無題1

無題1



 波の音がする。

 潮の香りが鼻を突いてくる。

 炎天下空の下、船のデッキは太陽に照らされて暑くなっていた。

 蒼穹のキャンパスにふわふわと綿飴の様な入道雲が浮かんで、夏の風物詩が季節を物語っている。

 ベンチに座り果てしなく続く大空を眺めていると、ミャーミャーと鳴く海猫が飛んでいた。

 もうすぐ到着するのだろう。

 瞬間、大きな不安と少しの期待が胸に押し押せてきた。

 胸を押さえて、自分なら大丈夫だと言い聞かせた。

 ここなら、自分を知っている人なんて誰もいない。

 これから住む世界は、小さな島の小さな社会なのだから。


「頑張ろう」

 そう小さく自分に言い聞かせ、僕は船の汽笛を合図に船のドックに戻った。


 ※※※ 


 引越し荷物を持って炎天下空の下、コケの生えた道路を歩き続けた。

 梅雨明けの水溜りをまたぎ、真っ直ぐと背伸びをする向日葵を素通りする。

 セミのインターバルのない大合唱とアスファルトに滲む陽炎。

 どこを見ても見慣れない自然ばかりだ。

 噂通り、田舎というものは本当道中に自動販売機や建物などなく、だだっ広い大自然だけ広がっていた。

 ダラダラと流れ続ける汗と命を刈り取ろうとしている大自然に命の危険すら感じる。

 どうやらこの島に歓迎されてないのかもしれない。

「はぁ……」

 崩れるように、道の端の日陰に座りこむ。

 腕時計を見れば、まだ船を降りてから15分も歩いていない。

 とはいえ休憩がないと倒れてしまいそうだ。少し休まなきゃ。

 ああ、もっと水分を持ってくるんだった。失敗した。



 そのまま日陰で体力回復を待っていると先程まで誰ともすれ違わなかった道路に一人の少女が自転車で走り抜けた。

 少女は自分と同じぐらいの高校生ぐらいの大きさで、白いTシャツとホットパンツというなかなか大胆な格好をしていた。

 田舎とはこういう奴ばかりいる所なのだろうか。

 あと通りすがる瞬間、ふと目が合ってすごく気まずい感じだった。


 ……さて、そろそろ僕も行こうかな。


 そう思い、腰を上げた時だった。

「すいません、観光客の方ですか?」

「えっ……」

 さっき通り過ぎていったはずの少女が声をかけてきた。

「いやぁ、本土の方からやってくる人って珍しくて、港から歩きだと街の方まで結構時間もかかるし夏場は危ないですから、良かったら一緒に行きませんか?」

 そう言ってサドルから降りて水の入ったペットボトルを渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

 丁度喉が乾いていた所だったので助かった。


 ※※※


「え、引っ越しですか!?」

 成り行きで彼女と村に向かう事になり、どうせなので軽く自己紹介をした。

「ああ、ちょっと家庭の事情でおじの家に住む事になったんだ」

「すいません、因みにですけど……お名前は?」

「如月 奏(きさらぎかなえ)なんだけど」

「ああっ!?あなたがかなえ君!?」

「うん……」

「じゃあ、君が私の従兄弟に当たる人か……」

「えっと……という事は」


 彼女は改まってこちらに向き直し。


「私は新島みくる。君のおじ、新島明人の実の娘って事!」

 よろしくね。と握手を求める少女は、溌剌としていてエネルギーに溢れていた。

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