【本編未公開】弟シリーズ
姉に脅されて女装しながらjkと同棲することになった件について1
ポタポタと前髪から垂れる水滴。
体が引き締まって、全身に寒気が広がる。
目覚めは最悪だ。
「おはようさん」
目の前には空のバケツを持った姉さんが立っていた。
「......なにこれ」
ぶん殴ってやろうかと思ったが、両手が動かない。
見ればどうやら椅子に縛られているらしい。
「グッとモ〜ニング♪」
僕の名前は”あまね“どこにでもいる普通の大学生だ。
僕には双子の姉がいる。
文武両道で才色兼備。現在は彼女は芸能界で売れっ子タレント兼モデル。
端的に言えば天才。詳細に言えば鬼才だ。
でも悲しきかな。そんな天才と言われた彼女でも、実の弟を軟禁するようなお人柄だ。
「久しぶり〜元気してた?」
「なんで縛られてるの僕」
「ところで、お姉ちゃんあまねちゃんに聞いてほしいお願いがあるんだ〜」
「いや、だからなんで縛られてるの僕」
「あまねちゃんは私のお願いを聞いて欲しいので縛られてまーす」
にこやかに受け答えする姉さん。
やはりこの姉は狂人に違いないらしい。
「......で、お願い聞いてくれる?」
「嫌だ」
「えー、そんな事言える立場かなー?」
「......言ってみただけ」
残念ながら、僕はどんな状況下でもこの姉に逆らえない。
物理的にもそうだが、何より僕はこの狂人に弱みを握られているのだ。
「あまねちゃんの女装アルバム、刷ってあげようか」
「ごめんなさい、ふざけました」
僕は姉に女装させられて、しかも撮影までされている。もちろん盗撮だ。
中学生の頃に、姉がいきなり「あまねちゃんって私に似てるから女装とか似合いそうよね!!」などと言ってきた事があった。
空手で黒帯を持つ姉に逆らえるわけもなく、当時は泣く泣く姉の制服を着たものだ。
結局、それを盗撮され、その女装写真をダシにさらに女装をさせられ、気付けばアルバムができるぐらいになってしまった。
人生が姉にコントロールされてしまったのである。
僕は金輪際姉と関わらぬよう、一人暮らしを始めたし、携帯番号もメアドも一新した。
完全に姉と縁を切ったつもりだった。
当たり前だ。
人は狂人の隣には居られないのだ。
けど、見つかった。
結局姉さんに捕まった。
もう、逃げれない。
「そういえば、あまねちゃん本当に久しぶりだよねー。元気にしてた?」
「今、人生の終わりを感じてるよ」
「そう。じゃあ改めてお願いなんだけど」
「ちょっと待って、状況説明が欲しいんだけど。そもそも何処なんだよここ」
すっからかんの殺風景な部屋に閉じ込められている。
丁度マンションの一部屋ぐらいほどの広さだろうか。生活感が無さすぎて不気味だ。
「私の部屋」
「そうか」
「私の、角部屋の空いてる部屋」
いい一軒家に住みやがって。
それにしても空き部屋が出るほどにいい家とか、整理整頓を忌み嫌う姉にしては珍しい。
物置にでもしていそうなものだが。
「じゃあ、そろそろお願い聞いてくれる?」
ちょっと圧が乗った声。
「聞くだけなら」
「ん?」
「......すいません」
「話を戻すけど。ほら、私って芸能人じゃない?」
「ああ、売れっ子で一軒家買えるぐらいの大金を持つ芸能人だな」
「だから最近売れて売れて、ちょっと海外に仕事が出来ちゃったのよ」
「......あっそ」
なにこいつ、嫌味か?
ただの一般人に対するマウントか?
姉が天才でいつも惨めな思いをしている僕への当てつけか?
「ほら、私って今シェアハウスしてるじゃない?」
「初耳だ」
「だからその子たちの様子を見て欲しいのよ」
「はぁ?」
「2人ともJKなんだけどね?一応世間体ってあるじゃない?ここに住んで面倒みて欲しいのよ」
「無理だ。僕も学生なんだから。それにJKと一緒に住むとかそっちの方が世間体がアウトだろ」
「大学といえばそろそろ冬休みシーズンねぇ〜。暖房効きすぎだと思わない?ちょっと換気しても良いのだけれど」
水浸しの僕を脅そうというのか。
「いやいや、そもそもJK2人と急に上手くやれるわけ無いだろ。犯罪者にもなりかねない。犯罪者になるぐらいだったら女装バレしてここで風邪を引いた方がマシだ!!」
「じゃあ、女装すれば?」
この気を待っていたかのように悪魔のような笑みを浮かべるこの女。
ああ、こいつは人間じゃない。
正気の沙汰じゃない。
化けの皮を被ったただの悪魔だ。
「......バレたら、犯罪じゃん」
「バレないバレない」
「僕にも僕の生活が」
「弟のスケジュールを把握していない姉がいると思う?バイトも大学もなんとかなるように調整したわ」
ストーカーじゃん......。
「そもそも面倒見るって言っても部屋はあるのか?」
「ほら、この部屋」
ああ、なるほど。
いやいや、そう言われて飲み込めるものでもないんだよ。
「僕はアパートで暮らしてたんだから、急にやれって言っても困るというか」
「ああ、その事だけど」
姉は廊下から段ボールを二つほど持ってきた。
嫌な予感がする。
「ここにあるから」
「はぁ......」
昔からこの手の大胆な悪戯はあった。今更なにかを思うことも減ってきたが、財力をつけてから度がすぎている。
「それにしてもあまねちゃんって荷物少ないのね。ミニマリスト?」
「いつ姉に見つかって引っ越しするか分からんから極力、物は持たない」
「お宝本も無かったし、ちょっとお姉ちゃん心配よ?」
誰の、せいで、僕が、苦労しているのか。
「......打つ手なしだ」
もうなに言っても退路が塞がれている。
あーあ。
まだやりたい事沢山あったのになー。
「クソ姉貴、どれぐらいで帰ってくるんだ?」
「あら、やる気?」
「嫌だ、でもやらなきゃ生きていけない」
社会的に。
「一ヶ月よ」
「はぁ!?無理無理、絶対バレるって」
「楽しみにしているわ」
「......で、その面倒見る子ってのは?」
「2人とも普通のJKよ」
「ほんとぉ?」
「普通の“双子”の姉妹だけれどね」
「......そうか」
“双子”ね。
正直こんな姉さんが保護者役だとかは無理だと思ってたし、絶対にしないタイプだと思っていたが、やっぱりなんらかの事情がありそうだな。
“双子”って共通の話題があるだけやっぱり話があったんだろうか。
「じゃあ姉貴、さっさと縄解いて出ていってくれよ」
「やってくれると受け取って良いの?」
「心変わりしないうちに早くしろ」
「じゃあこれ女装セットね。化粧品、女性服、女性下着、ウィッグにパッド、モロモロ入ってるから」
「二度と見たくないものが出てきたな」
渡されたのは段ボール3つ。
僕の荷物より多いじゃないか。
「お姉ちゃんのおさがりもあるから。あ、変な気起こさないでね」
「ふざけてんのか?」
実の姉になにを感じるんだか。
「売れっ子芸能人の下着だぞ〜??いざとなったらメ◯カリで出品してお金稼ぎだとか考えんなよー」
「するわけねぇだろ」
そもそも姉の下着とかつけるわけねぇだろうが。
それはもう変態と言って相違なくなるじゃないか。
「じゃあ、出てけ」
「はいはーい」
*
1人になった部屋で少しだけ伸びをした。
窓の外を見る。綺麗な夕陽が写っていた。
ああ、カラスが飛んでいる。
自由そうだ。
それにしても僕も甘いものだ。
まぁ、こうするしか無かったし。協力するフリでもしながら3日ぐらいでばっくれてやればいいだろう。
アパートも変えなきゃな。
大家さんにはお世話になったんだけどな。
さてと、女装しなければ。
僕は昔から姉に女装されられていた。しかも化粧支度も含めて全部僕にやらせていた。
中途半端にやればぶん殴られた。
そんな僕は女装が手慣れている。
もっとも、女装で特に得したことは一切ないので無駄な技術だが。
女装して、手鏡で自分を確認する。
うん、まるで姉さんみたいだ。
姉の弟という事もあって、そこそこルックスはいい方だと自分でも思う。
声が少し姉に似て少し高いのはコンプレックスだが、この際騙しやすいし良いだろう。
「あまねちゃーん!そろそろ2人が帰ってくるよー!?」
と、呼ばれたので行くにしよう。
今日この時だけは僕は”私“になるのだ。
完璧な女性を演じよう。
僕の社会的地位のために。
*
リビングに入る。
「こ、こんにちは」
そして僕は例のJK2人と対面した。
2人は双子というだけあって顔つきだったり身長だったりと似たようなものが感じられた。
しかし見た雰囲気はと言うと打って変わって相対的だった。
まずは姉の方。確か名前は火乃香ちゃん。
メガネを付けたポニーテール。部屋に入った時からにこやかに微笑んでいて、外交的なのが見てわかった。
一方妹の夏美ちゃんはと言えば、大人しそうな子だった。前髪をおろして表情が見えづらい。それに部屋に入った時からずっと目線が合わない。
人見知りなのだろうか。
気持ちはよく分かる。同じ下の子と言うのもあって妙にシンパシーを感じる。
「じゃあ改めて紹介するわね。私の妹のあまねちゃん。大学2年生。一ヶ月の間2人の面倒を見てもらう予定だから」
「よ、よろしくお願いします」
頭を下げた。
内心、心臓がバックバク。今にもバレそうで変な汗が全身から噴き出てるのがわかる。
握手とか絶対無理だよ。
「よろしくねー」
「よろしく、です」
と、触りはこんな感じ。
「ところで本当に一ヶ月なんですか?」
メガネの子が言った。
「うん、一ヶ月。2人には苦労かけるわね。マネージャーのスケジュールミスのせいでどうしても外せなくなっちゃったから。
心から謝罪するわ」
騙されないで欲しいけど。
多分計画的に海外に仕事作って僕にこんな危ない橋渡らせて愉悦感じたいだけだよこの姉さん。
だって計画が大規模でかつ手際が良すぎるもん。
姉は確実に計画的犯行だね。
「まぁ、私は一ヶ月ぐらいなら特には。話に聞いてた天音お姉さんも気になるし。
夏美ちゃんはどう?」
妹の方に話をふる。
「わ、わわ。私は大丈夫、です」
そう遠慮気味に言うと身を縮める。
うん、なかなかに重症なコミュ障らしい。
とてもよくわかるよ。僕もあまり友達は多い方じゃないし。
「じゃあそんな事で、私は明日には出てると思うから。よろしくね、あまねちゃん」
「わ、分かりました」
「そんじゃー!!」
姉さんは急いだ立ち上がり、外套とマフラーを掴んで飛び出していった。
「慌ただしい......」
ため息が出る。
と、ここで共通の知り合いが居なくなったからか、少しだけ気まずくなる。
「ええと、改めて自己紹介しますね、あまねです」
「よろしくお願いします!天音お姉さん!」
メガネの子がグイグイくる。
距離が近いこと近いこと。
近距離だとバレそうで肝が冷える。
咄嗟に手握られた。背筋がヒヤッとした。
「その!お姉さんって......その......美人ですね。モデルとかやってたりしないんですか」
「いや、姉さんと比べたら私なんて......」
そもそも性別が違うし男の時も別に外見に気合い入れてるわけじゃ無いからね。
「でも、すごく美人です!!羨ましいぐらいです」
なんか、少し嫉妬されちゃった。
ごめんね。
彼女との距離はどんどん近くなり、そっと耳打ちをしてきた。
「あと、なつみちゃんは人見知りだから、あんまり気にしないであげて。きっと嫌がってるわけじゃ無いと思うから」
ああ、なるほど。
大胆な子だと思ったけど妹のためだったのか。とてもいい子なんだな。
「うん、もちろん」
後ろで少し気まずそうにしている、なつみちゃんに柔らかく会釈した。
「じゃあ2人とも、1週間よろしくね」
とりあえず、2人とは仲良くできそうだった。
*
「さて、と......」
「どうしたの?お姉さん」
「簡単なのだけど晩御飯でも作ろうかと」
もう6時か。お腹空いてくる頃合いだな。
席を立って台所へ。
「なんかあるかな〜♪」
冷蔵庫を開ける。
「......。」
思い出した。ここはあのズボラの姉さんの家だった。
お茶と賞味期限切れの牛乳しかない。俺よりいい冷蔵庫を使ってやがるのに、空っぽだ。
その日は、奮発して焼肉に行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます