飾り屋ディアナ「婚約者」

『飾り屋ディアナ、至急セントラル大ツリー前まで、お越しください。繰り返します……』

 本部棟全館に、放送が流れた。

 リルサンタたちがきょろきょろして、セントラルへ向かう。

「ディアナに呼び出しだって。みんな、セントラル行ってみようぜ」

「行く行くー」

 みんな暇なのである。


「ディアナ、呼ばれてるけど……」

 ディアナは食堂でベアトリーチェと一緒に、お茶をしていた。全館放送で呼び出されていても、平然と椅子に座っている。

「これを飲んだら行く」


 セントラル。大きなツリーの下に、アトラスとルドルフは来ていた。昨日、アトラスがディアナと会ったあたりだ。

 アトラスは腕を組む。

「なかなか来ないね」

 ルドルフは担いでいた袋を下ろして、中を漁る。

「野次馬を寄せておくか」

 ルドルフが袋からずるり、と引き出したものを見て、アトラスは目を丸くした。

「ん!?」

 そんなもの、袋に入れて持ち歩いているのか。

 運び屋の袋には魔法力に応じて無限に物が入るわけだが、チェロを入れている運び屋を見たのは、初めてだ。

 チェロを胸の前に抱えて、ルドルフは弓を構えた。アトラスをちらり、と見る。

「アトラス、ピアノ弾いてくれよ。できるだけ多く、観客を集めたいんだ」

「はぁ…………いいけど……」


 セントラルのツリー横にはグランドピアノが置いてあって、誰でもいつでも弾けるように、作り屋が定期的に調律している。

 アトラスはピアノの鍵盤蓋を開けて、椅子に座った。その手前で、ルドルフがチェロを構える。

 リルサンタは音楽が大好きなので、自然とツリーの近くに集まってきた。

「何か始めるみたいだ」

「ルドルフとアトラス? 初めて見るデュオだ」

 ルドルフがチェロで前奏を弾き始める。アトラスはそれに合わせて、適当なタイミングで伴奏を合わせた。ふたりとも、なかなかの腕前である。

 ルドルフは本来の目的を忘れて、演奏に夢中になった。

 アトラスも気分が高揚していた。誰かとセッションするのは久しぶりなのに、すごく息が合う。

 次にどんな音が鳴るのか、感じ取れた。


「セントラルで何かやってる」

「観に行こう」

 セントラルの映像は、全館の掲示板で常時放映されている。

 音楽好きのリルサンタたちが、楽しそうに楽器を弾いている様子を見て、セントラルに足を運び始めた。

 飾り屋イーサンがヴァイオリンを持ってきて、勝手にデュオに加わった。

 トリオになると音に厚みが増す。ますますリルサンタが集まってきて、ツリーの周辺が混雑し始める。


 ベアトリーチェは食堂の掲示板に流れる映像を見て、ディアナに呼びかけた。

「ディアナ、そろそろ行ったほうが……」

 ディアナはのんびりと手鏡の蓋を開けて、前髪を整えている。

「これまでルドルフにはさんざん待たされてきたの。少しくらい遅れて行かないと。やだー、癖毛が直らない」



 集まったリルサンタたちが踊りはじめた。体を揺らし、ステップを踏み、頭を振り、回転する。セントラルはパーティー会場になっていた。


 ベアトリーチェはディアナを急かす。

「あちこちでダンス始まってる」

 ディアナは髪をしばり、耳飾りをつけている最中だ。

「なら終盤に行かなくちゃ。ヒロインの登場はクライマックスに華々しくやるものよ」


 チェロ演奏を近くにいたリルサンタに任せて、勝手に踊り始めた歩行者のバックダンサーたちと一緒に、ルドルフも踊る。


 ディアナは耳飾りをつけ終わった。

「できた。あとは服を着替えれば完璧」

「呼び出されただけなのに、すごい気合ね」

 半ば呆れつつ感心するベアトリーチェに、ディアナは妖艶な笑みを向ける。

「恋人に呼び出されたら、それはデートでしょう?」


 アトラスは鍵盤を激しく叩いた。ピアノを弾くのが楽しい。音楽に身を任せるのが、楽しい。

 指が軽い。どんな運指も流れるように滑らかだ。

 夢中になる。

 音に全身を委ねて、もう何も考えない。


 曲の終盤、ルドルフは身軽にステップを切り替えて、回りながら前に出ていった。もう何も考えていない。

 勝手に踊りはじめたペデストリアンたちは、プロ顔負けのバックダンサー力を発揮している。ルドルフの進行を妨げないよう、綺麗に左右へ分かれた。


 スライドステップ。

 ステップ、シャッフル。ステップ、シャッフル。

 キックステップ。

 ターン、アンド、ターン。

 フラップ、フラップ、フラップ、フラップ!


 フラップで前に出ていくルドルフ。


 ディアナが足音を高く鳴らしながら、リズムに合わせて登場した。

 スパイラルターンをして、ルドルフの前で止まる。


 サンタ帽を脱ぎ、ルドルフはディアナにお辞儀する。

 スカートの裾を持ち上げて、ディアナはルドルフの差し出した手を取った。


 リズミカルな曲調が優雅でクラシカルに変調する。

 ルドルフがディアナの体を引き寄せる。

 ディアナが滑らかなターン。


 世界がふたりきりになる。


 音が消える。


 リズムだけが続いている。


 柔らかなステップ。


 流れるような回転。


 再度転調し、音が戻る。



 クライマックスだ!!!



 ディアナとルドルフはお互いに向き合い、激しく足踏みする。

 集まったリルサンタたち全員が、曲の最後を盛り上げる。

 振動。

 スタッカート!

 ジャンプ!

 フォルテフォルティッシモ!


「ばら撒けー!」


 本部棟2階、セントラル上の吹き抜けで、飾り屋たちが箱をひっくり返した。

 大量の花飾りが、ルドルフたちの頭上に降り注ぐ。

 花が舞い落ちる中、ルドルフはディアナに顔を寄せた。

 姿勢をただし、ふたり一緒に、集まった観客たちにお辞儀をする。

「皆さん」

 ルドルフは朗々と告げた。

「飾り屋ディアナと案内屋アトラスが交際しているという噂は、事実無根です」

 キメ顔で帽子を被る。

「私、ポイントセッター家、運び屋ルドルフが彼女の婚約者ですので、お間違いなきよう、宜しくお願い申し上げます。本日は、即興のパフォーマンスをご高覧頂きまして、まことにありがとうございました」

 深い一礼。

 壮大な拍手がセントラルに反響する中、宙を舞っていた最後の花飾りが、音もなく着地した。



 

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