今日も学校で俺は孤立している。


 原因が俺であるのは理解している。俺が入学した当時は誰かと話せるほど元気ではなかったし、人に嫌われたくないという意識からか、人に自分の事を話すことも出来なかった。


 そのままダラダラと日々を消費するにつれて、誰も自分を気にかける人は居なくなった。人と話さない無口な人と思われるようになり、興味を持つ人が居なくなったというわけだ。


 だから俺がクラスで一人いても誰も気にしないし、誰も俺がいない様に振る舞っている。


 今更この振る舞いを変える気もない。




 今日の授業を終え、HRが終わり1日が終わる。




 (あとはさっさと撤退してーー)




「あ、最後にイッサ。あとで教務室に来い」


「え、はい?」


 と思ったものの、呼び出しがかかってしまった。





 乗らない足で職員室に向かう。足は重りでもついた様に重たく、歩くのが憂鬱だった。


「失礼します」


 教務室に入り、担任教師のいるデスクに向かう。もちろん教師は不機嫌そうな顔を浮かべて口を開く。


「イッサ、いつ作文提出するんだよ。もう一週間も待ってんだぞ。ちょっとは進展したんだろうな」


 嫌味を言うような、責め立てる様な言葉遣いに少し胸が痛んだけど、心を殺して平静を保った。


「いえ、まだできてません」


「あのさぁ……やる気ないなら単位落とすぞ?」


「やる気がない訳じゃーー」


「じゃあさっさとやれ……お前だけだぞ提出してないの」


「……はい」


「はい、じゃないが。やってきますだろ?」


「やってきます」


 喉の奥まで出かかった怒りと悲しみの叫びをギュッと飲み込む。


 乱暴に原稿用紙を胸に叩きつけられると、退出を急かされた。





 胸にナイフでも刺された様な気分で学校を出る。ふと見えたのは校舎備え付けのプールだった。夕日の空の下、掛け声と水音が激しく響いていた。


 (こんなに激しいのか)


 学校の水泳部の練習を見たのは初めてだった。


 目を奪われ、練習している様を見ているとふとあの後輩が映った。苦しみながらプールサイドに這いずり、嗚咽を吐く彼女は見るに耐えない程弱っていたが、次第に立ち上がり練習に戻っていく姿は、力強かった。


「……はぁ」


 強い人間なんだなと思った。


 俺なんかとは比べものにならない程に、生命力に溢れていて明確な意思と自信が感じ取れた。




 帰ろう。




 ここにいると歩けなくなってしまいそうだ。惨めな俺を見せつけられる様で、辛いだけなので、何も考えずに歩き出した。





 帰り道は灰色だった。


 みんなそれぞれ自分の進路を決めて、それぞれ歩いている。まるで自分が置いていかれているような気がして、不安と自己嫌悪が募っていく。


「はぁ……」


 また、ため息が出た。


 少し前の俺だったら、こんな状況でも前を向いて、歩き出せたのだろう。そんなのは何処にもいないが、無知だった子供の頃は、猪突猛進でがむしゃらに前を向いて走れたのだろうなと。そう、少し思った。





「……?」


 帰り道の背景に、見知った顔があった。おそらく、幼馴染のタクヤだ。


 どうやら彼も俺に気づいたらしく、こっちに大きく手を振り、彼を取り巻く友人に断りを入れて、こっちに走ってきた。


「よっ!久しぶり。イッサ」


「……久しぶりだな、タク。友人達はいいのか?」


「うん、みんなとはいつでも帰れるからね、それにイッサとはご無沙汰だったからね」


「お前はどこまで行ってもお人好しだな」


「ありがとうな」


 タクと俺は、保育園からの付き合いで、親同士も仲が良く昔からよく遊んでいた。そして、彼はとてつもなくイケメンだ。高身長、ルックス良、運動神経抜群、頭脳明晰、そしていつも落ち着いていて更にはお人好し。数え役満みたいな男だ。


「そっちは上手くやってるのか?」


 タクヤは俺とは違う高校に通っている。俺なんかが通っているよりもっと頭の良い進学校で、毎年倍率の高くなる人気の高校だ。


「まあボチボチだよ」


「夏目とは上手く行ってるのか」


「うん、なんだかんだナツメもイッサの事心配してるんだよ?」


「あいつが?冗談だろ?」


 ナツメ。もう一人の幼馴染で、いつも遊ぶときは、俺とタクヤとナツメの3人で集まっていた。そして彼女は今、タクヤと同じ学校へ行き、タクヤと付き合っている。


「意外と心配性なんだよ?彼女、アイツとはもう縁切った。って言ってたのに定期的にイッサの事聞いてくるし」


「……へぇ」


 俺と彼女とはどうやらバツが悪い。自堕落な俺に対して厳しく振る舞い、大喧嘩した挙句、もう口も聞いてくれなくなった。今になれば悪いのは俺の性格なのは分かっている。誰も俺を見て良い気分にはならないのだろう。そして彼女が俺に求める期待に何ひとつ添えなかったのだから、失望の念から罵声を浴びさられるのは仕方ない事だったのだろう。


「タク、どうやったら昔みたいに仲良く3人で遊べるんだろうな」


「ふふっ、どうしたの急に」


「……いや、忘れてくれ」


 少しセンチメンタルな気持ちで赤裸々に本音を言ってしまったのが恥ずかしい。


「まあ、二人ともよりを戻そうとしてるんだし、遅かれ早かれ元に戻ると思うけどな」


「そんな上手くいくもんか?」


「そんなもんだって」


「まあ、タクが言うならそうなんだろうな」


 そんな気は全くしないけれど。





「あ、あと高校でも“例の先輩”は今も元気にしてるぞ?」


「……俺は何にも聞いてないんだが」


 正直俺にとってどうでもいい情報だった。


「まあ、気になってると思って」


「……ねぇよ」


 もう昔のようには戻れない。


 過去には遡れない。


 夕焼けの空が、街を染め上げていく。空を見上げれば吸い込まれそうな風景で、やっぱり、空は綺麗なんだと気付かされた。

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