無題1-2



「ここが君が今日から暮らすお家だよ!」

 みくるがでかでかと指し示した家は、普通の一軒家だった。

 木造建築で大して大きくもない、和風で田舎らしい建物だと思った。

「ささ、入って入って」

 引っ張られる様に家に入ると、古臭い木材の匂いと鼻に刺さる様な畳の独特な臭いが特徴的だった。

「えっと……」

 目に止まったのはそれだけではない。

 この家、僕が東京に住んでいた時よりも散らかっている。空の缶ビールやカップラーメンの残骸たちが散乱している。

「ごめーん、ちょっと散らかってるけど気にしないで」

 おかしい。

 普通こんなに散らかっていて動揺を見せないのは不思議なんだけど。もしかしてこの家では日常茶飯事なのだろうか。

 それにしても本当に妙だな。缶ビールが転がっているのも不自然だし、なんだか煙草の匂いも残っている。

 おそらく叔父がそういう人なのだろう。全く知らないけれど、こんな散らかった家を野放しにしている時点で既に人柄が伺える。

「…………。」

「どうしたの?」

 僕はこの家の実態を知るべく、台所へ向かった。

 汚れた皿の積み上がった水洗い場と油でギットギトの古いコンロ。

 絶望感すら感じるほどに手入れがされて居なかった。

 次に冷蔵庫を開いた。

 酒と摘みとお茶が入っている。

 やっぱり、思った通りこの家は異常だ。

 先程家に入る時チラリと表札を覗き見た限り、この家は叔父と彼女だけの様だし本当に叔父が悪いんだろうな。

「冷蔵庫、何もないよ?」

「…………。」

「ご、ご飯はいつもその日に簡単なのを買いに行くんだ」


 彼女の悲しい言葉は聞き流し、冷蔵庫を閉じて風呂場に向かう。

「うわぁ……」

 流石の惨状に声が出た。

 カビや汚れが浴槽についていた。

 こんな風呂に入ったらむしろ汚れてしまう。

「い、いつもは温泉に行くんだけど……」

 言い訳を並べる彼女が少し虚しい。


※※※


「はぁ……」

 流石にこんなところ人が暮らせる様な所じゃ無い。

 それに肝心の叔父が居ない。今日来るって知らされていないのか?

「そういえば君の部屋は?」

「きみーじゃなくて、私はみくる」

「……じゃあみくるの部屋はあるの?」

「ないよ」

 あっさりと即答した。

 それもいかがなものなのだろうか。年頃の少女に一人部屋がないと言うのは。

 現時点でこの家がまともに稼働しているとか、にわかにも信じられない。

 流石に自分もこんな所に厄介払いされたのに不満を感じてきた。


 いや、これぐらいの覚悟はして来たはずだ。ホームレスじゃないだけマシだと思うか。

「さて、まずは掃除だなぁ……ゴミを片付けて……」

 現在時刻は午後1時、今日中に風呂掃除はキツいだろうな。


 ーーカサカサカサ!!


 散らかってゴミの大海に、一瞬奴が見えた。

 通称”G”の異名を持つアイツ。

 視界に映った瞬間、総毛立つ様に寒気が全身に走る。

「ヒエッ!?」

 僕は虫が嫌いである。

 奴らはまるで理性を持っていない。プラグラムを実行するコンピュータの様に規則的で理解に苦しむような行動ばかりとってくるので、それが計り知れなくて怖くてたまらない。


 ーーそもそも、決して小さいから大丈夫だとか大きいから無理とかじゃなくどう行動するかわからない点が恐怖そのもので……。


「えい」

 恐怖のあまり硬直して居た僕だったが、みくるの割り箸が閃光の速さで”G“を捉え、摘む。

「……すごい」

 みくるはそのまま割り箸を空き缶に突っ込んだ。

 これが田舎者の実力だと言うのか。

 これが長年虫や自然と距離を縮めてきた人間の最奥という事か。

 今日初めてこの子に素直に感服した。

 あとは露出をもう少し抑えて欲しい所かな。

「えっと、かなえはもしかして虫苦手だったりする?」

「な、なんでそう思ったの?」

「だって見た瞬間、猫みたいに跳ねたジャン」

「……苦手ですが、何か」

「いやー、何もないよ!苦手ぐらい誰だってあるし」

 なんだかとても恥ずかしい。

「ほら、私だってピーマン苦手なんだ!」

 女の子に慰めて貰うのは、本当に生きた心地がしなかった。


 ※※※


「ふぅー、こんなもんか」

 あの後、みくると一緒に掃除をした。

 確保したスペースは居間だけだったけれど、それでもこの空間に布団を敷くぐらいは出来そうだ。

 そしてみくるには買い物に行ってもらった。

 今日はまだコンロが使えないの居ないので、適当に買ってきて貰う事になった。

 そして僕は昭和らしいちゃぶ台を置いて、みくるを待っていた。道中暇を潰せるものが一切ないことに気付いて、とても暇を持て余した。今後対策も取らないと。

 綺麗な畳の上に寝っ転がる。


 この家は異常だ。


 夕飯時だと言うのに叔父はまだ帰ってこない様だし、彼女もこの家にいながら現状のまま生活して居たと見える。

 叔父が離婚したのは知っているが、正直それも妥当だと言える。

 僕が同じ立場だったらそうしている。


 それにしても。

 まったく、なんで僕がこんな目に合わないといけないんだ……。


 まあこれぐらいしか生きる道が無いのだから仕方ないのだけれど。

 それにしても親族をたらい回しにされると言うのは思いの外傷付く。自分がどれだけ無力でお荷物なのか知らしめられた感じだ。

 腫れ物扱いされるのはもう面倒だから、もう少しだけ事情を知らない彼女達を利用させて貰おう。


※※※


「ただいま〜」

「おかえり」

 レジ袋をぶら下げたみくるが帰ってきた。

「カップヌードル、カレーかシーフードどっちがいい?」

「カレー」

「えぇ」と分かりやすい嫌な顔を浮かべるみくる。

 嫌なら聞かなきゃいいのに。

「じゃあ僕がシーフードでいいよ」

「やったー!」

 年代物の湯ポッドでお湯を沸かして、容器に入れて3分。

 茶の間にはちょっとした間が生まれた。

「奏は何歳ぐらいなの?」

 沈黙を破る様にみくるが言った。

「17、高校二年生」

「じゃあ私の一個上なんだ」

「じゃあみくるは16?」

「うん、とはいえ三月生まれだけどね」

 じゃあ5月生まれの僕と殆ど年齢は変わらないのか。

「ということは奏お兄ちゃん?」

「別にそんなに年齢離れてないけど」

「えぇ……つれないなぁ、私結構兄弟とか憧れてたんだけど」

「恥ずかしいじゃん」

「別にいいでしょ?かなでお兄ちゃん!」

「…………。」

「なんで顔を逸らすの!」

 恥ずかしいんだって。

 あとなんて返せばいいかも分からない。

 妹がいた経験なんて僕にはないんだから。



「ところで、叔父はいつ帰ってくるの?」

「お父さん?えぇーっと、わかんない」

 少し困った様子で苦笑いを浮かべるみくる。

「……そう。まあいいけど」


 こんな家庭で過ごすのは少し大変かもしれない。

 でも、軽い話し相手がいるのは少しだけ嬉しかった。

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