第24話 祝宴の場と、現れた黒幕



「お久しぶりです、陛下」




 爽やかな青空に照らされた王城の中庭にて。


 黄金の鎧を着たA級冒険者のエル・ドラドが、優雅に片膝をついて、現れた老翁ろうおうに挨拶をした。




「ずいぶんと楽しんだようではないか、わが友、エル・ドラド殿」




 そう言って中庭に現れたのは、現ルークス国王。

 カイゼル・フォン・ルークス三世、である。


 周りにいた貴族も、カミラも、すぐに片膝をついてこうべを垂れた。

 なお、ルルは人間のしきたりに馴染みがないため、カミラが横からこっそりと教えていた。


 で、俺も周りにならって、片膝をついた。

 多分、こんなもんで良いだろう。




「良い。みな、おもてを上げてくれ」




 ルークス国王がそう言うと、周りの者たちは片膝をついたまま、顔を上げた。

 

 それから国王は周囲を見渡して、



「先ほどから、広間の方がにぎやかだったのでな。余もずっと見させてもらったぞ」



 と、言った。

 その言葉に、貴族たちの表情に緊張が走る。



 なるほど、上手いな。



 見させてもらったと言うことで、誰も言いつくろうことはできなくなった。

 広間と中庭での出来事を、国王自らの目で確認していたぞ、という意味だ。


 俺が悪いのか、貴族たちが悪いのか、国王がどう裁定するのかわからんが……少なくとも、俺も、貴族たちも、あることないことを国王に吹き込むことはできなくなったのだ。




「陛下、一つよろしいでしょうか」



 

 そこで、エル・ドラドが口を開いた。




「うむ、構わんぞ」




 国王はうなずき、発言を許した。




「このウジザネという男を、私はすでに気に入っております。この素晴らしい輝きを発する私に負けぬほど、彼は美しい光を発しております。私が大空にて輝く黄金の日輪ならば……彼は夜空に燦然さんぜんと輝く、孤高の北極星といったところでしょう!!」




 うん、何言ってんだコイツ。

 絶妙に意味がわかるようでわからんことを言っている。


 しかし、エル・ドラドは満足げに微笑み、国王もうんうんとうなずいている。

 おいおい、今の意味、ちゃんと伝わってんのかよ。



「ふふ、そなたが日輪で、この男が北極星か。そなたにそこまで賞賛されるのは、余としても少々けるな」



 国王はそう言ってから、俺の方に目を向ける。



「ウジザネよ。そなたのことは、ローゼンミュラー伯爵夫人から聞かせてもらった。オーク集落を単独で滅ぼす武力を有し、盗賊団を壊滅させて北エルフの姫君を保護したとか」


「ははっ」



 俺は返事をした。

 一応、一国の王の御前ごぜんだから、下手な真似はできんしな。



「そう固くならずとも良い。余はローゼンミュラー伯爵夫妻を信頼しておるし、先ほど諜報部の者に確認させたところ、そなたがお連れした少女は、北エルフの姫君で間違いないと判明した」



 なるほど、北エルフの姫君であるルルが行方不明になったという情報は、王国の上層部だけが知りえるわけだ。

 他の貴族たちがそのあたりの事情を知らず、ルルのことを眉唾まゆつば扱いしてきたのも納得だ。




「そなたと、そなたの仲間であるカミラ・リュディガーは、大きな功績を残した。2人の働きは、余が保証する」




 その言葉を聞いて、貴族たちは愕然となった。

 一介の冒険者ふぜいに、国王自らが功績を賞賛するなど、異例なのだろう。


 


「北国ブルフィンの王も、北エルフ王から娘を探してほしいと強く要求されていたとのことで、先日、我が国にも応援を要請してきたところだ……先ほどブルフィン王にも使者を派遣した。きっとブルフィン王もそなたたちに大いに感謝するだろう」




 そう言ってから、国王はルルのもとに近づいた。

 そして自ら膝をついて、ルルの目線の高さに合わせた。




「北エルフの姫君、ルル殿。これまで大変辛い想いをされたことだろう。今日より、このカイゼル・フォン・ルークス三世の名にかけて、友好国ブルフィンの要人である貴殿を、お守りすると誓おう」




 ルークス国王は優しく微笑んだ。

 その笑顔は威厳と雄々しさに満ち溢れたものではなく、まるで祖父が孫に向けるような穏やかな笑顔だった。




「ありがとう、ございます」


「うむ」




 ルルが礼を言うと、国王は彼女の頭をそっと撫でた。




「さあ、姫君と功労者をもてなす準備をせよ。お集まりいただいた諸侯にも参加してもらおう。友好国の要人を無事に救い出せたことを、盛大に祝おうではないか」




 国王がそう言うと、王に付き従っていた使用人、衛兵たちが返事をして機敏に動きだす。

 周りの貴族たちの中には、まだ不満を抱いている者もいただろう。

 しかし国王が認めた功労者を無下にできるはずもなく、文句ひとつ言わずに、祝宴に参加せざるをえなくなった。



 




 それから王城の大広間にて、盛大な宴が開催された。

 立食形式の宴で、多くの人間が自由に歩いて、飲食と歓談を行っている。


 ルルを国に保護してもらった後、俺とカミラはお役御免ごめんになるかと思われたが、国王は俺たちを手厚くもてなし、褒章してくれた。


 ルルを北国ブルフィンからルークス王国まで連れ去った一味の詳細は、まだ謎に包まれている。

 しかしその嫌疑が、俺とカミラにかかることはなく、引き続き王国の諜報部の方で調査するとのことだ。




「そなたたちには申し訳ないが、今後は我が国と北国ブルフィンの交渉事になる。ブルフィンまでルル殿をお連れする任務は、ここにいるA級冒険者のエル・ドラド殿と、我が国の将軍ザルツにお任せすることになった」




 国王は俺たちにそう説明した。


 すでにルルは、俺とカミラの手を離れた。

 この宴でルルは王様とともに各席を回り、貴族に挨拶していくのだ。

 この子は本物の北エルフの姫君なのだ、という意志表示でもあるのだろう。


 当然ながら護衛体制は万全だ。

 王様とルルのそばには、強固な鎧を着た巨漢の将軍ザルツと、あのエル・ドラド(今は髪をかき上げてカッコつけている)が控えている。




「ルル殿を救出した立役者に対し、いらぬ誤解や嫌疑をかけることはありえない。余としても、そなたたち2人をまっとうに褒章するつもりだ」




 それから国王は、俺とエル・ドラドとの手合わせについて言及した。


 ちなみにルルは、借りてきた猫のように静かだ。

 俺とカミラの前ではあんなにおしゃべりだったのに。


 やはり、俺とカミラと離れることが寂しいのだろう。




「ウジザネよ、そなたとエル・ドラド殿の手合わせは見事だった。そなたは剣も魔術も使わずに、エル・ドラド殿と互角以上に渡り合っていた。そなたほどの武を有する者はこの国においてもそうそういないだろう」


「ありがとうございます」




 国の長にこれほど賞賛されるとは思わず、俺は素直に頭を下げた。

 俺としては格闘術も剣術も忍術も、まだまだ未熟だと自認しているのだが、そんなに褒められると照れるなあ。




「時にウジザネよ、余に仕えてみないか? そなたの実力ならば、すぐに余の直属の護衛士として迎え入れたいのだが」




 しかも、さらっとここで登用の誘いかよ。

 この王様、年老いているが意外と行動派だな。




「無論、同じくルル殿を救出した立役者のカミラ・リュディガー嬢も、余の護衛士として迎え入れたい。聞くところによると、盗賊団の頭目の片方を討ち取ったとか」


「えっ!? いえ、そんな……」




 カミラも、まさか自分が王自ら登用してくるとは思わなかったらしい。


 あ、国王の近くにいるカレンが、片目を閉じて笑ったぞ。

 あの姉、俺とカミラの仲を深めようとして、国王に進言しただろ、絶対。




「そなたたちのような優秀な戦士がいれば、この国は安泰だ。転移者の場合はすぐに貴族位を授けることはできないが、騎士爵の称号であれば今すぐにでも授けることができる。どうだろう、受けてくれないだろうか」




 国王の深い藍色の瞳が、俺の方をじっと見てくる。

 威圧的ではないが、貫禄がある視線だ。


 この視線に射すくめられたら、たいていの人間は要求を受け入れざるを得ないだろうな。




「陛下にそこまで評価していただけて、ありがたき幸せでございます。ですが、謹んでお断りさせていただきます」


「ほう、なぜだ」


「私は国に仕えて必死に戦えるような男ではありません。またその器量もありません。自分と、自分のそばにいる友人のことを守るだけで、精一杯な男なのです」




 俺はそう言ってから、「それに」と付け加えて、




「冒険者という立場のままなら、またすぐにルルに会いに行けます」




 と、言った。


 その瞬間、ルルが顔を上げた。




「ウジザネ……!」


「そんなにしけた顔をすんな。俺とカミラはずっと大切な友達だ。ちょっとの間だけ離れることになるが、今度は俺たちが、ルルの故郷に遊びに行くからな」


「……うん!!」




 ルルがやっと笑顔になった。

 良かった、ルルが笑顔になってくれるだけで、俺もすごく嬉しい。




「……たしかに、そなたたちをある意味で縛ることになるな」




 王様はそう言った。


 王のもとで忠勤に励めば、それなりに立場が上がり、暮らしも裕福になるだろう。

 冒険者としてその日暮らしをしなくても良いし、使用人付きの屋敷で毎日寝泊まりすることができるだろう。


 しかしそれでは、前世と同じなんだ。

 絶対的な権力者に仕え、日常を縛られ、立場を気にして、自由気ままに生きられなくなってしまう。

 それに、この王様のことは嫌いじゃないが、他の貴族たちは嫌いだ。はっきり言って、そりが合う気がしねえ。



 だからこそ、俺はこの異世界では、自由気ままな冒険者として生きたい。

  



「ふむ、わかった」




 王様はうなずき、割と簡単に引き下がってくれた。




「そもそも、そなたは先ほど諸侯と揉めていたのだったな。もちろんあの一件は諸侯たちが悪いと思う。そして、この国の諸侯たちに迷惑をこうむったそなたを登用しようとするのは、少々、余も無神経であったな。先走った誘いをしてしまったこと、どうか許してほしい」


「いえ、そんなことはございません。陛下に評価していただけたことは、とても光栄なことです」




 ばつの悪そうな王様に対し、俺は一礼した。

 その後、ルルの頭を撫でた。

 ルルは嬉しそうに笑って、俺に手を振りながら、王様と一緒に向こうに行った。


 それから王様は様々な貴族のもとに足を運び、歓談を行っていた。

 どんな内容を話しているのかわからんが、王様と話している貴族の視線が、時おり、俺とカミラの方を向く。


 俺たちに向けられたその視線には、戸惑いと畏怖があった。

 

 どうやら王様は、俺とカミラのことを、あえて手放しで褒めたたえているらしい。

 つまりその意味は、「余が評価しているのだから、もう水は差すなよ?」ってことだろうな。


 周りの貴族たちはともかく、あの王様はすごく良くできた人だ。




「君が僕と同じような立場になってくれたら、また面白かったんだろうけどなあ」




 陛下の下から少し離れて、エル・ドラドが俺の隣に来た。




「あんたも護衛士なのか?」


「うん、最初はそうだった。B級冒険者だった時に、陛下が自ら僕のことを登用してきたんだ。その後しばらくしてから、割と自由に動けるように、客将という立場にしてくれたんだよ」


「なるほどな。つまり登用されたら、俺が後輩になっていたわけだ」


「あはははっ!! 君みたいな傑物を後輩扱いなんてしないさ。すでに僕は君のことを対等な友人として見ているつもりだよ」




 エル・ドラドが白い歯を見せて、キラッと笑う。

 いや、もうわかったから、そのかっこつけた笑顔。




「それと僕が見たところ、君は全然はずだ。どうせなら君も僕も剣をたずさえた上で手合わせしてみたいものだね」




 エル・ドラドが意味ありげに笑う。




「……そんなことはない。ちゃんと本気だったぞ」




 俺はそう言ったが、エル・ドラドの目が鋭く光った。




「どうかな? 君はある意味、とても恐ろしい男だねえ。能ある鷹は爪を隠すと言うけれど、君のやり方はそれとはケタ違いのレベルだ……君は、まだまだ力を有しておきながら、普段から自分のことを弱そうに見せている」




 ふーん、こいつ、意外にも鋭いな。

 いつも態度はふざけているのに、こういう時だけ、俺のことを深く読み取ろうとしている。




「君が死力を尽くす場面を、いつか見てみたいものだね」




 エル・ドラドは微笑んだ。




「どうかな、あんたと戦うのは、もうこれっきりかもしれないしな」




 俺はそう返した。

 エル・ドラドはくすっと笑ってから、王様の方へと戻っていった。



 ……A級冒険者、黄金のエル・ドラドか。



 あいつは俺の実力を知りたがっている。

 打算とか何もなしに、純粋な興味で、俺のことを知ろうとしている。

 まったく面倒なやつだ。悪いやつではなさそうだが、いずれ、真剣をたずさえて勝負してほしいとか言い出しかねないぞ。




「すごいですね、ウジザネさん。瞬く間に、この国の中枢をになう方々に一目置かれるようになっているじゃないですか」




 カミラがそう言った。




「いやいや、お前さんも他人事じゃないぞ。個人的な強さとかはともかく、北エルフのお姫様を救った英雄であることは間違いないからな」


「え!? でも、目立っているのはウジザネさんだけじゃ……」


「そう言って逃げられると思うなよ。これから変なヤツらに絡まれたとしても、お前さん一人で全部ブッ倒すくらいの力が必要になるからな」


「は、はは」




 カミラ、笑顔が引きつっているぞ。


 と、俺とカミラが話している時だった。




「おのれ、出てこい、下賤な冒険者めえええっ!!!」




 大広間の入口の方で、騒ぎが起きた。

 

 衛兵を突き飛ばして現れたのは、先ほど俺が気絶させた大柄な貴族だ。

 その貴族の顔は憤怒に染まり、猛然と俺に突進してくる。




「なっ、ちょ、ちょっと、よしたまえ!! レッチュ子爵ししゃく!!」




 俺に襲いかかろうとする大柄な貴族を、他の貴族が止めようとした。


 いくら俺のことが少々気に入らなくても、この祝宴の場で、しかも王の御前で、狼藉を働けば、とんでもないことになるからだ。

 理性と良識がある人間なら、誰でもそう思う。そんな真似をしたら、ほぼ間違いなく処刑されるに違いない、と。


 しかし、このレッチュという貴族は、頭に血が上っているせいで、そんなことも考えられなくなったらしい。

 俺に威圧されて小便を漏らしたという恥をすすぐために、俺を殺すという短絡思考におちいったのだ。

 



「死ねい、ぇええっ!!」




 激昂したレッチュが、銀食器のナイフを持って襲いかかる。




「ちっ……おらっ!!」




 俺はナイフをかわし、レッチュのみぞおちに菩薩ぼさつしょうを浴びせた。

 筋肉質なレッチュだが、俺が食らわせたのは内部破壊の一撃だ。


 当然、耐えられるはずもなく。

 レッチュは嘔吐して、その場に崩れ落ちた。





「そんな、レッチュ殿、陛下の御前でなんということを」


「え、衛兵! 早くレッチュ子爵を捕縛しろ!!」


「これは取り返しのつかないぞ。子爵殿、乱心されたか……!!」




 周りの貴族たちもざわつき、取り乱している。

 どうやら今のレッチュの蛮行は、他の貴族たちですら知らなかったものらしい。


 だが、俺にはそんなこと、どうでも良かった。


 俺は気絶したレッチュを見下ろした時、ある違和感に気づいた。




「あれ、こいつ……なぜ俺の名を知っている?」




 俺はこいつに対して名乗らなかった。

 いや、誰かから聞いたのかもしれないが、目を覚ましてからここに乱入してきたのだとしたら、俺の名を知るまでの時間が早すぎる気がする。


 なんだろう、違和感がぬぐえない。

 それと同時に、嫌な予感がする。




「まさか、ルル……」




 俺は辺りを見渡して、さっきまでルルがいた方向に目を向ける。


 いつの間にか、ルルと国王の後ろに、聖職者の恰好をした男が現れていた。




「っ、ルル!!!」




 俺はとっさに叫んだ。


 ルルが気づき、後ろを振り返る。

 その瞬間、彼女の表情が凍りつく。




「お久しぶりですねえ、エルフの姫君よ」









 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第24話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 氏真の実力が色んな人に認められていくシーンが嬉しい!!


 エル・ドラドのキャラが個性的で好きだ!!!


 現れた黒幕や、今後の展開がめちゃくちゃ気になる!!


 次回もまた読んでやるぞ、ジャンジャン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 また気軽にコメント等を送ってください!!皆さまの激励の言葉が、鈴ノ村のメンタルの燃料になっていきます!!(°▽°)


 皆様の温かい応援が、私にとって、とてつもないエネルギーになります!!


 今後ともよろしくお願いします!!



 鈴ノ村より

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