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駅で彼女を待つ。
結局時の過ちで初恋の話をしてしまった俺は彼女とデートする事になってしまった。俺は別にいいと断ったのだが、結局押し切られて人生初のデートが決定した。
待っている間も生きた心地がしなかった。なんせ初の経験だ。私服は変じゃないか、口臭は大丈夫だろうか、髪は跳ねていないか。不安でしょうがなかった。いつもは別に気にしていない俺でも、なんだか気にしてしまっているのが不思議で堪らない。
「セーンパイ」
後ろからドンッと押されて、振り向いた。
目の前にあるのはいつもとは違う後輩の姿。見慣れた制服姿の彼女とは違い、ゆるふわなTシャツと、デニムのジーンズ。年頃の女の子といった風で、コイツも今時の女子をしているんだなと思った。
「五分遅刻だぞ」
「そんな事より今日は愛に飢えてる先輩のためにお粧ししてきたんですよ」
「あーはいはい。可愛いと思うぞ」
「もうちょっと丹精込めていって欲しいですね」
「善処する」
正直見た瞬間可愛いとは思ったが、素直に褒めるのは尺なのでこれぐらいでいいだろう。
「じゃ、行くか」
「はい」
目的地に向かって駅から歩き出す。街は梅雨に入ったという事もあり、少し曇っていたが、そんな事を気にするほどの余裕も無かった。
「先輩が入ってた部活は、どんな感じだったんですか?」
道中後輩が聞いてきた。
「そうだな。なんか有名な選手かなんかがコーチやっててさ、全国大会に出る選手が出るような強豪になってて、部員人数も多くて、全員の名前を覚えられないほどいた。そんな所」
「ふーん」
彼女の一瞬伏せた表情は、少し不穏な感じだった。
「先輩ってば、好きな人のためにそんな魔境に手を出したんですか?馬鹿ですね」
「まあ、そうだよな……」
当時の練習はどう考えてもトップクラスだった。入部当初は毎日吐いてたし、大会直前は、全員がピリピリとイラついていた。
「そういえば、お前っていつから水泳やってたんだ?」
「へ?」
「水泳だよ、やってたんだろ?」
「ええ。ああ、えっとそうですね。中学の時からです。姉がやってたので」
「ふーん、じゃあ普通にどっかの大会とかで会ってるのかもな」
「そう、ですよ」
彼女は少し何か言い淀んだ。
「ん?どうした?」
「いえ。別に」
「……そうか?」
「ええそうです。先輩は馬鹿だなぁと思っただけです」
「あのさぁ……」
着いた先はショッピングモールだ。特にデートで行くところも思いつかなかったので、適当に映画館で映画でも見ようという話になったのである。
「先輩、何見ます?」
「そうだなぁ……」
映画の上映表を見ると、なんとも言えない。なかなか長考していると、後輩がある映画のパンフレットを持ってきた。
「これ見ましょう」
それはいかにもって感じの恋愛映画だった。
「まあ良いけどさ」
そのままチケットを二枚購入して、会場に向かった。CMが流れてる中、後輩はポップコーンをパクパクと口に運ぶ。
「後輩ってこういう恋愛映画を異性と見ようとか言えるよな正直恋愛したいと言っている様なものじゃないか?」
「まあ恋愛したいですし」
「それ異性の前で言ったら色々と誤解されるぞ」
「まあ先輩には告白する度胸も無いでしょうし大丈夫ですよ」
「おいこら」
なんなんだよコイツ。こういう事される身にもなってくれ。男心って奴は結構簡単に揺れるんだぞ。今の俺があんまり恋愛に興味ないから惚れないとしても並みの男子だったら完全にこの後告白する奴だ。
そんなこんなでどぎまぎしていると、照明が落ちて本格的に上映が始まった。
映画の内容は、寿命が少ない高校生の主人公が同級生に恋してしまうと言う内容だった。最後は余命の少ない主人公が告白を諦めるが、意中の女の子から告白された瞬間は儚くともとても美しいモノだった。
もちろん最後に主人公は死んでしまうが、彼が最後に残したものはちゃんと今でも残っていると思うと感慨深くて涙が出た。
上映が終わり、照明が付いた。
「うわ、先輩って意外と涙脆いんですね」
「だっで……切ないなっで思って……グスッ」
後輩の目の前で泣いてる先輩と思うと恥ずかしかった。
「あ、そうだ先輩、水着買いましょう。どうせですし、私の水着選んで下さいよ」
「競泳用ならここには無いと思うけどな」
「違いますよ、一般の水着です」
ああ、なるほど。
「まあどうせ行く場所も決めてないからな、俺も海パン持ってないし。いいんじゃないか」
「え、先輩誰かと海に行く機会があるんですか!?」
「ほら…………姉とかとさ」
それぐらいしか居なかった。と言うか去年も一昨年も海に行っていないんだと、今更ながらに思った。
「ここです」
水着が沢山並ぶショッピングモールの店舗に着いた。もうすぐ夏だからか、サマーセールだとかの張り出しが至るところに出されている。
「……先輩?」
「あ、ごめん、ちょっとよそ見してた」
「しっかりしてくださいよ先輩。いつ何処で誰が狙ってるか分かりませんよ」
「俺には狙われるような敵がいるのか?」
「ええ、狙ってますよ。今日のために私は凄腕のスナイパーを雇っているので」
「お前が依頼主かよ」
そして、俺は少し周りを気にしながら、店舗の中へ入っていった。
「どうですか?先輩」
試着室のカーテンを開けて、おそらく自慢の身体を見せびらかす後輩。
「いいんじゃないか?」
「さっきからそればっかりですね、先輩。もっと気の利いた言葉は無いんですか?」
コイツ、俺の気も知らねのに言いやがる。俺も一応男の子なんですよー?よく異性にその水泳で程よく引き締まった素肌を晒せますねぇ。反応に困る!
「……先輩、変な事考えてます?」
「いや」
「じゃあその如何わしい目つき辞めてくださいよ」
「じゃあ見ねぇよ!!」
もう試着室の方からふいっと振り返る。
「先輩よかったですね、大好きな後輩の水着姿を見られて」
「別に好きじゃねぇよ」
好きなわけじゃ無い。そう否定せざるを得ない。
「ここまでしてくれる後輩なかなか居ないと思いますけどね」
「俺もそー思う」
「じゃあ、私が気に入ったのを買うので、ロクに後輩の水着を選べない先輩はあっちでまっててください」
「へいへい」
自販機で小さいペットボトルに入ったジュースを二本買い、一本を開けてゴクゴクと飲み始める。乾いた喉に甘い果汁の味が流れ込んできて、冴え渡る身体が心地いい。
「ぷはっ」
一気に飲み切ってしまった。相当喉が乾いていたみたいだ。
流れでベンチに座り、ボーッと歩いていく人を眺めていた。
「…………。」
あの後輩が積極的すぎる。正直俺に惚れてるんじゃ無いのか?そう思わざるを得ない。だからと言って、それを彼女に聞くのは自意識過剰だし、そもそも好きだったとして付き合いたいとか、そう言うんじゃ無い。
なんだか彼女が少し不可解で、不自然で、胡散臭いような。よくよく考えていけば、彼女は俺と出会ってから実は数ヶ月しか経っていない。半年も経っていないのだ。
なぜ彼女はあんなに俺に優しんだ。俺の頭脳じゃ、惚れてるぐらいのアンサーしか出せない。聞いてみたい。
「先輩?」
「あ、おかえり」
「ただいま」
「これいる?」
果汁100%のジュースを差し出す。
「いりません」
「こういうのは受け取っておくべきなんだぞ」
「なんか毒とか入ってそうですし」
「いや、新品だが」
そう言うと、彼女は無言で俺の持っている缶ジュースを奪い取り、勢いよくラッパ飲みし始めた。
「わぁ……」
正直、女子にしてはかなり豪快だな。なんて思った。
「ぷはっ……ありがとうございました」
「飲み切ったな」
「飲み切りました」
少し彼女はドヤ顔だった。
「お隣失礼します」
ストンと後輩が隣に座る。
「先輩、どうですか?」
「どうですかって?」
「後輩とのデート。退屈じゃ無いですか?」
「まあ、楽しいと思うぞ」
すると、彼女は少しいつもとは変わった、少し駄々をこねる子供みたいに、口を開く。
「じゃあ、なんでさっきから周りばっかり見てるんですか」
「う……気づいてたか」
「バレバレですよ」
「すまん、別に退屈だからとかじゃ断じて無いんだ」
「じゃあ、なんですか」
「……ちょっと知り合いが見えた気がしたんだよ」
「例の憧れの初恋の先輩ですか?」
「違いけど似たようなもんかな」
店舗に入る時、幼馴染のあの二人が見えた気がした。タクヤとナツメだ。二人は恋人なのだし、休日にデートに出かけるのは当たり前なわけで、それで見かけてしまってからは、どうも気が散ってしまった。
「ごめんな、なんか気使わせて」
「いえ別に、でも先輩。もしバレたら噂になっちゃうかもですね」
「性格極悪のお前とそういう噂とか絶対に嫌だ」
「あれあれ〜?私って結構学校じゃ優等生なんですよ〜??」
「嘘つけ」
「本当です」
嘘つけ。
「じゃあ、先輩の意思を汲み取って、さっさとここからお役御免しますか」
ベンチから立ち、スカートを軽く払う後輩。
「そうだな。そうしてくれると助かる」
流石に幼馴染にバレるのは厄介だからな。
そう思い、店から出る瞬間だった。もう、十数秒タイミングが違えば、振り返らなければ、違う結果になっていただろう。
「イッサ……?」
そう囁かれた様に様に呼ばれて俺は振り向いてしまった。
「あっ……」
声の主は、俺の知っている幼馴染だった。もう、一年ぐらい彼女とは会っていなくて、メールはブロックされているし、電話番号も変わり、連絡も取れなかった、幼馴染。
「ナツメ……」
ナツメと、タクが居た。
「なんでその子と一緒にいるのよ、イッサ」
ナツメの困惑した声。
「あの、えっと違うんだナツメ」
ナツメはドタドタの重々しく歩いてきて、俺を下から睨みつけてくる。
「あんた、まだあんな先輩に囚われてるわけ!?」
「はい……?」
怒鳴り散らかした言葉は文脈が理解できない。
「どういう事だよナツメ!?別にあれはただのウチの後輩で……」
「とぼけないで!?だってあの子はーー」
そのナツメが言った言葉に俺は呆気に取られた。だって彼女はとんでもない事を言ったからだ。
「その子は、詩織先輩の妹の!風香ちゃんじゃない!」
「……は?」
俺が後輩を見ると、俯いていてあたかも本当にあの詩織先輩の妹の様な反応をとった。
「本当なのか、後輩」
俺の質問に彼女は頷いた。
「なんなんだよ……」
おかしいじゃないか。
「ねえ、どういう事なのイッサ!!あんたまだあの先輩なんか追ってるわけ!?」
なあ後輩、お前まで俺を以て遊ぶ様な事をするのか?
後輩の握りしめた拳が震えている。俯いて表情は読めないが、苦しそうだった。
お前は俺を普通に見てくれると思ったのに。
また、ナツメも後輩もあの時の様に俺を責め立てるのか??
ああ、ダメだ。嫌だ。
また俺はあの時みたく怒りに飲み込まれそうだ。
彼女もまたあの先輩の様に俺を貶めると思うと、胸が苦しくて、胸が張り裂けるほど痛かった。
「はっ、はっ、はっ」
なんだか呼吸がうまく出来ない。苦しい。いくら息を吸っても、満たされない。
「イッサ……?」
「はーっ。はーっ。はっ、はっ、はっ」
やばい、立っていられない。視界も朦朧としてきた。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「落ち着けイッサ!!深呼吸しろ!」
視界が遠のいていく。
次第に意識も薄くなり。
俺はその場で倒れてしまった。
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