毒舌な後輩とイチャイチャするだけ
1
窓に映るのは真っ赤な夕焼けと茜色に染まった静かな水面。空と海を穏やかになぞる境界線が綺麗で、なんだか胸の荒波が静まっていく様に落ち着いた。
海が見える行きつけのカフェ。アンティークな雰囲気と苦いコーヒー。このひと時の幸せを感じれる空間は、俺が一年高校に通って手に入れた成果だ。
この時間は、つまらない今日を頑張った自分に送る唯一のご褒美。少しだけ自分に素直になれる安らぎの時間。教室や家のリビングで感じるような疎外感と孤独をここでは許される気がして救われた気持ちになれる。
このまま窓を覗いていたらどんどん感傷的になりそうだ。俺は情景を目に焼き付けて、手元の紙に目線を落とした。
400字詰めの原稿用紙。先日担任教師から出された課題の自分の進路についてのレポートがまだ残っていた。
「はぁ……」
それを見て少し落胆する。
俺はまだ大層な夢を持つほど子供では無いし、かと言って現実的な将来を思い描いている程大人ではないから。
結局特に何者にもなりたくない俺は原稿用紙を眺め続け、苦いコーヒーだけが減っていった。
勝ち目の見えない課題を眺めていると、静寂だったカフェの扉が開く。入ってきたのは俺と同じ高校の制服を着た女子だった。その少女はカフェに入ると誰かを探すように店内を見渡し、俺を見つけて歩き出した。
「先輩、お疲れ様です」
とテーブル席の正面に座り、高校指定の鞄を隣に置いた。
「お疲れさん」
「はい、なんか奢ってください」
「なんでだよ」
「先輩とのデート料金です。まさか、先輩ディナーで女の子に割り勘とかさせるタイプですか?」
「まずなんでお前とのデートに料金がかかってるのか不思議でならないんだが……あとな、デートで男に奢らせるみたいな風潮。あれはおかしい」
「だから先輩は彼女居ないんですよ」
「奢ってもらう前提の女とかつきたいと思わん」
「でも先輩チョロいから、もしその人が可愛いかったら付き合うんだろうなー」
「お前な……」
目の前にいるのは一つ下の後輩で、つい最近学校に入学してきた新入生だ。抑揚の控えめな淡々とした喋り方であまり表情が見えづらい彼女だが、何かと俺に構ってくる。彼女と出会ってまもない頃はもしかして俺に惚れているのか?とも勘違いしたものだが、好きな相手にこんな毒を吐く様な奴など居ない。
「ところで、今日も部活帰りなのか?」
「そうですよ」
彼女は帰宅部の俺とは違い、真面目に部活動に励んでいる。ちなみに水泳部だ。
彼女の少し濡れた髪。色素の抜けた少し赤みがかった髪色。程よく引き締まった体。きっとその全てが彼女の努力の証なのだろう。
「ウチの水泳ってどれぐらいの頻度であるものなんだ?」
「週6ですよ。うちはそこそこ水泳強いですからね。休日もあります」
「そうか……やばいな」
「そうですよ」
「先輩はもう水泳はやらないんですか?他に部活も入ってないんですよね」
鞄から筆記用具をテーブルに並べる彼女に、そう聞かれた。
「……まあ、俺はいいかな」
そう渋ったように呟いて。コーヒーを一気に飲み干す。
きっと、“もう”部活動はいいのだ。
もう俺に水泳は出来ない。出来なくなってしまった。
「……なんでですか?」
「何かに熱中するほど元気が無いんだよ」
「ふーん。そういうもんですか」
「そういうもんだな」
そう言うと、何故か少し彼女は物ありげな顔をしたのだった。
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