ツキアカリ4

「ふぁぁあ......」


 部屋に入り込む日差しが朝を知らせる。

 目に入るのは散らばった設計図の紙屑と、ネジだとかボルトだとかの部品。

 そんな散らかった汚部屋でヒロはいつも寝泊まりしている。



 ヒロの住んでいる家は石造りの小さな一軒家。冷たいコンクリートの壁になっている少し殺風景な所に住んでいる。

 起床して顔を洗い、リビングを覗く。

 リビングにじゃ赤髪の美女がロッキングチェアに、深々と腰を下ろして新聞紙を読んでいた。彼女はヒロに目もくれずに、コーヒーの入ったマグカップを啜りながらいつも通りのモーニングを過ごしている。


 彼女の名前はミサト。ヒロとアカリの保護者としてこの家で3人一緒に暮らしている。目立つ特徴といえば、昔に脚を悪くしたらしく右脚が義足であるぐらいだろうか。


 ミサトはこの街の老舗であるBARを営んでいる。そのため、夜は基本ヒロとアカリだけで過ごしているため、会えるのは朝ぐらいのものだ。


「おはよー……」


 ヒロは目を擦りながらの気だるい挨拶をすれば、それにミサトは「ん。」と軽く流す。

 流れるようにリビングテーブルに着くと、ヒロの朝ごはんが用意されている。

 ヒロはそのまま「いただきます」と朝食を食べ始めた。


 きつね色に焼かれた食パンとベークドポテト、トマトスープが今日の朝食の献立だ。本当に毎度思うけれど、毎度朝ご飯は豪華だ。

 作ってくれたアカリには感謝しかない。



 ヒロが朝食をぼちぼちと食べていると、リビングの奥から洗濯カゴを抱いたアカリが入ってくる。


「あ、アカリおはよ」

「……おはよ」


 そう淡々と挨拶を交わして、アカリは外の方へ駆けていった。

 彼女の揺れる向日葵の髪飾りがよく似合っていた。プレゼントを身につけてくれているというのは、すごく嬉しい事だった。



「………………。」



 ヒロは食べかけだったご飯を口に無理やり掻き込み、食器を下げる。そして外へアカリを追った。





「アカリ、手伝うよ」


 家の庭。物干し竿に洗濯物を干していたアカリにヒロは手を差し伸べる。

 普段、家事はほとんどアカリがやってくれている。この生活が続いて長いが、ヒロは何もしていない自分に少し負い目を感じていた。


「あ、ありがとう……」


 そんなヒロにアカリは少し困惑した様子を見せながらも、洗濯物をヒロに手渡してくれる。


「じゃあ、ここにあるやつをそこら辺で干して」

「うん、了解」


 吸い込まれそうな雲一つない蒼穹の下で過ごしていた。小鳥の囀りも何処かから聞こえてくる。暖かい風が頬を撫でる。


「なんか、いいね。こういう朝って」

「そう?いつもの朝だよ」

「……たまには早起きもいいな」


 透き通った様に心地良くて、ひなたぼっこでもしたい気分だ。


「ヒロくん本当にどうしたの?さっき急に今日は珍しく洗濯物なんて手伝ってくれるなんて。私としては助かるんだけど」


「いや……アカリにはいっつも助けられてばっかりだなぁって思ってさ。こうやって洗濯物だけでも自分でも出来る様になれたら良いなぁと思ったんだよね」


 自分で言ってて恥ずかしくなってくる。


「私が家事をやってるのは私がそうしたいからなんだよ?別にいいのに」


 クスッと笑うアカリ。その横顔を見た時、笑顔が本当に似合う女の子だなと思った。人前では無口で表情の硬いアカリがこんなに綺麗な微笑みが出来るなんて、世界中の誰もが想像もした事もないのだろう。


「それとね、今日の洗濯物にはちょっと用事があるんだ」


 ヒロは洗濯物の山を探って、一つのハンカチを掴み取る。


「今日はこれの持ち主を探そうと思ってるだよね。昨日、色々あったからさ」

「ミサトさんから聞いたよ。人助けの為に殴り合いの喧嘩したって。私も、心配してたんだけど」


 むっ。となんだか煮えきらないしたアカリの視線が、少し痛い。


「ま、まあ。そういう事だから......その、ごめん」

「……いいよ。ヒーロー君は誰彼構わず助けちゃうお人好しさんだもんね」


 ちょっとした皮肉に苦笑するしかないヒロだった。


「で、ちなみに当てはあるの?名前とかちゃんと聞いた?」

「それなんだけど……桜ノ街から来たって言ってたから多分宿屋とかとってると思うんだけど......」


 何かに気づいたようにアカリはハンカチを広げて見せた。そのハンカチの端には小さく『桜井 狐子』と書かれていた。



「これだ!!」





 ヒロはひとりで宿屋を目指して街へと繰り出した。一応アカリの事も誘ってみたが、今日はミサトの店番を頼まれているらしく、あの少女とアカリを友人関係にしたいという淡い願いは叶わなかった。ああいう子ならアカリでもきっと仲良くやれそうだと思ったのに。


 家を出て程なくして、着いたのは大通りの大きな宿屋。木造建築で3階建ての温泉や食堂までもが合併しているこの街で一番の大きな宿泊施設だ。

 扉を開けて中に入ると、出迎えてくれたのは少し小太りのメイド姿のおばちゃんだった。


「あら〜ヒロくんじゃな〜い。いらっしゃ〜い。今日はどうしたの?お使い?」

「こんにちは!おばちゃん、今日は人探しに来たんだけどさ」


彼女はこの宿屋のメイド長のような存在で、年長者のお偉いさんだ。ヒロも何度かミサトのお使いなどでこの宿屋には来た事があるので、顔見知りだ。


「これ。女の子から訳あって借りたんだけど……」


 ヒロは手元にあったハンカチを広げ、名前の刺繍を見せた。


「ふむふむ」

「もしかしたらこの人、チェックインとかしてない?」

「うんオッケー。探してみるからちょっと待ってね〜」

「おお!ありがと、おばちゃん!」

「ヒロくんのお願いだからね〜」


 そう言っておばちゃんは何やら薄い本のような紙束をめくり始める。おそらくチェックイン用のものだろう。


「んー、その子の顔とか覚えてない?もし会ってたら一発で分かるかもなんだけど」

「あー……」


 ヒロは昨日のあの出来事を思い出し、少女を説明した。


「その子は確か狐色の黄色の長髪をした女の子で、瞳の色は紅色だったかな。顔も幼い童顔で僕より身長が少し低かった。あと、話した感じ話すのが得意そうじゃなかったかな」


「なるほどなるほど......恐らく202号室の子じゃないかしら。ここ3日ぐらいウチでそんな子が滞在してるんだけど」

「ホント!?」


 おばちゃんはヒロの言葉にウンウンと頷く。そしてヒロ達にその部屋の番号を教えてくれる。


「ありがとうおばちゃん!今度何かお礼するから!」

「あらあら、嬉しいわ」


 ヒロはおばちゃんにニッコリと笑顔を見せて、歩き出す。


「あ、そうだ。ヒロくんや〜ちょっと待っておくれ〜」

「何?おばちゃん」

「更衣室でガロウがいるからできれば会ってあげて〜」

「ほんと!?絶対行く!!」


 手を振って踵を返した。





「フン......久しぶりだな永遠のライバルよ」

「久しぶり、3日だけど」

「随分日を空けたものだな。まったく、退屈させられたものだぜ」


 更衣室で飄々と佇んでいたのはガロウ。

 ヒロと同い年の14歳の少年である。真っ黒な短髪、赤いインナーシャツに黒い革ジャンの外套。首元銀色に輝くペンダント式のネックレスを飾ってあり、とてもキザな格好をしている。


 彼はヒロの親友であり、昔からよく遊んでいる少年だ。年は同じで、気も合う同性の友人。そして彼は世間とは少し変わった、いわゆるイタイ奴だ。


「まさかお前から姿を現そうとはな」

「ちょっと用事があってさ」

「フン......どんな用事かは不明だが俺もついて行ってやろう。悠久の戦いを共にしてきた友の為に力を貸そう」

「まぁ、特に大きな事じゃないけどね。それが終わったらなにか一緒に遊ぼう」

「フン......」


 やれやれ......と言わんばかりにガロウはただただ佇んでいた。

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