飾り屋ディアナ「セントラル」
セントラルの大きなツリーの隣で、アトラスは飾り屋ディアナと向き合っていた。手紙屋レットに頼んで、ディアナを呼び出してもらったのだ。
「呼び出して申し訳ない。どうしても、話しておきたくて」
アトラスは力強く言った。
「ルドルフが正式なプロポーズをしていないことは聞いた。でも、心配しないでほしいんだ」
ルドルフと一緒に仕事をする上で、これは絶対に乗り越えなければいけない課題だ。ディアナに余計な心配をさせてはいけない。何の事情があって、ルドルフがプロポーズを先延ばしにしているのか分からないけれど、ディアナには理解してもらわなければ。
「ルドルフは本気で、君と結婚しようと思っている」
アトラスの真剣な様子を目の当たりにして、ディアナも本音で喋ることにした。
「それは、わかっているの」
俯いて、上目遣いにアトラスを見る。
「私が気にしているのは、案内屋アトラス、あなたのこと。ルドルフを好きになるだろうから」
「ならないよ」
アトラスは即答した。
好きになるわけないだろ。あんな大雑把で無鉄砲でいい加減なやつ。相棒としての信頼感や好意は持っていても、恋愛感情となると話は別だ。
ディアナは食い下がった。
「いいえ。まだ気づいていないだけ。すでに好きになりかけている。ルドルフは本当に特別なの! 疑うことを知らない。無条件に信じてくれる。だから、あなたも信じることにしたんでしょう? もし、ルドルフをすっごくすっごく好きになってしまったら、どうするつもり?」
アトラスは揺らがなかった。
「そのときは、違う運び屋と組む。ディアナ、ぼくは母を遭難させた案内屋と同じ失敗はしない。絶対にルドルフを無事に案内して、一緒に戻ってくる。それができなくなるリスクが発生したら、迷わずパートナー関係を切るよ」
ディアナは俯いた。
「……そう」
「一度フロンティアに出たら、帰還までどれくらいかかるのか、わからない。ふたりには早く結婚してもらいたいけど、ルドルフにも何か、事情があるみたいなんだ」
アトラスはあのことを知らないんだ。ディアナは言うかどうか、悩んだ。
意を決する。
「ルビー。真っ赤なルビーを探してるんだと思う」
アトラスには、きちんと話しておいたほうがいいだろう。ディアナはそう判断した。
「初等部の頃、図書館で不思議な本を見たの。その本に載ってた、真っ赤な宝石の話……赤い山々を越えると、真っ赤なルビーが手に入る」
赤い山。アトラスには聞き覚えがあった。
「赤の世界か」
ディープフロンティアにあるとされる、赤い山の世界を、案内屋では「赤の世界」と呼んでいる。存在はフロンティアの噂で耳にしたことがあるが、リルサンタは未到達の異世界だ。
ディアナは胸の前で手を組んだ。
「私は、ルドルフと一緒にその本を見たとき、なぜだか、すっごく、そのルビーがほしくなったの……。ルドルフは私に約束してくれた。真っ赤なルビーを手に入れて、私に届けるって」
アトラスにも話が見えてきた。つまり、ルドルフは。
ディアナの声は震えていた。
「存在するかもわからない世界。なのに、ルドルフは見つけられると思っている。私がほしがったから。真っ赤なルビーを手に入れるまで、私と結婚してくれない。私が、異世界の石なんて、ほしがったから……。なくたっていいのに。きっと、もう消えちゃった世界……見つかるわけがない……」
フロンティアは日々、変動している。生まれては消えていく、異世界の集合体。それが、フロンティアだ。
一度遭遇した世界と、また出会えるのかわからない、不安定で、危険な場所。
母も、そのパートナーも、もう消えた世界に、呑み込まれてしまったかもしれない。探しても、無駄かもしれない。何度そう思ったことだろう。
それでも、アトラスは案内屋になった。
「見つかるよ、ディアナ」
アトラスはきっぱりと言い切った。
「ルドルフとぼくが見つける。信じてほしい。赤の世界はあるんだ。どこかに、必ず」
ディアナが顔をあげた。アトラスとディアナの目線が、初めてしっかりと繋がった瞬間だった。
「信じれば、ある。それが、フロンティアのルールだ」
アトラスの言葉は、ディアナの胸を打った。信じてよいのだろうか。ルドルフが、誰も行ったことのない世界に行って、戻ってくるってこと。
「信じても、叶わないかも、しれないのに……」
「信じなければ、何も叶わないよ」
アトラスは胸に手を当てて、ディアナに歩み寄る。
「ルドルフはきっと見つける。ぼくは全力で、彼をサポートするよ。心配しなくていい。ぼくはルドルフの良いパートナーになるし、君とも友達になれると思う」
自信満々で胸を張るアトラスを見て、ディアナは頬を緩めた。
「アトラス、ちょっとルドルフに似てきたんじゃない?」
思わず目を細めると、涙がこぼれた。
アトラスとルドルフなら、本当に真っ赤なルビーを手に入れて、私に届けてくれるかもしれない。
信じてみる。それだけで、いいのだ。
(泣いている)
(アトラスがディアナを泣かせた?)
(どういう関係だ)
(ケンカ?)
(付き合ってるのかな……)
セントラルを行き交うリルサンタたちは、アトラスとディアナに注目していた。
翌日。手紙屋のオフィスを訪れたアトラスは、レットから衝撃の報告を受けた。
「今日の分は、その箱だよ」
大きな箱いっぱいの、手紙の束。二百通はありそうだ。
「いつにも増して多い……っ!」
驚愕して固まるアトラス。
レットも苦笑して箱を見ている。
「ディアナと付き合っているんですか、っていう問い合わせのお手紙が、昨日からすごく沢山来るよ」
「身に覚えがない……どうしてそんなことに」
レットはアトラスを見上げた。
「泣かせたでしょ」
どきり。アトラスは動揺する。
「たしかに少し泣いてはいたけど、ぼくが悪いことしたみたいに聞こえるから、やめて」
「悪いことしたのかと」
「してないよ! 冗談でもやめてくれ」
「みんなはそう思っているみたいだよ」
アトラスの後ろを通るリルたちが、ちらっ、ちらっ、とアトラスを見ている。
アトラスは頭を抱えた。傷つけたわけではなく、ディアナを安心させたのだ。ルドルフの相棒として、できる限りのことをした。
「逆なのに……!」
(これでは、ディアナとぼくが揉めたと思われてしまう!)
レットはペン先を顎に当てて、歌うように言った。
「逆かぁ〜」
焦っているアトラスを見ているレットは、楽しそうだ。
アトラスは念の為、釘を刺した。
「変な噂流さないでよ!?」
ルドルフに誤解されたら大変だ。アトラスは資料室に駆け込んだ。
「ルドルフ、誤解なんだ!」
異世界に関する本を読んでいたルドルフは、不思議そうにアトラスを振り向いた。
「何の話?」
「今流れてる噂……ぼくとディアナが付き合ってて、ディアナを泣かせたとか、あれ、誤解だからっ」
ルドルフは興味なさそうに、本へと目を戻す。
「だろうな。ディアナは俺しか好きにならないから、心配してないよ」
「あっ、そうなんだ」
(すごい自信だな……)
ルドルフが少しもディアナを疑っていないことに安心しつつ、強固すぎる自信に驚く。アトラスが思っている以上に、ルドルフとディアナの関係は奥が深いようだ。
ルドルフは本を読みながら、尋ねる。
「噂酷くて困ってる?」
アトラスは弱々しく、頷いた。
「ああ、うん、だいぶ……」
どこに行ってもディアナと痴話喧嘩したと思われているようで、妙な視線が四方八方から突き刺さる。
ルドルフは両手で本を挟むように持ち、パタン、と勢いよく閉じた。
「じゃあ、今から消しに行こう」
「!?」
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