第6話 やっぱりここは極楽でも地獄でもなかった



 さて、あなたは死後、自分がどうなると思うだろうか。


 善い行いをしたから極楽に行けるかも。

 もしくは、

 悪い行いをしたから地獄に落ちるかも。

 と、思うだろうか。


 では、この俺、今川氏真いまがわうじざねの場合。




「つまり俺はこの世界における、別の世界からの転移者……よそ者の人間ということか?」




 俺がそう尋ねると、若い金髪女はうなずいた。




「ええ、そうです。あなたは別世界の記憶を持ったまま、この世界に来られた。どのような過程や方法であれ、転移者という定義になります」


「な、なるほど……」




 さすがの俺も戸惑うしかない。

 俺はたしかに江戸の屋敷で息を引き取ったはずだ。


 なのにこうして不思議な世界に来てしまった。

 極楽でも地獄でもない、異世界に。

 仏教の輪廻転生りんねてんせいとはまったく違う展開だ。




「もうひとつ尋ねるが、俺が旅の剣士だと言い繕ったのも……」


「あ、はい……実はあなたが戦っている途中で、転移者なのかもしれないと、察していました」


「うっわ、恥ずかしいなソレ」




 俺はそっぽを向き、ガリガリと頭をかいた。


 ちなみに今、俺たちはオークの集落から離れて、山のふもとにある野営地まで降りてきた。

 野営地といっても大したものではなく、少し背の高い岩に囲まれた広場に、焚き火と寝床、それと物資を収納した木箱が置かれているだけだ。

 

 んで、俺と女は燃えていない焚き火を挟んで座り、話をしている。




「あ、そうだ、お前さんの名前を聞いていいか?」


「え、は、はい……私はカミラ。カミラ・リュディガーと申します」


「かみら、りゅで? どっちが家の名前なのだ?」


「あ、リュディガーが家名で、名前がカミラです」




 女の名前はカミラか。


 へえ、名前も南蛮人みたいな響きだ。

 なのにこんなに言葉が通じるのは、ここが異世界だからか?

 カミラは金髪青目で、どう見ても日本人じゃねえのに、なぜか俺は彼女の言葉がスラスラとわかる。




「えっと、あなたのことはなんとお呼びすれば……」




 今度はカミラがたずねてきた。


 そうだな、俺が調子に乗ってながったらしい名乗りをしたもんだから、カミラも戸惑うよな。




氏真うじざね、で良い。ちなみに家名は今川だ」


「ウジザネ、殿」


「ああ、良い良い。殿なんてつけないでくれ。それと、敬語も照れくさいから」


「し、しかしあなたは命の恩人です! そんな方に横柄おうへいな口を利くなど、私にはできません」


「仕方ねえな……じゃあ敬語はそのままで良いから、殿ってつけるのは絶対にやめてくれ」




 なぜなら俺は殿って呼ばれる立場じゃねえもん。殿って呼ばれるべきなのは、限られた英傑だけだと俺は思う。まあ、これは俺の考えの物差しだが。

 


 さて、お互いに名乗ったところで。



 俺はカミラにこの世界について教えてもらった。細かいことは抜きにして、ざっとこの世界の常識を知りたかったしな。

 それと、カミラがどうしてオークどもに捕まったのか、その経緯も聞きたいところだった。


 そして30分後。




「ふむふむ、さっきのオークのような、魔物という生物がたくさん居る……危険度によって等級とうきゅうが分けられている……あんたは騎士団の仲間とともにオークの集落偵察に来たが、途中で仲間が姿をくらまして、それからオークに捕まった、と」


「そ、そうです。不甲斐ふがいないことに」


「いやいや、そうでもないと思うぜ」




 カミラは肩を落として、しゅんと静かになる。

 彼女は自分が失態を演じたと思っているのだろう。



 だが、俺はそうは思わない。



 こんな半人前な俺でも、武の心得はある。

 俺がカミラの手のひらのマメ、座り姿、歩き姿の重心や体幹を見た限りでは、彼女は相当な剣士だ。

 日頃からしっかりと鍛錬を積んでいるようだし、なおかつ才能がある。しかも彼女は若いからまだまだ実力を伸ばせるだろう。


 オークに捕まったのも彼女の不手際じゃなくて、仲間が彼女を置いて逃げ去っただけなんじゃねえか?




「……あ、あの、そのようにジロジロと見られると恥ずかしいのですが」


「え……ああ、スマンスマン! こりゃ失敬なことをした!」




 カミラに言われて、俺は目線をそらした。


 別に変な意味じゃなかったんだが、あまり若い女性の体を凝視するのはよろしくないよな。

 カミラが未婚か既婚かわからないが、男の俺が凝視するのは失礼にあたるだろう。高貴な女性であれば、身元もわからぬ男に見られるのは恥だと思うだろうしな。


 というか、ちょっと考えればわかることだ。彼女も名字を持っているということは、まず平民より上の身分に違いないのに。




「いやあ、こんな高貴な別嬪べっぴんさんの気分を害してしまうとは、俺はなんとアホなんだ」


「こ、高貴な……べ、べべっ、別嬪!?」


「すまないことをした。どうか許してくれ」


 俺は頭をかきながら、ぺこりと頭を下げた。

 年頃の若い娘に対する礼儀がなっていなかったからだ。

 前世の京の貴族社会なら、先ほどのような視線を不躾ぶしつけに送れば、間違いなく嫌われていただろう。




「……ま、まあ、別に嫌ではないのですが」


「うん? すまん、聞こえなかったが何か言ったか?」


「っ……な、なんでもありません!!」




 カミラはぼそりと何かつぶやいたようだが、すぐにそっぽを向いた。

 うーむ、やばいな、やっぱりジロジロと見たことで機嫌を損ねてしまったか。


 ……でも、ここでカミラの助けが得られなければ、一文無しの俺はどうすることもできない。自給自足といっても限りがあるし、やはりカミラの力を借りて、なんとかこの異世界で生きていくしかない。


 命を助けた謝礼を要求すると言ったら聞こえは悪いが、今はひとまず、カミラにはこの世界で生活するためのになってもらいたいところだ。カミラに恩を売れた以上、どうしても彼女の協力が欲しい。


 よほど汚い仕事や過酷な仕事じゃなければ、カミラが紹介してくれたら、俺はとにかく働くつもりだ。こう見えても今川家が没落してからも、妻と二人三脚で苦しい生活を乗り越えてきたからな。



 しかしそういうことをするにも、まずはカミラという身元保証人がいなければ、話にならない。



 ……こんな若い娘さんに、俺みたいな爺さん(見た目は20代前半)が身元保証人になってくれと頼みこむのは珍しいことだろう。男としては自分の生活について女に助けてもらう情けないことだが、背に腹は代えられない。


 それでも彼女にこの頼みを受け入れてもらわなければ、俺は終わりだ。

 前触れなく要求するのではなく、しかない。




「カミラ、命を救った礼と言ってはなんだが……一つだけ俺の頼みを聞いてくれないか?」




 俺は真剣に頭を下げた。

 居住まいを正して、座礼をして、ガッチリと地面に頭を付けた。




「え、え……頼み……ですか?」


「そうだ。お前さんにしか頼めない」


「ま、待ってください。それは、本当に……わ、ですか?」




 カミラは顔を紅潮させて、あたふたしている。


 そうだよな、こんな大の男が、いきなり頭を下げて頼みごとをしようとするなんて、滅多にないことだよな。戸惑う気持ちも充分にわかるが、今はお前さんしかいないんだ。




「ああ、その通りだ。し、これさえ叶えてくれたら、俺はもう何も望まない」


「ひ、ひぇ……」


「わかっている。驚く気持ちはわかる。しかし、俺が生きていくうえでお前さんしかいない。俺にはどうしようもできないんだ」


「ど、どど、どうしようもできないほど、私に……!?」


「うん? ああ、そうだ。先ほど不躾な振る舞いをしたことは申し訳なかった。ここは水に流して、せめて一度だけ


「想い……想いだなんて、そんな、こと……」




 カミラは迷っているようだ。

 やはり俺に対する警戒心もあるのだろう。

 

 それはそうだ。いくら窮地きゅうちを救ったとはいえ、得体の知れぬ男から何かを要求されるかもと考えたら、若い女性にとっては恐いものだろう。

 

 となると彼女の警戒心を解くために、俺が誠実に奉仕する心を伝えなければ。

 



「わかった。ならば、俺はお前さんにこの身を捧げよう」


「……ひゅいっ!?」




 カミラは頓狂とんきょうな声を上げ、目を白黒させる。

 なんていうか、初めは凛々しくて堅物かたぶつな女だと思っていたが、意外にも態度や仕草は親しみやすい可愛らしさがあるな。


 いやいや、余計なことは考えるな。

 まずは俺が信用に値する人間だと知ってもらったうえで、俺の身元保証人になってくれと頼むしかない。焦って強引に要求するのは禁物だ。




「わ、わかりました。あなたが、そこまで言うなら……まだまだあなたについて知らないことがほとんどですが……」




 む、そうか、身元を保証してくれるといっても、当のカミラが俺のことを詳しく知らなければ意味ないよな。

 だが、それについてはあまり心配することじゃないと思う。

 どうせ俺は一度死んだ身だし、後ろめたい過去は一切ないから、カミラに聞かれたらなんでも答えるつもりだ。




「心配ない。これからお互いに知っていけば良い。俺もお前さんのことを知るように努力したいんだ」


「そう、ですね……少しずつお互いについて知っていけば、知り合ってからの時間の短さなんて……」

 



 カミラが微笑み、うなずいた。

 その笑顔には年相応の少女と変わらない、可憐な魅力があった。



 ……良かった、ちゃんと俺の誠意が伝わったようだ。

 

 よし、ならば改めて。







「カミラ、どうか俺の身元保証人に、」


「ふっ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!!」





 ……ん?





「「……えっ??」」







 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第6話を読んでいただき、ありがとうございます!!

 アンジャッシュ的なすれ違いコントをする2人の男女って、書いてて面白かったです!!


 ヒロインの女騎士カミラの可愛い&ポンコツなところがもっと見たい!!


 氏真のズレた考えも笑えて面白い!!


 即興のすれ違いコント、意外と面白かったぞ、鈴ノ村!!

 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 皆様の温かい応援が、私にとってとてつもないエネルギーになります!!



 鈴ノ村より

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