第5話 デカいが、斬れるなら問題ないな



「来やがれ、ブタどもっっ!!」




 俺はオークの群れに対して鋭い咆哮を浴びせた。


 もちろんこれは単純な気合ではない。

 剣の道を修めた者は、独特の闘気とうきを帯びる。

 これは剣聖、塚原卜伝つかはらぼくでん殿の教えだ。

 

 その闘気は生物の防衛本能を刺激させる。

 ある者は腰を抜かして恐れおののき、ある者は恐怖に抗おうとして無理な攻撃を仕掛けてくる。


 ちなみに、俺の闘気は半人前だ。

 師匠の卜伝ぼくでん殿なら闘気だけで、気の弱い人間を絶命させることだってできたしな。




「ゲッ、ゲギャギャッ……ギャヒィイイッ!?」




 最前列にいたオークの1頭が破れかぶれに突っこんできた。

 が、俺はそいつの首をはねる。

 左文字の刃は見事な斬首を果たし、醜いオークの首と鮮血が、快晴の空に舞う。


 それと他のオークはビビッて動けていない。

 まさに絶好の好機だ。




「うぉおおおおおおっ!!!」




 俺はさらに気合をこめて、次々と刃を振るう。

 ひるんだオークたちに付け入る隙を与えず、ひたすらに斬りまくる。


 正直、不思議と悪くない気分だ。


 今川家の大将だった時も、監視付きの相談役だった時も、俺は自分一人の力で戦ったことはなかった。危険な場所に出張ってはいけない立場だったり、そもそも何か危険な現場に首を突っこむことも許されない立場だった。


 自分そのものの能力を、存分に振るうことができなかった。


 だが、今は違う。俺が勝てば女を助けられるし、敗ければ女も殺される。

 今だけは俺という人間が裸一貫のまま実力を振るい、一人の女を守っている。



 この状況を良しとするわけではねえが、なんていうか、妙に嬉しい。





「はっ、まだまだ行くぜぇえっ!!」




 俺はさらに調子を上げて、オークたちをなで斬りにしていく。

 戦は潮目しおめが肝心だ。こっちが勢いづいているなら、手を緩めるつもりはねえ!!

 あとは女が標的にならねえようにしながら、こいつらを滅ぼすだけだ。



 ーーーその氏真の戦いぶりを後ろから見ていた女は、彼のあまりの強さに絶句していた。





「な、なんなの、この男は」



 

 彼女は優秀な騎士だった。

 女というハンディキャップがありながらも王国の騎士として叙任され、配属された騎士団の中でも一、二を争う戦闘力を誇っていた。

 彼女は剣と弓の腕もさることながら、100人に1人しか扱えぬ『魔術』も習得している。


 だが、彼女はオークの集団に捕まった。

 いくら優秀な騎士といえど多勢に無勢で、このままオークに身も心も蹂躙され、苗床として監禁されてしまうところだった。




 だが、謎の黒髪の男が、自分を助けてくれた。


 そしてその男の強さは……規格外だった。


 優れた剣士であることは言うまでもない。

 しかしそれ以上に、大勢の敵に対する立ち回りが完璧すぎる。女騎士もこれほど見事な立ち回りはできない。

 黒髪の男は自分自身が包囲されないように動きながら、助けた女騎士をかばうようにして戦っている。オークたちの動きを捉えつつも女騎士の方に注意を向けて、女騎士に近づこうと考えたオークを素早く斬殺している。


 圧倒的多数を誇るオークを一方的に斬りながら、守るべき人間を守る。


 そんな芸当、よほど戦場に慣れていなければ不可能だ。

 あまりに付け入る隙が無い戦いぶりに、この男にとって戦そのものが日常だったのではないかと女騎士は直感した。



 そして氏真がほとんどのオークを斬り捨てた時、集落の奥の洞窟から、巨大なオークが現れた。


 背丈は3メートルを超え、手足は丸太のように太く、顔にはイノシシのような牙が生え、さらには人間から奪ったものと思われる騎兵槍ランスを軽々と片手で持っている。




「なっ……オークジェネラル!!?」




 女騎士は目を見開き、声を上げる。

 

 その名の通り、オークの大将、を意味する凶悪なモンスターだ。

 危険度はB級とされているが、所持している武器や防具の性能によってはA級のモンスターと同じくらい危険だとも言われる。




「じぇね、らる? よくわからんが、死後の世界には、こんなにデカい怪物がいるのか」




 さすがの俺もびっくりした。

 目の前に現れたのは家より大きなオークで、こんなの普通の人間では太刀打ちできないのではと思ってしまう。

 その重量感、威圧感だけで、今までのオークとは次元が違うと理解できる。




「ダメ!! そいつは格が違う! 私のことは良いから、あなたは逃げなさい!!」




 あの武装した女が、俺に逃げろと忠告してくる。

 自分の身が危ないのに、大したタマだ。


 けれど、ここで退くわけにはいかない。


 ここで退いたら、後ろにいる女は死ぬ。

 そして、

 ここで退いたら、俺は死んだ妻に顔向けできねえ。




「ふぅーーー……」




 俺は呼吸を整えた。

 さっきまでのような、激しい覇気をぶつける戦い方はヤメだ。


 代わりに、全力で集中する。




「ゴガアアアッ!!」




 オークジェネラルが踏み込み、騎兵槍を振り下ろす。


 俺はその振り下ろしをかわした。

 槍は地面をしたたかに叩き、ビシィイッと亀裂が走っていく。




「へえ、当たれば死ぬな」




 俺は笑った。あまりに現実離れしていて笑うしかない。

 これほどの威力なら、当たれば苦しまずに死ねるだろう。

 いや、そもそも俺は一度死んでいるから、死なないのか?




「ウギィガァアアアアアッ!!」




 オークジェネラルは怒声を上げながら、騎兵槍を振り回す。

 凄まじい腕力で、馬鹿でかい槍を、まるで木の枝のように振り回している。

 その腕力と攻撃速度は、驚異的だ。




「だが……アホだな。全然怖くない」




 いくら速かろうが、動きが大きくて単調だ。

 集中した今の俺なら、万に一つも当たるもんか。




「さあて、そろそろしめるか」




 俺は左文字を握りなおして、八双に構えた。




「ゴァアアアッ!!」




 オークジェネラルが騎兵槍で薙ぎ払ってきた。

 その槍をかわして、そのままオークジェネラルの足元にもぐり込む。


 狙うは、両足のカカトのけん


 左文字が二度、閃いた。

 そして俺は股の下をくぐり抜ける。




「ゴギャアアアアッ!?」




 両足のカカトの腱を斬られ、オークジェネラルが悲鳴を上げて倒れる。

 完全に腱は切断され、それどころか両足はほぼ千切れかかっている。


 これで勝負あった。

 だが、このまま苦しませるのも良くないよな。


 うつ伏せに倒れたオークジェネラルの頭側に移動して、左文字を振り上げた。




「じゃあな、デカいの」




 そして、斬首。

 ぶっとい首に支えられていたオークジェネラルのデカい頭が、ごろごろと地面を転がった。


 うーむ、さすがは名刀、左文字さもんじだ。

 半端者な俺の腕でも、こんなバケモノの首を切断できるとは。




「なっ……なんという……男なの……」




 一方、その氏真の姿を目にしていた女騎士は唖然としていた。


 オークジェネラルが出てきた時は、もうダメだと思った。

 自分の命が惜しい気持ちもあるが、このような立派な男が巻き添えに殺されてしまうのは、あまりに申し訳ないと思ったからだ。



 だが、結果はこうだ。


 

 ケタ違いの肉体を誇る危険モンスターであるオークジェネラルは、一人の剣士によって斬首された。

 それ以前に100体以上いたオークたちのほとんどが斬り殺され、オークの集落は壊滅状態だ。残っていたオークも首領が殺されたことで戦意喪失し、蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。

 


 突如現れた、謎の黒髪の美男。



 その男はたった一振りの剣を手にして、熟練の冒険者パーティでも手を焼くと言われるオークの集落を、見事に滅ぼした。




「あ、あなたの名は……」


「お?」




 若い女は、俺におずおずと声をかけてきた。

 てか、いつの間にか敬語になってるし。


 しかし名前を問われたら答えなきゃいけないな……まあ、隠す必要もないし、むしろ死後の世界なら高らかに名乗っても良いか!




「俺は……俺の名は、今川彦五郎仙巖斎氏真いまがわひこごろうせんがんさいうじざねだ」




 と、俺は名乗った。


 見事な戦いぶりを見せたし、名字も斎号も含めた正式な名を答えたのだから、女もさぞ驚くに違いない。



 ……あれ、なんかキョトンとしている!?








 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第5話を読んでいただき、ありがとうございます!!

 やっぱりアクションは書いていて楽しいですね!



 巨大な魔物を倒すシーンがかっこよかった!!


 良いぞ、もっと良いアクションを書いてみろ、鈴ノ村!!


 豪快で天然なところも面白いぞ、氏真!!

 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 皆様の温かい応援が、私にとってとてつもないエネルギーになります!!



 鈴ノ村より

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