無題1-4



 あの後も台所と格闘していたが、結局今朝だけでは台所は片付く訳もなくあとできっちり時間を割かなきゃいけなそうだ。

 まったく、本当に大変だ。


 そして現時刻は7時、玄関前。

「みくるー?大丈夫?」

「ちょっと待ってぇ!まだ歯磨いてないからー!」

 あのままみくるは睡眠を貪り、結局起きたのは出掛ける10分前だ。

 その割に朝ごはん(昨日買った菓子パン)をしっかりと食べるものだから、もうほぼ遅刻は確定だろう。

 みくるは危機感が薄いというか、どこか危なっ気の無い子のようだ。

「ゆっくりで良いからねー!」

 廊下に腰を下ろして、のんびり彼女を待つことにした。


 今日は学校登校初日。

 田舎の転校生は珍しいだろうから、きっと話題になるんだろうな。今も知らない奴らから質問攻めに会うと思うと少し荷が重い。

 最初の挨拶も考えておかなきゃいけないなぁ、第1印象は大事だし。

 友達は出来るだろうか。

 別に僕は誰にでもフレンドリーという訳では無い人間だったし、少しだけ不安だ。それなりに努力を要するんだろうな。

 その点みくるは友達多いんだろうなぁ。


「奏、お待たせー」

「お、やっときた」

「ごめんね、遅れちゃって」

「いやいや、昨日夜更かしさせちゃったのは僕なんだし」

 原因が僕だったとしたら申し訳ないな。

「ところで、さ」

 ん?と顔をしかめるみくるに、僕はこう言った。


「靴下、左右違う柄なんだけど……」



※※※



「なんとか着いたー!!」

 みくるは軽く伸びをする。

 あれからなんとか家から猛ダッシュし、遅刻ギリギリ滑り込みでセーフとなった。

「ぜぇ……ぜぇ……」

「奏、大丈夫?」

 炎天下空の下で全力疾走したにも関わらず、何故か彼女は息を荒げていない。

 体力が段違いすぎる。僕は別に前まで運動部だったとか、運動が好きだったとかでは無いけれど、この夏の時期にこんな元気な人間は他に見たことがない。

 これが田舎っ子の力と言うのか……?


 尊敬に近い神々しさを彼女から感じる。

「はぁ……じゃあ僕は職員室で先生に会ってくるから」

「うん、でも一人で行ける?」

「大丈夫。だからみくるは授業に急いで」

「……分かった!無理しないでね」

「ああ……」


見慣れない古い小さな校舎。

 前まで通っていた学校は比較的新設校だったから、少し黄ばんだ白壁の学校はとても受け入れ難く感じてしまった。とはいえ、校舎の中に入れば綺麗に掃除もされているようでそこそこ良い感じだった。

 そのまま廊下をブラブラと歩き、職員室の扉に手を掛ける。

「失礼します」

 扉を開けて部屋を覗く。中は書類やデスクが至るところに置いてあり、狭苦しくてなおかつ騒がしい。教員は5人も居ないほどの人数で何やら話し合っていた教師達は、僕を見て少し驚きの顔をみせる。

 そして教員達の中から、特段綺麗なお姉さんが僕の事を見て口を開いた。

「君が転入生君?」

「はい」

「ちょっとこっち来て」

 僕が近づくと周りの教員が解散し、僕と彼女が向かい合う。

 他人から異端の目で見られるのは、やはり少し傷付くところがあった。それでも目の前の女教師は僕をきっちり見ていた。

「君が例の子……ね」

 美人な女性にまじまじと見られるのは、思春期の僕にはくるものがあった。

 少しだけ萎縮してしまう。

「なんか、思ったより普通ね」


 …………。


「なんですか、普通じゃダメですか?」

「いや別に」

「えっと、僕はどうすれば良いですかね。担任は誰ですか?」

 少し急かすよう言った。

「私の名前は“金梨 桃子(かねなし ももこ)“。

 梨なのに桃よ。

 フルーティなお姉さんよ」

「は、はぁ」


「「………………。」」


 ちょっと顰めた顔をしないでよ先生、気まずいじゃん。

 それに何?今の受けると思ってやったの?

 クールな女性だと思ったけどもしかして天然さん?

「あー、もういっかいやり直しましょう。さっきの“なし”で。梨だけに」

 もしそうだったら一緒に汚名を被るのが優しさってものだろう。

「フフッ……あなたちょっと見応えあるわね」

「は、はぁ……」

 この先生の笑いどころがわからない。



「私は君の担任よ、これから教室に行くわ。すぐ行くから準備しなさい」

 彼女はデスクの上に置いてあった書類の入ったファイルやらを重ねて、胸に抱いた。

「あ、そういえば。君の事は口外しないほうが良いのよね」

「はい、そうしてください。僕も普通の高校生活がしたいですからね。あの事を知ってるのも叔父だけです」

「そう……大変ね」



 そうして僕は彼女に連れられて教室に向かった。

 桃子先生は先に教室に入り、僕は合図があるまで教室前で待機という事になった。

 あるがちな奴だなとは思ったけれど、急に一緒に入って混乱になるのも考えれば仕方ないのだろう。

 僕は合図を逃さぬ様に、教室の中に耳を澄ました。


「はい皆さんこんにちは。欠席とりまーす、全員いまーす、終わりまーす」

 桃子先生の面倒くさそうな声が聞こえる。

「そんな事よりナシモモ先生ー!転校生が来るって聞いたんですけどー?うちのクラスなんすかー?」

「ウソ!?転校生が来たの?男の子?女の子?」

「はい、静かにしてくださーい」


 ーーもう僕の存在がバレてるのか。


 田舎の情報網が早いという噂は本当なのかも。気を付けなきゃ。

「じゃあ、まぁ、話も早いし入ってきて良いよ」

 その声を合図に教室の扉を開ける。

 その瞬間クラスメイト達から歓喜の声や驚きの声が上がってきて、本当に荷が重かった。特段面白くも無い僕の転校というだけでここまで盛り上がられて期待されるとなかなか辛いものがある。

 とはいえ僕は最大限失望させまいと、最低限の愛想笑いを浮かべて黒板に自分の名前を書き出した。

「”新島 奏“です。よろしくお願いします」

 お辞儀をして、僕は挨拶した。

 何故かそれだけで拍手が上がり、みんな嬉しそうにはしゃいでいた。

 正直着いていけない。

 因みにこれから僕は叔父の所に厄介になるという事で、僕も”新島”の姓を名乗る事にした。別に特に特段大きな理由は無いのだけれど。

「じゃあじゃあ奏君、そこの空いてる席にどうぞ」

 桃子先生から指定された空席に僕は歩く。

 視線が集まってとても緊張してしまった。実は少しだけ洒落た事を言ってみようかななんて思ってはいたけれど、無難に終わってしまった。

 席について、HRが続行される。

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