全知のコーリ ホワイトフィールド
ニコラスが雪原をお散歩すると、私が生まれた。生まれたとき、私は私が今日生まれたリルサンタのなかで、最も賢い個体であると理解していた。ニコラスが私をそのように生み出したからだ。
世界の主、ニコラスは言った。
「君はいちばん賢い。君には全知の力を与えた。君が知ることを望めば、君はなんでも知ることができる。その力で、仲間を助けてあげなさい」
生まれたばかりの私の両手両足は、まだ雪原と融合していた。雪原から完全に分離するにはまだ時間が必要だった。私は体を動かすことも、目で見ることも、耳で聞くことも出来なかったが、ニコラスが何を言っているのか知ることができた。全知の力である。
また、もちろんこのときはまだ、喋ることもできなかったが、私の言葉はニコラスに通じた。
「ニコラス、サンタクロース、世界の主様。あなたは弱っているのですね。リルサンタに力を預ける必要があるほどに、弱っている」
「うん。君が大きくなって、みんなのリーダーになる頃には、私は今の君くらい、小さくなっている。だから、そのときは君が私を抱えているんだよ」
「その未来を知っても、よろしいですか?」
「見えないように制限している。つらくて悲しいことが、たくさん起こるから。君はまだ未熟だから、完全な全知を使うには早い。君が充分に育ったら、自動的に制限がはずれて、全知は本当の全知になる」
「そのようですね。この小さな体では、全知を使ったとたん、ばらばらになってしまいます」
「何も心配しなくていい。世界がどれだけ困難に見舞われても、君は愛するものを手に入れて、愛されて生きていく。それだけは確かな事実だからね。君は私が与えた役割を全うする」
「そうですね、ニコラス。それは確かな事実です。そうなるのでしょう。今の私には、愛が何かすら、わかりませんが」
体が完成した。腕を持ち上げ、足を前に出すと、体が雪原から分離できた。
両目を開く。輝く紫色の瞳で、ニコラスを見た。
ニコラスは微笑んだ。
「自分の名前は、もう知っているね」
「コーリ。全知のコーリ。コーリ・キャンディケーン。将来は手紙屋コーリと呼ばれる」
私は雪と同じ白銀の髪を触った。まっすぐなニコラスの髪と違い、くるくるとしたウェーブがかかっている。
なぜニコラスは私をこのような髪にしたのだろう。リルサンタを癖毛にすることには合理性がない。どんな姿にも作れるのに、わざわざ、くしゃくしゃの髪にデザインするなんて。
「それが、多様性だよ」
ニコラスは言った。私は不満だったが、納得することにした。
案内屋ヤマトが雪原に学校を設立した。ホワイトフィールド学校、と名前がつけられた。あまりにも単純な名付けだったが、誰も文句をつけなかったので、そのようになった。
ホワイトフィールド。略して、フィールド。
それが、この世界の正式名称として採用された。ニコラスは世界の主でありながら、世界の名前を決めることすら、リルサンタに任せていた。
「次は自由にやらせることにしたんだ。前の世界では失敗して、みんな消えてしまったから」
この世界は何度目なんですか。気になったけれど、知りたくはなかった。
学校に作り屋ハールが花壇を作った。花壇なんて名ばかりだ。フィールドのものは、リルサンタも含めて、すべてが雪でできている。
花壇の花だって、雪だ。とても精巧に作られており、触れれば柔らかで、鼻を寄せれば良い香りがする、偽物の花。
種をつけることも、芽を出すことも、枯れることもなく、ただ美しく咲き続けている。私たちと同じ。
雪から生まれて、老いることもなく、ただ此処にあるだけの、リルサンタと同じだ。
ある日、ドナが花壇に水を撒いていた。枯れることのない偽物の花に水やりなんて。
私が声をかけると、ドナは言った。
「優しくすると、花はもっと綺麗になるんだよ」
「この花は最初から最高に綺麗だよ。ハールが作ったんだから」
ハールはなんでも作ることができる。ニコラスがハールをそのように生み出したからだ。
「このジョウロもハールが作ってくれたんだよ。ハールが作った花にハールが作ったジョウロで水をやる。そしたら、もっと綺麗になる」
私は花壇の未来を見た。たしかに、その通りだった。
「そうだね。今、未来を見てる。綺麗に咲いてる」
「うふふ、やだな、コーリったら。そうなるといいな、って楽しみにしてるのに。ネタバレしないでよ」
ドナはかわいく笑った。
気軽に全知を使うのはやめよう。私は昨日よりひとつ、賢くなった。
「ごめんね」
「いいよ。許す。たいていの努力は身を結ぶか分からないから苦しいけれど、この花に水をやれば今より美しくなるのが分かっているなら、やりがいがあるよ」
ドナは毎日かかさず花壇に水をやり、花は見事に美しくなった。
偽物の花でも美しく育つ。
「コーリ、イヴァンを知らないか?」
ブリッツが廊下を歩いて私に近づいてきた。質問されることは前もって知っていたので、私は即答した。
「知らない」
「全知のコーリなのに?」
「他者のプライベートな情報を許可なく全知することには問題があるため、日頃より力を制御しているの」
「そっか。それもそうか。じゃあ、俺がおやつのチョコレートをひとつ余分に食べちゃったことも、バレてないのか」
「そんなの、全員気づいてたよ。反省して。チョコは三つまでだよ」
「ごめんなさい」
私は全知を使って、みんなに伝えた。
「ブリッツがチョコを余分に食べたことを反省し、みんなに謝罪しました」
許します。しゃあないなぁ。明日から気をつけてね。了解した。
雪原のあちこちで、リルサンタが返事するのを、私は聞いた。
「みんな、許すって言ってる」
「ありがとう、コーリ。その力は便利だな」
「実のところ、まだ使いこなせてない。なんでもできるから、うまく制御しないといけない」
頭の中に、イヴァンの姿が見えた。雪原でプランサーと言い争い、森に走っていく。
夜になり、森から戻ってきたイヴァンを、プランサーが出迎える。
私は言った。
「イヴァンは夜に帰ってくるよ。プランサーと一緒に」
プランサーがフィールドを出て行った。いつ帰ってくるかもわからない。リーダーであるプランサーを失ったので、優秀なリルサンタを集めて、総本部を結成した。私は総本部のトップチーム、トナカイに任命された。
手紙屋トナカイのコーリ。それが今の私。
全知を使い慣れてきた私にとって、手紙屋の仕事は簡単だった。本業を終えると、トナカイ小屋に行って、もはや大人には見えないニコラスと話す。
「私もそろそろ、自由が効かなくなるころだ。今のうちに、コーリには人間界の情報を集めてほしい。世界大戦がはじまる。疑う心が強まる時期だ」
「私が人間界へ?」
手紙屋が単独で人間界へ調査に行くのはレアケースだ。今までに例がない。
ニコラスは微笑した。
「コーリが行かなくてはならない。人間界での経験は、君の成長に不可欠だ。なにより、君には全知がある。最大効率でデータを集めることができる」
人間界で全知の魔法がどれくらい適用されるのか不明だった。
フィールド内のことなら読み取れるが、フロンティア全域となれば不可能である。人間界はフロンティアを抜けた先にあるのだ。
人間界に行っても、容易に全知が使えるとは思えない。
とはいえ、フィールドでもっとも情報収集力が高いのは、全知のコーリ、この私である。
私は了承した。
世界の主、サンタクロース、ニコラス。我らリルサンタの生みの親。全盛期には大柄な老人だったはずの神が、いまでは10代の痩せた少年になっている。
ニコラスの望むことなら、なんだってする。それがこの世界を、私の居場所を守るのだから。
私が人間界へ行くとなると、懸念すべきことがある。トナカイのメンバー間でのトラブルを、誰が仲裁するのか?
プランサーがいなくなり結成された総本部は、魔法力の高いリルサンタを選んで、トナカイに任命した。
運び屋ヴィクセン。魔法力の高さを判断基準にするならば、いちばん強い。
運び屋コメット。ヴィクセンの妹。ヴィクセンには劣るが、これも強い。姉に対する劣等感を抱きながらも、執着に近い愛情を強く持っており、いささか危うい。
案内屋ルーペ。ニコラスより可視の力を賜り、フィールドに居ながら、フロンティアを見通すこともできる。可視ゆえに危険な世界の経路選択も容易にこなす。
案内屋ダニエル。ルーペのような特殊能力がないにも関わらず、事故が非常に少ない。基礎魔法の精度が異常に高いのが特徴だ。ルーペが可視でなければ、案内屋のトップは彼だろう。コメットに片思いしている。
作り屋ハール。ニコラスより与奪の力を賜り、リルサンタの中で唯一、すべてを作ることができる存在だ。
飾り屋イヴァン。ニコラスより、最も強い守り屋の名字、ジンジャブレッドを賜った。優れた守り屋でありながら、飾り屋に転職した変わり者。服を褒めてやると、一日機嫌が良い。
守り屋クピド。通称クド。ニコラスより、イヴァンと同時期にジンジャブレッドを賜った。責任感が強く信頼できるが、妻のタンツェを失ってからは、周囲との関係が悪化している。
運び屋ドナ。相棒の案内屋、タンツェを失ってからは、フロンティアに出ることができなくなり、内勤をしている。今、いちばんケアが必要。クドとの関係は完全に冷え切っている。
運び屋ブリッツ。若い頃から無鉄砲だったが、当時は魔法が弱かったので、まだマシだった。今では魔法力も高いから扱いが難しい。けれども、彼の天真爛漫な性格はトナカイメンバーの関係を円滑にしている。
私が抜けたら、誰がこの、魔法力が強いだけで精神的に未熟ないきものの集団を世話するのか?
心配しても仕方がない。戻ってきてから、考えよう。
私は人間界へ旅立った。
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