青い目の案内屋「本部棟、セントラル」

 アトラスはセントラルを足早に歩いていた。デビュー後の初出勤である。今日はこれから本部棟七階にて、フロンティア案内の模擬訓練に参加するのだ。

 セントラルは本部棟の一階にある。ホワイトフィールドのリルサンタの多くが、毎日通行する場所だ。WFのものはリルサンタも含めて全て雪でできているから、壁も床も天井も白い。とはいえ、飾り屋が装飾品のツリーやリースを設置しているので、広大な円形状の広場であっても、それなりに雑多に見える。

 すれ違うリルサンタたちが、アトラスを振り向いて、小声で言った。

「アトラスだ」「コメットと同じ……」「結局案内屋に?」

「青い目の案内屋」

 アトラスは伸ばしている前髪を撫でつけて、コメットから受け継いだポイントセッターの青い瞳を隠した。


 コメットは運び屋の名家、ポイントセッターの名字を持っている。案内屋の名家であるスラッシュ家のルーペと結婚して、パルク、ランカ、アトラスの三子を儲けたが、ポイントセッターの力を継承できたのは末子であるアトラスだけだった。

 コメットは優秀な運び屋だったが、パンデミックの際、世界の壁が崩壊して穴が開いたときに、フロンティアに落ちてしまった。コメットの相棒である案内屋ダニエルがすぐに追いかけたけれど、結局二人とも帰ってこなかった。

 アトラスはコメットとダニエルを探すため、案内屋になった。案内屋アトラスとして活躍して、捜索隊に入り、危険区域ディープフロンティアへ行くのが目標だ。


 運び屋コメットから唯一力を受け継いだ子なのに、案内屋になるなんて。兄の案内屋パルクには猛烈な反対を受けた。兄は真面目で冷徹だけれど、いつもアトラスに優しかった。大喧嘩して、それ以来仲直りしていない。初等部の中学年の頃だったから、ずいぶん昔のことになる。

(結果を出して、みんなに案内屋としての実力を認めさせるんだ。危険な世界だって、今のぼくはきちんと歩ける。絶対に母様とダニエルを見つける)



 セントラルの掲示板で総本部の指示を確認する。

【本部棟、七階。エレベーターに乗って移動し、パートナーと一緒に受付係に名前を伝えること。受付完了後、模擬訓練を開始せよ】

 エレベーターの前には、フレッシャーの運び屋が大勢集まっていた。真っ赤なサンタ帽の端についている白い帽子飾りが、そこかしこで揺れている。

 エレベーターが到着すると、運び屋たちはわーっ、と乗り込んだ。

「七階行くの初めて」「模擬訓練って何するの?」

「作り屋ハールが作った擬似フロンティアで旅をするんだって」「フロンティアを作るってすごすぎ。天才か」「トナカイだもの」

「携帯端末忘れちゃった。どうしよう?」

「ねえねえ、異世界マニュアルって必要だった?」

「やばい。俺のパートナーの名前、なんだっけ」

 エレベーターは大混雑だった。アトラスは前後左右からぎゅうぎゅう押されて、肩を小さくする。顔の前で揺れている帽子飾りがうざったい。

(この帽子、旧式のデザインだ。他の運び屋の帽子より赤が濃くて、サイズも大きい。母様の帽子もこんな色だった……)

 前にいる運び屋が急に横を向いたので、勢いよく揺れた帽子飾りがアトラスの鼻を直撃した。

「っ!」

「あ、ごめん!」

 帽子飾りをぶつけてしまった運び屋は、即座に謝罪した。

 鼻を押さえながら、アトラスは気づく。

 エレベーターが七階に到着した。運び屋たちが雪崩のように外へ飛び出す。

「七階初めて〜」「それさっき聞いた」

 ワイワイキャッキャする新米運び屋たちは、駆け足で受付の方へ向かう。

 駆け出さない運び屋はひとりだけだった。旧式の帽子を被った運び屋が、アトラスを振り返る。

「やっぱりマップか。声で分かったよ。その澄んだ声、忘れようもない」

 やっぱりこいつだ。運び屋ルドルフ。

 アトラスは苛立ちを隠さずに指摘した。

「まず名前覚えろよ! なんだよ、マップって」

「アトラスだった。地図っぽいイメージで覚えてて……ごめん!」

 さっきからこいつ、謝ってばかりだな。しっかりしてくれ。

 アトラスは相棒の運び屋をあきれた目で見る。

「ルドルフ、その帽子サイズ合ってないよ」

「うん。これ、父の形見なんだ」

 ルドルフとアトラスは並んで受付へ向かう。

 アトラスはルドルフの横顔を見る。ルドルフの父、運び屋ブリッツはパンデミックの際、雪化した。その配偶者である運び屋ヴィクセンはコメットの双子の姉である。

 つまり、アトラスとルドルフは「いとこ」なわけだが、初等部でもクラスが違ったし、案内屋カレッジに進んだアトラスはルドルフとこれまで接点がなかった。

 パートナー決定の際、総本部より送られた通知書によれば、ルドルフは実技試験において過去に例がない抜群の好成績を残したという。その一方、少し調べれば、彼が運び屋カレッジの校舎を魔法暴発事故で幾度も破壊した問題児であることも分かった。

 刻苦勉励して案内屋の首席になったというのに、よりにもよって、こんな厄介そうな運び屋がパートナーだなんて。

 アトラスは深いため息をついた。

「元気ないな、アトラス。大丈夫?」

「ああ、うん……」

 受付前に到着。

 総本部の受付係が、ルドルフとアトラスににっこりと笑いかけた。

 気を取り直して、アトラスは名乗る。「案内屋アトラスです」

 ルドルフが続ける。「運び屋ルドルフです」

「お待ちしていました。案内屋アトラス、運び屋ルドルフ。お二方は、あちらのドアから擬似フロンティアに入ってください」

 受付係は、廊下の突き当たりのドアを示した。他のペアはみんな、受付の近くにある部屋へ入っている。

「ぼくたちは違うんですか?」

 アトラスが疑問を口にすると、受付係は笑みを深めた。

「首席用に、特別仕様なんです」

「特別……?」

 なんだか嫌な予感がする。ルドルフは「特別!? すげぇ〜」と興奮しているが、アトラスは警戒した。

「行こう、ルドルフ」

 よく用心しなければ。案内屋は運び屋を無事に人間界まで送り届けるのが主な仕事である。危険だらけのフロンティアで先頭を歩き、運び屋の安全を確保する。擬似フロンティアとは言え、侮れない。

 ルドルフと一緒に、両開きのドアを押し開けた。








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