無題1-3
3
意識が戻る。
横になった体を起こして周りを見渡した。
窓から差し込む熱い日差し、散らかった部屋と嗅ぎ慣れない畳の匂い。
真っ先に部屋の時計を確認すると、まだ5時だった。
「すぴー……すぴー……」
隣の布団に絶賛睡眠中のみくるがいる。
物音を立てずに、ゆっくりと布団を畳み、台所へ向かう。
台所の棚という棚を細かく漁った。
殆どの調味料がもうダメになっているがそこそこ珍しい調味料もあったりした。
きっと前任者は料理好きだったんだろう。
「さてと……」
水洗い場を覗く。
汚れっぱなしの食器が山の様に連なっていて、朝ごはんどころの騒ぎじゃない。
服の袖を大きくまくり、洗剤とスポンジを片手に戦いを始める。
昨日は夜が更けるまでみくると喋っていた。
特に何か特別な事を話したわけでは無くて、どうでもいいような雑談ばかりだった。
けど彼女は意外に話上手で、とても喋りやすかった。
流石の僕もつい興が乗ってしまい、要らぬ事を話したかもしれない。
とはいえ、彼女とならなんとか一緒にやっていけそうだ。
まあ、あとは叔父次第だなと思う。
まったく、あんな優しい娘さんを放ったらかしにして帰ってこない人だなんて思っていなかった。
まだ顔も見た事が無いけれど、ロクでもない人なんだろうな。
「お、おめぇが新入りのボウズか」
急に後ろから声をかけられた。
年季の入った渋い青年の少し陽気な声色。
僕はその声を聞いた途端、背中から嫌な汗がじんわりと出てきた。
恐る恐る、後ろを向いた。
だらしなく伸びる無精髭にボサボサの髪型、毛玉だらけのグレー色の寝巻きと加え煙草の中年のおじさん。
おおよそ予想通りの容姿だった。
「お、お邪魔してます」
「はいはい、お邪魔されてます」
叔父はいつの間にかちゃぶ台に置いてある灰皿にタバコを擦り付ける。
とても気まずい。
今の僕は勝手に家に上がった挙句にキッチンを改造している見知らぬ少年なのだから。
「ボウズ、名前はなんだ」
「か、奏です」
「かなで君ね……」
「おじさんは」
「新島明人(にいじま あきひと)。コイツのお父さん」バシバシとみくるを叩く。「そんでもってお前のお母さん、如月……誰だっけ」
「天音です」
「そうそう、如月あまね、うんあまね」
姉の名前を忘れるのかこの人。ヤバ。
「お前、思ってたよりなよっとしてるよな」
「……なんですか、駄目ですか?」
「いやぁ?だって姉貴の話を聞く限りそういう奴には思えねぇって」
叔父がこちらをジロジロと眺める。
…………。
「あの時の僕はどうかしてたんですよ」
あの時。
僕がとった行動は自分でも未だに信じられない時がある。
もしあんな事をやっていなかったら、こんな場所に島流しされずに済んだだろうに。
「ま。別に良いけどな。いやぁーそれにしても姉貴とは縁切られてたから電話かかってきた時はビビったぜぇ」
「自分で言うのもあれですけど良くこんな問題児の引き取りを受け入れましたね」
「まあちょっと姉貴にも貸しがあってな、それで脅されたんだ。あとは、あの厳しい姉貴に育てられたキッズなら家事とかやってくれそうだろ?」
「まぁ……そうですね」
「で、期待通り部屋も片付いたし、俺はこれで無問題ってわけだ」
ガハハと大笑いする叔父。
一応言えば、僕の母親は厳しい人だった。もちろんこんな叔父の様な人を絶対に許さない様な人柄で、真面目と正義の代名詞の様な人だ。
結婚相手も警察官のお父さんを選んだわけだし。
「それでなんだ。お前朝ごはん作ってくれんのか」
「皿洗いで手一杯なので今日は無理です」
「使えねぇ」
なんで母さんが叔父と縁を切ったかがもう分かる。
なんだかとてもこんな家で暮らすみくるが不憫に思えてきた。
「あー、あと学校の入学手続き、適当にやっといたからちゃんと行けよ」
「ありがとうございます」
「ああ、ガキは学ぶのが本業だからな」
それだけ聞いて、少しだけ感心した。
いやまったく尊敬できる様な人間では無いのだけれど、入学手続きを済ましてくれたのは素直に助かる。
いや、当たり前か。
「じゃあ家事全般これからよろしく!俺は寝る!」
そう言って叔父は皿洗いしている僕の肩を軽く叩いて、家の奥に消えていった。
「……あの人なんの仕事してるんだよ」
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