ツキアカリ5

 宿屋の廊下を歩く。

「フン......まさか用事というのがたかがハンカチの一枚だなんてな」

「まぁ、ちょっと大袈裟なんだけどね。ちょっとその子ともお話ししたくてさ」

「まさか......お前にも色恋の季節が?」


 ガロウはヒロに聞こえない程度に呟く。

 退屈そうに、興味なさそうに、腕組みをしながらも鋭い目でこちらを見た。


「アカリの友達になってくれないかなって」

「まぁ、だろうな。いや、そんな気がしてた」



「......それにしてもお前のそのハンカチ、ガーゼだよな?」


 ガロウが少し驚くようにハンカチをヒロから奪う。


「......?ガーゼだけどそれがどうかしたの?」

「ここら辺じゃ珍しいな。最近化学繊維のものが多いのに綿だなんて」

「まぁ、珍しいけどそれがどうしたの?」

「ほら、ここら辺じゃ高いんだよ。桜ノ街でも。そんな高級品をヒロに渡せるほどの奴って事はお前の探してる人はどっかのお嬢様とかなんじゃないか?」

「そ、そうなのかな!?なんかそう言われると着てる服もちょっと高そうだった!!」



「そして、ここが206号室。おそらくここにお前の探しびとがいる」


 ごくりとヒロは軽く息を呑んだ。そしてドアをノックする。


 ……コンコン。



「ご、ごめんくださーい」


 ヒロが部屋をノックすると、程なくして扉が開く。


「はい。」

「……え」


 部屋から出てきたのは、黒いスーツを纏った屈強な男だった。掛けたサングラスが黒光りする男は、身体を鍛えているのか、がっしりムキムキの人で、まさかそんな怖い人が出てくるとは思っては無かったヒロは、固まってしまった。


「すいません。どうされましたか?」


 野太い青年の声に似合わず、紳士的な言葉遣いに、とても違和感を覚えた。


「あ……えっと、桜井狐子さんはいらっしゃいますでしょうかぁ……」


 ヒロの額から嫌な汗が吹き出してくる。


「……お嬢に何かご用でしょうか」


 お嬢。もう彼がSPというの事が半分確定してしまう。


「き、昨日ですね、あの。ハンカチの方を借りまして......」


 かしこまった話し方がなかなか抜けない。いつもは誰とでもフレンドリーに話せるヒロだが、どうしても下手の出てしまう。

 少し情けなかった。


「これはご丁寧にどうも。話は聞いています。確かお嬢を助けてくださった方ですね」


 少しSPさんの口調が和らぐ。


「いえいえ!本当に自分は当然のことをしただけで」


 ペコペコと頭を下げて、愛想良く返事をしていると。


「「嫌!私、そんな服着たくないもん!!!」」


 部屋の中から声を荒げた少女の叫びが聞こえてくた。

 その言葉を聞いた瞬間、大男はハッと顔を青ざめて「すいません、少々お待ちを」と扉を開けたままにして慌ただしく中へ戻っていった。


「なんだったんだ……」

「どうやらとんでもないとこに来たみたいだな」


 後方で様子を見ていたガロウが口を挟む。

 なんだか昨日見た少女が居る部屋には、到底思えなかった。



 それから、いくら待ってもなかなか部屋から人が出てこないので、不審に思ったヒロ達は、少し失礼だがヒロとガロウは部屋の玄関外から部屋の外からを覗き見ることにした。


 部屋の奥では何やら揉め事が起こっている様子で、少女がベットの上で、シャツ姿のまんま、怒り、地団太を踏んでいる。その怒りを受けているのはさっきの大男で、二人に増えていた。さっきの男ともう一人ほうは同じく黒尽くめの服装の、スキンヘッドの男だ。二人ともベットの下で正座させられており、少女に頭を下げて何やらお願いをしていた。


「お嬢、これを着て出てもらわないと、帰れないんですって……ほんとに」

「それにお嬢、今お客さんを待たせててですね……」


「うるさい!うるさい!うるさい!嫌ったら嫌だもん!!」


 少女は苛立ち、長い髪をくしゃくしゃとかき乱す。その姿を見たヒロは、その少女が昨日あった少女だと気付いた。

 飴色の髪に真紅の双眸、そのどれもが記憶と一致していた。

 しかしながら、昨日の態度とは天地の差があるように見えた。

 昨日の整った髪は荒れているし、服は品性の感じぬ下着姿。顔つきも昨日のしおらしい少女ではなく、駄々をこねる子供のようだ。


 そんな一見ワガママな子供に、大男達はなかなか頭が上がらずじまいで、話は平行線上。ヒロが見た感じもっと時間がかかりそうだった。



「あ、あの〜」


 ヒロが待つのは諦めて、声をかけてみる。


「誰!?」


 少女は愕然とヒロの方を向いて、紅い双眸を丸めた。


「はわわっ!?」


 ヒロに気付いた少女は驚いたまま体を凍らせ、口をパクパク。少し固まったのち、我に戻ったのか、「閉めて閉めて閉めて!」と大男達に命令する様に叫んだ。

 ヒロ達の元にさっきの大男が駆けつけ、外から部屋の扉を閉めた。



 ・・・・・。



 バタバタと部屋の中が騒がしく音を鳴らしている。中には叫び声も混じっていて、ヒロは少し大男に申し訳なくなる。


「えっと……」


 気まずさからガロウを見た。目線が合う。流石のガロウといえど気まずいらしい。

 苦笑いを一つ。軽く頬を掻きながらガロウに向けることしか出来なかった。


 今度は、それなりに早く扉が開いた。

 出てきた大男の額に汗が流れる。それが動揺や焦っているのが、表情の読みにくいサングラス越しでも分かった。


「本当にすみません。お恥ずかしい……お嬢はわがままな性格でして……。えぇー、お嬢から中に来てくださいとのことです」


 しょんぼりと頭を下げる大男。


「えっと……大丈夫、です。えぇー」


 ヒロもなんと言えばいいのか分からない。凄く仕立てに出られてるのも話し辛くて、なんというか、この場から消えたかった。

 そんな、あたふたした空気が部屋の玄関にも、広がっていた。


「いらっしゃいませ……」と、出迎えたスキンヘットの男はサングラスがズレていて、息を荒げていて、疲労困憊の様子だ。それでも、苦しながらに笑みを浮かべている。


「こ、こんにちはー……」


 ヒロのぎこちない挨拶は、沈黙に消えてしまう。


「こ、こんにちわ」


 返事を返してくれたのは、意外にもあの少女だった。髪は整い長い髪はツインテールに。服は薄生地のブラウスの様なものに変わっていて、部屋の奥の椅子に座り込み、昨日の彼女を思わせるように、俯いて少し内気にそっぽを向いていた。お人形の様に変身して、大人しく座っている少女を見ると、さっきのアレが嘘のことの様に思えて、目の前にいる子はもしかしたら姿が同じの別人なのではないのかと勘違いしてしまう。


 少女はなかなかヒロ達と視線を合わそうとしない。少し俯いて前髪で目線を隠してヒロに見せてくれない。それがとても話しにくい。


「あー……えっとー……」


 ヒロは言葉を悩ませて。


「このハンカチ、ありがとう。洗ってきたから返しにきたんだけど……」


 ヒロがハンカチを出すと、無言で少女はそれを受け取った。それで、話題が尽きてしまった事にヒロは気付いてしまう。

 無言のまま、誰も一言も発さない。この空気はとても異質で、ヒロはここにいるのが耐えられない。


「じゃ、じゃあ、おじゃましました。ガロウ行こ」


 ヒロが、この空気に耐えかねてすたこらさっさと退散しようとアカリの手を取って部屋から出て行こうとする。


「まって……」


 扉へと向かうヒロのマフラーを、少女が掴み、ヒロの首が締まる。


「うぐっ!」

「もう、なるようになれ。です」


 そう少女が呟いた気がした。


「逃げないでください!!私、まだ名前も聞いてないのに!!」

 震える様に叫ぶ少女。


「へ?」


 少女がマフラーを離す。

 ヒロが振り向く。


「私、桜井狐子!好きなものはみたらし団子!嫌いなものは乙女の部屋を勝手に覗く変態な男の子です!!!バカバカバーーーカ!!!」

「人見知りのお嬢が壊れた!?」


 顔の目の前で大声でまさかの自己紹介された。ヒロは驚きのあまり尻餅をついてしまう。

 初めて歳の近い少女に罵倒されてしまった。少し、傷ついた。


 少女は言いたい事を言ったのか、両手に顔を埋めて赤面を隠す。耳まで赤かった。


「もう、なんでいっつも上手くいかないのかなぁ……。元々、ココはこんな事したくなかったのにぃ……」


 顔を隠しながら泣きそうな声で愚痴を吐く少女、ココ。


「ぁ……っ……」


 ヒロはなんて声をかけて良いか分からない。それよりさっきここから罵倒された事がショックで仕方ない。


「落ち着けブラザー......」


 ガロウが耳打ちしてくれる。


「ごめんなさい……」


 混乱の頭の中、なんとか謝罪する。


「もう、しません……」

「……ん。」


 素直なヒロの謝罪に、ココのぶっきらぼうな返事を返され、少し安堵した。


「じゃ、じゃあ!あなた達の名前はなんなんですか?それに、そこのチャラい黒髪の方も」


 今度は少し照れ臭そうにココが口を開いた。

 ヒロはさっきから、感情の起伏が激しい少女に振り回されっぱなしだ。


「僕はヒロ。好きなのはカレーで嫌いなのはトマト」

「そちらの方は?」

「フン......お初にお目にかかる俺はガロウ。飢餓の”餓“一匹狼の“狼”で我狼(ガロウ)だ!!以後お見知り置きを」

「もしかして和名ですか!?ガロウさんは桜の街は出身なんです?」

「あぁ......それなんだが、自分でも分からねんだ。多分あってるんだけどな」


 頭の上にハテナを浮かべるココのヒロが補足する。


「ガロウも僕もちょっとした事情があってさ。一応ガロウは孤児院出身なんだっけ」

「あ......つかぬことを聞いてしまったごめんなさい」

「いや、気にしないでくれ。別に隠してるわけじゃない」


 少しだけ気まずくなる。


「じゃ、じゃあ。ココ、よろしくね」


 ヒロは立ち上がり、ココに手を差し伸べた。


「よろしくお願いします……」

 ココと握手をした。ヒロより少し小さくて、暖かい手。ヒロは笑顔だったが、ココは羞恥心からか、目線を合わそうとはしなかった。



 ・・・。



「ふぅ……」


 自己紹介で少し打ち解けられたヒロとガロウは床にあぐらをかいて寛いだ。


「あの、お茶とか出したほうが良いですかね」

「いいや、大丈夫。……それとさ、さっきから聞きたかったんだけどーー」


 ヒロがさっきから大人しく、休めの姿勢をしている黒服達を見つめる。その姿はまるで忠犬の様だ。


「ーーココって何かのお偉いさんとかなの?」


 そう、質問した。先程からココは黒服達からお嬢とか言われたり、商談が云々と話していたのを見るとそう思わざるを得ない。そもそも屈強な黒服と一緒にいる時点でそう感じていた。


「あー……」


 ココは少し困ったように頬を掻いた。


「ごめん!言いたくないなら無理に聞かないんだけど」


 するとと黒髪の黒服がココの耳に手を当てて、小さな声で話し始める。ヒロには内容は聞こえなかったが、見ている感じではヒロの返事に対しての返事の様に見えた。


「うんうん。」


 ココ頷き、話を終えてヒロの方を見つめる。


「えぇーっと、ココは桜ノからきたちょっとしたお偉いさんで、そこに居るのは付き添いのボディガードさんです。ここまでが言える範囲だそうです」


 ココが、そう説明する。話によると、ハゲていない方が赤坂さんで、ハゲている方が堺さんらしい。どちらも桜ノ街出身らしい和名を持っていた。


「ふーん。じゃあココがここに来た目的は聞いていいの?」


 またヒロが質問を出す。


「なんかココも良くわかんないんだけどなんか街の偉い人になんかお願いするっぽい。そこら辺はココじゃなくて赤坂の担当だから。私は顔出すだけのおまけだから」

「お嬢、喋りすぎです。それに商談の内容はこの前教えたでしょう」

「えー。だって赤坂のお話がつまんないんだもん。忘れちゃった」


 毒づかれて、赤坂が大きなため息をついた。


「じゃ、じゃあココがそれを成功させたら街に帰っちゃうんだね」

「はい、そうなります」


 なるほど。

 時間があったらぜひアカリと仲良くなってもらおう。



「あ!そうだ!」


 何かに閃いたように目を輝かせてココが立ち上がった。


「ヒロさんガロウさん!!お願いがあります!!」

 すかさずココは黒服2人に指を差し。


「出て行って!」


 2人は困惑したようにお互いを見て「いや、私たちはお嬢のボディガードが仕事でして」

「うるさい!出て行かないと絶対外出てあげない!!」

「な......」


 渋々、引きこもり宣言で部屋を出るSPのお二人。


「よし!!邪魔者は消えましたね」

「大丈夫なのか?」

「はい、あいつらが居たらできない約束なので」

「ほう。で、そのお願いってなんなんだ??」

「外にバレないようにこっそり言いますね」と前置きを置いて。

「私を、2人で、エスコートしてください」


 そう、ココはコッソリとお願いしてきたのだった。


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