無題1-(?)

10(5〜9が行方不明、多分書いてない)



 ああ、まずい。

 布団の中で目を覚ました。びっしょりと濡れた部屋着とダルい体躯。

 ベットから出ようと、床を這うが上手く力が入らない。やっとの思いで体を起こしても、寒気と頭痛がして平衡感覚がぐちゃぐちゃだ。

 まだ早朝、隣でみくるも爆睡している。

 体に鞭を打ち、ヨタヨタとリビングを歩く。

 棚からみくるがよく使っている体温計を借りて、体温を測った。

「38.4℃……ははっ、これはやらかしたな」

 まったく、本当に笑えない。

 今日も文化祭の作業が山積みだというのに。


 その前に朝ごはんも作らなきゃ。

 でも衛生的に何か買って食べてもらうしかないか?


 ああ、ダメだ。纏った思考ができない。

 なんならもう早く全て投げ出して眠ってしまいたい。

 食欲も無い。あるのは吐き気とぽっかり空いたような空腹感。

 いや、もう無理だ。



 僕は結局、みくるに書き置きだけ残して僕は布団に倒れ込んだ。





 かなでが風邪を引いた。

 私が診療所に連れていくと言ったのだけれど、本人が大丈夫だと言って寝たきりなので、結局私は無力に彼の看病をする事しか出来なかった。

「うぅ……」

 かなでがうなされている。

 汗まみれの額と苦しそうに拳を握りしめていて、難儀そうに悶えている。

「かなで……大丈夫?」

 今日は私も学校を休む事にした。こんな奏を放っておいて学校に行くなんて、私には出来なかった。

 私はそっと、かなでの額を撫でる。男の子らしいごつごつとした感触。

 ああ、これぐらいしか彼に出来る事がないのがとても息苦しい。できる事なら私が痛みを変わってあげたい。

 それが贖罪になるなら。

「濡れタオル……持ってくるから」

 そう呟いて、逃げるように洗面台に向かった。



 洗面台の鏡に映る「みくる」という少女の姿がそこにはあった。

 まったく、ひどい顔をしている。

 私の顔を見て第一声嫌悪しか出てこない。


『ごめんなさい』

 私は彼に謝らなければいけない。

 新生活で疲れている彼に家事や食事を作らせて、重い荷を負わせている事を。

 私はいつだって自分のワガママを押し通してしまっている。

 彼に自分のワガママで苦しい思いをさせてしまっている。

『ごめんなさい』

 そして今、また彼が苦しんでいる時、また私は何も出来ないでいる。

 結局、私はいつも通り無力な自分を嫌悪して挙句罪悪感で潰れそうになっているだけだ。一番苦しいのは彼なのに。


 ただ、謝罪の言葉が私埋め尽くす。心臓にナイフを突き刺されたような焦燥感に私も汗が出てくる。

 私は、かなでにばかり無理をさせて、私ばかり彼に甘えてしまっていた。


「ごめん、なさい……ごべん、なざい」


 やっぱり、私は泣き出してしまう。本当に、弱い人間だ。


 それでも、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだから。

 すぐに、いつもの明るい私に戻れるから。

 もう、少しだけ。



 *



「んん……」

 意識が目覚める。窓を見れば夕焼け色の空。もう夕方のようだ。

 もう今朝のような気持ち悪さは消えていて、辛うじて元気と言えなくもない。


 布団から出ようと毛布を蹴ると、心地よい良い香りとトントンという包丁を打つ音が聞こえる。

 誰かが料理でもしているのだろうか。

 真っ先に浮かんだのはみくる……だけれど、この家に来た時から察するに料理は出来なさそうだし……。

 少し寒気のする体を摩りながら、台所を覗いてみる。


 みくるだった。

 エプロン姿をしたみくるだった。


 手際良く野菜を刻み、鍋に入れていく。おそらく、僕なんかよりもずっと料理が上手いんじゃ無いだろうか。

 見惚れるようにただその後ろ姿を眺めていた。


「っとそろそろかなでを起こしに……ってかなで!?大丈夫?」

「えっああ、うん。とりあえず体調は良い……けど」

「良かったぁ。ただの風邪なら良いけど、辛くなったら言ってね?すぐ診療所連れてくから」

「ううん、大丈夫。ありがとう。多分大したことない。……それと、お腹すいちゃった」

「ふふーん。そう思って作っといたよ。晩御飯、なんだと思う?」

「カレーかな」

 カレーのスパイシー匂いが鼻をついて胃を刺激する。

「じゃあ、支度するから適当に待ってて」


 ・・・。


 食卓、目の前にあるのは盛り付けられたカレー。

 具材もきっちり食べやすいサイズに切られているし、これはまた豪華な食事だ。僕が作る陳腐なモノとは手間が違いすぎる。

「すごい……みくるってすごい料理上手だったんだ」

「お母さんが料理好きだったからさ」

「そっか」


 ちょっとした沈黙が生まれた。なんだか、気まずさが生まれる。

「みくる、食べよ?」

「う、うん!」


「「いただきます!」」


 カレーを口いっぱいに頬張る。病み上がりだというのに、ひと口、ふた口、止まらない。

「美味しい?」

「美味い!」

「良かったぁ……」


 人の手料理というものは、やはり美味しいものだ。

 温もりを感じるというか、愛情こそが至上のスパイスであるというか。


「えっとね、かなで。いつも家事を任せっきりでごめん。私、いっつもかなでにお世話になっちゃっててさ、台所も掃除してもらったし。お風呂も直りつつあるし。だから、ごめん」

「そんな、別に気にしなくて良いのに。好きでやってるんだから」

「するよ!私のせいでかなでが風邪ひいた様なものだもん……」

「それは違うよ、僕の体調管理が悪かっただけ。みくるは悪くないです」


 みくるは少しそっぽを向くように

「やっぱり、かなでは優しいね……」と呟く。


「んー?」

「何でもないよ」

「うわ、あやしー。さっきなんて言ったのか教えてよ」

「か、かなでが優しいって話!」

「えー?主にどこら辺が?」


「こ、この家の事情について聞いてこないところ……とか?」

「ゴホッ……ゴホッ」

 吹いた。

 まさかみくるの口から急にそんなことを言われるとは思わなかった。だって叔父もみくるも話そうとしないし、叔父に関してはほぼ家にいないし。聞きづらいから、聞けずにいた。

「まぁ、聞かれたくないこともあるかなって杞憂してた所はあるけど。というかそんなことを言ったらみくるだって優しいよ。僕の事情も聞いてこなかったよね」

「まぁ、聞かれたくないこともあるかなってみくるも思ってたから」


 僕も縁を切ってた叔父の家に急に転がり込んできた異端の塊だからね。


「じゃあ、さ。私の事情も言うから、かなでがこの家に来た理由聞いてみてもいい?」

「…………いいよ」


「私の方の件はそうでも無いんだけど……」

 彼女の話を簡単にまとめると、こうらしい。

 みくるのお母さんがだいたい1年に死んでしまったそうだ。元々病弱で持病で倒れてそのまま病室で……。それの事実を受け入れられなかった叔父が荒れてしまい、引っ越してきた時のような事になったらしい。今はそこそこ安定して、ほぼ住み込みで漁業の仕事をしているそうだ。


「かなでの事情は?」

「……そうだね」


 この時、僕は嘘をついた。

 僕の秘密はどうしても隠し通すと心に誓っているから。秘密をこの島で事実を知るのは金梨先生と叔父だけ。

 赤裸々に白状してくれた彼女に嘘をつくのは少々心が痛いが、流石に内容が内容だから仕方ないと割り切った。


「頭が悪すぎてさ……入れて通える高校がここぐらいしか無かったんだよね」

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