作り屋マーク「トニの記憶」

 トニがまだ、カレッジにいた頃だ。

 作業場に、突然、守り屋の学生が入ってきた。レモン色の髪、高い身長、堂々した歩き方。名乗りもせずに、言う。

「いちばん出来る作り屋ってのは、本当か? 作り屋トニ」

 トニは部屋の入り口を振り返った。

「ハールほどじゃない」

「充分だ。俺の武器を作ってくれよ。特別なやつ。自分で言うのもなんだけど、俺は優秀だ。トニの名前も売れると思う」

 図々しいやつだな。でも、用件がはっきり言えるやつは、嫌いじゃない。トニは尋ねた。

「いいけど、君は誰だっけ?」

「守り屋フェンド。クリフに勝って、首席をもらう予定。トニの武器があれば、勝ちは決まりだな」

 クリフは守り屋クドの第一子だ。今年の首席になるのは間違いないと言われている。

「クリフに? 面白いこと言うね」

 面白いやつは、好きだ。トニはフェンドのために特別な武器を作った。


 フェンドは宣言通り、卒業試験の試合でクリフに勝ち、本当に首席になった。

「トニのおかげだ。デビュー後もクリフには負けねぇ。首席同士、これからもよろしくな、トニ」

 首席発表の壇上で、フェンドは暑苦しくトニに抱きついた。

 フェンドは守り屋としてデビューした後も頻繁に、用もないのにトニのもとを訪れた。

 親友という言葉では、言い表せない。唯一の特別な関係だった。




 黒い雪が降っていた。守り屋クリフが、フェンドをいれた袋を持って、トニの研究室を訪れた。クリフが率いていたトップチームは、フェンドとの壮絶な戦闘でメンバーの約半数を失っていた。

 黒く汚れたフードを目深にかぶり、ひどく緩慢な動作で、クリフは袋を差し出した。

「すまない、トニ。ギシン化したフェンドは強すぎた。倒すしか、なかった」

 低く、かすれた声で、クリフは言った。トニは何も言わなかった。何が言えるというのだろう。こんなにぼろぼろになるまで戦って、WFを守ってくれたクリフたちを、責めることなんて、出来るわけもない。

「フェンドの雪は、この中に……。頼む。自らとどめを刺しておいて、こんなこと言うなんて、図々しいにもほどがあるのは分かってる。それでも、どうか、どうか……」

 頭を深く垂れて必死に頼む守り屋たち。トニは最後まで、一言も言葉を発しなかった。口を開けば、この英雄たちを傷つけることしか、言えない気がした。

 袋の中の雪は、真っ黒だった。これがフェンドだなんて。

(クリフには負けないって、言ったくせに。結局負けたのか、あいつ)


「こんな真っ黒な雪、どうしたら浄化できるんだ!」

 連日に渡る蘇生研究で、トニの疲労は限界に達した。書類の束をデスクから勢いよく払い落とす。

 失敗、失敗、失敗。全部失敗だ。

 うまくいくわけがない。黒化した雪をリルサンタの形に戻すことすら、難しい。核が機能を休止している以上、雪は人の形を維持できない。

 フェンドはもう戻ってこない。全部壊してしまいたかった。デスクにあった書類も、フォルダーも、実験器具も、床に散らばった。

 こんなことしたって、どうにもならない。無意味な八つ当たりだ。

 どうして。どうしたら。

 これ以上、何を犠牲にすれば、フェンドを取り戻せるんだろう。

 暴れるトニを見ても、ハールは冷静だった。

「トニ、落ち着いて。きっと、方法が見つかる。一緒に頑張っていこう」

「その言葉はもう、聞きたくない!!」

 ハールに怒鳴ったってしょうがない、頭ではわかっているのに、止められなかった。頑張っている。こんなにも、頑張っている。使えるものは全て使った。思いつく方法は全部試した。でも、何も変えられない。フェンドも、他の犠牲者も、真っ黒な雪のままだった。

「トニ。君まで、疑う心にのまれてしまうよ。信じるんだ。フェンドは最後まで、君を信じていたはずだ。君はフェンドを信じている。きっと帰ってくる。そうだろう?」

 ハールの声はずっと一定で、落ち着いている。

 トニは徐々に、冷静さを取り戻した。大人気ない自分が、恥ずかしくなった。

「どうしてそんなに、冷静でいられるのですか、ハール」

「記憶を抜いてるんだ。必要に応じて、少しだけ。でも、トニはそんな方法、望まないだろう?」

「記憶を……?」

 ハールは目を伏せた。

「トニに同じことは、させたくない」

 目を閉じる。

 数秒ののち、ハールは目を開けて、トニを見つめた。

「いつ手を引いてもいいんだよ、トニ。この研究は、危険だ。君まで、疑う心の悪影響を受ける」

 トニは言葉を失った。ハールは、一人で蘇生研究を続けるつもりなのだ。

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