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「先輩って、好きな人居るんですか?」


「は……?」


 放課後のいつものカフェで、ノートに目を落としたまま勉強する後輩が言ってきた。その冷淡にも取れる淡白な声色は腹の中が見えなくて少し不気味だ。


「いやいや……えっと、なんて?」


 あまりにも突拍子もなく言われたので、驚きで呆れて変な笑いが溢れてしまった。


「だから、好きな人ですよ。もちろん、ライクじゃなくてラブな人です」


 なんでそんな事を聞くんだ。そんな疑問が頭をよぎり、少し言うのを迷ったが言わないのも色々と誤解を招きそうなので、


「まぁ、いないな」


 学校には学業以外は求めていない。本当の事だ。適当に三年間過ごして、卒業資格さえ貰えれば、俺はそれで満足な訳で。そしてその他に出会いがあるような場所もないし、本当にそういうのはない。




 そもそも俺はーー




「じゃあ質問をかえますね」


「お、おう」


 彼女はノートに走らせているペンを置いて、俺の方を向いてこういった。




「先輩って恋した事あるんですか?」





「……なぁ、お前なんか今日距離感近くないか?」


 今日の彼女はいつにも増して積極的すぎる。妙に恋バナを擦ってきてるし、まるで好きな相手にしか聞かない事を聞いてくる。正直これはもう誤解されても仕方ないと思うのだが。


「そうですか?可愛い後輩の頼みですし、良いじゃないですか」


「いや、よくない。そもそもお前に下手な事言ったら弱み握られるだろ。そしてお前そんな情報手に入れたらひけらかすだろ」


「まあひけらかしますね」


「認めるなよ……」


 




「そんな事より早く話してくださいよ、先輩の恋バナ」


「そもそも俺はそういう恋バナとか噂とか苦手なんだよ」


「じゃあご褒美あげますよ」


「なんだよ」


「私がデートしてあげます」


「いらねーよ」


 そもそも、俺は自分の恋を話したくはないのだ。青春は甘酸っぱいとはよく言うが、俺の場合は真っ黒で苦い奴だから。人に話せば幻滅される程だ。


「もー。じゃあ逆にどうしたら先輩答えてくれるんですか?」


「そもそもなんでそんなに俺の恋バナが聞きたいんだよ」


「話したら教えてくれますか?」


「検討はしてやる」


「……先輩の恋愛感情について知りたいんですよ」


 彼女はそう言って、俺に微かに微笑んだ気がした。包み隠さずに投げられた本音は、俺の胸に深く突き刺さる。


「先輩は恋愛に興味があるのか、先輩にとっての恋愛はどういうものなのか、知りたいんです」


 そんな、好きな相手にしか聞かない事を、どうしてコイツは赤裸々に語れるのだろう。


「……よくそういうの言えるよな」


「ヘタレの先輩には何晒しても怖くないですから」


「はっ倒すぞ」


 少し、胸がドキっとした。おれが恋愛漫画とかだったら、きっと煌めいて恋にでも落ちてしまいそうな雰囲気だ。


 でもそれが、少し怖かった。


「まあ……別に大した事では無いんだがな」


 彼女に赤裸々に話させてしまった事に責任を感じたのか、それとも俺が一時の迷いで彼女に惹かれてしまったのか、分からないが、俺は自分の恋話ををした。してしまった。


 本当に簡単にだったけれど、誰にも話した事のない自分の話をしてしまったのは、恥ずかしくて、怖かった反面、少し嬉しくもあった。





「……失恋したんだよ」


 そう。俺、一ノ瀬イッサは中学の頃に失恋した。


「部活で憧れの先輩にさ、告白して、そんで振られた。それが俺の初恋でその末路」


「へぇー」


 そう返事が返ってきた瞬間に、我に帰る。そうしたら急に恥ずかしさが募ってきて彼女を直視できなくなった。


「ちょっと、今日は帰っていいか?」


「え、どうしたんですか?」


「ちょっと、本当にさっきのは忘れてくれ」




「いや、一生覚えておきますよ」


 ニッコリ笑顔を向ける後輩。


「だぁぁぁぁああああああ」


 俺はその後速攻で代金だけ払って、家に全力疾走で直行した。


 その晩。俺は枕にたくさん叫びまくって、親と姉に死ぬほど怒られた。

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