飾り屋ディアナ「手紙の束」

 オフィスに飾り屋ディアナが入ってくる。書き物をしていた手紙屋レットは、顔をあげてディアナに挨拶する。

「やあ、ディアナ」

 受付デスクにつかつかと歩み寄り、ディアナは小声で言う。

「レット、今日の分を受け取りに来たの。もうまとまってる?」

 紙束が積み上げてあるので、レットは椅子から腰を浮かし、顔を出した。

「この真ん中の束、ふたつがそうだよ」

 紐でまとめてある束をふたつ受け取って、ディアナは軽く息を吐く。

「多いのね」

「婚約してることを公表すれば、ラブレターは減ると思うよ」

「隠しているわけではないの。ただ……」ディアナはなぜか得意げに笑う。

「みんな、信じないだけ」

 レットも破顔した。

「だろうね」

 ちなみに、ディアナは赤い癖毛の長髪少女、レットはくしゃくしゃの銀髪少年である。この空間にキラキラしたエフェクトがかかっているのを想像していただきたい。

 ふたりは親しげに視線を交わした後、レットは書き物の仕事に戻り、ディアナは出入り口に向かった。

 案内屋アトラスがオフィスに入ってきて、ディアナとすれ違う。

 気配に気づいたレットがすぐさま声をかける。

「やあ、アトラス」

 レットは受付に来るリルサンタの気配を全員覚えていて、顔を見る前に判別する。手紙屋の首席だけあって記憶力が高い。

 ディアナは不愉快そうに片目を細め、受付前に行くアトラスを呼び止めた。

「卒業式以来ね、アトラス」

 話しかけられると思っていなかったアトラスは、ぴくり、と肩を揺らしてディアナを見る。

「やあ……ディアナ」

 ディアナはにこやかに尋ねた。

「ルドルフとうまくいってる?」

「うん。なんとか」

「そう。よかった」

 ディアナがアトラスから視線をそらした。アトラスはほっ、と息をつく。

 ディアナはすかさず、アトラスに視線を戻した。大きな、まつげの長い目で、アトラスをじっと見る。訓練で会った偽物のルドルフ、飾り屋イヴァンに似ている、ぎらぎらした視線だ。

「ふたりの旅の話、今度聞かせてね?」

 明らかな牽制。アトラスは内心、震え上がった。

「う、うん」

 ディアナが長い髪をさっ、と振り回し、カツカツと靴音を鳴らしながら、オフィスを出ていく。

 アトラスは受付に身を乗り出して、レットと顔を合わせた。

「綺麗すぎるせいか、ちょっと怖い!」

「アトラスを警戒しているんだよ」

「警戒?」

「ルドルフを取られると思ってるみたい。可愛いよね」

「あの飾り屋ディアナが……?」

 アトラスは呆気に取られた。飾り屋ディアナは、飾り屋トナカイであるイヴァンの一人娘だ。魔法力が高くて、飾り屋の首席で、自信家で、いつも綺麗な姿勢で、ファッションモデルみたいに堂々としている。

 婚約までしている運び屋ルドルフを、誰かに奪われる心配? あの、飾り屋ディアナが?

 いまいち納得できない様子のアトラスを見て、レットは続けた。

「ディアナはね、ルドルフが大好きなんだ。今だって、自分宛の手紙と一緒に、ルドルフ宛のラブレターを回収したんだよ」

 レットは笑顔を崩さずに、さらりと言ってのけた。アトラスは困惑する。

「ルドルフに内緒で?」

「うん。ぼくが選り分けて、渡してる」

 それって、人間風に言うならば、犯罪ではないのだろうか。

「そんなことして、大丈夫?」

「バレたところで、ルドルフは気にしないよ」

 レットは目を伏せて、書類を読みながら喋る。

「ちなみに、アトラスに来たラブレターは、右端にまとめて置いてあるよ」

 レットは自分の左側を示した。アトラスは右に視線をずらして、大量の手紙の束に驚く。

「多くない!? なんでこんなに」

 紐でまとめた束を抱えると、頭よりも束の位置の方が高い。

「先日の模擬訓練の様子が放送されて以来、増えてるんだ。ハールの作った高難易度の擬似世界を次々に突破していく様、圧巻だったから」

「ふつうに通っただけなんだけどな…………」

 デビュー初日で作り屋ハールの擬似フロンティアを「ふつうに通る」ことができたあたり、アトラスは自覚している以上に案内屋としての実力がある。

 紙束を倒さないようにしっかり抱き抱えて、アトラスは出入り口に向かった。

 そろそろと歩くアトラスの背中に、レットが明るく声をかける。

「返信大変だったら、代筆するよ!」

「ありがと。まずは、自分で頑張ってみる……」

 真面目なアトラスは、ラブレターひとつひとつに、お断りの返事を書くのである。

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