飾り屋ディアナ「トナカイ小屋」

 トナカイ小屋のモニター前に椅子を並べて、コーリとイヴァンはルドルフたちのパフォーマンスを観ていた。

「みんな楽器が上手ねぇ」

 コーリは楽しんでいるが、イヴァンは頬を膨らませて、首をすくめている。

「まだ早いよ……まだディアナちゃんはぼくのだよ……」

 ディアナとルドルフを許嫁にしたのは、ふたりの親であるイヴァンとブリッツのはずだが、コーリは決してそんなことは指摘しない。

「イーヴァちゃん、今日のブラウスも、素敵ね」

 イヴァンの機嫌を良くしておくことは、WFの平和のために、必要なことだ。コーリはいつだって、彼を喜ばせるために適切なタイミングで服を褒めるのである。

 イヴァンはパッと顔を輝かせて、コーリを振り向いた。

「今日のはね、ボタンが特別なの!」

「とってもおしゃれ! かっこいい! ハイセンス!!」

 すかさず合いの手を入れるコーリ。

「ヒイラギをモチーフにした魔除けのボタンで……」

 早速嬉しそうに解説を始めたイヴァンだったが、言葉を止めた。

 コーリとともに、押し黙って小屋の出入り口を見る。

 イヴァンの目が鋭くなった。

「誰か来た。クドにしてはパトロールから戻るのが早い」

「ニコラスの様子を見てくる」

 コーリは立ち上がって、部屋の奥のドアに向かう。

「任せる。こっちはぼくが確認するよ」

 イヴァンは小屋の出入り口のドアに向かった。

「表にいるのは、誰だ?」

 一瞬の間を置いて、か細い、少女の声が聞こえた。

「総本部監査員、手紙屋ウィンリーです。左半身が、汚染されています。ドアを開けないでください。人間界にて、大規模の黒霧を確認しました。詳細は書面にて報告致しますが、レベルは、目測でA。サンタクロース、および、一部のリルサンタへの影響が懸念されます」

 イヴァンは即座に尋ねた。

「君の体調は?」

「問題ありません。汚染のみです」

「すぐにハールを呼ぶから、そこで待っていて」

「はい、承知しました」


 イヴァンはニコラスの部屋のドアを開けた。

「コーリ! ニコラスの様子は」

 ベッド脇に立っているコーリが、イヴァンを振り返る。

「だいぶ悪い。もうすっかり大人とは言えないサイズ」

 巨大なベッドに対して、毛布の下の膨らみがひどく小さい。WFの主であるニコラスは、疑う心が力を増している影響で信じる力が減少し、どんどん若返っている。

 イヴァンはドアを半分閉じながら聞いた。

「ハールは? 汚染された子が外で待ってるんだ」

「ヴィーのところ」

「わかった」

 イヴァンはドアを素早く閉じて、廊下を速やかに移動する。

「ハール、汚染された子の治療を頼みたいんだけど、いいかな?」

 部屋の中で、作り屋ハールが声を張りあげた。

「すぐ行く!」

 薬の小瓶をテーブルに置き、窓辺にいるリルに声をかける。長い、赤い髪を背中に流している、美しい女性の姿をしたリルサンタだ。

「ごめん、ヴィー。後で戻ってくるから」

「私は、平気……」

「ちゃんと薬、飲んでね」

「私は、平気よ……」

 窓の外を見たまま、ヴィー、と呼ばれた彼女は、虚ろな声でつぶやいた。


「待たせてごめんね。ウィンリー、気分は悪くない?」

「大丈夫です」

 総本部監査員、手紙屋ウィンリーは、左半分の頬が黒く染まっていた。

 ハールは言った。

「ちゃんと顔も元に戻せるから、安心して」

「はい」

「そのくらいならうつらないから、中へどうぞ」

 ウィンリーをソファに座らせて、ハールは頬の黒化部分を慎重に綿で拭き取った。黒化が深部に浸透している場合は、その部分を削り取って、顔の雪を埋め直し、修復する必要がある。今回は幸いにも、汚染が浅かった。

 ウィンリーは手紙屋の紫色のケープをかわいくアレンジしている。黒髪もサラサラに梳かして、髪の端っこを外向きに巻いている。見た目に気を使うタイプだ。平然として見えるけれど、内心は顔に傷が残るのを恐れていたかもしれない。

 ハールはピンセットで摘んだ綿で、ウィンリーの頬の表面を整えながら、静かに尋ねる。

「まだ新米フレッシャーだよね? もっと安全な部署に変えようか?」

 ウィンリーは手紙屋と案内屋の学位を持っている、極めて優秀な子だ。カレッジ卒業と同時に、総本部係に抜擢されて、人間界で監査員の仕事をしている。デビューして一年目のリルサンタには、重い仕事だ。

「いえ。今のままがいいんです。自分で希望した仕事なんです。役に立ちたいので」

 ハールはピンセットをしまった。

「……ぼくの知り合いに、君によく似た子がいるよ。自分に使命を与えているんだ」

 ウィンリーの頬は、綺麗に白く戻っている。入院は必要ないだろう。

「もし、話したいことがあれば、いつでもここにおいで」

 ハールは柔らかな声で、そう言った。

 ウィンリーが初めて、明るい表情になった。

「ありがとうございます」

「綺麗に治って、よかった」

 ハールもにっこり笑った。


 ウィンリーはトナカイ小屋を後にした。雪が降っている。深く積もっている雪に足跡が残る。

(監査員ならある程度、自由に行動できる。危険でも、この役を失うわけにはいかない。早く見つけるんだ。手遅れになる前に)

 ポケットから鍵束を取り出す。

 森に立っている一枚のドア。トナカイ小屋に繋がっている、唯一のドアだ。

 パタン。ドアが閉じる。

 雪原に残ったウィンリーの足跡を、降り続く雪が消していく。



 コーリ、イヴァン、ハールの三名はテーブルを囲んでいた。

「ニコラスの容態が心配」とコーリ。

「進行を遅らせることはできないの?」イヴァンがハールを見る。

「うーん」ハールは考えこんだ。「手が足りない」

 決意したように、顔をあげる。

「卒業したばかりで少し早いけど……マークにも手伝ってもらおうかな」



次回「作り屋マーク」



「三番目の……?」イヴァンがハールの子どものことを思い出す。

「うん。知らないうちに生まれてた、ぼくの息子。すごく才能あるんだ」

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