その1

正直者のまち。(1)



 旅の合間に寄った小さな小さな町のお話。

 ここは正直者の街と言われているらしい。

 街並みはとても賑わっていて、色鮮やかな石畳を駆ける少年たちや噴水の広場でご婦人達がお茶会をする、そんな賑やかな所だった。

「楽しそうな町だね、ハイド!」

「ああ、オレもこういう街並みは憧れる」

 私たちは宿も探さず、町の風景を楽しむようにぶらりぶらりと歩いていた。途中、売店で“くれーぷ”という物を買った。甘い生地の中に果物などが入っていて、とても美味しい。

「ハイドも食べる?」

「いや、オレはいい」

「甲冑?」

「そうだな」

 ハイドは人前でも甲冑を外さない。そもそも一日中ずっと重い鎧を着ている。

「じゃあ全部私が食べちゃお」

 丁度私がクレープを大きく頬張った時でした。私はこの街が何故“正直者のまち”と言われているのか、理解する事になる。

「キャー!!アキト様、イケメン〜!」

「ワタシをお嫁にして下さ〜い!」

 突如町中で黄色い声援が飛び交った。その先には黄金の鎧を纏った青年が若い女性をかき分けて澄まし顔で歩いていた。

「すまないねレディのみんな。僕もみんなを愛したいけれど、生憎私は出会うであろういつか心に決めた人を愛したいのっっっさ!」

「キャー!!一途なアキト様カッコイイ!!」

「アキト様はいったいどんな人がタイプなのかしら!!」

「そうだな・・・私的にはこの中で愛するとしたら・・・む、むむむ!!」

「あ、アキト様?」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!そこのお嬢様」

 青年は年端もいかない幼女に向かってそう言った。幼女は最初は他に誰か人がいるのかと思って見渡した。

「だ、誰ですか?」

 幼女は酷く困惑した様子を見せた。

「ええ、私は今気づきました。貴方のような女性がタイプであると」

「ぜひあなたには是非私の婚約者になってもらいたい」

「え、嫌ですけど」

「ガビーん!!」

「なに、アキト様ってロリコンってこと!?」

「私たちじゃダメなのね・・・」

「恋して損したわ」


「・・・なにあれ」

「なんともアホらしい。なあシルヴィア、そろそろ宿を探さないか?」

「ん、おーへーふぇふ(クレープもぐもぐ)」

「物を咥えたまま喋るのは端ないぞ」

「・・・ふぁい」





 宿屋にきた。

 出迎えてくれたのは陽気なおじさんだ。

「いらっしゃい可愛い可愛いお嬢さんと屈強な騎士様。一泊3食付きで1人銀貨6枚だ。どうだい、泊まっていくだろ?」

「すまないがご主人、休みたいのは山々なのだが相場を確認してからにさせてもらう」

「そうかいそうかい。でもウチはこの町で一番いい宿屋だぜ?近くの宿はウチより銀貨が5枚で安上がりだ。だがうちの方はメシも出るし水場まである。どうだい?ウチの方が良さそうだろ?」

「良さそうな提案だが、一応もうひとつの宿もーー」

「お客さん旅人だろ?嘘だと思ってるなら安心しな。この街は正直な事が信頼に直結してんだ。俺たち街に人間は絶対に嘘をつかねぇ。いやつけねぇんだよ」

「・・・本当か?」

「この街の創設者は、正直であることを美徳とした。街のみんなは正直者を目指してんのさ。それにお客さんも街を見てればなんとなく感じたものがあったんじゃないのか?」

 私は先刻のことが頭をよぎった。確かに街のど真ん中で子どもが恋愛対象だと叫ぶ人間など考えられない。

「ハイド、ここでいいよ。私も疲れたし、お風呂に入るたい」

「・・・一泊頼む」

「はい毎度あり!」





 どこの町も宿屋というものは人が集まる。特に食堂なんかは顕著だ。魔物が跋扈する世界で旅をする人は決して多くはない。旅の話を聞きたいという人は老若男女を問わないのだ。吟遊詩人はさぞ儲かるのだろう。

 食事を沢山の視線の中で食べる。あまり心地の良いものではないが、それはどこの宿も大して変わらない。

「あ、あの!」

 まず私達に話しかけてきたのは私よりと同じぐらいの少年だった。

「騎士様!俺に剣術を教えてくれ!」

 少年は開口一声そう言ってきた。

「・・・私に言っているのか?」

「アンタが一番腕が立ちそうだから頼む!」

「・・・少年は私に剣術を習いたいのか?」

「ああ!」

 この街に来てから何度も訳の分からない事ばかりが起きている。厄介ごとに絡まれるのはよくある事だが、剣術を教えてほしいと頼まれるのは初めてだ。

「あ!お兄ちゃん!!お客さんと喋らないでっていつも言ってるでしょ!?」

 少年の後ろから私と同じ程の背丈の少女が首根っこを掴む。

「がっ!お前は黙って見てれば良いんだよ!」

 妹という少女は兄を引きずって厨房の方へ消えていった。しばらくして妹の方が再度私たちの前に現れる。

「ごめんなさい。私の兄がご迷惑をお掛けしました」

「えっと、お兄さんは・・・」

「私の兄は、どうしようも無い人なんです。事あるごとに面倒ごとばかり起こして」

 少女はため息を吐くように兄の愚痴を話し始める。旅の途中、街の話を聞くことはあっても兄の愚痴を聞いたのは初めてだった。

「兄は町でもちょっと有名な問題児なんですよ。嘘ついてばっかりで他人に迷惑ばかりかけてばっかり!ろくでなしですよ」

「妹さんはお兄さんの事嫌いなんですか?」

「嘘つきなんて、世界一ダサいですよ」





 次の日。

 私達は宿屋を出て直ぐに声をかけられた。呼び止めたのは昨日の少年だった。

「騎士様!お願いです、僕にーー」

「剣術を習いたいのか?」

「ああ、教えてくれ!」

「私は弟子を取ったことはない。他をあたるがいい。そういう仕事をしている人もいるだろう」

「俺には時間がないんだ!それに誰も俺なんか見てくれないし!」

 私は彼は嘘つきの少年で有名だという話を思い出した。あの日の酒場でも彼の話を聴いたけれど、良い噂はなかった。

「・・・シルヴィア、少しだけ時間をくれないか?」

「別にいいんだけど、何するの?」

「少年、一騎討ちをしよう。私が君の面倒を見るのはこの一度きりだ」



 宿屋の庭に少年と完全武装の騎士が睨み合っている。

「少年、名前を何という」

「ジーク。ただのジークだ」

「ジーク、いい名だ。私はハイド、ただのハイドだ」

 ハイドが一騎打ちを所望される事は前にもあった。

 ハイドはかなり腕の立つ剣士だ。とりあえず私は彼と出会ってから彼が剣術で負かされた姿を見たことがない。剣術はちんぷんかんな私でも彼が有数の強さを持っているのはよく分かる。

「ジーク、どこからでも来るがいい」

 ハイドがそう言うとジークは力一杯木刀を振り下ろした。何度も、何度も剣を突き立てるが、ハイドには届かない。すんでのところで避けたり、いなしたりして軽い身のこなしで圧倒した。

 やがてジークが疲れてへたり込み勝負が決する。

「真っ直ぐないい太刀筋だった。独学でやってきたのか?」

「ああ・・・誰も教えてくれないからな」

「なぁ、ジーク。お前は何故そこまでして強くなりたい」

「その、色々あんだよ」

「そうか。私は所詮は旅人、深く聞く気はないが強くなりたいなら自分を曲げない事だ。君は自分の信じる道を進むといい。そうすればいつかは良い剣士になれるだろう」

「いつかじゃダメなんだよ!俺は・・・」

「剣術に近道などない。あるのは地道な鍛錬と経験だけだ」

「じゃあせめて1週間!少しでいい!俺の剣を見てくれよ!傲慢なのはわかってる。でも俺は強くならなきゃいけないんだよ」

「・・・シルヴィア」

 ハイドは少し申し訳なさそうに私の名前を呼んだ。

「別に遠慮しなくていいよ。急ぎの用事もないし、この旅に目的はないしね」

 ハイドが苦労をかける、と私の頭を撫でてくれる。彼が頼みごとをするはとても珍しい。私も力になりたかった。


「ジーク、1週間だ。オレはこの1週間全身全霊を尽くして剣を教えよう」





 次の日から、猛特訓が始まった。朝起きれば宿屋の庭で剣を交える音が聞こえ、私が寝る頃にもまだ鳴り響く。

 私は暇な一日、何度も地に伏せられるジークを見ていた。

 この1週間、私たちの宿屋代は彼が肩代わりしてくれている。それだけの覚悟を持っているらしい。彼は何度も地べたを這いずるが、直ぐに立ち上がってハイドという堅物に立ち向かっていく。

 私はそんな彼を見続け、日が経つと共にとある疑問が膨れ上がっていた。彼の評判だ。彼を知るものは皆彼を軽蔑や侮蔑の眼差しで見ている。妹さんに何度聞いても兄は最低だという。けれど、彼を見ている限りは好青年だ。少し図々しいところはあれど、親切で殊勝ないい人。そういう印象があった。とても嘘をつくような人ではない。そもそも嘘をついているところを見たことがない。


「お疲れ様、ジーク」

 休憩時、私は水入りのコップを渡す。知りたくなった事は素直に聞くべきだ。

「あ、ありがとう」

「ねぇ、ジークは嘘つきなの?」

「・・・なんで」

 何でそんな事を聞くんだ、そういう顔をした。少しだけ不機嫌になるジークに私は言う。

「ジークがそんな人に見えないから。皆んなが言うように悪い人には見えないよ?」

「そ、そんなことを言われたは初めてだ」

「そうなの?」

「ああ、もう誰にも信用されてない」

「ふーん」

 この世界は信じられない事ばかりだ。

 直感ほどあやふやなものも無いらしい。

「ジーク、休みは終わりだ」

「はい師匠!直ぐ戻ります」

「・・・と言いたいんだがな」

 ハイドは折れた木刀を見せる。

「その、折ってしまった本人が言うのもアレだが買い出しを頼む」

「は、はい!」





 街に買い出し。

 私もまたクレープを買いに行くついでについて行くことにした。それに、彼にも多少なり興味があった。何かが引っかかる。

「な、なぁ。シルヴィア・・・さんは何で旅をしてんだ?」

「うん?シルヴィアでいいよ」

「そ、そう」

「で、旅をしてる理由でしょ?なんて言えばいいかな」

 私が旅をしている理由は案外単純で存外複雑だ。そうでしか生きられないと言えばそうだし、別にそれに理由があるわけでも無い。

「うーん、私が、私であるためかな」

「・・・どういうこと?」

「私が旅をしたいから、って言うこと」

「旅、好きなんだ」

「うん!だって旅をしていたらクレープに出会えたんだよ?最高だよ」

「もう毎日食べてるしね」

「全部のメニューを制覇しようと思います」

「じゃあ俺が奢るよ」

「別にいいのに」

「お礼ってことでさ」

 帰り道、買い物袋を抱えた2人でクレープを頬張る。そんな幸せのひとときだった。

 私は背中に強い衝撃を受ける。私は顔から石道の転げ落ちる。ムッと後ろを向けば、そこにはパンを抱えた幼女がいた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!でもこのパンを持ち帰らないとお母さんに怒られるので!」

 幼女はそう言うと泣きながら路地裏に走っていく。

「で、大丈夫か?」

「う、うん」

 程なく屈強な男が走ってくる。血走った目で周りを睨みつける。

「あのクソガキ!どこ行きやがった」

「なぁおっちゃん」

「なんだテメェ」

「そいつなら多分大通りの方に行ったぜ」

「ッチ!人混みに紛れるつもりか」

 大男は大通りの方に駆け出す。

「ごめん、大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫だよジーク」

 彼は今、嘘をついた。

 私は初めて彼がウソをついた所を見た。けれどそれは決して嫌なものではなくて、その嘘はまるで。

「ねぇ、ジーク」

「シルヴィア、出来れば早く帰りたいんだがいいか?」

「・・・えっ」

 周りから視線を感じる。通行人のほぼ全員が私たちを見ている。そしてその全てが侮蔑の眼差し。

「あの子、今ウソついてたわよね」

「もしかしてあれって嘘つきで有名なあの子?」

 鳥肌がたった。まるで私たちが人殺しでもしたかのような扱いを受けている事に気付いた。

「なあシルヴィア、ごめん」

「大丈夫。早く行こう」





 再開した彼の特訓を見ながら私はずっと考えていた。なぜ彼はあそこまで周りの人に疎まれているのか。

 ああいう場面、私だって幼女側に立って店主を騙すのは悪いことかもしれないけれど、皆そこを責めているわけでは無い様子だった。ただ嘘つきに対して憎悪を示しているようだった。

 その日の晩、私は宿屋の彼の部屋に前を訪れた。

「ねぇジーク、まだ起きてる?」

 すると鍵が空いたので、私は彼の部屋にお邪魔することにした。

「・・・いらっしゃい」

「うん」

 彼の部屋は意外と私達と同じ部屋のようで、まるで人間味のない殺風景とも言える部屋だった。

「ごめん、ちょっと寝れなくて」

「じゃあなんか飲むか?コーヒーか紅茶」

「紅茶がいい」

 彼が紅茶を持ってきている間、私は何を話せばいいかを考えた。いい言い回しを考えるも、結局いい案は思いつかず、愚直に聞いてみることでまとまった。

「ん、紅茶」

「ありがとう」


「ーーねぇ、ジーク。私に旅をしている理由を聞いたけど、あなたは?」

「ん、何が?」

「貴方が剣を強くなりたい理由」

 あなたの力になりたいと、私は彼に言った。なんだかすごく恥ずかしいけれど、彼はきっと悪い人ではないから。

「・・・誰にも言わない?」

「うん」

 そう言うとジークも少し照れくさそうに話し始めた。

「妹がさ、もうすぐ結婚するんだけどよ。婚約相手がすごい嫌味男なんだよ」

 その婚約者というのは結構な金持ちらしく、美人な妹さんを婚約者にしたいと言ったそうだ。金銭的にも厳しいと判断した父親は、2人にお見合いをさせたそうだ。

「けど皆んな知らないけどアイツは相当なクズなんだよ。女を奴隷程度にしか思ってねぇ」

 女癖の悪い忌まわしきクソ野郎に妹を渡したくない。ということでジークはお見合いに反対。お見合い中に木刀で婚約者を襲い、そして修羅場を駆け抜けて。

「で、そいつに決闘を申し込まれたってわけ。アイツが勝ったら結婚する。俺が勝ったらこの話が無くなる」

「なんというか、めちゃくちゃだね」

「元を正せば俺が長男としてもっとまともな人間だったら今回の話も大丈夫だったのかなって思うよ。それに今回の件で俺はもうこの宿も継がせてもらえない事になったし、成人したら勘当されるかもな」

「・・・それで、ジークはいいの?」

「妹には沢山迷惑をかけたからさ、結婚相手ぐらいはキチンと好きな相手にしてほしいんだ。せめて俺の不甲斐なさのせいで結婚するなんてならないようにさ」

「ジークはそんな“不甲斐ない”人じゃないよ」

「じゃあ嘘つきだ」

「でも私は悪い人には思えないけどな」

「そんな事初めて言われたぜ。嘘をつくのは良くないだろ?」

「そうかな。私は今日あの女の子を助ける為に嘘をついたように見えたけど」

「あんなのは気まぐれさ」

「でも、優しい嘘だよ」

「・・・なんだよ、優しい嘘って。それも初めて聞いたぜ」

 呆れて乾いた笑いを見せるジーク。

「私ジークみたいに誰かの為に動ける人は凄い人だと思うよ。誰に何と言われたって、非難されたって」

「・・・そうかよ」

 彼はプイッとそっぽを向く。少し照れくさそうだった。

 お陰様で少し私まで恥ずかしくなった。

「わ、私そろそろ寝ようかな」

「送って行こうか?」

「ううん、平気。というかたかが数歩だし。じゃあ、決闘の日、楽しみにしてるから」

「・・・おう」

 その日は良く眠れたと思う。





 とうとう決闘の日がやってきた。結局私たちは2週間もこの街に滞在する事になった。ハイドは何度もワガママをかけると謝ってきたが、私も頑張ってほしかったので長居してしまった。

 この2週間で“嘘つきが冒険者に剣を習っている”という噂が広まり、ただ広場で決闘をしているだけのはずが、観客や野次馬は多かった。

「や、やばい。緊張してきた」

 足も、木刀を握る手も震えるジーク。目の焦点も落ち着かず、キョロキョロしている。

「付け焼き刃ではあるが、教えれることは全て教えたつもりだ。体力はまだまだ足りないが、短期決戦なら負けないさ」

 ハイドが太鼓判を押したのだ。

 きっと大丈夫だろう。

「ねぇ、ジーク。ちょっといい?」

「え、な、なに?」

 最近のジークはどこか変な様子で、私と話すときは目を逸らすし、私もぎこちない会話ばかりになるので言いたい事もあまり言えなかった。

「ずっと言いたかったんだけど」

 私は旅をしていて、初めて自分の事を話した。あまり話したくはないけれど、彼には言ってみてみようと思えた。

「私の生まれた村でね、私は忌み子として生まれたの。それからなんやかんやあって、今ハイドと旅をしてるんだけどね?」

「お、おう」

「だから、その。あの日街の人から向けられた冷たい視線がどれだけ辛いのかって、きっと分かるの」

 なんで私はずっと彼を応援していたのか、今喋ってみて初めて自覚する。私は彼に自分を重ねていた。

「だから、その。頑張ってね」

「・・・ありがとう。その、シルヴィアの期待にはきっちり応えるよ」

 彼はいつの間にか震えも止まっていて、私ににっこりと笑顔を見せるほどには元気になっていた。





 決闘というにはあまりにあっさりとしたものだった。ジークは相手の剣撃を2、3回いなしたかと思えば、反撃の一撃を顔面に叩き込み、ノックアウト。たった数十秒で決着はついた。

 観客は大歓声やブーイングの混じった喧騒が湧き上がる。けれどジークはどこ吹く風。勝利の余韻を噛み締めながらハイドの所にやってくる。

 彼はそっと手を差し出す。

「やったよ、師匠」

 たった数秒の握手。それだけで彼らは通じ合っていた。2人とも多くは語らなかった。全て言いたいことが分かっているかのようだ。

 程なくして、ジークの元に妹さんがやってくる。

「お兄ちゃん!!」

「おう、お兄ちゃん勝ったぞーー」

 パシっと大きな音を立ててジークは尻餅を着く。平手打ちだった。

 何が起こったのか困惑している彼に、妹が彼に抱きつく。

「心配したの!!」

「お、おう?」

「バカお兄ちゃん!!嘘つきのくせに!!ろくでなしのくせに!!」

「悪かったって」

「私があの人と出来ないと困るのは我が家なんだよ?」

「でも、お前好きな人が居るんだろ」

「・・・バカ!バカバカバカーーー!!!」

 罵声には棘がなく、妹さんはすごく嬉しそうだった。



 事の騒動から数日が経った。

 金銭的な問題で決まった妹さんの婚約はジークによってあっさりとご破産になり、ジークは両親から勘当された。

 しかし悪い事ばかりではなく、妹さんは意中との相手との婚約の話も出ているらしい。

 という事で事の顛末を見届けた私達も旅立ちの支度を済ませて、これからこの街を出ていこうかいう時だった。

「なぁ、本当に行くのか?」

「うん、この街もいっぱい楽しんだしね」

「なぁシルヴィア」

 冷える朝日に、彼は照れ臭そうに頬をかく。

「俺、お前の事が好き、みたいなんだけど」

「えっ!?」

「その、俺と結婚してくれないか?」

 それはあまりに唐突な提案で私は頭の中がパンクしそうだった。誰かに告白された事もなければ好きと言われた事もない。

 私はいろいろな事を考えた。彼の事は嫌いじゃない。むしろ好きなのだろう。けれど彼の婚約者になるという事はつまり旅の終わりを意味していた。ハイドはいつでも旅をやめていいと常日頃から私に言ってきている。その気になれば簡単にやめれるのだ。

「ごめんなさい。私はまだ旅を続けたいの」

「ーーッ」

「だけどジークの事が嫌いなわけじゃないの。とっても魅力的だとも思うから、いつか私が成人して会えたら考えてあげる」

 私が成人するのは2年後、彼に私はそう伝える。

「俺も成人したら、旅をしてみようと思ってたんだ、家には勘当されたしな。俺は今14だから、あと1年後」

「ふふっ、じゃあまたいつか会えるかもね」

「追いかけるから、待っててくれよ」

「うん、いいよ」





 これは、ちょっとした私の後日談です。

 あの町に行ってからおおよそ2年ほど経った頃でした。立ち寄った新聞屋さんの表紙にはとある青年の顔が印刷されていたのを見つけたのです。


『街を救った英雄 ジーク・シュバルツ』


 彼はインタビューで「自分が優しくあれるのはとある旅人のおかげです」と語っていた。私は今も変わらず優しい人なのだとわかって、少しだけほっこりしたという話です。

「シルヴィア、どうした?そんなにニヤけて」

「ううん、なんでもなーい」

 そういえば私も遂に身体が15歳になりました。これで正真正銘成人と言えるでしょう。髪も随分と伸びました。胸は・・・まぁこれからです。

「ねぇハイド、次の街が楽しみだね!」

「ああ、その通りだな」

 これは私の、私達の出会いと別れの物語。

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