第27話 もう一人の暗愚、一条兼定
「なんてザマだよ、兼定殿」
ここで氏真視点に戻る。
ドン・パウロと名乗った男の正体を、俺は知っていた。
彼と深く話し合ったことはないが、何度か会ったことはある。
彼の本名は、
土佐(今の高知県)の国の名門、土佐一条家の最後の当主だ。
一条家は土佐の国では有力な
しかし、戦国時代は次々と英雄や怪物が生まれた、ある意味、イカれた時代だ。
名門一条家も、兼定殿が当主だった時に、土佐でメキメキと力をつけた戦国大名『
つまり
名門と呼ばれた自分の家を、新興勢力に滅ぼされたのだ。
彼も俺と同じように、家を守り切れなかった『暗愚』と呼ばれていた。
その後、彼はキリスト教に入信。
ドン・パウロという洗礼名を与えられたという。
「俺より先に死んだということは小耳に挟んだが、まさかあんたも俺と同じように転移していたとはな」
なんというか、人生って不思議だな。
戦国の荒波に揉まれ、暗愚としてこき下ろされた者どうしが、こんな異世界で再会するなんてな。
「ウジ、ザネェエ……キサマ、ハ、ワタシの手で、コロシテヤル……!!」
西洋の悪魔のような姿になった兼定殿は、俺に憎悪の籠った視線を向ける。
え、俺、なにか恨まれるようなことしたか?
いや、もちろん今まさに敵対しているんだが、兼定殿が向けてくる憎悪は、それとはまた別の根深いものに感じる。
しかし、今はそんなこと関係ない。
俺もずいぶん腹が立っているんだ。
なんせ、大事な友達であるルルの肉体が、魔王に乗っ取られてしまったんだ。
再会したばかりでアレだが、容赦なくぶっ殺してやる。
「エル・ドラド、ちょっと聞いていいか!」
俺は少し離れた場所にいるエル・ドラドに声をかけた。
今もエル・ドラドは王様を守りつつ、魔王となったルルを牽制している。
魔王もどす黒い魔術を放っているが、エル・ドラドの光魔術が抑え込んでいる。
さすがA級冒険者といったところで、彼の力は別格だ。
「なんだい!! ウジザネ」
「今ここでコイツを殺したら、ルルは元通りになったりするのか?」
エル・ドラドは少し考えこんで、うなずいた。
「その可能性は大いにある! 魔王メルゴスは復活したばかりで、現世に魂が馴染んでいない。そのドン・パウロという男を早めに殺せば、状況は好転するだろう!!」
「なるほど。だったら、さっさと終わらせてやる。だからルルは殺さないでくれ」
「……ふふ、君はやはり、美しい男だね」
エル・ドラドは満足げに笑い、うなずいた。
俺はエル・ドラドに黙礼してから、瞬歩を使った。
一瞬で兼定に接近し、左文字を振るう。
遊ぶつもりは一切ない。ただちにケリをつけてやる。
「グウッ!?」
兼定は防御姿勢を取りつつ、回避した。
デカい図体のくせに、意外と速いな。
首を狙ったはずだが、腕に阻まれてしまった。ヘビ鱗に覆われた右腕が、首の代わりに宙を舞う。
「グ、ウ…ウガアアアア!!!」
兼定は半狂乱になって叫び、真っ赤な炎を吐き散らす。
俺の目の前に激しい炎が迫るが、今の俺には関係ない。
「風遁奥義、
炎を吹き飛ばした俺を見て、兼定は
悪魔のような容貌になっても、驚きや恐怖といった感情は消えていないようだ。
「ひ、ヒィイイイイ!!!」
兼定は一目散に逃げ出した。
自分が連れてきた魔物を押し退けて、大広間から飛び出してしまった。
マジかアイツ。
いや、しかし逃げられると厄介だ。
ヤツを一刻も早く殺さなければ、ルルが完全に魔王になってしまう。
そうなる前に、最短最速で殺してやる。
「逃がすかよ。お前さ、仮にも武士だった男だろうが」
俺も大広間を飛び出し、逃げる兼定の前方に回り込んだ。
風魔小太郎殿から教わった瞬歩だ。
普通の人間が逃げ切れるはずがない。
で、王城の廊下で一騎討ちだ。
こうなったらお互いに逃げも隠れもできない。
「ウォ、オオオオオッ!
兼定は口から悪臭ただよう息を吐き出した。
おそらくこの息吹は毒気が混じっているのだろう。
大広間と比べて廊下は狭いため、充満したら厄介なことになるだろう。
しかし、俺にはそんなもの効かねえよ。
なんなら一瞬で跳ね返してやる。
「火遁奥義、
仕込んだ火薬と油、そして自分の肺活量を最大限に使い、俺は口から火炎を吐き出した。
これも風魔小太郎殿から直伝された、火遁奥義である。
ちなみに熟練すれば、屋敷一軒を丸焼きにするほどの炎を吐き出せる。
「ゲギャアアアアアアッ!!?」
兼定が吐き出した毒の息吹は、俺が吹きつけた火炎によって跳ね返される。
そのまま兼定は火炎をまともに浴びて、悲鳴を上げて身もだえする。
ーーー馬鹿な、そんな馬鹿な!!
ーーーどうして、どうしてこうなった!?
ーーーどうしてこやつに、私は勝てぬのだ!?
その時、一条兼定だった怪物は、走馬灯を思い返していた。
前世のとある日、兼定は自分と同じような境遇の男を一目見てみようと思い、京の都で面会したことがある。
その面会の理由としては、歪んだ虚栄心や対抗心、それと親近感があったからだ。
名門今川家の当主になったが、わずか8年足らずで家が滅ぼされた。
家臣には見放され、徳川には裏切られ、武田と徳川の両軍によって、
そんな彼本人を見てみたいと、一条兼定は思ったのだ。
しかし兼定は、実際の氏真を見た時に、
現れた氏真は堂々とした男だった。
兼定を茶室にもてなした彼の所作は、全て美しかった。
彼がまとう空気は、どの戦国大名にもひけをとらないものだった。
それでいて変に強がったり、いきがったり、ひけらかしたりする様子もない。
そしてよくよく観察すれば……
周りの者も、氏真のことを丁重に扱い、敬意を払っていた。
兼定が日頃から感じているような、
氏真は周囲の者たちから、純粋な尊敬を勝ち取っていたのだ。
さらに、あの『徳川家康』ですら、今川氏真という男を軽んじていなかった。
兼定は家康に対して、ついつい氏真のことを『自分と同じような境遇で、苦労されていますね』と言った。
言葉遣いに気を付けつつも、あの人も私と同じように家を守り切れなかった暗愚ですよね、と言いたかったのだ。
しかし家康は、その言葉に一切同意しなかった。
それどころか、
「言わせてもらうが、貴殿と氏真殿を比べても、貴殿が優れているところは一つもない。ゆめゆめ勘違いなされぬことだ」
と、まで言われた。
意味が分からない。
理解できない。
受け入れられない。
お前も敗北者のはずなのに。
お前も暗愚のはずなのに。
どうしてお前は、背筋を伸ばして生きているんだ。
どうしてお前は、
どうしてお前は、英傑にすら認められているんだ。
ドン・パウロとして洗礼を受けた後も、兼定はずっと、今川氏真という男に対する憎しみや
ーーーここで、走馬灯が終わる。
悪魔となった兼定は、あらゆる手を尽くした。
走馬灯に追われながらも、無我夢中で暴れ、戦った。
知っている魔術は全部使った。毒も炎も吐いた。
強靭な爪で切り裂こうともした。
しかし、氏真はすべてを完封した。
どんな魔術も忍術で跳ね返され、どれだけ怪物の肉体で襲いかかっても刀で返り討ちにされた。
すでに自分の全身はズタズタで、動くことすらままならない。
おびただしい血だまりが、自分の足元に広がっている。
ーーーここで、氏真視点に戻る。
「ひ、ひっ、ヤ、ヤメッ……!!」
「ルルを救うためだ。死ね、兼定」
兼定の表情が凍りつく。
ヤツ自身が悪魔のような顔になっているというのに、逆にヤツが俺のことを、まるで化け物を見たかのような目で見てきた。
ま、そんなことはどうでもいい。
同じく戦国の世のツラさを味わった者どうしだ。
せめて一太刀で、
「鹿島新当流ーーー
俺は左文字を振り下ろし、怪物となった兼定の肉体を一刀両断した。
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第27話を読んでいただき、ありがとうございます!!
圧倒的な強さを誇る氏真、かっこよすぎる!!
一条兼定との対比、面白くて良かった!!
次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!
と、思ってくださいましたら、
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今後ともよろしくお願いします!!
追伸。
なお、仕事や体調の都合により、毎朝の投稿ができない場合がございます!!
地道に書き続けますので、応援よろしくお願いします!! そして、待たせてしまってゴメンなさい!!
鈴ノ村より
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