ー(未)完ー
幕間
これはヒロの決意から数時間前の事。
ーーココ視点ーー
その日、私は人生で一番怒られた。
人生で一度も赤坂(黒服)に怒られた事も無かったし、床に正座させられるのも初めてだった。
でも、叱られている最中も私はあの昼の出来事が頭から離れなかった。
あの時私はなにも出来なかった。
なにをしようとも身体が言うことを聞かなかったのだ。
あの場で冷静に動けたのはガロウさんだけだった。
死に恐怖して動けなかった私と比べて、ガロウさんはとても勇敢なのだろう。
あぁ、自己嫌悪が積もっていく。
「......じょう?......お嬢?聞いてますか!」
「......はい」
「まぁ......私たちが脱走を見逃してしまったという所も悪かったです。上には内緒にしておきます」
「......はい」
「今日のお昼は何を食べましたか?」
「......はい」
はぁ、と大きくため息をつく赤坂。
「お嬢、こんな時に非常に申し上げにくいですが今日は約束通り......」
「分かってます」
ああ、めんどくさい。
*
約束ごとというのは......実は私もよく分かっていない。
私がやる事と言えば、とある話し合いに顔を出すだけだ。というのも、私は一国のお姫様という身分なので顔を立てるためというか、取り引きの承認のための人というか、つまりそういう事らしい。
話し合いは全て赤坂がやってくれる約束だ。
まぁ、私はただその話し合いを眺めているだけらしい。
何もしたくは無いけれど。
赤坂に連れて行かれたのは小さな木造のBARだった。
夕方という一番賑わっている時間。店の中からうるさい喧騒が聞こえてくる。
話があるのはこの店主らしい。
ドアを開けて、店に入る。
一部の人が私を白い目で見てきた。
私はこういう所は嫌いだ。
赤坂の後ろについて歩き、カウンターに座り込む。
バーテンダーと思わしき人物が口を開く。髪の赤い、美人な人だった。
「......注文は?」
「お久しぶりですね、私は赤坂というのですが、覚えていらっしゃるでしょうか。“ブラッディスコーピオン”さん」
私の知っている限りで少しだけ補足。
私が生まれる前、お母様は大規模戦争に参加したそうだ。その時の戦友というのが目の前にいる人らしい(お母様は宿敵と言っていたが)。そしてその時の通り名が“ブラッディ スコーピオン(血濡れた蠍)“。その赤い髪色と血を血で洗う獰猛さでそう名付けられた戦場の英雄......らしい。
「ここはしがないBARだよ。そんな名前の人はいないね」
「まぁまぁ。先程、狂食化ウイルスに感染したヒューマノイドが街中で発見されました」
「知っている」
「こっちにも被害は欲しくないのでね。契約どおり、“月詠“の譲渡を要求しに来た。それに、君にとっても悪い話では無いだろう?」
「............。」
赤髪の美人は黙り込む。
「貴方もヒューマノイドを殺す生活に戻りたくは無い筈だ」
ここら辺の話はすっからかん分からないけれど、まあ昼間のアレが増えている為、対策を私の国でもしようという訳だ。
「少なくとも、ウチに”月詠“だとかなんとかいう大層なモノは持っていないよ」
「どうした、急に兵器に愛情でも芽生えたか?」
そう赤坂が煽り口調で言うと、赤髪美人の眉が少しだけ振れる。
「ハッ!笑わせる。ヒューマノイドに心なんてありはしない。あれはただの兵器さね」
美人は少し自虐的な笑みを浮かべて引き笑った。
「まぁ、そうだな。それにこっちがいくら大金を積んだところで“月詠”が手に入るとは思わなかった」
「なんのことだか知らないね。冷やかしならほかでーー」
「ということで同盟を結ばないか?」
赤坂が無理矢理話に入る。
「”ツキアカリ計画“。全世界に”月詠“を伝染させる機械を今ウチで作っている」
「いや......胡散臭いね」
「そこまで狐が怪しいと思うか?」
「アイツの言うことは嘘八百だからね。あんなのは善人気取りの猫を被った化けギツネさね」
ここでも少しだけ補足。
狐というのは多分私のお母様。
何故かは良く知らないけれど、人当たりが良いお母様でも昔はとっても嫌われていたらしい。
「今回の計画は”黒狼“開発部の連中が発案している」
「......ほう」
「どうだ?この冷戦に決着がつく。大金も手に入る。悪くない話だと思うが?」
「......話はそれだけかい?」
「何か不満か」
「私にはどうでもいい事だ。冷やかしなら帰っておくれ」
こりゃダメだと言った様子で赤坂はカウンター席を立つ。
私も続く。
「話はしました。私も貴方が頭を縦に振らないと帰れないのでね。また来ます」
「分かった、ブラックリストにでも書いておくよ」
「名前だけでも覚えて行ってくれるなら上々です」
「けっ。大きくなりやがって、若蔵が」
少しだけ、和んだ。
さっきまでふたりともピリピリとしていたのに。
ああ、そうか。
赤坂もこの美人さんも、同じ戦場に立った仲間だったのか。
*
ーーミサト視点ーー
先客の奴らが店を出ていく。
赤坂について歩く長髪の少女が、昔のアイツを見ている様で、少し憎たらしかった。
それもこれも昔の話。あの少女に罪は無いのだけれど。
BARは先程の賑わいとは打って変わり、深刻そうな陰鬱さが立ち込めていた。
このBARは町当初からの老舗、戦争の闇市が原点とされるスチールビレッジでは戦争での戦友が数多くが来客する。
つまり、顔見知りだらけの身内ばかりなのだ。ミサトの戦友は殆どが親が居なかったり身寄りがなかったり借金だらけだったりと殆どがならず者。必然と全員が家族の様なものになっている。
「アネさん、さっきの話どうなんですか!?」
飲んだくれが顔を血相を変えて聞いてきた。
「アカリちゃんが消える!?」
「そんなこと考えられねぇ!!」
「あんな狐の言う事なんて当てにならん......」
「黙りなお前ら!!!」
ミサトは、必死に頭を悩ませる。
「ミサトさん......」
裏方から白髪のアカリが出てくる。
彼女が”月詠“を持つヒューマノイド。
正式名称は“タイプ ツキアカリ01 プロトタイプ”
完全オーダーメイド品のオーパーツのみで出来た始祖のヒューマノイド。
戦闘運用を想定された機体でありながら家事や労働も出来る様に作られている相当な高級ボディだ。
先ほども食人化したヒューマノイドを一瞬で倒した。
そして彼女は”月詠”という能力......いや、機能を持っているという方が正確だろう。
月詠は、あの昼に起きた人を食べるヒューマノイドを抑制できる。所詮食人衝動はウイルスによるもの。それに対抗するアンチウイルスの役割を持っている。
要するに食人ウイルスのワクチンになるもの。
それが“月詠”。
この町でそのウイルスがあるのかどうかの試験用に、あの老人のヒューマノイドにはあえて月詠ワクチンを投与していない。
ヒロには申し訳ないが、あの老人には町の平和の礎になってもらった。犠牲者の子供にも謝罪の念を抱いている。
(罪悪感......か)
少しだけミサトは自嘲した。今更そんな気持ちなど消え失せているというのに。
「アカリ......何もアンタが犠牲になる事はないんだよ」
「でも......」
ミサトはアカリをぎゅっと抱きしめた。
ツキアカリ計画。
もしそれが成功すれば、全世界のヒューマノイドに月詠ワクチンを投与できるだろう。
でもそれはアカリの犠牲を意味してるのだ。
何故かは分からないが、“月詠”の能力には回数制限がある。全て使えばアカリの身体機能は失われ、人格が消える。
ミサトはアカリに街中のヒューマノイドに月詠ワクチンを投与し、ヒューマノイドの移民を受け付けない様にしているが、残りの月詠の能力はたかが数回にまで無くなった。
もう、彼女は死にかけているのだ。
この街を広げるにも大金は欲しい。世界を脅かしているウイルスが消えて、移民も増やしてやりたい。
それでも、ミサトはたかが機械人形とまで罵ったヒューマノイドの少女を失いたくなかった。それは親心か、それとも本当にヒューマノイドに愛情でも芽生えたのか。
きっとそれは町の総意と言っても相違ない。
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