ツキアカリ2
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「......また遅刻ですか?」
「すいません!!!」
ヒロはバイト先に着くなりすぐに謝罪した。
ヒロが働いているお店はスチールビレッジの西大通りにある小さな老舗だ。背丈の高い建物に囲まれた木造建築の一階建て。店が周りと比べ小さいのもあって、目立つお店なのである。
店内にはの木造らしい木の匂いが鼻につく。部屋の中はやや落ち着いた雰囲気で、フローリングの床と本棚に覆われた壁。控えめに主張する観葉植物の緑。アンティークな雰囲気がよく出ている。
「今日はどうしたんですか」
呆れた顔で手元の本を閉じたのは、ここの店長兼ヒロの身内の1人だ。名前はタケル。彼は年齢もそこそこの青年で、黒い髪の毛に青いフレームのメガネをかけている。比較的高身長でメガネ。と言うのも相まって、とても利口に見える。
「えっと、今日は人助けをーー」
「また、ですか?」
そう食い気味に返されてヒロはうっ。と縮こまる。
ヒロが人助けをしてバイトに遅刻する。なんて事は良くある事だった。ヒロは決して嘘を言った事は無いが、何度もその事を言い訳されると、少しは疑惑の目を向けられてしまうものだ。
タケルは「はぁ……」と呆れた様子で重いため息を吐く。
「今日は女の子がちょっと……」
「その顔のアザとかも、そのせいですか?」
「……はい」
ヒロはどんな態度をすれば良いか分からなかった。嘘をついているわけではない。やった事に悔いも決してない。ただただ申し訳なかった。
「まあ、嘘では無いのは見れば分かりますし、今日は……許しま、しょう……」
しぶしぶ。とても渋い顔をしながら許してくれるタケル。
「すいません、でした……」
「じゃあ、その傷を手当てしたら、いつもの2倍ましで働いてください」
「はい!!」
*
ヒロは仕事用の作業着に着替えた。
青色のツナギだ。工場で働いている人なんかが着ているそれは、煤や油で汚れているが長年使っている割には綺麗に保たれている。
ヒロの仕事は、バイトというには正確には違う。正確には“機械人形技師”の見習いである。
『機械人形』
別称”ヒューマノイド“とは、数十年前に転載発明家によって開発された人工知能を持つロボットである。彼らはほぼ人間と変わりわなく、ヒューマノイドには聴覚、視覚、臭覚、触覚、味覚、が備わっている。普段、暮らしていれば人と何ら変わりがない。彼らヒューマノイドは人類社会に進出した新たな文明として受け入れられる事となった。
そして、ヒューマノイドのボディは人間と違い、定期的にメンテナンスが必要となる。そう、それを修理しヒューマノイドにより良い暮らしをしてもらう。その仕事こそが、機械人形技師である。
「えっ。今日のメンテ一人だけ……?」
ヒロが意気揚々と受付に戻ってタケル兄に聞かされた事実。
元々、ヒロの住んでいるこの街にヒューマノイドの数は少ない。人口の9割強が人間であり、旅人の殆ども、隣町の観光の中継地点ぐらいにしか使われていない。これでもこの店はこの街唯一のヒューマノイド専門店な筈なのに。
ヒロは今日たった一人だけのお客さんを待った。
ここでのヒロの仕事はヒューマノイドの診察及びメンテナンスだ。殆どの接客が街に住んでいるヒューマノイドなので顔馴染みになる。今日予約が入っているのは老人の姿のヒューマノイドだ。ヒロが初めて持った顧客で、思い入れがある。
予約の時間になると、店の扉が開いた。入ってきた老人は白髪が生えており、無数の皺が顔に刻まれている。猫背で腰を抱えていて、少し腰が痛々しく思える。しかし、彼の体は本当は老人の様に動きが悪い訳ではない。
「いらっしゃいませー!じっちゃんこんにちは!」
「おぉ……ヒロくんや。久しいのぉ」
「じゃあ、早速ラボに行きましょう!」
*
「じゃあ、服を脱いで、ベットで横になってください〜」
老人は、言う通りに、服を脱いでベットにうつ伏せで寝転んだ。
人間か、ヒューマノイドか、を簡単に判断する方法は基本的に一つ。それは背中を見る事だ。ヒューマノイドの背中は、専用のプラグを入れる挿入口が付いている。おおよそ大人の拳ぐらいの大きさで、そこそこでかい。
「じゃあ挿しますね」
背中に挿入プラグを指して、PCに繋ぐ。そしてPCのディスプレイに老人の健康状態がデータとて表示される。
ヒロはデータを詳しく見た。歩行量、感情のバグ、視界カメラのピントまで、細かく丁寧に。
「うん、大丈夫。特に異常は無いかな」
老司は少しホッとして「いつもありがとうのぉ」と感謝を述べてくれる。
「じゃあ、一つ。この前変えた足パーツは大丈夫?」
老人は、「あぁ〜」と思い出した様に喋りだす。
「変えてもらったばかりの時は歩きに違和感があったんじゃが、数日過ごしたらヒロくんのおかげで快適じゃわい」
老人はニッコリと笑顔を向けてくれた。
「うまく最適化されたんだ。良かった良かった」
そしてヒロはもう伝える事がない事を確認してから、老人のプラグを外した。
「いやはや、最近はどうじゃ、ヒロくん」
服を着ながら老人が話し始めたのは、他愛のない内容だった。
「うん、いつも通り元気だよ。でも最近はお客さんが少ないから寂しい、かな」
「そうか……それは、悲しいの。営業的にも」
ヒロと一緒に、しょんぼりとしてくれる老人。
「うん、じゃあ、じっちゃんはどうだった?」
「わしは……最近、孫が遊びにくる様になってのぉ〜。それが可愛いこと可愛いこと」
ヒロには老人が人の家族の輪にいて、孫の年齢の子供が居るのを知っている。覚えている限り、男の子でおかっぱ髪の子供。
「今だと、5歳ぐらいでしたっけ。無邪気でやんちゃな時期ですね」
ヒロの頬がフフッとやんわり緩んだ。
「あぁ……この前はクワガタを捕まえた〜って大はしゃぎしておったわ」
「あははは、やっぱり男の子ですね」
「じゃのぉ〜」
ケラケラと笑う老人が、とても幸せそうに見えた。
きっと人も、ヒューマノイドも、そう大した違いはないのだ。
ヒューマノイドにも人並みの幸せがあり、愛が存在している筈だと。
そう、ヒロは思った。
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