はない。ただ彼の周りに、屍の山が残るのみ。




「……僕の想像をはるかに超えている。この人はまさに、怪物だ」




 A級冒険者エル・ドラドがつぶやく。


 エル・ドラドも、ルークス国王も、カイルも、ドン・パウロも。


 想像を超える強さを発揮した氏真に、ただただ瞠目していたのだ。


 しかし、例外はいた。

 氏真の強さを見ても驚かず、敵の隙を伺っていた者が。




「見えた……嵐の槍ストーム・ランスッ!」




 カミラ・リュディガーが長剣を突き出し、風魔術の槍を放つ。

 広間にいる者たちの意識が、氏真に集中した瞬間、彼女はこれ以上ないタイミングで攻撃を繰り出した。


 私が恋している人は誰よりも強いんだ。

 今さらこの程度、何も驚くものか。




「っ、ぬうっ!?」 




 ドン・パウロが首を傾ける。

 しかし間に合わず、鋭い風の槍がドン・パウロの側頭部をえぐった。


 彼女が狙っていたのは、ドン・パウロの頭部だった。

 直撃させることはできなかったが、最高のタイミングで攻撃を差しこんだことで、ドン・パウロに大怪我を負わせた。




「お、のれっ……!!」




 ドン・パウロは側頭部を手で押さえる。

 どくどくと血が流れ、それどころか脳の一部が見えている。


 普通の人間なら致命傷だ。

 まず間違いなく気を失い、ほどなくして死に至るほどの頭部外傷。


 しかし、ドン・パウロは一味違った。




「ユル、サンゾ……コロシテ、ヤルゥウ……ッ!!」




 突然、ドン・パウロの声色が変わる。

 がらがらとした濁声だみごえに変わり、それとともに皮膚が剥がれ落ちて、真っ赤なうろこがかいま見える。

 さらには背中から羽根が生える。それは白い羽毛の翼などではなく、まるで蝙蝠こうもりのような禍々まがまがしい羽根だった。


 ドン・パウロと名乗った男は、教会に従事する聖職者のような姿だった。

 

 今はその逆。悪魔のごときおぞましい容貌に変わり果てた。

 赤い鱗、蛇のような瞳、鋭い牙、高い鷲鼻……そんな姿の怪物が、聖職者の法服を身にまとっているのは、なんと皮肉なのだろうか。




「なんて姿だ。もはや憐れに見えるぜ、ドン・パウロ」




 氏真はそう言ってから、首を振った。




「いいや、この際、本名で呼んでやった方が良いか? ……なあ、一条いちじょう兼定かねさだ殿」







 

 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第26話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 氏真の本気の戦闘力、ヤバすぎだろ!!


 お前みたいな暗愚がいるか!!


 黒幕の一条兼定と氏真の対決、ワクワクしてきた!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 今後ともよろしくお願いします!!


 


 追伸。


 なお、仕事や体調の都合により、毎朝の投稿ができない場合がございます!!


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 鈴ノ村より






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