ツキアカリ3
夕焼け茜色の街を染める。
ヒロのバイト時間も潮時に差し掛かる頃だ。
カウンターからぼーっと眺めた外の景色はは忙しなかった。仕事が終わり家に帰る人、市場の出店をしまい始める人、家族連れで街を歩く家族。
今日も世界は回っている。
「ヒロくん、今日のバイトは終わってませんよ」
タケル兄がヒロの頭にポンッと手を置いた。
「うーん、でも今日はもう客は居ないから」
「予約は無くても急用で来る人が居るかも知れません。ですから、バイト中はしっかり業務をこなしてください」
「はぁい……」
そんなこんなで退屈を持て余していると、ベルと音と共に扉が開く。
入ってきたのは女の子だった。
雪を連想させる白銀の長髪と、ぱっちりとした琥珀色の双眸。メイド服を連想させる白黒のワンピースのヒロと同じぐらいの身長の少女。
少女はぷっくりと小さい唇を閉ざしたまま、ヒロの前に立つ。
近くで見ると、冷淡で無表情な表情と白皙の容貌が際立つ。
その姿はまるで空想のお人形のように、触れてしまったら崩れてしまう様な儚さがあった。
「あ、いらっしゃい……“アカリ”」
ヒロは彼女を知っている。彼女はヒロと一つ屋根の下一緒に暮らしているヒロの幼馴染だ。小さい頃から一緒に暮らしているため、ヒロにとっては家族のようなものだ。
「迎えにきてくれたの?」
アカリはヒロの質問に、コクリと頷く。
「おお!アカリちゃん、いらっしゃい」
鈴の音を聞いて来たのか、タケル兄も顔を出す。
そしてヒロの方を見て、少し苛立った様に眉がピクリと歪ませる。
「ヒロくん、椅子から動いてないじゃないですか……」
「あ……ごめん」
「はぁ……」
ため息を突かれた。
「もう……今日は上がっていいです。アカリちゃんも来てくれたみたいですし」
タケル兄が呆れて、そして頭を抱える。申し訳なくて、ヒロはちょっと苦笑を浮かべた。
「ご、ごめんなさい!タケル兄!アカリ、ちょっとまってて」
裏方に入る。
ヒロは今日のために用意しておいた物をカバンにしまい、店を出た。
*
ヒロとアカリ、二人は一緒に帰路に着く。
アカリはあまり喋らない。いつも冷徹に感じるほどにドライでストイックな少女なあまり、他人から避けられることもしばしばだ。
ヒロには意外と普通でおちゃめな女の子だという事は長年暮らして分かっているが、人目からは近寄り難いオーラを出しているのは分からなくもない。
「ねぇ、ヒロくん」
「んー?」
「今日の晩御飯何がいい」
「......なんでもいいよ。アカリが作るの全部美味しいから」
「それ、いちばん困る」
「ふふっ、ごめんって」
ちょっとしたイジワルに頬を膨らませるアカリ。
みんなにもその顔を見せたらいいのにな。そう思わずにはいられない。
「ねぇ、アカリ......今日なんの日だと思う?」
「うーん?」
首を傾げて考えるアカリに、ヒロはカバンに大事にしまっていたラッピングされた小包を渡す。
「誕生日おめでとう。アカリ」
「うそ!?プレゼント?」
アカリのここ最近で一番の驚きだった。ヒロのテンションが上がる。
「開けていい?」
「う、うん......」
少しだけ気恥ずかしさがあった。
「わぁ......」
次は目を星のように輝かせてアカリは中に入っていた髪飾りを取り出す。
「ひまわり?」
「うん......」
「どうして?」
「誕生花だから。あと、アカリにはひまわりみたいにか明るくあってほしいし。友達もいっぱい作って欲しいから」
太陽みたいに輝いて、もっと、笑顔でいて欲しいから。
「ありがとう」
そう言って髪飾りをつけたアカリは、満足そうに太陽なんかよりも輝いて、にこやかにはにかんだ。
その仕草に、言葉に、ヒロは少しドキッとなってしまった。
「さ、さぁ〜て。みんなも待ってるし、早く帰ろうか」
アカリから背を背けるように踵を返す。
「ね、ねぇ!......ヒロくん」
急に素っ頓狂な声で呼び止められる」
「......な、なに?」
「まって......」
マフラーをギュッと掴まれる。アカリはなんだか震えているような声で、目線が合わない。
なんだか胸の鼓動が加速しきて、次の言葉をいまかいまかと焦れるヒロがいた。この場にはなにかよく分からない緊張感が張り詰めていて、冷や汗が吹き出そうだ。
「あのね。その、言いたい事があるの」
「う、うん」
ヒロは彼女の言葉にドギマギして、息を呑んだ。
「前から、ずっと思ってて、言うかどうかとっても悩んでたんだけどね?」
アカリの喋りがやはり少し変だ。いつもはスパッと物事を言うのに、今日は言葉の一つ一つを選ぶように間がある。
(……なんだ?)
ヒロは何か大きな違和感を感じた。それが焦るような不安感を煽るように、自分の胸の中に居続けている。
アカリの仕草の全てが湿っぽく、なんというか、しおらしい。まるで……
恋する、乙女のような。
・・・。
・・・・・!?
恋愛経験の無いヒロの直感でも、この空気がどういうものなのか、そろそろ理解する。
甘酸っぱいような匂い漂う、夕日照らす茜色の空。それを塗り潰すように替えていく藍色の虚空。
なんだか告白されると思うと、胸が急に締め付けられる様に畏怖に似た感情が湧いて、壊れて制御できなくなったエンジンみたいに胸が鳴り続けた。
一応、補足しておけばヒロとアカリは一緒に家で暮らしている家族だが、実際に血縁関係があるわけでは無い。つまるところ、それはセーフの範囲内。
ヒロにとってアカリは姉のような妹の様な、あくまで兄弟姉妹の範疇で収まっていた。物心着く頃から一緒にいた為、そういう事は意識した事も無かった。
「私、ヒロくんのね?その……」
「ゴクリ......」
アカリは少し自分の髪を持ち上げて真っ赤な顔を隠しながら、少し葛藤の後、ついに口を開く。
『私!!!ヒロくんのお姉ちゃんになりたいの!!!』
…………………………。
………………………………………。
………………………………………………。
「……え?あ、え。んんっ?」
一瞬ヒロは何を言われたのか理解できなかった。
「私ね、ずっとヒロくんを見てきて、その、一緒に暮らしていくたびにね。頑張って〜!!って気持ちが強くなってね、でもやっと気持ちに気づいたの……」
「……???」
頭が理解をしてくれない。思考回路が焼き切れたかの如く機能を停止していて、今にもヒロの頭から煙が出てきそうだ。
「私をお姉ちゃんにしてくれる?」
「ちょっと待って、えぇぇ......?」
思考がいつまでも追いつかない。
つまり、なんだ?
アカリは僕の事が好きだからお姉ちゃんになりたい。
それ以外に深い意味はないって事でいいのか?
「うん、もう!ツッコミどころがたくさん!!」
「ど、どうしたの?ヒロくん」
「どうしたのじゃなぁあああいい!」
「ね、ねぇそれよりさっきのお返事は……?」
「いやごめん。いまちょっとそれどころじゃないかな」
「ふふっ、なんか今日のヒロくん面白い」
そアカリの笑った顔は輝いていて、綺麗だった。
「って、そもそもなんでお姉ちゃん!?理由を教えて!?
一応、僕の方がお兄ちゃんなんだけど!?」
・・・5分後。
「だからヒロくんの事が好きなの。したがって、私はお姉ちゃんになりたいんだよ」
『ムフー』っと胸をドンと叩きドヤ顔で愛の告白を5分間もされた。
「……うん、うん。うん?」
アカリに沢山褒められた。本当に嬉しい。お顔が真っ赤になるぐらい嬉しい。しかし、だからといってヒロがアカリの言う内容を理解する事は到底、不可能だった。
「うーん。じゃあさ、ヒロくんは私が本当にお姉ちゃんだったら、どう?嬉しい?」
「えっ……」
“アカリが姉だったら”?
それどころじゃ無かったので意識しなかったが、そもそもアカリが義理の家族では無く、本当に血縁のある姉だったとしたら、どう思うのだろう。
・・・・・。
「……俺は、今のアカリが好きだよ。姉とか妹とかそういうのは関係なしに。だからぁ……その、アカリが姉とか妹だったとしてもアカリが好きなのは変わらないよ」
「お姉ちゃんじゃなくても?」
「……う、うん。たぶん」
「フフッ、そっかぁ」
アカリのいあままで見た事のない表情。その、少し小悪魔のような意地悪な笑みがヒロの顔を赤く染めた。
「も、もう終わり!早く帰るよ!!」
ヒロの自分の言った言葉がとても恥ずかしい気がして、耳まで赤くなる。
ああ、帰り道にカラスの群れがが鳴いている。帰る家を探すように鳴いている。
もう夕日も落ちかけていて、暗闇が侵食しつつある。
なんだか今日のスチールビレッジは、少しだけ幻想的だった。
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